T1-0「ガルムの成り上がりたい冒険記」
前作に引き続き、序章はチュートリアルパートと銘打ってストーリーが進行しません。伏線とかはありませんのでまったりとお読みください。
おかえりなさい、導かれし我らが家族よ。
放浪の民であったあなたならご存知でしょうが、今、この世界はふたつの害悪による危機に晒されています。一つは地上を捨て地中に逃れた人間や神々の末裔、「ヴァルハラ」と名乗る魔の軍勢。もう一つは外界よりやってきた機械仕掛けの侵略者たち、「クロノス」。
彼らは我々獣人が守り通してきたこの地を焼き払い、自分たちの都合のいい世界に作り替えようとしています。
どうかお願いします、この二つの脅威に対抗するため、あなたの力をお貸しください。
……もちろん、ここで生活してくださるだけでも構いません。戦士たちが帰る場所を守り、ごくあたりまえの営みをすることも、我々にとっては大切なことですから。
しかしながら、あなたには「スキル・クリスタル」という特別な力を使いこなす素質があります。これがあれば、あなたの獣人としての力を最大限に発揮し、現在、最前線で戦う獣人の勇者たちにも劣らぬ働きをすることができるでしょう。
我々が導けるのは、ここまでです。ここからは、あなた自身の判断に任せます。
――VRMMO「ウォー・オブ・アクロス」。勢力「ユグドラシル」オープニング・チュートリアルより。
オレの名は「ガルム」。といっても、本当の名前じゃない。現実世界のほうに生きるオレはただのサラリーマンで、ママにもらった大事な名前がある。
違う名前を名乗るからには、理由があるわけだ。別に何かの犯罪に荷担してるとか、そういうわけじゃない。ただ、ここ五年で超人気のヴァーチャル・ゲームのアバターの名前が「ガルム」だというだけだ。
そう、ヴァーチャル・ゲームだ。頭にヘッドギア型のインターフェースを被ってネットワークに繋ぐだけで、体はそのまま意識はファンタジックでバイオレンスな世界に旅立てるというアレだ。
オレがプレイしてるゲームの名は「ウォー・オブ・アクロス」。「ユグドラシル」「ヴァルハラ」「クロノス」の三大勢力がドンパチやってる世界。その中でプレイヤーは自由に戦争に参加したり、気ままにモンスターを狩ったり、まったりファンタジックな世界を旅行できたりする。広大な世界を作りやすい、VRなMMOならではのロールプレイングゲームだ。
じゃあ、今のオレは何をしているかって? このアバターを見て分からないのか?
オレのアバター「ガルム」はユグドラシル所属の狼男。どうだい? なかなかイカしてるだろう。こんな顔のシベリアンハスキーが家にいたら、毎日散歩に行きたくなるってもんだ。服装も野生味を感じさせるパンクでセクシーな逸品。どうだ、隙がないだろう?
だが、たまにつるむハーピー姿のエマはいつもダサいとか抜かしやがる。けっ、女にはこの良さが分からないんだろうよ。
こんな風貌なら当然、戦争イベントに参加する。現在、百人ほどの集団に混じって進軍中だ。戦争イベント中にはプレイヤーに対して様々なミッションが随時、大量に更新されているわけだが、その中でこのミッションを見つけたやつらは幸運だ。その中でも、オレは特に幸運だ。
周りのプレイヤーたちの能力を見てみるといい。「SCレベル」の欄がだいたい5だろう。だがオレのSCレベルは7だ。
おっと、そろそろ予定されていた戦場にたどり着く頃か。山林地帯をちょいと歩いてきたわけだが、前に見えるのは十階建てのビルぐらいはありそうな巨大な城壁……いやダムだ。そこには獣に近い姿をしたオレたちとは全く違った風貌のやつらが居座っていた。
サイバー・パンク映画に出てきそうな物々しいヘッドフォンを被っていたり、サイボーグ的なボディ・アーマーを装備していたりする。なにより、剣や魔法の杖を装備しているオレたちとは違って、その主な武装は銃だ。
やつらは勢力「クロノス」に所属する人形で、ファンタジックな世界で銃を好んで使用するファッキンな野郎どもだ。しかもやつらの勢力圏内はビルが立ち並んでいるときやがる。もちろんやつらも現実世界の人間で、ヴァーチャル・ゲームを楽しんでいる同類なわけだが、どうにも趣味が合いそうにない。
