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第0章の4

 

「んー、いい感じに暴れられたの!」

 私満足、と少女が笑うのを見て。

 ……そりゃあれだけ暴れれば満足でしょうよ。

 ケイトは苦笑する。

 少女の戦いは、それはそれは大層なものだった。オーガの群れに正面から切り込み。大剣を右に左に振るって首を飛ばし、時には拳打や蹴りで堅いはずの胴をぶち破り。と終始オーガを圧倒していた。

 もちろんそれは、ケイトの魔法によってオーガたちの魔法の効果が薄くなっているという前提がありはしたが、それでもでたらめという他ない戦いっぷりであった。

「まあ、満足してくれたならいいです」

「うん! あなたもわざわざ協力してくれてありがとうなの!」

「いえいえ、お気になさらず。それよりも、ここから早く移動しませんか?」

 え? と少女が首を傾げる。

 ケイトは見てください、と言いながら杖を地面に向ける。その先には、ばらばらに飛び散った赤い肉片があった。

「鼻がマヒしているせいでよくわかりませんが、ここらは血の臭いが酷いです。多少の知恵がある生物であれば、火災の中心でもあったこの場所に近づこうとはしないでしょうが、そうでないものも多い」

「そっか。言われてみればそうなの。じゃあ、早く移動しないとね」

 そう少女は言って歩き出そうとして、しかしその足を止める。

「忘れるところだったの!」

 少女はケイトに顔を近づける。

「な、何ですか?」

 いきなり顔を近づけられたことにケイトは驚き、困惑する。

 ……あ、というかこの子、近くで見たら結構可愛いかも。

 意識して見てみると、綺麗と可愛いのちょうど中間にあるような少女の整った容姿に、ケイトは顔を赤くして少女を見つめ返す。

「どしたの? 顔、赤いの?」

「いえいえ! 何でもないですから! それで、一体なんでしょうか?」

「あ、うん。簡単なことなの」

 スッと、ケイトから一歩離れた少女は、戦闘時の笑みとは別種の、澄んだ綺麗な微笑を浮かべて。

「私の名前はルナ。あなたのお名前を教えて欲しいの」

 こちらに手を差し伸べた。

 ケイトは少女の、ルナの行動に一瞬目を丸くし、ついで一度大きく瞬きのために目蓋を閉じた。そして、次に目を見開いた時には、ケイトもまた顔に微笑を浮かべて。

「ケイトと言います。ルナさん」

 そう言って、彼女の手を握り返したのだ。


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「さて、それでは自己紹介も済んだことですし、今度こそ移動しましょう」

「そうするの」

 ケイトの言葉に同意したルナは、すぐさま歩き出す。

 それに続いてケイトも歩き出し。

「ところで、どっちに歩けばいいの?」

 ガクリ、と思わぬ方向からの攻撃に脱力したケイトは足をもつれさせた。

「わ、わからないのに移動しようとしたんですか?」

「あ、あはは……だって、ここがどこかもわかんないんだもん」

 はあ、とケイトはため息をついて空に魔法で作り出した光球を打ち上げる。

「んん? 何をするの?」

「探査魔法の一種ですよ。空に打ち上げたあれ。あの球は目の代わりになるんです」

 空から探す。夜や霧が出ているといった一部の状況を除けば、もっとも効率の良い探査魔法だった。

 ……周りがこんなだとさすがに僕程度の知識と経験じゃ、現在地を把握することすらできないですからね。

 火災と派手な戦闘によってこのあたりの地形はすっかり変わってしまっていた。この状況から現在地を割り出すのは、本職のスカウトでもなければ不可能だった。

 とはいえ、だからどうしようもないとならないのが魔法使いの奥深さだ。魔力は有限なれど、無数の魔法を行使することによって活路を切り開く。最も万能にして、多くの手段を有するのが魔法使いという人種であった。

「さて、とりあえず町と街道の位置は把握しました。まず、街道へ出て、この近くの町へと向かおうと思いますが、よろしいですか?」

「うん。問題ないの! 先導お願いするの!」

 了解です、とケイトが告げて、今度こそと二人は歩き始めた。のだが。

「今度は何ですか?」

 またも足を止めたルナに、ケイトは少々呆れ混じりの顔をして彼女を見る。

 するとルナは。

「……何か来るの」

 と、森の奥を見つめて真剣な顔で告げた。

「何か……?」

 ケイトはルナの視線の先を見る。しかし、どれだけ遠くを見通そうとも、森が続くだけだ。

 何かの勘違いか、と思いはするが、ルナの真剣な顔がそれを打ち消した。

 では一体?

