T1-1「視点違い」
おはようございます、同志。
あなたにはスクランブルコード2068に則って休眠状態から覚醒し、ミッションに当たる「権利」が発生しています。
現在位置はブレスラント太陽系、第四惑星「アクロスロード」、地表9600メートルです。現在更新されている第一目標は、当惑星「アクロスロード」の占領、植民地化です。しかしながら、当惑星では原住民による抵抗が激化しており、彼らを撃滅しなければ、第一目標の達成は不可能です。
そのため、貴方には戦闘員として原住民を駆逐するミッションが提示されています。作戦の規模、目的に応じてスキル・クリスタルを調整し、これに当たってください。
故郷を失った我々共同体にとって、居住惑星の確保は急務です。あなたの力を貸してください。
そして、ようこそ。我々の新たなる故郷「クロノス」へ。
あなたの帰還を、歓迎します。
――VRMMO「ウォー・オブ・アクロス」。勢力「クロノス」オープニング・チュートリアルより。
ダムか何かのような、コンクリートのようなものでできた巨大な城壁へと、百人ほど人の群が近づいてくる。それは人と言うには耳、尻尾、牙や爪などをそのまま獣のごとく尖らせていて、端的に表して「獣人」といった風だった。それぞれ剣や弓、槍などの分かりやすい獲物を持っており、中には大きな狼や蜥蜴に跨った騎兵風の姿の者もいた。
対して、城壁のほうに陣取るのはSF映画にでも出てきそうなメカニックな印象を持つボディ・アーマーを装備している。銃なのかリモコンなのかよくわからないものを装備している者もいるし、巨大なスナイパーライフルを背負っている者もいる。獣人たちと比べればいくらか現代の人間らしいが、それでも形容にSFとかファンタジーとかの単語が必要そうな姿だった。
その様子を双眼鏡を覗きながら観察していると、不意に声が降ってくる。
「ミッションの内容を確認するわよ。こっちの斥候からの情報によると、あの中には四人くらいのイレギュラーが混じってる。それの排除が、あんたの仕事ね」
いつもの癖で右耳に手を当てながら答える。遠隔通信で入ってくる音声はクリアだが、聞こえてくる音声は他人事感が満載だ。
「了解。こっちに同じようなミッションを受けた奴は?」
「今のところ、いないわね。中央じゃもう派手にドンパチやってるし。ランカーはみんなそっちに行ってるみたい。必要なら、バーツを呼び戻すけど?」
「いや、いいよ。せっかくだし、稼がせてもらおう。イレギュラーだけ倒したら、さっさと中央のミッションを探すべきだね」
「ま、そうね。しっかりやりなさいよ、ルドラ。……って、やっぱり海外っぽい名前だとファミリーネームがないとしっくりこないわね」
「最近映画の見すぎだよ、エクレア。これまでさんざんこっちの名前で呼んできたくせに。というか、名前の由来からしたらファミリーネームもあったもんじゃない」
「インド神話だったかしら? いっちょまえに神様の名前なんて付けちゃって、チュウニか」
「すでにこの名前で通っちゃってるから……。というか、名前がお菓子の人に言われたくないなあ」
「ゲームのキャラの名前なんてそんなものでしょう」
「さいですか……っと、動きがあった。ミッションを開始するよ」
「了解。相手の情報は分かり次第出すから、適当にやりなさい」
「了解っと」
話を打ち切り、バックパックから獲物を取り出す。右手に懐中電灯くらいの大きさの柄を持つビームセイバーを、左手につや消しされた黒色のハンドガンを持ち、ルドラはダムを構成する山の斜面を掛け降り始める。
接敵の前に、無駄にライトブルーで透明感のあるカラーリングの懐中電灯風ビームセイバーにスイッチを入れ、光源に当たる部分から分厚いエネルギーの刀身を出現させる。
