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第0章の3

 

「さて、と……」

 首から上が吹き飛んだオーガの死体を軽く観察して、起き上がってくることがないことを確認したケイトは背後を振り返る。

「無事ですか?」

「あ、ああ……」

 地面に座ったままの男性が答える。

 ……スカウトかな?

 胸当てなどで要所だけを守っている軽装の男を見て、そう判断したケイトは男性に近寄る。

「そうですか。しかし、お仲間さんはそうではない様子。もしよろしければ治療魔法をかけますが、どうします?」

「……頼めるか。礼ならする。あっちの二人を治療してくれ」

 了解です、と言ってケイトは男に指差された戦士と弓使いの元へと向かう。

「しかし、こんな街道でオーガなんて物騒ですね。このあたりではこれが普通なんですか?」

 治療を施しながらケイトは男に問う。

 男は首を横に振った。

「いや、その、オーガとは森であったんだ」

「森で? この辺の森はそんなに物騒なんですか?」

 つまりは森で遭遇して逃げてきたということだろうか。それで逃げ切れずにつかまったと。

 ……あまり感心できる話じゃないですね。

 こんな街道にまでオーガを引き連れてしまっては、無辜の民に犠牲者が出ていた可能性は低くない。

 ……とはいえ、命あっての物種とは言いますしね。

 必死で逃げてきた彼らを非難することはできないだろう。そう思っていたケイトだったが。

「いや! 違うんだ! そりゃ、森の奥にいけばヤバイ魔者は増えるが、オーガが出たなんて話聞いたこともないんだ。それにあんなになんて……」

「あんなに?」

「あ、いや、その……」

 ……何だか妙に挙動不審ですね。

 命が脅かされたショックなのかとも思うが、どうにもそれだけではないような気がする。

 そう、ケイトが内心の不信を隠して治療魔法を行使していると、耳に脅えた声が届く。

「も、森にはオーガがたくさんいたんだ。それで私たちは……」

「ッ! それ以上言うな!」

 死にかけたショックでか、今だ呆けた顔をしたままの魔法使いがそう語っていたのをスカウトの男が止める。その顔には、先ほどまでとは別種の必死さがあった。

「け、けどマルガー。あれを隠すことなんて」

「やろうと思えばできる! いいか、もしあれがバレたら俺たちの築き上げた信用が崩れるんだぞ!」

「無理だ。マスターには報告してしまっているし。あの女は目立つ。無理なんだよ……」

「ぐぅ……し、しかしだな」

 何やら隠し事が、それも良からぬ謀があるようだ。正直、いらない首を突っ込むことになりそうではあるが。

 ……彼女ってのが気になるんですよね。

 何故なら、ここには一人たりとて女性はいないのだから。

 治療を終えたケイトは、言い争う二人に向き直り。

「単刀直入に聞きましょう。何を隠しているのですか?」

「そ、それは……」


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「あんのくそったれどもめッ!」

 ケイトは悪態をつきながら森を疾駆する。身体強化の魔法を使っての疾走は、走り抜けた際に巻き起こる風圧が周囲の花々を散らすほどに速い。

 しかし、それでも足りない、とケイトは心を逸らせ全力でこの深き森を駆ける。その理由は。

「オーガの群れを前にして逃げた。それはいいですよ。けどね、だからって仲間を置き去りにして逃げますか普通!」

 そう、あの冒険者連中は仲間である少女を一人、森に置き去りにして逃げたのだ。

 いくらなんでも非道が過ぎる。そして、それが本当なら。

 ……もう、とっくに食い殺されていてもおかしくないッ!

 故に駆ける。全力で。

 木々の隙間を抜け、道なき道を駆け抜け、途中襲撃してくる魔者を鎧袖一触にしてケイトは直走り。

「ついた!」

 連中から聞いた場所へとたどり着き、周囲を見渡す。が、誰もいない。

 ……移動済みですか。

 もとより聞き出した位置は正確ではない。さすがにこんな深い森での正確な位置を短期間で聞き出すのは不可能だった。ましてや土地勘もないのだ。だから、ここから先は自力での捜索になる。