 悩むケイトを横に、ルナは一言呟いた。

「来るの」

 その言葉に遅れて一拍、遥か遠方の木々が揺らめく。そして次の瞬間には、メキメキと音を立てて圧し折れた。

 それも一本ではない。何本もの木が次々と折れていくのだ。それも折れていく木は段々とこちらに近づいてきている。

 おいおい、とこの段になってケイトは頬を引きつらせる。

「……一体何体いるんですか。この森にオーガは」

 視線の先、折れ倒れた木々の隙間より現れたのはオーガの群れだった。

 それも十体や二十体という数ではすまない。どう少なく見積もっても百はくだらない数が森の奥よりこちら目掛けて大行進していた。

 ……ありえない、生態系が狂ってるとかそういう次元じゃないでしょう!?

 しゃれになっていないと、胸中で叫んだケイトは即座に反転。

「逃げますよ!」

 隣に立つルナに声をかけて走り出そうとする。

「えー、せっかく向こうからあんなに来たんだから戦いたいの!」

「却下します!」

 ルナから申請された要求を即座に却下すると、ケイトは魔法で肉体を強化して彼女の首根っこをひっ捕まえる。

「ちょ!?」

「行きますよ!」

 返事は聞いていない。

 ケイトはそのまま走り出した。

「ちょ、ちょっと待つの!? 私とケイト君の二人ならあれくらい倒せるの!」

「無理です!」

 まるで風に揺らめく旗のようにルナを後ろ手に持ちながら走るケイトは、振り返ることなく断言する。

「どうして!?」

 納得がいかないと、ルナは言う。

 確かに、ルナの実力とケイトのサポートがあれば勝機はあるようにも思える。実際、ゼロではないだろう。しかし、ゼロではないだけでゼロに近い。

「いいですか、ルナさん。まず、最大の問題は相手の数です」

「それはわかるの。けど、何体に囲まれようと私ならどうにでもできるの」

 それはそうだろう。そもそも近接戦に限定すれば、一度に戦える数には限りがある。これは単純な広さの問題だ。どうやっても体の大きさそのものが邪魔をして、同時に戦闘できる数は限定される。つまり、体力と魔力さえ続けばルナはオーガの群れを打倒しうるのだ。

 しかし、それには盲点がある。

「無理ですね。忘れたんですか? オーガの魔法で丸焼けにされそうだったのを」

 グッと、ルナが言葉に詰まる。

「け、けど、それこそケイト君の魔法があれば」

「言ったでしょう。先ほどとは数が違うと。二十体、三十体であれば、ルナさんの耐久力と僕の魔法があれば耐えられるでしょう。しかし、その三倍となれば無理です」

 そう、魔法であれば一度に戦える数という括りはなくなる。

 包囲、いやそこまでいかなくとも、あの数のオーガが魔法を撃ちまくればこちらの足は止まる。そこへ魔法を集中させればあっという間に焼死体の出来上がりだ。

 だから、あの数相手の敵対は不可能なのだ。

「わかりましたか? わかったのなら、ルナさんも走ってください。微妙に追いつかれてます」

「むぅ、了解したの」

 少しばかり不満そうにしているが、ルナは自分の足で走り出す。

 重荷をなくしたケイトの足が速まり、オーガとの速力差が埋まる。

「でも、それじゃあ後ろのはどうするの?」

 ルナの問いにケイトは閉口する。

 ……このまま街道へってわけにはいきませんからね。

 もし、街道へ出てそのまま町へ向かったりすれば、どれほどの被害が出るかはわからない。故に、逃げ続けるという選択肢は存在しないし、森から出るという選択も取れない。

 では、どうするか?

