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第0章の8

 

「うーん、このテント中々快適なの」

 薄暗いテントの中、ヴィオラは隣にて早々に横になって笑みを浮かべるルナに苦笑する。

 このテントはシャムが持ち込んだテントである。と、同時にマジックアイテムでもある。

 かかっている魔法は三つ。収縮の魔法と、虫除けの魔法、それに温度調整の魔法の三つだ。このためコンパクトな割には機能性豊かであり、また屋外で寝泊りする時に不快な要因となる虫と気温を気にしないで眠ることができる。

 ルナの言うとおり、中々に快適な環境といえるだろう。

 ……まあ、その分お高いんですけどね。

 最高級とはいかないが、それでもマジックアイテムであるこのテントの値段は、一般市民であれば数ヶ月は遊んで暮らせるであろう程度には高級品だ。

 もっとも、指折りの高級娼婦を幾人も雇っている王都最高峰の娼館の護衛であり、また冒険者としても一級の腕を持つシャムであれば大した額ではないのだが。

 ……こういうのに使うお金を、少しは身の回りのものに使ってくれればいいんですけどね~。

 数年来の交流がある妹分に対し、内心ため息をつく。もう少し女の子らしく、香水やら服やらを買ったらいいのにと。

「なーに、難しい顔してるの? ほらほら、隣あいてるの」

 ニコニコと、テントの中の快適な環境にご満悦なルナが手招きする。

 そんな彼女の様子にヴィオラはクスリと微笑み。

「あら、ありがとうございます♪」

 そう言って、ヴィオラはルナの隣、ではなく横になっている彼女の上へと覆いかぶさる。

「……何、してるの?」

 キョトンとした顔で自分を見上げてくるルナの声には答えず、ヴィオラは彼女を見下ろす。

 パッチリとした青い目に長いまつげ、小さめの鼻や口がバランスよく配置されている。掛け値なしの美少女であり、一級の刀剣の如く整った容姿はともすれば触れれば切れそうなほどに美しい。しかし、クルクルと見るたびに変化するその表情が、彼女を愛らしく見せている。

 そんな彼女が今、シーツに広がる解いた長い髪を背にして自分を見上げている。

 ……不思議な子ですね。

 自分の髪がルナの顔にかかるのも気にせず、ヴィオラはルナを観察する。

 アンバランスな知識に際立った戦闘能力。そして、明らかに特殊な訓練を受けている所作。

 元は農民だったケイトでは気づかないだろう。シャムであれば、あれ? と少し疑問こそ抱きはしても確信には至らないだろう。しかし、幼くして教団に所属し、多くの王侯貴族と相対した経験を持つヴィオラにはわかる。彼女の生まれが、その類であることに。

 ……この手の立ち振る舞いは、自然に身につくものでありませんからね。

 けど、わからない。どうしてそんな子がこんなところで冒険者などしているのか。

「……ヴィオラ。いい加減、どいて欲しいの」

 ……おっと、いけませんね。

 どうやら考え事が過ぎたようだ。見上げてくるルナの視線に不満気な感情が含まれている。

 ついつい考察に耽りすぎていたことを反省し、本題に入る。

「ルナちゃんは可愛いですね」

 いきなりの発言。それにルナは目を瞬かせる。

「何なの? 別に私、そんなに可愛くもないと思うけど」

「いえいえ、すっごく可愛いですよ。まあ、もう少し身なりを整えるのに気を使えばもっと良くなると思いますが」

 ヴィオラの見る限り、ルナにはまだまだ磨けば光る部分がある。

 たとえばシャンプー。ヴィオラの見たところ、彼女にあっていない様子だ。少々、栗色の髪から艶が失われている。本来はもっと綺麗なはずだ。

 他にも、香水や化粧水などなど至るところに甘さがある。そういうところに気を使う習慣こそ持ってはいるが、適切なものを選べていないようだ。

 本人の知識が足りていないのか、お金がなくて安物で済ませているのか。どちらにせよ勿体無い。

 ルナの癖のないストレートの髪に指を通しながらヴィオラは。

 ……王都に帰ったら、是非ともその辺お付き合いしてもらいましょう。

 と、心に決め。ルナの頬に手を当てる。

「うふふ……」

 王都に戻ったらどこを連れ回そうか。当然、服も見たいし、色々着せてみたい。いっそのこと下着から始めて全てコーディネートしよう。そうだ。それがいい。そうしよう。であればまずはあの店から始めて。

