第0章の5
行く。炎上を始め、散発的に爆音が上がる森へ向け駆け走る。
「見えますか?」
隣を行く友人に声をかけられ、それに頷く。
「うん。オーガが115体。森の中で魔法を撃ちながら人を追ってる」
「あらまあ、それだけの数となるとワタシたちだけじゃ無理ですね~……追われている方々は使えそうですか?」
「人数は二人。魔法使いと戦士。魔法使いは中々の腕前だし、戦士は武技使いだね。いけると思うよ」
なるほど、と呟く友人に言葉を続ける。
「それに、彼らの行く先にはアレがあるし、今からなら合流も間に合うと思う」
「あら、それはついてますね。では、早々に合流するとしますか~」
了解、と一言答えて加速。
二人は森へと突入し、その後も全く速度を落とさずに森を駆け抜けていく。
X X
「っ、はあはあ……! ああもう! どこまで追ってくるんですか!」
森を疾走するケイトは、僅かに乱れた呼気を整えながら叫ぶ。
「うーん、あの感じだと諦めるって選択肢はなさそうなの」
それにルナは、なんとものんきな声で答える。
「でしょうね!」
と、苛立ち混じりに言い放ったケイトは思考する。
現状、思いつく手は少ない。
一つはこのまま逃げ続けて、オーガたちの魔力が尽きるのを待つことだ。魔法が使えないオーガなど、ルナの敵ではないからだ。しかし、この手を使うには向こうの魔力切れまでこちらがねばる必要があるのだが。
……相手も馬鹿じゃない、ローテーションを組んで魔法を使えばそうそう簡単に魔力切れをおこしたりはしない。
実際、見ていれば交代で魔法を使っているのがわかった。つまり、この策は現実的ではない。
二つ。こちらの手段は、逃げ回りながら強襲を繰り返して戦力を削るといったものだ。ケイトの魔法、ルナの剣、どちらも一撃でオーガを葬る威力があり、割と現実的な策にも思える。しかし、こちらにも問題がある。
……さすがにオーガを倒せるほどの魔法となると消耗が大きいし、ルナさんをあの数相手に突っ込ませるのはリスクが大きすぎる。
さすがにオーガ、生半可な魔法では致命傷にはならない。そして、相手もルナが突っ込んで来る可能性があることはおそらく想定済み。むしろ待ってましたとばかりに迎撃してくるだろう。オーガ一体にルナが切り込んでいる間に、周りが仲間諸共に魔法をぶち込む。少なくともケイトならそれくらいはする。
……そう考えるとやはり無理ですね。
思いついた策を却下し、更に思考を続ける。何か手はないかと。
……せめて、もう少しこちら側の戦力が多ければ。
連続する思考がそんなありもしない想定までし始めた時、不意にルナが視線を走らせる。
「ん? ケイト君、誰か来るの」
言って、ルナは木々の奥に指を指す。それはケイトたちの進行方法から僅かに横にずれた位置だった。
まさか回り込まれたのか、とにわかにケイトが緊張する中、木々の奥から二つの人影が飛び出した。
「ッ!」
「ちょっとお待ちを!」
「敵じゃないよ!」
飛び出してきたのは二人の少女だった。
一人は若い獣人、もう一人は幼いと言っても過言ではない少女だ。
オーガではなかったことに安堵しながらケイトは突きつけていた杖を降ろした。
「すみません。いきなり杖を向けて」
「いえいえ、こちらが急に飛び出したのです。それくらい当然ですよ」
「うん。こっちこそごめんね」
森を走りながら三人が軽く謝罪しあう中、ケイトは思う。こんな森に入ってくるなんて何者だ、と。
今も後方で追いすがってきているオーガたちが、今までに幾度派手に魔法を使ったことか。たとえ遠方にいても、森で何かが起こっていることくらい誰にでもわかる。
となれば、彼女たちは理解して近づいてきたということ。では、その意図は一体なんだ?
