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ドリーミング・レジェンド Heros of Mercenary  作者: 世鍔 黒葉@万年遅筆
Tutorial1「ランカー"ルドラ"の日常」
3/10

T1-2「〈深淵の魔神〉グラムジルバ」

「あのうさぎちゃんすごかったわね。あれは他のゲームでも結構鳴らしてるクチなんじゃない? どうしてCランクなのかしら」


 ウサキ騎士を倒し、次なるミッションを探して主戦場の方へと移動を始めるさなか、エクレアがそんなことを言う。


「さあ? 始めて間もないか、イン率が低いからじゃない?」


 プレイヤーに付けられるランクは、週に一回ある戦争イベントで報酬をいくら稼いだかによって変動する。四回の合計で一定以上稼いでいればBランク、それ以下はCランク。勢力内で千位に入っていればAランク。そして勢力内で十位以内の者たちをSランクと呼ぶ。クロノスで6位のルドラはSランクで、かかっている賞金のせいでイベント中はどこへ行ってもお尋ね者、心休まる暇もない。


 とはいっても、ビームセイバーとレイガンで戦うルドラは単なるゲームのアバターであって、彼が起こす行動は全て仮想のものだ。しかし現実世界に生きるルドラのプレイヤーは、彼が見る景色を、音を、ビームセイバーを握る感触を、全て彼が体験したように体感していた。


 ヴァーチャル・リアリティ。其は仮想の情報を、現実の出来事のように認識させる技術。


 十年前の日本電脳事変に舌を発するこの技術は、今や日本の一大産業であり、日本人のVRエンジニアはどこからでも引く手あまただ。同事件で壊滅的な被害を被った日本が復興を通り越し、たったの五年で技術大国としての地位を取り戻したのも、VR技術の恩恵だった。


 地下から膨大な量の石油でも見つかったようなものだと、ルドラは常日頃から考えていた。VRは、ただ人間の脳の構造が深く理解されるだけでは実現しない。映像などの感覚を人間の脳に送り込む技術、人間が認識できる感覚をデータとして作り出す技術、それを扱えるだけのCPU、それを開発できるエンジニア……。


 それら全てが、日本電脳事変でもたらされた恩恵であり、同時に、災厄でもあった。


「つまらない受け答えね……。おっと、緊急ミッションよ! これは……」


 と、エクレアから緊迫した声音で伝えられ、ルドラは現実世界のほうへと沈んでいた思考を、仮想世界のほうに引き戻した。


「エンケドラス要塞が突破された!? 大隊クラスのヴァルハラの集団が水上都市ネプトに進軍中……。しかも〈深淵の魔神〉がいるって……」


「はあ!?」


 そのぶっとんだ内容に、ルドラは思わず素っ頓狂な声をあげた。水上都市ネプトと言えば、クロノス陣営でも最大クラスの拠点だ。もしここを落とされたらヴァルハラ陣営に戦線を押し上げられ、戦況は一気に不利になる。


 このゲームの戦争イベントにおいて、復活ポイントの防衛と奪取はもっとも重要な戦術の一つだ。それらは大きな街に設置されており、それらが破壊され、奪取されることを「陥落した」と言う。当然その復活ポイントは使えなくなり、相手の陣営の復活ポイントになるというおまけ付きだ。死んでも条件さえ満たせばまた戦えるこのゲームでは、陥落とは大きなペナルティとなる。


 それよりも、ルドラはエンケドラス要塞が突破されたことについて驚きを覚えていた。


「あそこはシルヴァが守っていたはずだよね。いくら〈深淵の魔神〉でも、攻城戦で叶うはずが……」


 Sランカーでクロノス5位のシルヴァと言えば、〈死を告げる音〉の通り名で有名な、規格外の戦闘力を持つスナイパーだ。使う武器はもちろんスナイパーライフル……ではなく、もはや戦艦にでも積んだ方が良いのではないだろうかと言いたくなるほど巨大な「レーザーキャノン」と「レールキャノン」である。