 と、そんなヴィオラの怪しげな妄想を感じ取ったのか、ルナが顔を引きつらせる。

「ヴぃ、ヴィオラ?」

「あら? そんなに脅えないでくださいな。ワタシは何も、ちょっと味見したいというだけのことで何もやましいことは考えていませんよ」

「味見って何なの!? 全然、安心できないの!」

 言い叫び、ルナがヴィオラから逃れようと後ずさる。

「だめですよ~♪」

 ガシリ、とルナの手首を掴みその場に拘束する。

「ちょ、離すのー!」

 人間としては驚くほどに強固な抵抗にあうが、ヴィオラは微動だにしない。

 保有魔力量こそ少ないが、獣人が有する身体能力は人間のそれではない。それに。

 ……寝技は得意なんですよね~。

 涼しい顔でルナを押さえつけ、ヴィオラはゆっくりと彼女に顔を近づけていく。

「ルナちゃん」

「な、何なの!? 話なら聞くから顔を離すの!」

「子作りしましょうか」

 は、とルナの顔が固まる。

「な、え?」

「ですから、子作りですよ。さっき散々教えたでしょう?」

「い、いや、その……私、女なの」

「うふふ……女性同士でも子供はできるんですよ」

 嘘である。まあ、噂ではそういう魔法もあるという話だが、魔法を使えないヴィオラには無理な話だ。

 では、どうしてこんな嘘を言うかといえば。

「ぃ!? ちょ、ちょっとそれ本当なの!?」

 ルナがそれを知らないからである。そう、知識を詰め込んだとはいえ、そこまでアブノーマルなものは教えていない。いや、むしろ教えなかったというべきか。

 何故なら。

 ……こんな簡単に騙されるなんて、ルナちゃんは可愛いですね~。

 全てはこの時のため。実施という形で教えるためだ。

 どうにも性知識に疎く、またそちら方面の意識が低いルナの身は同姓の目から見ても危うい。ならばいっそ、こうして実体験を積ませれば多少はましにもなるだろうというヴィオラなりの心遣いである。

 まあ、もっとも、個人的な楽しみが半分ほどを占めているのだが。

「うふふ、さあ、めくるめく悦楽の渦へご招待してあげますよ~♪」

 そう言って、ニヤリと微笑んだヴィオラは、ルナの長い髪へと顔を埋めた。


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「ぎにゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 夜の森、その闇の中にルナの悲鳴が木霊する。