「ねえ、私たちに何かようなの?」
思うケイトを横に、ルナがいきなり核心をついた。
「あら、そちらの殿方とは違って素直な方ですね~……嫌いじゃないですよ。ワタシは♪」
「……すみませんね。回りくどいタイプで」
「あ、あはは。わたしはいいと思うよ。そっちの方が信用おけるし」
それはどうも、と幼い少女に言葉を返し、気を取り直す。
「時間もないですし、手早くいきましょうか」
「そうですね~……では、こちらも直球に。協力しましょう」
「アレをどうにかする策が?」
「ええ。シャムちゃん」
うん、とシャムと呼ばれた幼い少女が答えると、彼女はケイトたちの進行方向を指差す。
「ここからずっと先。今のペースで走ると大体、5分くらい先に大きな川があるんだ」
「なるほど。川幅は? 深さはどれくらいでしょうか?」
意図するところを大方察したケイトは仔細を問う。
少女たちは軽く目を見張りながらも嬉しそうに言葉を続ける。
「うん、川幅は約50メートル、深さは100メートルはあるんじゃないかな」
「そして、こちらには一度限りですが大砲があります。それに、」
ワタシたちそこそこ強いですよ、と不適に笑う少女の言に、ケイトは二人を観察する。
一人は狐耳に尻尾の獣人少女。彼女はどう見ても動き難いだろうそれ、と言いたくなるヒラヒラとした服を着ている。胸元も大胆に開いていてセクシーですね、と半笑いを浮かべたくなる格好だ。
しかし、そんな服装でこの森の中を走っているというのに、まるで支障がないかのように動いて見せている。事実、彼女は服を一度も枝などに引っ掛けていない。さすがは獣人といったところか。その身体能力は魔法をかけたケイトの身体能力を凌駕している。
対するもう一人の少女。彼女は見た目にも幼く、せいぜいが12、3歳ほどととても頼りになりそうには一見見えない。
しかし、実用一点張りの魔法がかかったマジックコートを着込んだ少女の足取りは驚くほどに淀みない。それどころか、こうしてかなりの速度でケイトたちと並走していて足音一つすら聞こえさせないというのは驚嘆に値する。おそらくはスカウト、それもかなりの実力の。
つまりはまとめると、二人は共に戦力としては申し分ない実力者であるということだ。
……なら、問題ないですね。
頷いたケイトは少女たちの策に乗ることにした。そして、ルナの方を見て。
「僕は乗らせてもらいます。ルナさんはどうします?」
ただでさえ戦力が少ないのだ。ルナの協力のあるなしは策の成功確立を大きく左右する。
できれば乗って欲しい、そう思い。
「え? なになに何の話なの!? そんな納得顔で話進められても私困るの!」
ルナの反応に苦笑した。
「すみません。端折りすぎましたね」
「そうなの。いくらなんでもあれじゃ全然わかんないの」
ちゃんと説明するの、と怒るルナに、ではとケイトが説明を開始しようとして。
「あ、やっぱりいいの」
ガクリ、とケイトは思わず脱力、更に木の根につまずきこけそうになる。
「うわ、大丈夫!?」
「え、ええ。大丈夫です」
心配顔のシャムと呼ばれていた少女に軽く引っ張られながらケイトはルナを軽く睨む。
「ルナさん。説明を求めておいてそれはどういうことなんですか?」
「あ、あはは、ごめんなの。でも、あれでしょ。ケイト君は二人の言う作戦がわかってるんでしょ?」
「ええ、そうですね」
それで、と目で問えば。
「だったらいいの。ケイト君に任せるの」
は? とケイトが耳を疑う答えが返ってきた。
「あらあら、ずいぶんと信用されてるんですね♪」
うらやましいですね、と楽しげに獣人の少女がケイトとルナの二人へ交互に視線を送る。
その視線に、絶対何か誤解されてる、とケイトは思いながらルナに答える。
「ルナさん、いくらなんでもそれはないです」
「えー、そんなこと言われても。私、作戦とかそういうの考えるの苦手なの」
それに、とルナは笑顔で続け。
「ケイト君のことは信じてるの! 私が考えるよりずっといい作戦を考えてくれるって!」
ある意味で他力本願。またある意味で過剰な信頼。そう表現できる問題発言だ。しかし。
