第0章の6
オーガとデスレースを繰り広げること数分。
ケイトたち四人の目的としている場所が近づいてきた。
「見えてきたよ。準備はいい?」
直線距離にして約500メートル。四人の足なら三十秒もあれば走破できる距離を残してシャムが告げる。
「問題ありませんね~」
ヴィオラが緩い笑みを浮かべ。
「オッケーなの」
ルナが勇猛な笑みを浮かべ。
「ですね」
ケイトが薄っすらと笑みを浮かべて答える。
そして、四人が一度頷きあい、ケイトが杖を掲げる。
「では、行きますよ! 『accelerate wind』!」
風が起こる。
ケイトを中心として巻き起こる風は、数瞬ほど彼の近くで渦を巻くと、次の瞬間には四人各人の体を覆い、その背をグッと押す。
いや、背中を押す、などという表現では足りない強烈な風が彼らの背を後ろから吹き付ける。更に、全員の前方には本来あるはずの向かい風がなく、ただ前へ向けて全力で走ることが可能となっていた。
速く走るには理想的な環境、それが作られた彼らは各々の方法で加速する。
ケイトは魔法による身体強化を二重にかけ。
ルナは武技の出力を上げ。
ヴィオラとシャムは抑えていた身体能力を解放し。
四人が加速する。
時間にして5秒。それだけの時間を持って森を駆けた彼らは目的地たる川へとたどり着き。
「っ!」
跳躍。50メートルもの川幅を一息で跳んだ彼らは着地と同時に猛烈なブレーキをかける。
ケイトは魔法で、ルナとヴィオラは自身の武器を大地に突き立て、シャムは手ごろな木を足場にして勢いを殺す。
幾人かは砂塵が上がるというより、大地を捲り上げながら止まり、そのまま反転。
そして。
「『phantom curtain』!」
ケイトが魔法を発動させる。
X X
「あいつら逃げるつもりか!?」
「逃がさんぞ! 追え追え!」
オーガたちは前方にて追い続けている人族どもが急激に加速、その姿を見失ったのを見て、慌てて追いかける。
魔法を唱えることを考慮して、多少余裕があった彼らは、その強靭なる肉体能力をフルに発揮して森を走破する。
邪魔な木々を幾本も圧し折り、草花を踏み散らしながら走る。
追え、追え、捕まえて殺して食らい尽くせ。
我らの縄張りに踏み入った奴らを生きて返すな。
それらを合言葉に、オーガたちは森を走り続け。
先頭にいた二十人の姿が忽然と消えた。
「何が起こった!?」
「止まれ止まれ! いいから一度止まれ!」
察しの良いオーガが幾人、警告の声を飛ばす。
しかし間に合わない。それから十数人ほどの仲間たちが忽然と消えていく。
目の前にはただの森が変わらず存在しているというのに。
X X
……成功ですね。
ケイトの目の前、そこでは走ってきたオーガが何十体と無防備に川へと落下していく姿があった。
原因はもちろんケイトの使った魔法。あまり程度はよくないが、幻を展開する魔法だ。
簡単に言えば、任意の箇所に精巧な壁を作るといったものだろうか。それを持って森と川の境に、そこから先も森が続いている光景を作り出していたのだ。
結果、本来ならば川があるのに気づかず、その先も森だと思って全力で走っているオーガたちが次々と川へと落水していったというわけだ。
とはいえ相手はオーガ。この程度であれば時間稼ぎにもならない。直ぐに川から這い出てくるだろう。
だから。
「『rapid current』!」
杖を川へと差し入れ、魔法を発動。すると、川の流れに加わる形で新たな流れが発生する。それは徐々に拡大、急激な流れとなり川が氾濫を始める。
当然、川の中にいるオーガたちがどうなっているかなど言うまでもない。いかに屈強なオーガといえど、まとまな足場もない水中で、ましてやことのほか強力な水の圧力にさらされれば、川の中を転げまわされることしかできない。
川底に、あるいは同族の体にぶつかり翻弄されるオーガたち。無論、オーガの頑強な肉体があれば死にこそはしないだろうが。
「これで身動きはとれなくなりました。残りをお願いします!」
「任せて!」
残るオーガ。ケイトの張った幻幕の向こうからゆっくりと顔を出し始めている連中をどうにかするのは意外にもシャムだった。
シャムは川端に立つと、大きく息を吸い始める。
長い、長い呼気は小柄な体格のシャムの肺に入らないのではと思わせるほどに大量の空気を送り込む。それと同時、異常なまでの魔力の高まりをケイトは感じた。
……これは、シャムさん?