ダム前ではすでに戦闘が始まっており、遠距離型同士の激しい撃ち合いが行われていた。ファンタジー色満載の獣人たちが、ファンタジー色満載の杖をかかげて魔法を撃つ。対するSF的陣営のほうは、レーザーライフルやスナイパーライフルを撃ちまくる。それらを、巨大な盾を持った獣人が、防護フィードを発生させたフルアーマー野郎が防ぎ、戦線を構築する。
と、その中で一際強い光を剣にまとい、突進していく人影があった。精悍な顔つきの、そのまま人狼といった風の獣人。彼は驚異的な身体能力でダムの壁を駆け上がると、トーチカよろしくそこから射撃していたブラスターを何人か一刀両断し、すぐに離脱する。
よく見ると、その狼男のように周りの兵たちとは一線を画する動きをする者たちが何人かいた。人海戦術的な射撃で寄せ付けてはいないとはいえ、あきらかにダム側の陣が乱され始めている。
「……イレギュラーを確認、レベル7が三人だ。情報はある?」
「はいはい。あー、二人はCランク、一人はAランクだわ。Cのほうはともかく、Aの方は500位以内。Sランク狙いね。油断しないほうがいいわ」
「了解。まずは注意を引きつけよう」
ルドラは駆けるスピードを上げ、一気に二つの勢力がぶつかる戦線に入り込む。手始めに、右手に持つビームセイバーの柄から何筋もの光線を発射した。次いで、周囲にエネルギー攻撃を反射する防壁を多数展開。自分の攻撃を反射させて、最初に姿を見た狼男を全包囲から攻撃する。
狼男のほうもさすがに気づいて回避行動を取り、ダメージは軽微。だが、こちらを見る瞳は驚愕を物語っていた。
「げえっ! 〈幻晶壁〉のルドラ! なんでここに!」
その反応に苦笑しつつ、ルドラは空中に飛び上がり、発生させた防壁を蹴って一気に肉薄、ビームセイバーを叩き込む。狼男のほうはとっさに片刃の大剣でガードする。だがそれで狼男の体勢は完全に崩れた。ルドラは地面に足を着けた直後、強烈な回し蹴りを見舞い、狼男を吹っ飛ばした。
その先にはまた別のイレギュラーがいて、そっちはまるで着ぐるみのような雰囲気のウサギ顔。もふもふな着ぐるみが赤い西洋風甲冑を着込み、槍を持って戦う様はシュールとしか言いようがない。
「……! ランカーか」
ウサギ騎士はその渋い声を皮切りに、こちらに攻撃を開始する。これで二対一になったわけで、ルドラはビームセイバーの柄から放たれる光線で牽制しつつ、じりじりと押し込んでいく。二人のイレギュラーは戦線のど真ん中で戦うのは危険だと判断したのか、戦場の端のほうに後退する。
戦線の端のほうには三人目のイレギュラーがいた。そいつは人間に近い容姿に、熊のような丸い耳のついたまた別方向の獣人の青年で、なかなかのイケメンだ。癒し系とも言えるかもしれない。
「そいつがAランクのやつよ。名前はクルート。ボウガンと十手を使う変わったプレイヤーね。特に狙撃の腕に優れるって、注意して」
「なるほど、こっちでいうスナイパーってこと」
ルドラはそう返すと、先ほどと同じように防壁を発生させて宙を蹴り、飛び回って攻撃を開始する。
「ランク6の〈幻晶壁〉! 賞金をいただく!」
「おらおら! こっちは三人だぞ!」
「……参る」
こちらが本格的な攻勢に出たと見るや、三人はそれぞれ威勢のいい言葉を吐く。バーツならば何か気の利いた一言でも言えるのだろうが、残念ながらそんなテンションは持ち合わせていない。
「あんたらにあげる金なんかない! って言ってやりなさいよ!」
エクレアが通信でそう煽ったが、ルドラは無言で戦闘を続ける。こういうノリはどうも苦手だ。