……こうも真っ直ぐな気持ちを向けられことが、こんなにもむず痒いものだったなんて。
ケイトは少し顔を赤くして咳払いする。
「ルナさん。気持ちは嬉しいですがそれはダメです。大体、会ってまだ一時間足らずの相手に言うことではないです」
「でも、ケイト君が言う会ってまだ一時間足らず以下だった私を助けるために、わざわざこんな森まで入ってきたんでしょ? 私はそんなケイト君のことを信用できる人だと思うの」
だからこれでいい、と言い切るルナになんともいえない気持ちになってケイトは閉口する。
「うーん、二人にも色々あるんだね」
「そのようですね~……とはいえ、あまり時間がないこともありますし。ここは一つ、ルナちゃん、ああルナちゃんって呼んでもいいですか?」
「いいの! 後でそっちの名前も教えて欲しいの!」
「もちろんですよ♪ で、ルナちゃんもこう言っていることですし。今回はワタシたちの策に乗るということで」
よろしいですか、と問うてくる獣人の少女に。
「はあ、わかりましたよ」
観念したケイトがそう言う。
すると、獣人の少女は真面目な顔をして。
「では、残りの時間は……お互いの自己紹介ということで♪」
ガクリ、と再びケイトが脱力し。
「あ、あはは、ごめんねヴィオラさんが」
シャムと呼ばれた少女もまたこけそうになっていた。
「いえ、あの手の変わり者にはなれてますから」
さて、と少し距離が開いた二人に近づき。
「どういうつもりですか? ここは作戦について仔細をつめる時間に当てるべきだと思いますが?」
問われた獣人の少女は、それはですね、と意味深に微笑み。
「その方が楽しいからですよ♪」
「言い切ったの! でも、確かに同意見なの!」
「同意見なの、じゃありません! 一番わかってないルナさんがそれでどうするんですか!?」
「だって、どうせ私のすることなんて敵に突っ込んで暴れることくらいなの。だから問題ないの」
「うっ……」
実はこの人全部わかってて言ってるんじゃないか、とケイトはうめく。
「ですね。戦士の仕事は基本それにつきます。それに……実際、満足に作戦会議を開けるほど余裕もありませんしね」
言って、獣人の少女は跳躍、飛び上がりながら一本の木に手をかける。
ケイトが一体何をと見守る中、彼女はミシリという音を立てながら幹に指を食い込ませ、そのまま木を大地から片手で引き抜いた。
そして。
「ハァッ!」
クルリと宙で一回転。同時に木を後ろへと放り投げる。
ほぼ水平に投げられた木は、オーガたちから放たれた魔法にぶつかり爆散する。
「っと。ま、実際余裕もありませんし、お互いのことを知ることは連携強化にもつながります」
鮮やかに着地した彼女はそう言って笑った。
「そ、そうですね……」
武技を使ったわけでも魔法を使ったわけでもないのにこの腕力。でたらめだ、とケイトは若干引いていた。
「むむ。中々やるの。私もやってみるの」
「いえいえ、この程度児戯みたいなものですよ~」
「ああ、うん。さっきのは、あれで意外と筋力以外に技も使ってるから案外簡単にまねは……」
「こうで、こうなの!」
今さっき起こったことをトレースするように、それもご丁寧に武技を切った状態のルナが木を後ろに放り投げた。
「うわ。凄いね」
「ですね~」
そういう次元か、とケイトはことのほか規格外が集まったらしいメンバーに頬が引きつるのを自覚した。
……ま、まあ、頼もしいことに変わりはありませんか。
と、思考を直ぐに切り替えて。
「確かに、お互いの名前すらわかっていない状態というのはまずいですね。了解です。では僕から、名前はケイト」
魔法使いです、と後ろから木の返礼とばかりに撃たれた炎の矢を氷の矢で相殺する。
「私もやるの! 名前はルナ、戦士なの!」
言ってルナは再び木を、それも今度は武技をかけた状態で投げる。
先ほどの倍以上の速度で投げられた木は、轟音を立てながら飛び。一人のオーガの鎚によって迎撃された。入れ替わりに風の砲弾が飛んでくる。
「次はワタシですね。名前はヴィオラ。神官です」