急速に膨らむ魔力の中心はシャムだ。一秒ごとに膨らむ魔力は次第に物理的な圧力を伴い、近くで見ていたケイトの肌をビリビリと揺さぶるほどに肥大化していく。
……僕の全魔力の倍、三倍、四倍、まだ増える!?
標準的な魔法使いの十倍ほどの魔力量を持つケイトから見てこれだ。それは即ち、シャムは一人で魔法使い何十人分もの魔力量を有しているということだ。それもおそらく、底はまだまだ先。
一体どんなでたらめだ。そして、それだけの魔力を使って撃つ大砲とは何だ?
「……いくよ」
ケイトの疑問に応えるようにシャムがポツリと呟き。ためていた空気を吐き出すように、前傾姿勢をとりながら大きく口を開く。
直後、膨大な量となった魔力が変換、開放される。
「……ァァッ!」
閃光、鮮烈なる黄金色の光が奔流となって突っ走る。
瞬きする間もなく黄金色の閃光は川を越え、森へとたどり着く。そして、触れたもの一切合財全てを破壊していく。
文字通りの破壊だ。触れた対象を原子レベルで崩壊、霧散させていく光はただしく破壊の光となって森を突き進む。
木々を、草花を、動物を、空気を、そしてオーガをもまとめて、ただの一つの例外も許さずに破壊していく。破壊された対象は塵一つすら残さないし残せない。
閃光が何にも阻まれることなく突き進み、やがて消えていく。照射時間としては3秒前後。しかし、それだけの時間があれば十分すぎるほどでもあった。
結果、ケイトたちのいる場所から一直線に、横幅十数メートル、直線距離にして数十キロの破壊跡が森に生まれることになる。光に巻き込まれた、破壊跡にあったものは全てその存在を許されずに消え去った。
後に残るのは痛いほどの沈黙。森に生きる生命全てが恐れるように息を潜めて身を硬直させている今の森は、ただしく無音の森だ。
ケイトはそんな光景を前にし。
「……ぶ、ブレス?」
呆然と呟く。
「けほ、けほっ! せ、正解だよ」
咳き込み、少し顔の赤いシャムが答える。
ブレス。より正確に言うなら竜のブレスだろう。他にもブレスを使う種族は存在しているが、これほどの破壊を起こせる種族は竜くらいなものだ。
竜。それは即ち、魔者の中でも最大最強の力を有する種族だ。そして、そんな竜のブレスが使える人族といえば一つしかない。
「竜人。まさかこんなところで出くわすとは思ってもいませんでした」
遥かな太古、竜と交わった人間の血縁、末裔、それこそが竜人であり、現代においても人族において最強種と呼ばれる種族だ。
「あはは、そんな大したことでもないよ。未熟者もいいとこだしね」
少し暗い顔をしてシャムは笑う。
何かしらの事情を感じさせる笑みに、ケイトはなんと声をかけたものかと思い。
「シャムはすっごいの! 是非とも後で私と戦って欲しいの!」
ルナののんきな声が耳に響いた。
そんなルナのある意味では真っ直ぐな言葉に、シャムは一瞬呆気に取られると、先ほどとは少し質の異なる笑みをこぼした。
「あ、あはは、それは遠慮したいかな」