 門外不出のスキル構成と当人のふざけたプレイヤースキルによって、10キロメートル単位の狙撃を成功させる動く狙撃砲台。それは狙撃というより爆撃に近いものがあり、直撃すればレベル7でも即死は免れない。そして、専ら彼女が守ることになっているエンケドラス要塞を望む地形は、遮蔽物のない開けた台地なのだ。


 〈深淵の魔神〉――アバターの名前をグラムジルバと言う――はランカーとして何度も煮え湯を飲まされた相手であるが、戦闘力ではなく、単なる相性として攻城戦で彼がシルヴァに勝つことは不可能、というのがランカー内の共通見解であった。


 しかし、それが、突破された。


「詮索は後! とにかく急いでポイントまで移動して!」


「近くのランカーは? 一人じゃ無理だ」


 ええ、とエクレアから生返事が帰ってきて、彼女が必死に情報を集めていることを察する。その間にルドラはアバターの持つ素早さ(AGA)値限界まで速度を上げてダッシュする。


「ふふっ」


 不意に、耳元から含み笑いが聞こえた。


「どうした?」


 なんとなく嫌な予感を覚えつつ、ルドラは質問する。


「近くにいるの、あんたとバーツだけよ。それ以外は死に戻りしないと間に合わない距離にいる」


「それは……」


「絶っっっ好のチャンスよ、これは。あんたとバーツ二人でグラムジルバをしとめれば、破格の報酬をいただける。ほら! 行った行った! バーツとはポイントで合流よ!」


「なんかポジティブすぎません?」


 ルドラが呆れながら訪ねると、エクレアは鼻を鳴らした。


「うるさいわね! せっかくあたしがオペレーターやってるんだから、あんたたちは少しでも上のランクに行きなさい!」


「はあ……」


 ルドラは思わずため息をついた。そういえば、彼女はこんな性格だった。勝ち気で負けず嫌い、やると決めたら絶対に手を抜かない。例えそれがゲームであっても。


「ところで、どうしてエンケドラス要塞が突破されたの? グラムジルバの戦闘力はヤバいけど、あの巨体じゃシルヴァのいい的でしょ?」


 反論は無意味と断じて、別の話題を始める。その質問に、エクレアはああ、と気分を変えるような声を出した。


「ヴァルハラの奴ら、数に物を言わせて正面からあの要塞を攻めたみたい。いくらシルヴァでも、旅団クラスの大軍に大挙して押し寄せられたら止めようがないわ。それでもイレギュラーとかAランクのやつとか戦力の過半は仕留めたみたいで、あとは城壁を利用して粘ればすぐに全滅させられたはずよ。でも、そこで突然グラムジルバの〈深淵の魔神〉が発動して……」


 通り名にもなっているグラムジルバの〈深淵の魔神〉と言えば、彼の持つ規格外の「憑依」系スキル強化能力である。「憑依」とはヴァルハラ勢力のプレイヤーのみが使える特殊スキルで、自分に神話レベルの何者かを憑依させて一時的に戦闘能力を大きく引き上げる効果を持つ。


 対集団戦闘において、あれほど効果的な能力もないだろう。あんなものが要塞の目の前で発動するなど、考えただけで鳥肌が立つ。


「でも、その集団の中にグラムジルバが混じっていたなら、シルヴァが見落とすはずがないよ。10キロ先からでも能力を発揮する〈神の目〉を、隠蔽系に振っていないグラムジルバが防げるはずが……」