「…………あの、本当に大丈夫なんですか?」

 事前にヴィオラが実践で性的犯罪者の恐怖を教え込むとは聞いていたが、もれ聞こえる悲鳴に疑問が隠せないケイトだった。

「あー、うん、大丈夫だと思うよ。前に似たようなことされたけど、その時は結局、抱き枕にされるだけで終わったし」

 と、シャムは言うが。その顔は引きつっていた。

「ま、まあ、それならいいんですが……」

 ……実際、そこまでいったらルナさんが本気で抵抗するでしょうしね。

 武技を使ってまで抵抗されれば、いかなヴィオラとはいえどうにもできないだろう。だから、大丈夫というのは本当なわけだ。

 そう、理解しているケイトは一つため息をつき。やめるのー、離せー、子供は困るのー、というルナの悲鳴を意図的に耳から排除した。

「さて、それでこれからどうします?」

 多少、気を張る必要があるとはいえ、見張り役は基本的に暇な仕事である。となれば、何かして暇を潰す必要が出てくるわけだが。

「そだね。じゃあ、これとかどう?」

 シャムが取り出したのは手の平大のカード。トランプと呼ばれる遊び道具だ。

「いいですね。何にします?」

「うーん、ポーカーとかはどう? ルールわかる?」

「ええ。義姉さんが得意でしたから」

「オッケー。じゃあ、ポーカーにしよっか」

 そう言って、手の中でトランプをシャッフルしながらシャムは微笑み。

「何賭ける?」

 と、当然のように告げた。


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「あ、そう言えば忘れてました」

「な、何がなの……」

 息切れしているルナを下に、ヴィオラは視線をテントの外へと向け。

「ケイトさんに、シャムちゃんとは賭け事をしないように、と言うのをです」

「はぁ?」


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 ……な、何なんですかこれは。

 ケイトは唖然とした顔で手にしたカードを、そしてシャムが広げたカードに視線を落とす。

「フルハウス。わたしの勝ちかな?」

「え、ええ……」

 ケイトは手にしたカード、役としてはツーペアができているそれを木を切り出して作成したテーブルの上に広げる。

「よし。それじゃ、これはもらうね」

 ニコニコと紅い眼を細めたシャムが、隣に積み上げた硬貨を数枚持っていく。

 ゲームを始めた時はその倍以上あった硬貨の山も、今では半分以下の高さしかない。

「じゃ、続けていくよ」

 先ほどのゲームではケイトが担当したため、今度はシャムがカードを配る。

 ケイトはそれをジッと観察し。

 ……イカサマは、ない。

 それを己が目で確かめ、確信する。のだが。

「フラッシュ。いい感じだね」

 この引きだ。あまりにも強すぎる強運。鬼引き。

 ……強すぎる。

 ケイトは頬を引きつらせる。

「……スリーカード」

 己の役も決して悪くはない。だから勝負に乗ったし賭けた。だというのにこれだ。

 そして、彼女の強さの秘訣はそれだけにとどまらない。

「じゃあ、次いくよ」

 再びケイトの番が回ってくる。

 カードを配る。

 ……来ましたね。

 トントン拍子で集まったカードの役は、なんとストレートフラッシュだ。

 ケイトもほとんど経験したことのない大役。これなら勝てると表情には出さずに確信し。

「ダメだね。ドロップ」

 言ってシャムは完成したフルハウスをあっさりと投げ出した。

 本来ならば早々負けるはずのない役。それをあっさりと捨てる胆力と、相手のカードから漂う危険を見抜く眼力。あまりに強く、隙のないシャムの強さにケイトは手で顔を覆った。

 ……格が違いすぎる。


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 それから数分後。

 完膚なきまでに敗北を喫したケイトは膝をつく。

「うーん、ケイトさんって結構強いんだね。またやろう」

 ケイトが自作したマジックアイテムでもある短剣を片手に、シャムは楽しそうに微笑む。

 その微笑みはシャムの幼い容姿もあって、とても綺麗で純粋な童女のようでもあった、が。

「ははは…………嫌です」

「あぅ……や、やっぱりダメ?」

 ケイトのにべもない返答にシャムはショックを受けたように仰け反る。

 しかし、ケイトは知っている。彼女の幼い顔の裏には博徒としての顔が潜んでいることを。

 ……アレは修羅の顔だ。

 微笑みながらも常に相手の腹を探り、隙あらば容赦なく相手を食い殺す。正真正銘、博打の鬼だ。

 だからキッパリ告げる。

「お断りします」

 するとシャムは、ちぇー、と唇を尖らせる。

「せっかく、良い相手が見つかったと思ったんだけどな……」

「鴨としてですか? ……はあ。シャムさん、性格変わってません?」

「そうかな?」

「そうですよ」

 そっかあ、とシャムは呟き。

「まあ、賭け事は弱いと食い物にされるだけだしね。これくらいの方がちょうどいいんだよ」

 言って苦笑する。

「そういうものですか。……そんなに賭け事が好きなんですか?」

「好きっていうか、ライフワーク?」

「どんだけですか……」

 賭け事を己が人生とまで言いきられるとは思ってもいなかった。

 つい数十分前とはまるで印象が変わってしまった目の前の少女に、ケイトはため息を禁じえない。

「あはは。そんなにため息つかなくても大丈夫だよ。わたし、嫌がる相手にふっかけるほど鬼じゃないもん」

「ならいいですけどね。ところで、随分と腕が立つようですが、どこで覚えたんですか?」

 シャムの性格は素直で純粋、といったものだ。無論、それだけではないのは身に染みて理解したが、賭け事を学んだきっかけがわからない。彼女の性格を考えれば、賭博を進んで覚えようとするとは思えなかった。