周りの仲間と歩調を合わせて進軍し続けると、両者の距離が相手のスナイパーライフルの射程内に収まる。当然やつらは撃ってきて、こちらの集団の前衛にダメージが入る。
さて、ここからはオレの仕事だ。オレは背中に吊った無骨な大剣を抜くと、狼男の名に恥じぬスピードで地を駆け、アンドロイド集団との距離を急速に縮めていく。やつらはダムの上から銃を撃ってくるが、高速でジグザグに走行するオレの機動を捉えることはできない。そのスピードに物を言わせてダムの壁を駆け上がり、スナイパーライフルを構えているやつを大剣で一刀両断する。
そのまま周囲を固めていた人形どもを大剣から放たれる衝撃波で薙ぎ払い、すぐに離脱する。さっきまでオレのいた空間に大量の弾丸が撃ち込まれヒヤっとしたが、特に問題はない。初動は完璧だ。
続いてダムの壁に空いた穴から身を乗り出してオレを狙撃しようとしていたやつに大剣を振りかざす。その一瞬で剣にエメラルドブルーのエフェクトがかかり、風の刃が発射される。オレを狙っていた哀れなスナイパーは、その一撃を頭に食らって消滅した。
ここまで圧倒的な強さを見せつけておいて何だが、オレはこの集団の中で飛び抜けて実力があるわけではない。この力の差は、単に「SCレベル」の差だ。
このシステムこそ、オレがこのゲームに夢中になった第一の理由だ。「スキル・クリスタル」というアイテムをゲーム内通貨である「クリスタル・エナジー」を消費して「起動」し、装備することでプレイヤーの能力値が変化する。SCの種類は数えたくないくらいの多さであり、それらをプレイヤーが多数装備することによってキャラの能力を自在に変化させることができるのさ。一から育てなくてもキャラの能力を変化させられるのは、他のMMORPGには無い特徴だ。
SCレベルが高くなるほど、装備できるSCの数と上昇する能力値が増えていくが、同時に起動に必要なCEは指数関数的に増えていく。特にレベル6とレベル7、レベル8とレベル9には大きな隔たりがあり、それぞれ一万倍ほどのCEが必要となってくる。同時に、その能力値の差はまさに別次元だ。
オレがラッキーだったのは、レベル7を扱えるだけのCEの蓄えがあり、それをこのタイミングで使うことができたことだ。他のやつらがレベル7を使わないのは単に採算が合わないからであり、撃破されたときの損失が痛すぎるというのもある。パーティーで参加しているなら尚更だ。
しかも、この僻地。中央で猛威をふるうSランカーの化け物どもはこんなところまで出張っては来ない。一応こちらも相手もレベル7が数人いるが、特に素早さを強化した今のオレならば大量の戦果をあげられるだろう。撃破ボーナスによる報酬CEもたんまりだ。
そのCEを担保にしていい装備やSCを買い、さらに己の強さに磨きをかける。そしていつしか、オレはあのSランクの化け物どもに追いついて見せる……!
「オラァ! 狩りの時間だぜえええ!」
気勢を上げて大剣を振り上げ、次なる標的に襲いかかろうとした直後、唐突に周囲を多数の光る魔法陣に囲まれる。そして大量の光線が魔法陣に反射されながら飛んできて、全包囲からオレに襲いかかってきた。
「うわぁ!」
思わず情けない悲鳴を上げたが、レベル7SCによって強化された身体能力ですぐに離脱し、直撃は避けた。多少胴体とか腕を焦がされたが、ダメージは軽微だ。
何だ、今のは。そう自問自答して、すぐに答えが出る。光線が放たれた場所に目を向けると、そこには一人のアンドロイドがいた。
見た目にはロボットらしさが少なく、むしろシャープなラインのボディ・アーマーを着込んだ人間の少年ような容姿だった。顔立ちは東洋人のようなのっぺりとした感じで、しかし透き通るような蒼い髪と瞳という、どうにもちぐはぐな印象だ。最近流行のジャパーニーズ・アニメーションに出てきそうな感じだろうか。
その容姿には心当たりがある。むしろこのゲームでは超有名人であり、「クロノス」に敵対するプレイヤーたちにとってはまさに悪魔のような存在、Sランカー。