「〈大魔陣〉が混じっていたのよ」


 ルドラの言葉を遮って放たれた台詞で、ルドラは全てを理解した。


「〈大魔陣〉が全力で隠蔽していたのか……」


 〈大魔陣〉とは、隠蔽系スキルで大軍に混じり、ここぞというところで大規模魔法を発動するいやらしい戦術を得意とするランカーの一人だ。


「そう、途中で〈大魔陣〉が大規模魔法を発動しようとしてシルヴァに防がれたけど、それもブラフだった。そっちに気を取られていたシルヴァは近くで発動した〈深淵の魔神〉の余波に巻き込まれて体勢を崩し、追撃でやられたそうよ」


「なるほど……」

 一人で戦って叶わないのであれば、二人以上で行けばいい。とても単純なことだ。それは今の状況でも言える。


 とはいえ、ルドラとバーツ、二人で挑んだとしても〈深淵の魔神〉に勝てる気はあまりしないのだが。


「よう大勝。僻地では楽しんできたか?」


 と、いつの間にか併走していた男に声をかけられ、ルドラは思わず目を見開いた。

「バーツ……いつのまに。隠蔽系スキルとってたっけ?」


 隣を走る男、バーツは七光りするバイザーを上げて、軽薄そうな笑顔と白い歯を露わにする。都市迷彩柄の軍服に未来的なバイザーと要所を守るプロテクターを身につけ、両手にそれぞれハンドガンを握る姿は、時代錯誤気味の時間警察官というなんとも形容しがたい印象を与える。


「それはおまいさんの没頭しやすい性格のせいだろうよ。当ててやる、どうせグラムジルバがどうやってシルヴァを倒したのか考えてたんだろ」


「まあ、そうだね」


 ルドラはポーズだけでため息をつく。


「……シルヴァのことは、もうエクレアから説明済みか。さっき遠目から見てきたが、今日のあいつはいつもと様子が違う。大規模魔法で焼き払う感じじゃなくてな、大量の障壁を張って味方を守り続けやがったってよ。シルヴァが落とされた後、やつが城壁代わりになってゴリ押しされたって風の噂だぜ。あんなのは数ヶ月ぶりらしい。『防衛スタイル』とか言ったか」


 バーツからの情報に、ルドラは走りながら思案のポーズをとる。


「〈深淵の魔神〉は一度発動したら解除できないから、今も防衛スタイルのはず……。僕らの死亡率はだいぶ下がるかな?」


「だろうな。その分落とすのは苦労しそうだが、そんときゃ俺の主砲が火を噴くって話だ」


「そうだね、頼りにしよう」


 バーツがニヤリと笑い、ルドラは頷く。こういう笑い方は浅黒い肌に白い歯の彼がやると様になっているな、と密かに思った。


「そういうわけだ、エクレア。頼むぜ」


「言われなくてもね。とにかく、イレギュラーが出ない限りはグラムジルバに集中。相手は大軍だから、味方からの援護は受けられないと思いなさい。最悪グラムジルバを倒せなくても、こっちの迎撃体制が整うまで持ちこたえればこっちの勝ちよ。ま、だから気楽に行きなさい」


 なかなかぶっ飛んだことを言う。大軍にたった二人で突っ込むのに気楽に行けとは。


「へっ、どうせグラムジルバの撃破がご所望なんだろ? 副音声が聞こえそうだぜ」


「うっさいわね。そう思うならやってみなさいよ!」


 バーツが茶化すと、エクレアは噛みつく。だが、楽しそうな雰囲気が隠せていない。やれやれ、本ミッションの達成条件はランク1の撃破、か。


「お、見えてきたな」


 バーツが発見したなら、当然ルドラにも見えている。


 グラムジルバの威容は、4キロメートル離れていても尚その迫力を失わない。丁度、怪獣を遠くから憎々しげに見つめる地球防衛軍の視点はこんな感じだろう。今回ばかりは、怪獣を倒すために巨大化するヒーローはいないのだが。