笑い、ヴィオラは背中に括りつけていた金属製の杖を抜き放つと、風の砲弾を振り下ろした杖でかき消した。散らされた風が吹きすさび、ヴィオラの肩下まである髪を揺らす。
呆れるほどの力技である。
「え? この流れ、わたしも何かやらないとダメな感じ?」
「いえ、たまたまですし。別にそんなことは……」
慌てる少女の期待? に応えたのか、オーガが再び魔法を放つ。
今度は土でできた飛礫だ。それも膨大な数の。
「あら、タイミング良いですね~」
「言ってる場合ですか! 『wind shell』!」
風の砲弾が飛礫を散らし。
「ルナさん!」
「待って! ここはわたしに任せて!」
そう言うや否や、少女が単身飛礫の前へと躍り出て。
「ハァアアアアアアアッ!」
コートの中から抜き放った二本の短剣を高速で振るう。
重量数十キロの飛礫が高速で飛来するという生半可な剣士では一つとて迎撃することすらできずに体に穴が開くそれを、少女は両の手で捌いていく。その動きたるや凄まじく、腕が何本にも分裂して見えるほど。もはやただの二本の手で何十もの斬撃を同時に繰り出しているようにしか見えない。
それも。
……こちらの彼女も純粋な素の身体能力でやっているっていうんだから信じられませんね。
魔法も武技も用いずにここまでできるものかと、ケイトは軽く目を疑う。
まあ、実の兄も似たようなことができた口だから、多少の驚きで済みはするが。
「っと、こんなこともできるけど、わたしはスカウトだから基本索敵とかがメインだよ。で、名前はシャムっていうんだ。仲良くしてくれると嬉しいかな」
剣が痛んじゃった、と短剣を放り捨てながら彼女は名乗った。
「おお! 戦士、魔法使い、神官、スカウト、立派な冒険者パーティーなの! あ、でもシャムは違うのかな?」
「ええっ!? なんでわたしだけ仲間はずれなの!」
「だって小さいし。さすがに冒険者やってるような年じゃないの」
「ちぃっ!?」
ショックを受けたのか、シャムは銅像のように固まった。それでも足は動いているあたりさすがではあるが。
「あらあら、それは誤解ですよルナちゃん。シャムちゃんはこれでも15歳なんですから♪」
「えっ!? 一つ下なの! 全然見えないの!」
これでも、という部分を強調し実に楽しげに笑うヴィオラと、彼女の発言に驚くルナ。二人の反応にシャムはだんだんと沈んだ空気を放ち始める。
「小さくないよ。小さくないんだよ。ああでも、ルナさんもヴィオラさんもわたしと一個しか違わないのにこんなに違うなんて詐欺だよ。あと一年でそんなに育つなんて無理ゲーだよ」
ぶつぶつと、二人の女性のある部分を羨ましげに見つめて呟くシャムにケイトは視線を送り。次の瞬間には、自分もシャムが一つ下だとは思ってもいなかった、とは言えずに視線を逸らす。
……まあ、さすがに比較対象が悪いでしょうがね。
ルナは鎧越しではあるが均整の取れた体格をしていることが一目でわかる。世の男性からすれば、十分に女性として魅力的に映ることだろう。
ヴィオラにいたっては、その胸元が開いた大胆な服装を着こなしていることからもわかるように、実に女性としては魅力的な、理想的な体型をしている。
両者共に、スタイルがいいと一般的に言われる部類であり、ぶっちゃけると発育不良気味であるシャムではそもそも比較すること自体が酷な相手である。
「まあまあ、シャムちゃんはとっても可愛いんですから。そんなに落ち込むことありませんよ♪」
「そうなの! その金髪もすっごく綺麗だし、ちっさくて可愛いの!」
落ち込むシャムに対し、二人がフォローを入れ。
「ケイトさんもそう思いますよね~」
ヴィオラが同意を求めてくる。
「あー、まあそうですね。方向性は違いますが、シャムさんもとても魅力的な女性だと思いますよ」
「うぅ……みんなありがと。でも、わたしはできれば大人の魅力に溢れた女性になってみたいんだけど」
「それは無理ですね♪」
「なの!」
「うわーん!」
ひどい、と泣くシャムを横目にケイトは思う。
どうしてこうなった、と。
あまりに外れすぎた雑談と後ろにいるオーガの凶悪な顔とのアンバランスさに、ケイトは天を仰いだ。