「げえっ! 〈幻晶壁〉のルドラ! なんでここに!」
クロノスのランク6、通称〈幻晶壁〉。右手にレーザーショットガンの内蔵された高出力ビームセイバー、左手に黒いハンドガンを装備した、痩身の少年。
ルドラは口元にわずかな笑みを浮かべたかと思うと、地面を蹴るのではなく、背後に魔法陣的な意匠の障壁を発生させ、それを蹴って突進してきた。とっさに大剣で身をかばい、ビームセイバーによる攻撃を防御する。しかしビームセイバーから発されるスパークと想像以上の衝撃に体勢を崩し、次の瞬間には強烈な回し蹴りを食らって吹っ飛ばされていた。
これはまずい。非常にまずい。さっきまでオレがアンドロイドどもを蹴散らしていたように、レベル7の能力はそれだけで戦況をひっくり返しかねない。オレのようなランクCプレイヤーがレベル7の能力を使うことをやつらは「イレギュラー」と呼び、ランカーからの排除対象となるのだ。
そこに、やつらがランカーと呼ばれるゆえんがある。戦争イベントでの戦功は敵勢力に与えた負債額によって増加するわけで、当然、オレのようなレベル7を狩れば戦功はガッポリだ。やつらは自身の洗練されたレベル7の能力を使イレギュラーを選んで倒しまくり、勢力内で十位以内の戦功を稼いでいるというわけだ。
つまり、あのルドラにとってこの戦闘は狩りに等しい。能力は同程度のはずだが、装備や経験に違いがありすぎる。
「くそっ、どうすれば……」
と、吹っ飛ばされた先でオレは思わぬ好機を発見する。オレと同じく、Cランクでレベル7を使っているやつがいたのだ。そいつは同じユグドラシルの獣人で、二足歩行のウサギが赤い西洋風甲冑を着込み、槍を持って戦っていた。ファンシーでオレの趣味ではないが、悪くないセンスだ。
そうだ、この戦場にはオレ以外にも二、三人ほどのレベル7がいたはずだ。オレ一人では無理でも、多人数で協力すればあいつを倒せるかもしれない。
「あのランカーを倒したい。逃げ回ってほかのレベル7を合流し、協力して倒さないか」
「了解した」
立ち上がりながら早速ウサギ騎士に相談し、承諾を得る。そうと決まれば、移動開始だ。光線を幾筋も発しながら突撃してくるルドラを剣から衝撃波を発して牽制しながら、徐々に後退していく。ウサギ騎士もよく心得たもので、頑丈そうな鎧でオレに当たりそうな攻撃をカバーする。
やがて戦場の端のほうまでやってきて、そこにもう一人のレベル7を発見する。熊のような耳が生えただけの、かなり人間に近い見た目のやつだ。ナヨっとした感じで、あまり気は合いそうにないが、この際は仕方ない。
「この三人であいつを倒さないか? 報酬ガッポリだぜ?」
「いいね。僕はブラスター寄りのバスターだから、後ろで援護しよう。確実に削ってみせるよ」
なんとも頼もしい、俺たちは反転して、ルドラを迎え撃つ陣系を形成する。その姿勢に対応してか、ルドラはビームセイバーから大量のレーザーを発射する。
「ランク6の〈幻晶壁〉! 賞金をいただく!」
「おらおら! こっちは三人だぞ!」
「……参る」
怯んだら負けだ、オレたちは思い思いに言葉を返し、飛んできたレーザーを捌く。
さっきまでの撤退戦で、オレはあのランカーの恐ろしさを存分に味わった。ルドラはほとんどの攻撃を回避した上、ハンドガンによる射撃でこっちの体力を確実に削ってきやがった。こっちもあいつも牽制程度の攻撃しかしなかったから戦況は動かなかったが、獣人特有のHP自然回復能力がなければ、オレのHPはここに来るまで半分以上削られていただろう。ボクシングの格言だったか、蝶のように舞い、蜂のように刺すとはあのことだ、クソッタレ!
こっちが三人だろうが、油断はしない。オレはやつの持つビームセイバーの動きを注視し、可能な限り大剣で受け止める。さっき蹴りで吹っ飛ばされたことを反省し、受け止めたらすぐに振り払って押し出す。その隙に、ウサギと熊の野郎どもが攻撃するという流れになった。ウサキが攻撃を受け止めた時も同様だ。即席のパーティーだが、なかなかいい連携だろう?