能力に応じて、狼男とウサギの二人が前衛を、熊耳が後衛を担当している。回復役がいないのが救いだが、優秀なスナイパーの前に前衛がいるというのは不利なことに変わりない。早く熊を倒してしまいたいところだが、前衛の二人がそれをさせないだろう。
「まずは前衛のどっちかを倒す。解析を頼むよ」
「りょーかい」
防壁を蹴って飛び回りながら、隙を見て右手のビームセイバーで斬りかかる。左手に持っているハンドガンからも光弾を発射して、じりじりと狼男とウサギのHPを削っていく。どちらもスキル構成が分からない以上、集中攻撃はまだだ。
だが、そんな悠長にするのは許さんとばかりに熊耳から正確無比なボウガンによる射撃が飛んでくる。雷や炎など様々な属性を付与した射撃で、なんと偏差射撃までこなし、じりじりとHPを削られていく。
「狼男のほうは素早さ、筋力重視のアタッカー型。ウサギは頑丈さ重視のファイター型、熊は素早さ重視のバスター型。で、狼男だけど、防御とHPが低めね、あんたの暗殺スキルでいけそうよ」
「助かる!」
そうと分かれば、行動あるのみ。ビームセイバーの柄から光線を発射しながら防壁を蹴って飛び回り、「その瞬間」を待つ。
戦闘において、狙撃の有効性とは何か。このゲームの中で放送されている番組に出演していたランカーの一人曰く、こちらの存在を気取られぬことなく、即死級の攻撃を叩き込むことができること。特に、相手にこちらの存在を気取られないことが重要でありアドバンテージなのだそうだ。
さて、いま置かれている状況では、完全に三人からの攻撃の意志を一身に背負っている状態だ。これでは、相手に気取られぬことなど到底不可能だ。だが、そのような状況でも、似たようなアドバンテージを掴むことが可能となる状況が存在する。
ただでさえ、人の意志が絡む戦闘は複雑だ。それが四人以上の戦闘となると、予測を越えた位置関係になることが頻繁にある。そして、人という体積を持つ存在は、それだけで遮蔽物となるのだ。
障壁と光線で攪乱しながら、ルドラはその瞬間が来るのを待ち続ける。熊人間のボウガンで着実にHPは減っていき、残りは二割ほどだ。
相対する三人の顔に、僅かにだが、安堵とか勝利を確信する笑みが浮かぶ。それも当然だ。自然治癒力など持ち合わせていない機械の体とは違って、獣人はもともと強力なHP自然回復能力を持っている。レベル7ともなれば、牽制程度の光線でHPを削り切ることなどできない。現に、相手は三人ともHPが八割以上残っている。
その油断が、ルドラにとってこれ以上ないアドバンテージを生んだ。狼男がその大剣に派手な風のエフェクトを纏わせ、突っ込んできたのだ。賞金首であるルドラを倒せば、たとえ止めを刺していなくても莫大な賞金を得られるが、止めを刺した方が多くなる。それを狙ってのことだろう。
ルドラは障壁を多重に展開し、それを蹴って宙へと駆け上がる。そして取り残された二人のほうに跳んだ。狼男のほうもまだ技の効果時間が終わっていないようで、急にターンしてこちらに戻ってくる。丁度、ウサギと狼に挟まれた形だ。
ルドラがビームセイバーを狼男に向かって突き出すと、突然、そのエネルギーでできた刀身が爆発した。レベル2のビームセイバー系スキル〈バーストセイバー〉、そのエネルギーの噴射をもろに受けた狼男は突進を止めはしなかったものの、完全に視界を潰される。
ルドラは傍らに障壁を作ってそれを蹴り、紙一重で狼男の突進を回避。その結果、狼男はウサギへと突っ込んでいく形となり、ウサギの持つ槍によって止められる。