 遠目から看破スキルを発動した見たグラムジルバの、SCレベル8の表示に少々怖じ気付きながら、ルドラは声を大きくして自分を鼓舞する。


「これより接敵を開始! バーツ、いつもの頼むよ」


「おうよ!」


 そう啖呵を切ってから、ルドラとバーツは行軍のスピードを上げる。常人なら風圧でまともに前を見ることも叶わないスピードを出しても、身体能力が大幅に強化された二人ならば全く問題はない。


 ヴァルハラの大軍勢を構成するプレイヤーたちの顔が判別できる距離まで接近したところで、バーツが戦端を切った。


「始めるぜ。〈コンバット・ゲート・プログラム〉」


 バーツが唱えると、彼の周囲に蒼い魔法陣が――よくよく見ると電子回路風の意匠のものが――四つ展開され、その一つ一つから銃口が覗く。


「ファイア!」


 気勢を発し、バーツは両手に持った二丁の拳銃とともに浮遊する銃口から弾丸を発射。それぞれ橙や紫、藍の筋を宙に残して敵陣に飛んでいく。


 ルドラも負けじと障壁を展開し、それを蹴って上空から大軍に接近する。その目線の先で魔法陣と共にバーツが突然現れ、スパークを発しながら蒼がかった紫色のエネルギーフィールドを発生させる。


 直後、バーツが現れた地点を中心にして、ミサイルでもぶち込まれたかのような爆発が発生した。巨大な爆風、付近にいたプレイヤーたちは何が起きたのか把握する間もなく消し飛ぶ。突然の攻撃に驚くヴァルハラのプレイヤーたちの視線が注がれる中、砂煙からバーツが悠々と姿を現した。


 バーツの操る〈コンバット・ゲート・プログラム〉は、端的に言えば自分と自分の持つ武装をワープさせることができるスキルだ。いくつか制約が存在するが、うまく使えば今のように多数の武装を同時に扱い、複数の火器から放たれたエネルギー弾を凝縮することで強力な攻撃を行うことができる。強力な分消費するエネルギーが大きく、その欠点をフォローするためにバーツは近接戦闘用のスキル・クリスタルをほとんど装備できていないのだが。


 バーツが派手なパフォーマンスを行って敵の注意を引きつけている間に、ルドラは障壁を蹴ってグラムジルバに肉薄する。


 見れば見るほど、〈深淵の魔神〉という通り名が似合う姿だ。黒々とした外殻は周囲を浸食するように黒い霧を吐き出し、赤い血管のようなラインが波打つように流れている。今日は防衛スタイルであるためかずんぐりとした熊のようなシルエットだが、その生命らしさを感じさせない赤く輝く瞳は見る者に生理的嫌悪感を抱かせる。


「はあッ!」


 まずは挨拶代わり。ルドラはビームセイバーを腰だめに構え、障壁を蹴って突撃する。高い筋力(STR)素早さ(AGI)のステータスによって加速されたルドラは砲弾に近い暴力を身に纏っている。まともに食らえば、ランカーと言えどひとたまりもないだろう。


 だが、ルドラの構えたビームセイバーは突如出現した色のない障壁によって阻まれる。構わずぶち破るが、障壁は何重にも張り巡らされていて、全てを貫くことはできなかった。


「まあ、こうなるよね!」


 ルドラはビームセイバーを引き抜き、グラムジルバのふるう腕を避ける。腕の動きに追従するように発生した爆発を、障壁を発生させて防ぐ。


 続けて、これまで黙っていたエクレアが声を上げた。


「よっしゃ、分析結果が出たわよ。ルドラ、ナイス接触!」


 このゲームの分析スキルの仕様は、少々変わっている。どんなに高レベルの〈看破〉スキルを持っていても、ひと目見たけでは名前やHP、MP、能力値傾向くらいしかわからない。接敵した時点のルドラにはグラムジルバがレベル8の魔法力特化型のブラスターであることしか分からなかった。


 分析系スキルの真価は対象と接触したり、相手のスキルによる攻撃を耐えたりすることで得られる情報が爆発的に増加していくことだ。攻撃を受けると、即死をしていない限りそれがどんなスキルによる挙動で、どんなスキルによる補助を受けているのか、たちどころにわかってしまう。