「えー! そんなこといわずにやるの!」
「はいはい、その辺にしておきましょうか~」
雑談を始めようとする二人の間に割ってはいるヴィオラ。
ヴィオラは緩めていた口元をそのままに、手にした杖を森へと向ける。
「仕事ですよ、ルナちゃん。残った撃ちもらし狩りです」
「ありゃ、あれで生き残りがいるの?」
「うん、わたしのブレスは一直線にしか撃てないから。ごめんね。その辺上手く制御できなくて」
シャムの言うとおり、森にはブレスの範囲外にいたオーガがほうほうのていではあるが複数森に潜んでいた。
しかし、それははなから織り込み済みの問題だ。
「問題ありませんよ。ルナさん、ヴィオラさん。僕が魔法防御をかけるので連中の相手をお願いします」
言って、ケイトが水中の魔法を維持したまま別の魔法を発動しようとして。
「いえいえ、それには及びませんよ」
え、と首を傾げるケイトに、ヴィオラは。
「ここはワタシにお任せを♪」
杖を振り上げ、祝詞を上げる。
「『彼方に座する愛統べる御方の信徒、ヴィオラが願います。我らに加護を与えたもうことを』」
魔性と言ってもよいほどに美しい声色でヴィオラが朗々と歌い上げる。
それは彼女たち神官が神へと伝える言葉であり、祈りだ。神官は、己に加護を授けてくれる神へと祈りと魔力を捧げることで奇跡を成す。
それこそが神術。遥かな太古から存在する魔力を使用する三つの技術の一つだ。地上世界とは異なる次元に存在する高次元体である神から加護を受けたものしか使えない秘術であり、三つの技術の中で出力という面では最も高位にある。
「『加護受託』」
神術を行使するヴィオラと、それを見守るルナの周囲に天から柔らかな赤い光が降り注ぎ。
「『高揚する肉体』『抵抗する肉体』」
二言、呟いたヴィオラの言葉に続いて二人の体に光が溶け込んだ。
「っと、これでよし。さあルナちゃん、いきますよ♪」
言うや否や、ヴィオラは川を飛び越え森へと向かう。
「あ、ちょっと待つの!」
ルナもそれに続いて跳躍する。ヴィオラに続いて一息で川を飛び越えたルナが森へと飛び込んでいく。
残されたケイトとシャムは二人で軽く顔を見合わせ。
「えっと、それじゃわたしが二人が戻るまで護衛してるね」
「ええ、お願いします」
森へと消えていった二人を見送った。
X X
……これ、ずいぶん凄い効果なの。
先んじて森へと消えたヴィオラの背を追いかけながら、ルナは自身の体に及ぼされた神術の効果に感嘆の息をもらす。
神術自体になじみがないわけではない。魔法に比べれば使い手は少ないが、それでも一定数いるのが神術使い、即ち神官だ。ルナが今まで出会った神官の数は両の指でも足りないし、神術をかけてもらったこともまたそれ相応にある。
だが、それでも驚きを隠せないのは。
……小さい頃に教団の神官長様にかけてもらった時なみなの。
違う神に仕える別教団とはいえ、教団でも指折りの実力者が使う神術と同等クラスの力をヴィオラの神術からは感じる。
つまりは。
……神官長なみの実力者っ!