 可能性としては、彼女が所属するという娼館でだろうか?

 そんなことをケイトは思っていたのだが。

「あー……なんていうか、そのね」

 シャムは言い辛そうに視線をしばし泳がせ。

「独学、なんだ。昔、小さい頃はお金を稼ぐのに必死でさ」

 え? と、予想外の答えにケイトは間抜けな声を上げる。

 それに、小さく苦笑したシャムが言葉を続ける。

「里を追い出されたのが6歳の頃。それから10歳でウタカタ、今の娼館に拾われるまでの4年間の生活はさ。結構、酷かったんだよね」

「あの、シャムさん……」

 明らかに人に話したくない部類の身の上話に、ケイトは思わず声を上げて止めようとする。

 しかし、シャムは首を横に振って話を続ける。

「大丈夫だよ。それに、これを話すことはわたしの決まりだから」

 ……決まり?

 意味深な言葉に目を細めるケイトに対し、シャムはその真紅の瞳を黄金色へと変えて。

「そう、決まり。わたし、シャム・ゴールドが冒険者をやる上での決まりだよ」

 己が名を名乗った。


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「シャム・ゴールド? ゴールドって、まさか……」

 ケイトが目を丸くして呟く。

 ……さすがだね。

 薄々察してはいたのかもしれないが、その頭の回転の速さには舌を巻く。

「気づくのが早いね。そうだよ。わたしは黄金竜の末裔、ゴールド一族の出身なんだ」

 やはり、といった顔でケイトが眉根を歪める。

 そもそも、この大陸において名字を持つ者は少ない。自分で名乗るなどという例外を除けば、王侯貴族、あるいは限られた例外的存在しか持っていないのだ。すなわち、ケイトのような農民の出からすれば、名字を持っているというだけで、遥か雲の上の人物ということになる。

 しかし、ケイトが驚いたのは名字を持っていたからではないだろう。シャムが名乗っている名字が持つ意味にこそ驚いたのだ。

 ゴールド。王侯貴族ではなく、黄金竜と称される存在の末裔のみが名乗ることを許された名。

「かの竜の咆哮は天地を揺るがし、その羽ばたきは嵐を生み出す。黄金の鱗は何者をも寄せ付けず、また金の爪は世界をも切り裂く。そして」

「その息吹は森羅万象遍く全てを崩壊させる。そう、かの竜こそが金色の竜。黄金竜なり」

 お釈迦としてはこれ以上ないほどに有名な一節。ケイトに続くように、シャムもまたそれを呟いた。

「とまあ、かつて地上に神が存在していた神話の時代に恐れ、敬われていた最強の竜。それがわたしの祖先、ってことだね」

 ふう、とシャムは視線を落とし、震える声を隠しながら息を吐く。

 いつもこうだ。自分の出生を話す時には震えが止まらない。何故なら。

 ……この話を聞いた人はみんなそろって。

 化け物を見る目で自分を見るのだから。

「……うちの一族はすごく閉鎖的な一族でさ。そのせいで昔から残ってる変な掟とかが多いんだ。で、その一つが……金の瞳と髪を持たずして生まれた子は追放せよ。なんだってさ」