 さすがに有名なランカーなだけあって、色々なサイトでグラムジルバのスキル構成は紹介されている。ルドラたちはそれをよく読んでいたが、サイトによってその内容はバラバラで、どれを信用していいのか判断がつかなかった。ランカーたちなら真実を知っているだろうが、その情報は彼らの商売道具だ、おいそれと流すことはない。


 ルドラたちも何度かグラムジルバと交戦したことはあるのだが、その時のグラムジルバは短期決戦型の攻撃スタイルで、接敵しなければ有効なダメージを与えられないルドラは射程外から一方的に焼き尽くされるほかなかったのだ。


 だから、今エクレアが得た情報が、初めてルドラたちが得たグラムジルバの生のデータだと言える。


「今のグラムジルバの能力は、魔法の多重詠唱を行うためのものだわ! ものすごい数の魔法を大量に詠唱できる代わりに、レベルが2下の魔法までしか使えない! あいつが使えるのは、レベル6の魔法までよ!」


「なるほどね。さっきの障壁は、レベル6のを大量に張っているってことか。でも、僕の火力じゃ突破できそうにない……」


「それこそ、俺の主砲の出番ってもんだろ?」


 得られた情報からの考察に、バーツがそう結論づける。


「そうだね。僕が隙を作ろう。五秒くらいだったら下からの攻撃を防げるから、そのつもりで頼むよ」


「了解だ。その言葉を待ってたぜ」


 と、グラムジルバを中心に集まるヴァルハラのプレイヤーの軍勢から、大量の魔法がこちらめがけて放たれる。ルドラが空中に張った障壁の上に立っていた二人はそこから飛び出し、バーツは短いワープと背中につけた簡易ブースターで、ルドラは空中に張った障壁を蹴って散開する。


 続けて、ルドラとバーツの周囲に赤い魔法陣が大量に出現し、それらを中心に爆発が連鎖的に起こる。グラムジルバの魔法だが、ルドラとバーツの機動力を封じるには攻撃範囲が足らない。二人は難なくかわす。


「一度、下の軍勢の体勢を崩したほうがよさそうね。危険はないけれど、バーツの主砲を使うには邪魔が多いわ」


「わかった」


 ルドラは一言で承諾し、ターゲットを下の軍勢に変更する。まずは周囲に障壁を展開し、右手の〈ツァラング・クラング〉の柄から大量の光線を発射する。それらはルドラの障壁に反射されて威力が増幅されながら、下にいるヴァルハラのプレイヤーたちに降り注ぐ。


 が、突然一面に張られた透明な障壁によってそれらは防がれてしまう。ルドラは反射的にグラムジルバの方向を見て、舌打ちしたいような気分になる。


「なるほど、防衛スタイル、ね」


 バーツはワープする能力のおかげである程度の損害を与えていたが、戦果は芳しくない。単純に、上からの攻撃を防ぐだけでもかなりのアドバンテージがある。この軍勢が重要拠点に攻め込んだらどうなるか、容易に想像できる恐ろしい戦線構築能力だ。


 だが、この程度で完封されていてはルドラのランカーとしての名が廃る。絶え間ない攻撃と移動こそが攪乱戦闘の基本であり、そうでなければこの軍勢に囲まれながら生き残ることはできない。


 ルドラはもう一度大量の光線を発射し、思い切って軍勢の直中に急降下した。透明な障壁が張られるが、直接攻撃をしたときよりは密度が薄く、ビームセイバーでたやすく突破する。そのまま回転するようにビームセイバーを振るい、近くにいたプレイヤーたちを文字通り焼き切った。痛みではなく驚きから発せられる悲鳴が近くでこだまし、ルドラは攻撃による手応えを確認する。