狼男が前後不覚となり、ウサギによって動きを止めたその瞬間を逃さず、ルドラは左手に持ったハンドガンのバレル上部から糸のように細いエネルギーの刃を発生させ、その首を狩った。急所を攻撃したことによるダメージ補正や防御力無視、そしてルドラの持つ急所攻撃ダメージ増幅スキルによって割り増しされたダメージが、一気に狼男のHPをゼロにした。
これが、ルドラの戦闘スタイルの一つだった。右手のレーザーショットガン機構を持つビームセイバー〈ツァラング・クラング〉で敵を攪乱し、左手のレイダガーの機構を持つハンドガン〈クロリッツィア〉で暗殺を狙う。
ここからは一転攻勢。ルドラは空中に障壁を展開し、それを蹴って飛び回りながら熊人間に襲いかかった。熊のほうもボウガンで応戦し、十手でビームセイバーをさばこうとするが、こちらはハンドガンもレイダガーもあり、手数では圧倒的に有利だ。
ハンドガンで牽制、ビームセイバーで防御を誘発、そしてハンドガンに内蔵されたレイダガーや〈ツァラング・クラング〉のショットガンで、ウサギがこちらに追いつく前に熊のHPを削りにかかる。動きがこちらよりも早い狼男がいなくなった今、いくら動きが早いとはいえ、前衛としての能力をあまり持たない熊だけでは近接型バスターの攻撃を凌ぎきれるものではない。
さすがにウサギが追いつき、こちらの攻撃を妨害してくるが、時すでに遅しだ。ルドラは跳び退きつつ障壁を多重に展開して、〈ツァラング・クラング〉の柄から幾筋もの追尾弾を発射する。近接して撃つよりも大分威力は下がるが、障壁に反射されて前方位から襲いかかる追尾弾を避けきるのは容易ではない。体勢が崩れたところを、ハンドガンのエネルギー弾で熊の頭を貫き、HPを削りきる。
「これで一対一だよ」
ルドラは一息つくために言い、武器を下ろしてウサギと対峙する。ウサギは槍を構えたまま答えた。
「見事」
そしていきなり突進し、斬りかかってくる。ルドラは内心戦慄しながら、攻撃をビームセイバーで受け止める。さっきの熊耳男といい、今日は変わったプレイヤーに会う日だ。
ここで怯んでいては、ランカーとしての名が廃る。ルドラは周囲に障壁を展開して攪乱戦闘のモードに入り、攻撃を開始した。
チラシ裏的解説
・勢力:クロノス
★ゲーム内設定
外宇宙からやってきた機械の体を持つ移民たちの勢力。機械人たちは「クロノス社」と呼ばれる超巨大企業に所属しており、この惑星を失った故郷の代わりにすべく、日々侵略を続けている。
★特徴
俗に言うアンドロイドたちの勢力。メカ娘好きな方はぜひ。三大勢力の中ではかなり変わり種。SCで上昇する能力値が最も少なく、地力では劣るが、他勢力よりも多種多様なアイテムはそれを補って余りあるほど強力。強力なMP(クロノス勢力ではENと言う)の自動回復能力を持ち、攻撃の持続力は高いが、自力でのHP回復と状態異常回復ができない。回復はアイテム頼りとなる。
チュートリアルの「あなたの帰還を歓迎します」はフロムソフトウェアのロボカスタマイズアクションゲーム「アーマード・コア ヴァーディクトデイ」ゲーム起動時のCOMボイスより。これに始まり、クロノスの設定はだいたいアーマード・コアシリーズに影響されている。
・ランク6、〈幻晶壁〉のルドラ
本作の主人公……の「ウォー・オブ・アクロス」におけるアバター。ランク6とは戦争イベントにおけるクロノス勢力内での獲得賞金が6位であることを表している。
ショットガンを内蔵したビームセイバーとレイダガー(ライトセイバーがナイフの大きさになった感じ)を内蔵したハンドガンの1・5刀流で戦う。魔法やエネルギー弾を反射する障壁を大量に展開しながら戦うため、この通り名がついた。尚、名前と通り名の関係性は皆無である。
対多数における攪乱戦闘を得意とし、主にイレギュラー狩りで報酬を稼いでいる。