 馬鹿な掟だ。心底そう思う。

 もちろんそれは、遺伝的に劣っている者を排除することで、一族の血を保とうというある種の合理的な判断から来るものだという理屈はわかる。

 ……けど、それが何だっていうのさ。

 虐げられたものからすれば、そんな掟くそ食らえだ。

「だからわたしは、6歳で里を追われた。忌み子として最低限の教育だけを受けさせて、適当な町へポイ。……ま、そうなることは知ってたし、むしろ清々したけどね」

 嘘だ。今でも覚えている。両親が自分に向けるあの目は。

 あのゴミを見るような目だけは。

「……で、それから色々各地を放浪して、最終的に王都コロナにたどり着いたってわけ。賭博を覚えたのは、その頃だね。知ってる? 目のよさって、結構博打じゃ有利なんだよ」

 ルーレットなんかは見るだけで何処に落ちるかわかるし。と、シャムは含み笑いを浮かべる。

「とまあ、それからしばらくして、とある人に拾われて、娼館の護衛になって、副業で冒険者を始めたりなんかして、今のわたしがあるってわけ」

 そこまでを言い切り、シャムは目を閉じる。

 先ほどから、一度もケイトの顔を見ていない。自分のことをどんな顔で見ているのか、それを思えば見ることができない。

「これで話は終わり。ケイトさんだったら、どうしてわたしがこんな話をしたか、わかるよね?」

「……ええ、黄金竜の末裔。彼らの風評ですね」

 こくりと頷く。

 黄金竜の末裔。即ち、シャムの親類は酷く恐れられている。

「今でこそ引きこもるばかりで何もしない一族になっちゃったけど、一昔前は酷かったんだってね」

「ええ。人族も魔者も関係なく暴れ、壊して回った暴竜の一族。彼らが滅ぼした国は両の手でも足りないほどと言われています」

 つまりはそういうことだ。

 ご先祖様がしでかしたツケを自分は払わされている。そういう話だ。

「実際、うちの一族の連中は単体戦力としては化け物みたいなのばっかだし。性根が腐ったようなのばっかりだから、化け物扱いも妥当なんだけどね」

「しかしそれは……シャムさんのせいではありません」

 ケイトのことのほか強い言葉に、少し嬉しく思う。

「ありがとう。でも、世間はそうは見てくれない。だからわたしは、冒険者としてパーティーを組む相手には必ず言うんだ。自分の出生を」

 そして、みんな離れていった。

 それはそうだろう。いつ、自分がありもしない本性を現すとも限らないのだから。

 ……それに、忌み子扱いのわたしと一緒にいるのを一族の連中に見られたら、何されるかわかんないしね。

 だからきっと、ケイトもルナも直ぐに離れていくだろう。思いのほか楽しい二人だったけど、所詮は一時の仲以上にはなれないのだから。

 シャムの心が深く沈む。もう、前を見れないときつく目を閉じて。

「シャムさん。竜化が使えるんですよね?」

「え?」

 ケイトが発した何の脈絡もない言葉に、シャムは驚いて顔を上げてしまった。

 そこにあったケイトの顔は、先ほどまでと何ら変わらない。恐怖も嫌悪も感じていない、苦笑いであった。

「瞳を金に変えられるし、ブレスは吐ける。竜化ができないということはないと思いますが?」

「あ、うん。できるけど……」

 竜人の秘儀。竜化は即ち、竜に近づく秘術だ。

 幼くして里を終われこそしたが、シャムも多少は使うことができる。

 ……けど、どうして今、そんなことを?

「では、竜化で羽を生やしてもらえませんか?」

「い、いいけど。何で?」

「まあまあ、それは後で話しますから」

 ささ、とケイトが笑みを持って促す。

 よくわからない。そう怪訝に思いながらも、シャムは竜化を使う。

 竜人としては未熟もいいところのシャムは、少しばかり集中しないと使えないが、それでも確かに竜化は成り。

「これで、どう?」

 背には一対の羽が生えていた。

 鳥の羽とは異なる、どちらかと言えば蝙蝠の羽に似た金色の羽が、シャムの背中から二本飛び出ていた。

「で、ケイトさんは何がした……」

「ふむふむ、では少し失礼して」

「ひゃぃ!?」

 シャムの言葉も聞かず、その背へと手を伸ばしたケイトが背中をさする。

「ちょ、ちょっと!?」

 シャムが思わず抗議の声を上げる。

 しかし、ケイトは耳を貸さず、確かこの辺に、などと呟きながらシャムの背中をまさぐり続ける。

「ちょっと、ケイトさん? いい加減にしてくれにゃぃぃィィ!?」

 ……ちょ、何これ!?