「生きていてくださいよ!」

 ズサリ、と派手な音を鳴らしてブレーキをかけ、探査魔法を行使しようとして。

「あーっはっはっは! 弱い弱い弱いのォッ!」

 予想だにしない楽しげな声に足を滑らせた。

「どわぁっ……!?」

 ゴロゴロと、数メートルほど地面の上を転がり、止まる。

「あ、あたた……なんですか一体?」

 幸い勢いはほとんど落ちていたので、軽く打つだけで済んだ尻を擦りながら声のした方へと向かって歩き出す。

 と、ほどなくしてケイトは声の主を発見した。ケイトが今いる草むらの向こう、幾つもの木々が切り倒されできた空間にて発見した声の主は少女だった。

 皮鎧を着込んだ戦士らしい姿をした栗毛のポニーティルの少女。年のころは自分と同い年くらいの彼女は、自らの身長を上回る肉厚の大剣を肩に担ぎながら高笑いしている。

 そして、そんな少女の足元には。

 ……オーガの死体、いえ、肉片ですか。

 散々ばらばらにぶった切られたと思わしきオーガの肉片が少女の足元に幾つも積まれ、血の河を作り上げていた。その量たるや凄まじく、一体や二体ではないことは明らかだった。

 ……少なくとも四、いえ、五、六はありますか。

 強者で知られるオーガの肉片が、それだけの数ある。その原因は何か。問うまでもないだろう。即ち、あの少女が倒したのだ。それも一人で。

 ……にわかには信じがたいですが、この場にはあの子以外に人はいないですからね。

 ケイトは草むらから少女と、それを取り囲むオーガの群れの様子を伺いながらそう判断した。

「さあさあ! これで終わりなの!? 私を倒して食らってやるって言ってたのは何処のどいつなの!」

 ブン、と大剣を振るって少女は周囲のオーガを挑発する。

 オーガの返り血に染まった少女と大剣が生み出す迫力は、思わず周囲のオーガたちが後ずさる程度には恐ろしいものだったようだ。

 それを見たケイトは、少女ならばあの数のオーガが相手でもどうにかできそうだなと思った。

 ……っていうか、ひょっとしなくてもあの子が目的の子ですよね。

 というか、それ以外にないだろう。一致する項目が多すぎる。つまり、あの目の前でオーガ相手に啖呵を切って笑っている少女こそが、自分が助けようとわざわざ駆けてきた少女なのだ。

「あれが、ねぇ……」

 助けなんていらなかったじゃん、なんであいつら逃げてんだよ、ケイトはため息混じりの悪態を胸中でつく。

 と、その時、場が動いた。

「ぐがっはっは! やるではないか小娘!」

 一人のオーガが歯をむき出しにして笑い。

「だが、我らオーガを甘く見すぎたなぁ!」

 魔法を行使する。オーガお得意の火炎魔法が手の上で炎を形作る。

 それを見た少女は、ハンと鼻で笑った。

「それがどうしたの? そんなちゃちな炎じゃ私は燃やせないの」

「いかにもいかにも。お主はそれを大言にしないだけの実力がある」

 しかし、とオーガは続け。

「この数ならばどうだ?」

「え……?」

 少女がハッと気づいたように周囲のオーガを見やる。

 少女の視線の先、幾多のオーガがその手に魔法の炎を作り出していた。

 その数実に十六体。それだけの数が炎を手にし、少女を囲むように円陣を組んでいた。

「ひ、卑怯なのっ! 正々堂々剣で戦うのー!?」

「馬鹿か小娘! 誰が貴様のような人外と真っ向勝負なんぞするか!」

 ……人外(オーガ)に人外呼ばわりされるって、一体何したんですかあの人。

 ひそかに冷や汗をたらすケイトを他所にオーガは手にした炎を掲げ。

「者共放てぇぃっ!」

 炎が放たれる。

 一発一発が並みの戦士一人を容易く地獄へ送ることができる焔が、少女目掛けて森の中を突っ走った。

「し、死んでたまるかーなのッ!」

 少女が決死の形相で大剣を盾のように構え、魔力を放出する。

 ……あれは武技ですか!?