 ケイトは、後方百メートルほどの距離にてこちらを追跡してくる集団に視線を送る。

「……とにかく今は逃げましょう。何か思いつくかもしれません」

 せめて考える時間が欲しいと、ケイトは結論を先送りした。

「仕方ないの。って! 何か来るの!?」

 今度は何だ、とケイトが背後に視線を凝らせば。

「げっ、まずッ!」

 走るオーガの群れ、その先頭集団が一斉に魔法を唱えていた。

 火炎魔法、オーガの十八番が数秒後には放たれる。それも二十を超える数が。

「んのぉっ! 『plant chain』!」

 ケイトの魔法が発動し、ケイトたちとオーガの群れの中間にある草花が変質、集合しまるで鎖のように変化する。一本や二本ではなく無数に存在する鎖は、近くの木々へと巻きつくとそのまま地面から引き抜き、その勢いのままにケイトたちの背後にてまとめて縛り括る。

 それと同時、オーガの魔法が放たれる。赤い焔は一直線にケイトとルナのもとへと突き進み、間にある引き抜かれた木々の盾に直撃し、爆発炎上する。

 結果、炎はそこで止まった。

 オーガたちの放った炎の魔法は、着弾すると内包したエネルギーを開放し対象を爆発炎上させるといったものだ。かなり破壊力のある魔法だが、木々を貫通するなどといった性質は持ち合わせていない。それにそもそも炎自体、何かを貫通するといった性質を持ち合わせていない。故に、木々に当たればそこでとまらざるをえないのだ。

「さすがなの! これで……」

「いえ、ダメです」

「え?」

 何故なら、この次に取るであろうオーガの戦術は。

「何アレ!? 土が!」

 炎上する木々の盾だったものをその肉体で跳ね飛ばして迫るオーガたちの前方、その場所の地面が大きく隆起する。隆起を続ける地面はみるみる間に十メートル近い壁となり、次の瞬間には弾けて飛んだ。

 ……やはり物質系にシフトした!

 一個数十キロ単位にまで圧縮された鋭利な飛礫は、先のように木々を盾にして防いでもたやすく貫通されてしまうだろう。故に先の方法は使えない。

「ならば……!」

 無数の飛礫を見て、ケイトは先んじて組み上げていた魔法を発動する。

「『wind shell』!」

 風の砲弾。そう形容できる圧縮された風が杖から放たれ、飛来する飛礫の至近距離で爆発する。

 開放された空気は暴力的ともいえる風圧を作り出し飛礫を吹き飛ばす。その威力は、周囲にある木々をまとめて引っくり返すほどだ。が、足りない。高速で飛来する無数の飛礫全てをケイトたちへの直撃コースから逸らすにはいささか足りていなかった。

 ……くっ。

 舌打ち、次の魔法を組み上げようとして。

「任せるの!」

 ケイトを背後に庇うようにルナが割り込み。

「どっりゃアアアアアアアッ!」

 怒号を上げながら大剣を振り回す。

 初太刀で三つの飛礫を弾き、二ノ太刀で更に四つを弾き、三、四、五、六と瞬きする間に無数の斬撃を放ったルナは全ての飛礫を叩き落した。

「っ、助かりました!」

 ……いけませんね、どうにも。

 礼を言い、ケイトは自省する。余裕がなかったせいか、ルナのことを戦術に組み込むことを忘れていた。ケイト自身誰かと組んで戦うという経験が浅いこともあって、自分ひとりでどうにかしようと考えてしまっていた。