自分と同い年でこれほどとなると、さぞや将来を有望視されていることだろう。
それほどの女がどうしてこんなところにいるのか。それを疑問に感じこそするが。
「面白いの! 是非とも、ヴィオラとも勝負したいの!」
抑えきれない喜びに叫び、感情が赴くままに大きく大地を踏み込む。
武技と神術、それらを合わせた莫大なエネルギーを足に集約、一歩を蹴り出すことで前へと前進する。
音を置き去りに、風の壁を突き抜けてルナは跳ぶ。
「ゼェリャアアアアアアッ!」
爆音を轟かせながら木々の隙間を跳びぬけたルナは、瞬く間に一体のオーガとの間合いをゼロにする。
直後、勢いを殺さぬままに振り下ろした大剣が、オーガを真正面から両断。
「グギァッ!?」
するばかりか、あまりの勢いにそのまま地面に突き立った大剣は大地を爆散させ、直径数メートルのクレーターを作り出す。
爆心地にいたオーガは当然の如くミンチだ。
「さあ! まだまだ私を楽しませて欲しいの!」
こんな程度じゃ満足できないと叫び。
「お背中がお留守ですよ~」
ルナの後方へと割り込んだヴィオラが杖を振るう。
神術と獣人ならではの身体能力、そして技を融合させた一振りは、ルナの背中目掛けてオーガが振り下ろした長剣を正面から砕き割る。
続けて。
「ハァッ!」
跳躍、オーガの頭上へと跳んだヴィオラが気合と共に杖を振り下ろす。
「プギッ……!?」
硬いものが砕ける鈍い音が森に響き渡り、オーガの頭が木っ端微塵に潰れ散った。
「っと、油断大敵ですよ♪」
「むむ、あれくらいどうにかできたの。でも、ありがとうなの」
今さっきライバル認定した相手にちょっぴりの対抗心。しかし、仲間への感謝が先立ち礼を言う。
「いえいえ、お気になさらずに~」
それを受けるヴィオラは緩い笑みを湛え。
「では、一緒に害獣を潰しましょうか♪」
黒い感情を煮詰めて凝縮したようなドス黒い言葉を吐いた。
「わお。意外とヴィオラもエグイの」
ちょっと驚き。この見た目にも華やかな女性が吐いたとは思えない言葉に、ルナは苦笑し。
……でも、こっちの方が付き合いやすいの。
それを即座に受け入れ隣に並び立つ。
「せっかくだし、勝負するの」
「では、潰した数で競うということで♪」
オッケーなの、とルナは答え。
「さあ」
「全員潰してあげます!」
気合と共に二人は飛び出した。
X X
川越しに二人を見送ったケイトとシャムは、散発的に森で響く爆音を聞きながら待つ。
「そろそろでしょうか?」
いい加減、水流を維持するのもだるくなってきたケイトは期待に満ちた呟きをもらす。
「そうだね……うん、今、ヴィオラさんが最後の一体を倒したところだね」
あっさりと返ってきた答えに少しケイトは驚く。
……ここから森の仔細がわかるって、どういう目をしているんでしょうかね?
少なくとも、ケイトの目では全くわからない。近くで起こったことならともかく、木々の奥でとなるとさすがに判断できないのだ。
それがわかるからこそ彼女はスカウトと名乗っているのでしょうね、とケイトが感心していると。
「んぁー、負けちゃったの!」
「まあまあ、森は獣人にとって有利な場所でしたし、数も一匹差でしょ? たまたまですよ」
「それでも悔しいものは悔しいの! また後で勝負するの!」
「あはは~気が向いたらということでお願いしますね~」
なんとも賑やかな声が聞こえてきた。
その声に、なんだかなぁ、と思いつつもケイトは魔法の維持を止める。
「ルナさん。ヴィオラさん。せっかくです、勝負の続きをお願いします」
声から大体の事情を察したケイトがそう言うと。
「さっすがケイト君なの!」
「あらあら、では次はお二人にも参加してもらいましょうか♪」
二人が楽しげに乗ってくれた。
「え? わたしも?」
「みたいですね。まあ、どっちにしろオーガは倒さないとならないわけですし、一応乗っておきましょうか」
こういうのは苦手なんだけどな、と少し困ったように呟くシャムを横にケイトは魔力を練り上げる。
「さて、みなさんそろそろ残りが出てくる頃です。油断せずいきましょう」
了解、と三人が呟き。
川より這い出てくるオーガを迎え撃った。