 直後、ルドラを覆うようにグラムジルバが障壁を張るが、ルドラは突進して障壁を破り、包囲を抜け出す。


 やはり二人で来て正解だったと、やや遠くに聞こえる爆発を感じながら思った。グラムジルバの処理能力が分散しているからこそ、このような無茶ができる。


 そのままの勢いで、ルドラは杖や魔法剣を装備した遠距離型(ブラスター)のプレイヤーを重点的に攻撃していく。ゲーム的なセオリーとして、魔法攻撃を主体としたキャラクターは概して耐久力に劣る。障壁をかいくぐるようにして放った散発的な攻撃でも、十分な打撃を与えることができた。


 やはり遠距離型(ブラスター)は戦場の華だ。こちらに飛んでくる魔法の数は劇的に減り、まるで花火を打ち上げているかのような有様だった戦線はいくらか静かになる。グラムジルバがいるかぎり、魔法による攻撃が止むことはないのだが。


「大分削ったわね。そろそろ攻め始めるわよ」


「了解だぜ」


 バーツが返し、二人は空中でグラムジルバに向き直る。


「十秒後、全力で攻撃を仕掛けよう。何秒持続できる?」


「まあ、せいぜい十秒ってとこかね。そっからはさっきみたいな省エネモードさ」


「わかった、僕もそれに合わせよう。この数なら防ぎきれるし、全方位攻撃で行こうか」


「いいぜ、聞いたな?」


「了解よ、二人とも。派手にやりなさい」


 短めの作戦会議を終えて、ルドラは障壁を蹴って空中を駆けあがる。準備は完了だ。


「行くぜ、充填開始だ」


 バーツが言うなり、その右手にハンドガンのグリップが付いた双眼鏡と形容する他ない、奇妙な形状の武器が握られる。

バーツがそれを構えると、双眼鏡のレンズに当たる部分から一つずつエネルギーでできたレールが出現し、それらが大量のスパークを発し始める。


 大技の予感に、グラムジルバは大量の魔法を放ってくる。それに対して、ルドラは障壁を展開して炎弾を反射し、爆発をビームセイバーの刀身を振るって衝撃を相殺する。


 その間に、バーツはいくつものゲートを開き、大量の銃口がグラムジルバを狙う。炸裂弾、徹甲弾、エネルギー弾、それらはそのまま飛んでいくか、空中でぶつかり合って爆発を増幅させ、面の範囲で攻撃する。ルドラもそれに合わせ、〈ツァラング・クラング〉のショットガンにスキルを乗せて大量に光線を放つ。障壁に反射させ、こちらも面での攻撃だ。


 だが、グラムジルバは無数の障壁を発生させて一発も通さない。水も漏らさぬ鉄壁の防御だ。ルドラはこんな化け物を本当に倒せるのかどうか不安になってくる。


「へっ、そいつはどうかな?」


 心境が顔か声に出ていたのか、バーツが冗談めかして不敵に笑う。確かに、あの鉄壁の防御を破るために、今の攻勢を始めたのだ。


 やがて、バーツの持つハンドガンから放たれるスパークが弱まった。充填が終わり、発射の準備が整ったのだ。


「さて、どっちが強いかな? ランク1さんよ!」


 きっかり十秒。バーツはそのハンドガンから、雷のような轟音と共に弾丸を発射する。


 ハンドガンばかりを使っているバーツが特に愛用する逸品、〈HRRー1350/β〉という試作品らしき名前を持つこの銃は、端的に言えばハンドレールガンというカテゴリに分けられる。


 発射毎にエネルギーでできたバレルを形成することで、携行性とメンテナンス性を高めたという設定の銃だが、それ故に凄まじいエネルギー(EN)を消費する。〈コンバット・ゲート・プログラム〉を使うためにエネルギーの容量を大幅に増加させたバーツでなければ、まともに扱えない代物だ。