 いけないことだ。せっかくの頼りになる仲間が傍にいるというのに。

 そんな風に少し思い悩むケイトの胸中など知りもしないであろうルナは、胸を張って答える。

「数が減ってたからどうってことのないの!」

 いや、そういう次元じゃない、と突っ込みをいれたかったが堪え。

「可能な限り僕の方で防ぎます。打ちもらしは」

「私の仕事なの!」

「ええ! お願いします!」

 即座に思考を組み直し、頼れる相棒を横にケイトは森を疾走する。

 しかしその胸中は。

 ……早くどうにかしないといけませんね。

 ケイトは焦りをつのらせ、額に汗を滲ませる。

 今だその脳内に、打開策はない。


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「お、おいマルガー。本当にいいのかよ?」

 治療魔法のおかげで動くことはできるが、完治はしていないが故に今だ痛みに苛まれているのであろう、少し苦しげな顔をした戦士が問うてくる。

「うるせえ。いいから急ぐぞ。あの森は危険だ」

 それを耳にしながらもマルガーは走るのをやめない。

 街道を行き、町へと駆け続ける。

「そうですよ。彼を放っておくわけには……」

 魔法使いが。

「そうだな。それに、見捨てた俺たちが言えた義理ではないが、あの怪物女のこともある」

 魔法弓使いが責めるように言う。

 三人が三人とも見捨てたことに罪悪感を覚えているようだ。たとえ命からがら精一杯の状況だったとはいえ、自分たちが見捨てた相手に都合のいい話だと少し苛立つ。

「うるせえって言ってんだろ!」

「けど……」

「いいから走るんだよ! そんで少しでも速く町に行って警告するんだよ!」

「マルガー。お前……」

 驚いた顔をする仲間たちに、マルガーは顔をしかめる。

「勘違いするんじゃねえぞ。森のあれはいくらなんでも異常だ。オーガがあれだけ大量に発生したことを報告するのは冒険者としての最低限の義務だ」

 そうだろ、と言いながらマルガーは自嘲する。よく言えたものだ、と。

 あの戦闘力だけはある馬鹿女を誘って楽をしようとして、あげくに見捨てたろくでなしの最低冒険者。マルガーはそんなろくでなしである自分のことをよく理解している。そしてそれは、変えられない性分だし、変えようとも思っていない。

 けれど。

 ……だからって、最低限のことはしないとまずいだろ。

 それはマルガーに残っている最低限の人として、冒険者としての矜持だった。

 まあ、喉もと過ぎればなんとやら。危険が遠のき、冷静に考えられるようになった今だからこそ、もはや言い逃れのできない状況に自分たちがあることは理解していたし、これ以上の失点を防ぐための策を取ろうしている、といった面も多々あるのだが。

「うし! そういうことなら急ごうぜ!」

 割と単純な戦士の威勢のいい声を皮切りに一行は町へと駆ける速度を速める。

 と、前方に人影が見えてきた。

「女が二人。こっちに近づいてきているぞ」

 目のいい魔法弓使いが語った内容に眉をしかめる。

「おいおい。こんな時にか」

 言って、マルガーは後ろを軽く見る。

 後方にある森林には、十を超えるオーガが存在しているのだ。その脅威度は高く。町レベルであれば存亡の危機と言っても間違いではない。

「チッ。さっさと引き返させるぞ」

 そうして少しの間、道を駆けて二人の少女と相対する。

「おい、あんたら。この先は危険だ。今すぐ引き返すんだな」

「あら~それは一体どういうことなんでしょうか?」

 二人の一人、獣人の少女が首を傾げる。

 全くといって危機感を感じられない少女の間延びした反応に、少し苛立ちながらマルガーは言葉を重ねる。

「いいか。この先の森にオーガが出た。それもかなりの数がだ。わかるだろう?」

 どんな田舎者だって、この大陸の北部に住むものであればオーガの危険性は知っている。だからこれで諦めて道を引き返す。マルガーはそう思ったのだが。

「なるほど、オーガがですか。う~ん、どう思います?」

「そうだね。関係、あるんじゃないかな」

 獣人の少女に問われた幼い少女は、こくりと頷いた。

「ですね。それじゃ、せっかくの情報源ですし、少しお話しましょうか?」

「は? あんたら何を……」

 マルガーは、二人の意味深な言葉に眉を歪め、その意図を問おうとした。

 その時だ。背後から巨大な爆発音が聞こえてきたのは。

「な、何だ!?」

 驚いたマルガーが背後を振り向けば、森からは大きな火の手が上がっていた。

 ……も、森が燃えてやがるっ。

「あらあら。これはもう、時間がなさそうですね」

「だね。急ごう!」

 言って、幼い少女は目にも留まらぬ速度で森へ目掛けて走り出す。

「では、ワタシたちはこれにて失礼します。あなたたちは町へ行って報告をお願いしますね」

 それだけ言って、獣人の少女も幼い少女に続いて走り出す。

 共に、マルガーたちからすれば信じられない速度で森へと駆けて行った二人の少女の姿は、あっという間に遠くなり、森へと消えていった。

「……一体、何だってんだ」

 後に残されたのは、何が何だかわからないと、呆然と森を眺める四人の冒険者たちだけだった。



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