 ケイトが目を見張る。

 武技とは、この世界に存在する魔力を操る術の三つの内の一つに当たる。

 魔法文明時代に作られた魔法理論を用いて、様々な奇跡を成すのが魔法。それに対し、遥かな太古より生物が本能によって用いてきた原始的な魔力を行使する術こそが武技だ。

 理論ではなく感性によって用いる武技は、魔力があり学びさえすればある程度術を使える魔法に対し難易度が高い。また、炎を起こしたり風を起こしたりといった複雑な現象は簡単には起こせない。その反面、感性で用いるが故にその発動は速い。そのため、戦士のような己の肉体を武器にするタイプの者が学ぼうとすることが少なくない。

 ……義姉さんいわく、武技が使える戦士は一流。使いこなせて超一流だっけか。

 少女の体と武器や防具を覆う魔力は大きく、また淀みの欠片も見られない素晴らしいものだった。つまりは一流の武技使い。オーガ相手に無双できたのはこのためかとケイトは納得した。

 ……っと、納得している場合じゃない。

 武技使いである少女は、魔法使いのように炎を防ぐ盾を使えるわけではないようだ。つまり、強化こそしているが、純然たる肉体の強度で耐えるしかないのだ。

 さすがにそれは無理というもの。だから。

「『fire resist』!」

 杖より赤い燐光が放たれる。光は少女に炎が到達する寸前、滑り込むように少女のもとへと到達すると彼女の体を包むように覆い。

 爆炎がその上から少女を覆い潰した。


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 オーガ十六体分の魔法が起こす破壊は凄まじく、少し離れたところで見ていたケイトが思わず後方へと飛び退らなければならないほどだった。

 そして今、炎は周囲の木々を燃やし焦がし、森そのものを炎上させ始めていた。喉を焼く高温の空気と煙が充満し、それが急速に広がり森の生命を奪っていく。

 そんな火災の中心。少女がいる場所は当然人が生きていられるはずのない場所である。しかし。

「んっ、だぁりゃあああああああああッ!」

 旋風。少女が縦横無尽に振るいし大剣が巻き起こす豪風が炎を吹き飛ばす、ばかりかその風は周囲の半焼けの木々すらもなぎ倒していく。

「ば、馬鹿なッ!?」

 荒れ狂う風に巨体を揺さぶられるオーガが大口を開けて驚愕をあらわにする。

「あっちぃーの! よくもやってくれたの!」

 動揺を隠せないオーガの群れを前に、少女は大剣を担ぎ直し。

「全員、ぶった切って剥製にしてやるのッ!」

 踏み込む。直後に陥没爆散した大地を残して少女の姿が消える。

 ……速い!?

 ケイトが一瞬見失った少女の姿は、次の瞬間にはオーガの包囲の一角、その目の前にあった。

「なっ!?」

 オーガは眼前に迫る少女に対し、咄嗟に背中の鎚を手にしようとし。

「遅いッ!」

 それすら許さぬ少女の大剣によって脳天から股間までを真っ二つに両断された。

「ガヒッ……!」

 両断されしオーガの隣にいたオーガは、今目にした光景に引きつった声を上げながら距離を取ろうと横に跳躍するが。

「遅い遅い遅いの!」

 縦に振り下ろした大剣の軌道を力ずくで横へと捻じ曲げた少女は、横へと旋回を始める大剣に自身の体をゆだねるように回転させながら跳躍。独楽のように猛回転しながらオーガに追いすがり、その勢いのままにオーガの胴体を両断する。