 背筋を走る甘い疼きに、シャムは奇声を発する。

「あった。ここですね」

 言って、何処かを触ろうとするケイトを静止しようとして。

「まっ……ひにゅぅぅぅ……!?」

 腰砕けになる。

 ……何これ何これ何これなにこれーーーー!?

「ふむ。どんな感じです?」

「どんにゃって、あ、アァッ! と、とめ、テェェェッ!?」

「気持ちいいみたいですね。では、続けます」

 ……え!? そんな、こんなこと続けられたら。

「やめ、ひにぇええええええええええええええええええええええええッ!?」

 無慈悲にケイトの手が動き。

 夜の森に、シャムの嬌声が長い尾を引いて響くのであった。


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「……気持ちいいですか?」

「にゃぁぁ……」

 言葉もないとはこのことだ。

 シャムは背を中心に走る快感に、目を閉じて体を振るわせる。

「気持ちいいみたいですね。まあ、ここは竜人にとってのツボみたいないものらしいですから。自分では届かないし、全然耐性がないでしょ?」

 言いながらケイトは、羽を出すためマジックコートに意図的に作られた切れ目から手を入れ背中のある部分を擦る。そこは、竜化したために鱗が生えた箇所であり、より正確に言うなら複数の鱗が重なった箇所の裏にある小さな一枚の鱗だった。

「にゃ、にゃんでしょんなこと知ってるの?」

 少しなれたのか、若干呂律は回っていないが、それでも言葉を投げかける。

「どうしてだと思います?」

 しかし、質問は質問で返された。

 ……そんなのわかんないよ。

 だって、竜人である自分ですら知らないようなことを知っているなんて。

「ぁ、ましゃか……」

 ……竜人の知り合いがいる?

 脳裏を走った推測に、首を後ろに回す。

 するとケイトはニッコリと微笑み。

「正解です。僕の義姉が、竜人なんです」

 やっぱり。そう思い。

「それも銀竜の」

 続く言葉に耳を疑った。

「うそ……」

 銀竜。それは黄金竜に匹敵する力を持つ竜であり、またその末裔は、黄金竜の末裔同様に忌み嫌われている一族だ。

「かつて多くの魔法を作り出し、今日では禁忌とされている魔法の数々を作り上げた。そして、その魔法が多くの生命を奪った。故に、魔竜」

 そう言われ恐れられている。

「ま、僕の義姉は兄を折檻する時と、魔法の指導をしてくれるとき以外は優しい人です。全然、風評は当てになりませんね」

 と、ケイトは苦笑して。

「だから、と言うわけではないのですが。そんなに気にしないでください。シャムさんはシャムさんです」

「ケイトさん……」

 けれど、それでもとシャムは表情を沈ませる。

 信じていないわけではない。むしろ信じたい。けれど、そう簡単に今までのことを忘れられなくて。

 ……わからないよ。

 どうすればいいのか。

「ふう。まあ、いきなりこんなこと言われても困るでしょう。ですので、ゆっくりと考えるといいと思いますよ。僕は待ちますから」

「……うん」

 ありがとう、そう静かに告げて。

「では、せっかくですし。このまま交代の時間までマッサージを続けるとしましょうか」

「え?」

 凍りついた。

「ちょ、待ってケイトさん!? も、もう十分だよ!」

「いえいえいえいえ、まだまだ足りませんよ」

「いや、ケイトさん。ひょっとしてさっきのポーカーのこと根に持ってない?」

「…………そんなことはありませんよ」

「その間は何!?」

「では。いざ極楽へ」

「ちょまっ……ふひにゃああアアアアアアアアアアアアアアアアああああ嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああ!?」




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