その甲斐あって、ルドラのHPはじりじりと減っていく。それにしても、あの熊耳の野郎、いいセンスをしてやがる。ボウガンに炎や風の属性を付与し、自前の能力と技術で確実に狙い撃っている。まさにスナイパーってやつだ。
オレとウサキの騎士がルドラに有効打を与えられない中、熊耳のやつは着実にダメージを与えていく。何度かハンドガンによる射撃が熊耳を狙ったが、ウサギ騎士とオレが確実にかばう。
いかに死神にも例えられるランカーと言えども、同じレベルSCの三人と対峙すれば苦戦を強いられる。それを今、よく実感していた。へっ、こんなギリギリで燃える戦いは久しぶりだぜ。強い相手との死闘、そう、これがオレの求めていた体験だ。
この際、三対一であることは置いておこう。
やがてルドラの残りHPが二割ほどになると、やつの攻撃はやや消極的になる。攻撃よりも防御を優先しはじめたようだ。
これは好機だ。オレはとっておきの技を発動させる。
「〈ウィンドミル・チェイサー〉!」
唱えると、大剣がライトグリーンに輝き、大量の風を纏う。オレはその風に導かれるようにして、ルドラに突進した。
ルドラは宙に障壁を多重に展開し、階段を駆け上がるようにして上へと退避する。続けてジャンプし、オレの後ろにいたウサギ騎士か熊耳を攻撃するつもりのようだ。当然、オレの攻撃は届かない。
だが、これも狙い通りだ。ルドラがウサギ騎士に斬りかかっている後ろから、オレは反転して再度突撃を行う。最高速度の突撃から反転して再度襲いかかるという芸当は、風のアシストを受けながら攻撃するこのスキルならではの戦術だ。これで、ルドラの背後をつくことに成功する。
同じレベル7でも、ランカーを倒すことによって発生する報酬は、通常の……つまりオレのようなプレイヤーを撃破したときの比じゃあない。それは即席のパーティーを組んで撃破したときも同様だが、トドメを刺したほうが多くなるに決まっている。
「おらああああ!」
気勢を上げながら、トドメの一撃になるであろう刺突をお見舞いする。と、ルドラの持つビームセイバーがこっちに向けられたかと思うと、その刀身が突然爆発し、猛烈な衝撃波にたたらを踏ませられる。くそっ、後ろに目でも付いているのか!
だが知ったことか。オレは構わず、ビームセイバーの刀身が残したスパークが消えるのを待たずに突進を再開する。全力で踏み込み前進したが、しかし、その先にいたのはウサギ騎士だ。
オレはスキルの補正を受けて急ブレーキをかけたが、ウサギ騎士の槍に受け止められる形となる。ルドラの野郎、どこに行きやがった?
そう思った直後、首に違和感を覚えると同時に、一瞬でオレのHPゲージが真っ赤に染まった。何が起こったのか分からぬままオレは地面に倒れ込み、戦争イベント時の拠点へと強制送還される。
「なん……だと……」
巨大な木の内側に作られた城のエントランスで、オレは呆然と立ち尽くす。この場所に転送されたということは、オレは戦場でHPがゼロになり、「死亡」したということだ。指を鳴らしてゲームメニューを呼び出し、ログを確認すると、そこには確かにオレがルドラに殺害されたことが記されていた。
さっき、一体何が起こった? いや、何をされた? その疑問が浮かび上がると同時に、オレは自分が「死亡」したことの意味をもう一度考えてしまう。
オレは、とっておきのレベル7分SCを起動させ、そして存分に暴れることもできないまま、ルドラに倒されのだ。予定していた報酬はナシ、ランカーを倒したことによる特別報酬もナシ。収支は完全にマイナスだ。
「嘘だろ……オイ……」
オレはその場に膝を付き、頭を抱える。これから、少しずつSEを貯める日々に逆戻りだ。どうにもこうにも、今回の戦争イベントは個人的に完全敗北だった。
「くそっ、ランク6、ルドラ! いつか必ず、この借りは返させてもらうぞ!」
やってられん気分で悪態を付きながら、オレはこの戦争イベントでの負債を少しでも和らげるため、SCレベル5の装備でいそいそと再出撃の準備を始めた。
チラシ裏的解説
※本解説は設定のおさらいや一部名称の元ネタ、作者の自己満足が入り混じった項目です。おつまみ程度に扱いください。
・スキル・クリスタル(SC)
VRMMO「ウォー・オブ・アクロス」を代表するキャラクター強化システム。同じ勢力ならば初期能力値はほぼ同じとなるが、ゲーム内通過である「クリスタル・エナジー(CE)」を使用して起動・装備をすることで能力値を増加させることができる。SCの効果は五時間持続する。レベルを上昇させるSCを装備することで「SCレベル」が上昇し、より多くの強力なSCを装備することができる。
・勢力:ユグドラシル
★ゲーム内設定
世界樹を旗印とした獣人たちの勢力。強靱な生命力を持つ彼らは長らく大陸の所有者であり、その昔荒廃しきった世界を再生した立役者でもある。
★特徴
三大勢力の中で最もスタンダートな特徴を持つ勢力。所属するプレイヤーは獣のような特徴を体のどこかに持っており、獣の種類によって能力値に補正がかかる。ケモミミ好きな方はぜひ。また、能力一極型のSC構成にした場合、三大勢力中で最も能力の伸びが大きくなる。SCレベルと種族に応じてHPの自然回復能力を持つ。
・ガルム(人名)
ユグドラシルに所属する、若きアメリカ人の男性プレイヤー。人狼の姿で、胸元が開いた感じの趣味の悪い服装をしている。胸毛がオオカミスタイル。大剣を担ぎ、高い移動能力で走り回りながら戦う戦闘スタイルを持つ。名前は似ているが、前作主人公とは特に関係はない。