 そして、血飛沫と共に両断したオーガの横をすり抜けた少女は、片足を大地に突き刺して急停止。

「見えてるの!」

 背後より迫るオーガの胴を振り返り様に断ち切った。更に、波状的に襲い来るオーガ二体を一太刀のもとに葬り去る。

「あっははは! 弱い弱い! こんなものなの!?」

 大剣を振るい、刀身を赤く染め上げていた鮮血を吹き飛ばした少女はそう言い放つ。

 それを見たケイトは。

 ……まったく、呆れるほどに頑丈ですね。

 と、ため息をついた。

 ケイトの使った魔法はいわゆる耐火の魔法であり、あの赤い光は炎から対象を保護する力を有していた。少女はそれ越しに火炎を浴びたからこそ無事だった、といえるのだが。

 ……それでもダメージはゼロではないはず、なんですけどねぇ。

 元が頑丈だった。また、それほどの武技の使い手であった。そういうことなのだろうが、それでも呆れの感情が胸中に浮かぶのは隠せない。

 ……まあ、あの手の変人は身内にもいますし、なれてはいるんですけどね。

 脳内にて笑い声を上げながら義姉の魔法をダブルバイセップスにて受け止める兄の姿が浮かんだのを頭を振って追い出し、ケイトは魔法を唱える。

 今だオーガは多数健在。しかし、その目は完全に少女に釘付けの状態だ。

 つまりは。

「奇襲のし放題ってことですよ。『deep swamp』」

 少女を半包囲するようにこっそりと移動していたオーガ十一体の体が、まるで大地の底が抜けたかのように沈み込む。

「ぐぼぁっ!?」

「な、何だ!?」

 底なし沼というほどではないが、オーガの足元は三メートルを超える身長を持つ彼らの肉体が頭まですっぽりと埋まるほどに深い沼へと変化していた。

 もっとも、オーガの肉体のポテンシャルがあれば、いやそうでなくても彼らが魔法を使えばそう時を経たずにして沼から脱出することはできるだろう。

 だからケイトはもう一つの魔法を発動させる。

「『ice land』」

 杖より青き燐光が放たれる。それはさながら大地を走る津波のように、オーガが埋まる沼地を飲み込んでいく。

 直後、大地が凍りついた。今だ森にて燻る炎も大木も、オーガが埋まった沼地も含めて大地がまとめて氷の中に閉ざされる。

「よし……」

 これでオーガは簡単には脱出できない。沼に落ちた程度では脱出できても、体全てが丸々氷の中に埋まったのでは早々簡単に脱出できはしない。

 ……けど、これでも時間稼ぎが精一杯ってとこが怖いですよね。

 オーガの頑強な肉体と高い再生能力を知れば、間違ってもこの程度で倒せはしないと理解できるし、魔法を使うことを知っていれば脱出も不可能ではないと知るだろう。

「けれどこれで十分。何故なら……」

 オーガを相手に圧倒しうる彼女がいるのだから、そうケイトは言いかけて。

「ちょっとタンマーーーーーなのッ!」

 森に響いた声に固まった。

「……はい?」


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 ……タンマって、僕に言ったんですよね多分?

 この場にはオーガ以外には自分しかいない。である以上、それしかありえないが、意図が全く持って不明であった。

「ええっとええっと、そこ! そこにいるのはわかってるの! 出てきて欲しいの!」

 ケイトが潜む正確な居場所がわからなかったのだろう、少女は少し思い悩みながらも手にした大剣の切っ先を木々の奥へと向ける。

 悩んだ割にはぴったり正解である。ケイトは少し驚きながらも言われたとおりに姿を現す。

「……どうも、こんにちは」

 少女の直ぐ目の前にまで移動したケイトは軽く挨拶する。

「うん、こんにちはなの!」

 それに笑顔で返す少女はそのまま言葉をつなげ。

「あなたが魔法で援護してくれた人だよね? 炎に焼かれそうになった時は助かったの! ありがとうなの!」

 ……気づいていたのか。

 あの炎の中でよくもまあ気づけたものだと感心する。

「いえ、大したことではありませんよ。お気になさらずに。それで? 僕に何かようですか?」

 オーガのこともありますし手短にお願いしますね、とケイトは少女に言う。

 すると少女は言い難そうに。

「あのね。あの氷の魔法を解いて欲しいの」

「……え?」

 ケイトが耳を疑う言葉を告げた。

「ちょ、ちょっと待ってください! どういうことですか!?」

「そ、そんなに怒らないで欲しいの! ちゃんと理由はあるの!」

「理由ですか……?」

 なるほど、どんな理由かは知らないが、何か特別な理由があるのであれば納得できないこともない。

「そう! せっかく歯ごたえのある敵と出会えたんだから最後までやらせて欲しいの!」

 ……ん?