 その分、効果は絶大。ルドラが合わせて光線を全方位から浴びせているから、レールガンだけに集中するわけにもいかないだろう。いくら絶対の防御力を持つといっても、グラムジルバは魔法特化のバスター型、素の防御性能は低い。


 果たして、グラムジルバは無数の障壁を展開し、その全てを受け止めた。


「……まじかよ」


 いつも口が多いバーツも、言葉を失う。ルドラも同じ気分だった。たった今、こちらの最大の攻撃をいともたやすく防がれたのだ。


 反撃の魔法が放たれ、二人はその場から散開する。さっきの攻勢で、二人ともかなりのENを消費している。しばらく本格的な攻撃は行えそうにない。クロノス勢力に所属する機人は強力なENの自然回復能力を持つが、流石に一呼吸で全快したりはしないのだ。


 視界の端に映る、少しずつ回復するENゲージを見るうち、現実感が戻ってくる。


「あのさ、さっきから思ってたんだけど……」


「奇遇だな大将。俺もだ」


 バーツがそう答え、ルドラは頷く。


「接敵してから一度も、グラムジルバは足を止めていない……」


 口にしてから、その事実に改めて戦慄する。グラムジルバは熊のようにずんぐりした巨体を、ゆっくりと、だが確実に踏み出し続けている。周りの地形を確認すると、戦闘を開始した地点からかなり離れてしまっていた。無論、グラムジルバを中心に集まるヴァルハラの軍勢もだ。


「へっ、本当に人間かって言いたくなるな」


 バーツの言葉に渋い顔で賛同する。大量の攻撃を捌ききる恐ろしい集中力、的確に味方を守る状況判断能力、そして決して足を止めない精神力。


「うん、人間離れしてる……」


 グラムジルバの猛攻は続く。危なげなく凌いでいるものの、回避や防御にENを消費するため思うようにENを貯められない。


「でも、それだと少しおかしいわ」


 と、エクレアが疑問を呈する。


「どうして?」


「既に、こっちの驚異になる遠距離型(ブラスター)はあらかた倒してしまっているでしょう? いくらグラムジルバが高い防御力を持っていても、守る対象に攻撃能力が無いんじゃ攻めようがない。このままネプトに到着しても、集まってきたクロノスの軍勢に袋叩きにされるだけよ」


 確かに、グラムジルバが共に進軍しているヴァルハラの軍勢は、数こそ三十人も残っているが、既に戦力の大半を失っていた。エンケドラス要塞を固めるランカーのシルヴァにイレギュラーたちを、ルドラたちにブラスターの大半を削られており、戦争らしい言い方をするなら、疲弊した状態だと言える。


「このままでも突破できる自信があるってのは……いくらなんでも嘗められすぎか。そうなると、どうにも隠し玉がありそうだな」


「〈深淵の魔神〉以外に、何かあるってこと?」


 バーツは頭を掻くそぶりを見せた。


「かもしれん。だが、〈憑依〉系スキルは十二時間に一回だけのはずだ。レベル8相応の能力はあるだろうが、今のような狂った性能になるとは思えないな。戦争イベント中はホームタウン以外じゃSCの起動はできねえわけだしな……」


 結局はエクレアの言った予測に帰結してしまう。ルドラとバーツが頭を捻っていると、エクレアが軽い口調で重大な命令を下した。


「そ、なら一度撤退しなさい。このまま飛び回っててもENは回復できないし、どうせあいつの行軍は止められないわ」


「そうだけど、放っておくのはもっとまずいんじゃないの?」


「あなたたち二人だけでグラムジルバを倒したいならね。でも今のでわかったでしょう? 今のSC構成じゃ、あいつに攻撃を届かせることすらできない。それなら、一度水上都市の城壁にいるプレイヤーたちと合流したほうがいいわ」


 最初にグラムジルバを倒そうと言った当人が、恐らく涼しい顔で意見を翻していた。バーツが仕方ないと暗に込めながら言う。


「まあ、そうだろうな。どちらにしても、新しい策が必要だ。この状況じゃ、集中力が散ってどうにもならん」


 グラムジルバが放つ魔法の嵐をかいくぐりながら、ニ対一でひとまずの結論が出る。だめ押しをするように、エクレアが号令を下した。


「決まりね。そこから速やかに離脱を開始。合流地点を地図にマークしておくわ」


「了解」


 ルドラが大量の障壁を宙に放ち、二人はそれを蹴ってグラムジルバの近くから離脱する。ルドラはつかの間の休戦に思わず長いため息をつきながら、遠ざかっていくグラムジルバの姿を横目にせずにはいられなかった。


チラシ裏的解説

・勢力:ヴァルハラ

★ゲーム内設定

 かつて荒廃しきった地上を見限り、地下に逃げ込んだ「人類」の末裔。下へ下へと生活圏を広げていった彼らは、幸か不幸か、封印されていた古代の神たちの領域を掘り当ててしまう。「神託」によって地上が再起を果たしていたことを知った「人類」は、古代の神たちの力を借り、「魔人」として地上への侵攻を開始した。

★特徴

 MMORPG的にはオーソドックス。でも立場は完全に悪役。ダーク寄りな「魔人」の勢力。女神様もいるよ! 

 能力的な特徴は、STR(筋力)値とINT(魔力・賢さ)値を同時に上昇させるSCが多く、魔法剣士(ただし長射程魔法は使えない)的な能力を作りやすいことと、HPとMPにやや弱めながら自然回復能力を持つことがある。一時的に自分の能力を強化できる〈憑依〉系スキルを持ち、瞬間的な攻撃能力は三大勢力の中で最も高い。また、前衛も回復魔法を使えたりするので、粘り強い戦いも可能(ジリ貧とも言う)。


・〈HRRー1350/β〉

 本話に登場したバーツの秘密兵器。設定的にはこんな感じ。

武器カテゴリ:ハンドガン/レールキャノン/レーザーキャノン

★ゲーム内設定

 面妖な変態技術者集団で知られるクロノス社501兵器研究所で開発された、携行可能な試作型長距離狙撃兵装。物質化させたフォトンエネルギーに強力な磁場を発生させ、エネルギー、実弾問わず超高速での射撃を実現する。バレル部分を発射毎に形成するその仕様から高い携行性を持つが、同時にハンドガンとは思えないすさまじいEN消費を伴う。当然、その燃費の悪さから運用できる者は限られる。

★武器性能

 ハンドレールガン、ハンドレーザーキャノンと呼ばれるマジキチ装備その1。バーツのお気に入りである。ハンドガンというよりグリップのついた双眼鏡と言った方が正しい見た目で変態度↖。

 実弾を打ち出す際は狙撃砲と言ってもいい威力と精度を持つが、大量のENを消費する。エネルギー弾を発射することで範囲攻撃も可能だが、ものすごいENを消費する。打ち出す実弾もオーダーメイドでお高い逸品。それでもシルヴァの持つスナイパーキャノンの膝上くらいの威力である。

 本来はSCレベル8でないとまともに扱えない代物だが、バーツはEN出力やEN容量(最大MP)を底上げするSCを利用して強引に運用している。


・ハンドレールガン

 読んで字のごとく片手で持てるレールガン。フロムソフトウェアのロボカスタマイズアクションゲーム、アーマード・コア ラストレイヴンに登場する主人公のライバル的存在「ジナイーダ」の機体「ファシネイター」が最終決戦で装備している「YWH16HR-PYTHON」が有名。レールガンというには遅すぎる弾速、微妙な威力、遅い連射速度で、「とある企業の産業廃棄物レールガン」や「ハンデレールガン」の愛称を持つ。最終決戦時のファシネイターが強すぎるため、ハンデとして持たされているという説アリ。筆者も十回ほど撃破された。

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