「ちょっと待ってください。まさかそれが理由だなんて言いませんよね?」

 ケイトが嫌な予感、というより確信を抱きながら問えば、少女はえ? と不思議そうに首を傾げる。

「そうだけど? 何か変?」

 ああ、とケイトは納得と同時に酷い頭痛をおぼえた。

 ……なるほどなるほど、そういうタイプですか。

 冒険者の中では珍しくないのだ。強さを求めて魔者との戦いに望むものは。

 そう、強さを追い求める求道者にとって、冒険者という職業はこれ以上ないほどに適しているのだから。

 ケイトは少女がそうであると理解すると、軽くため息をついた。

「いえ、変ではありませんよ」

 なにせ僕の兄もそうだったのだから、という言葉は飲み込んだ。

 ケイトの兄、サルトもまた少女と同じ求道者であった。戦いの中で常人には理解できない何かを追い求めることを至上目的としていたのだ。

 もっとも、サルトの場合は正確には強さではなく、筋肉であったのだが。

 まあ、なんにせよ、身近に同類がいたケイトはすぐさま精神の均衡を取り戻していた。

「そういう事情であれば、アレを解くのもやぶさかではありませんね」

「本当!?」

 ええ、と頷きつつもケイトは氷を解いた場合のリスクを計る。

 氷を解いた場合のリスクとは、言うまでもなく自由になったオーガによる反撃だ。当然といえば当然だが、今を逃せば相手の抵抗は避けられない。これはリスクといっていいだろう。

 では、その大きさはいかほどか、といえばそれほどではないとケイトは考えている。

 なにせこちらにはオーガ相手に圧倒した実績を持つ少女がいるのである。その少女にちょいと魔法で支援でもしてやれば、まず負けることはないだろう。

 ……けど、ゼロにはならないんですよね。

 大雑把にリスクを計算したケイトは、静かに脳内の天秤へとリスクを乗せ、更なる重石になりえるかもしれないものを計る。

「けど、そうですね。もし、僕が解くのを拒んだらどうしますか?」

 ……さて、これにどう答えますか?

「え? それは、しょうがないの。諦めるの……」

 へえ、とケイトは感心する。

 その目こそ未練たらたらではあったが、決してケイトに命令を下そうとする類のもではなかった。つまり、彼女の言は正しくお願いなのだ。その事実に、天秤の上へと乗せようとしたそれを放り投げた。

 これがもし命令の類であり、嫌がるケイトに無理を言って実行させようとするのであれば、ケイトはやってられるかと即座に踵を返していたところだろう。わざわざリスクを背負ってまで不快な命令を聞きたくはないからだ。しかし、そうでないのであれば話は別だ。ケイトは自身の心の赴くままに選べばいいだけだ。

 だからケイトは自身の心に素直に従った。

「なるほど。では、こちらの出す条件に従ってくれるのであればあの氷は解きましょう」

「いいの!? それなら何でも言って!」

 ケイトの答えに、少女は嬉しそうにそう言った。

 やれやれ、何でもというのは使わないほうがいいでしょうにね、そんなことを思いながら少女に一つの条件をつける。

「僕からの魔法による支援を断らないこと。それだけです。いいですか?」

「それならこっちからお願いしたいくらいなの!」

「では、交渉成立ですね」

 言って、ケイトは氷に火球を放った。

 炎は、氷にぶち当たるとみるみるうちに液状化させていく。

 数分とすれば大いにその強度を下げることだろう。オーガの頑強さも考えれば数分と経たずに氷をぶち破れる程度の強度に落ちるはずだ。

 そう思いながら視線を少女に向ける。見れば少女は、プレゼントの入った箱を開ける子供のように目をキラキラさせてオーガが閉じ込められている氷に視線を送っていた。

 ケイトはそんな彼女の喜ぶ姿が見たかった、わけではなかった。まあ、多少はあったが、それは彼女のお願いを聞いた最大の理由ではない。本当のところは。

 ……一流の武技使いの力が見てみたい。

 ただそれだけなのだ。

 興味、関心、純然たる知的好奇心の発露。ケイトはいけない、悪い癖だと思いつつもその欲求に抗えなかった。

 サルトという一流の武技使いを目にはしているが、それ以外の武技使いは見たことがなかった。だから興味がある。だから己の性分が疼くのを隠せない。ああ、そうだ、つまりは自分も彼女の同類なのだ。

「出てきたの!」

 少女の歓喜の声にケイトは応える。

「『magic resist』」

 対魔法防護を少女へと施し、ケイトは少女の背中を押す。いや、今にも駆け出そうとする餓えた猛獣の鎖を解くという表現の方が正しいか。

「さあ、いいですよ。存分に戦ってきてください」

「……了解!」

 そして、解き放たれた獣はオーガの群れへと食らいついた。


 それから数分後。

 オーガの群れは少女の手によって壊滅させられた。



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