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第0章の2

 ケイトがちょっとお馬鹿なやり取りを終え、故郷から旅立ってから約1週間後。彼の姿はとある町へと続く道の上にあった。

 ケイトの生まれ故郷から王都コロナの間に存在する幾つかの町、そのうちの一つに続いているその道は、古くから魔者たちが生息している森の脇を通る街道だ。

 魔者が住む。こう表現すると危険極まりない道のように思えるが、このような場所は少なくないのが大陸北部の実情であった。

 何故なら……

「……この大陸の最北には、魔者たちの国が存在する魔者領があるのだから……」

 と、大森林を横目に街道を歩くケイトは呟いた。

 そして、しかしと続け。

「だからってこんなところにオーガはないでしょう、オーガは……」

 ケイトが視線を前方に向ける。そこには3メートルを超える巨体を有する怪物、オーガと呼称される魔者の中でも強種に該当する存在の姿があった。

 そして、赤黒く鋼のように鍛え上げられた肉体を持つオーガの視線の先には四人の男たちがいた。鎧を着込み剣を手にした男やローブに杖を携えた男といった統一感のない、しかし共通して全員が戦いを生業とした者特有の格好をしていることから、彼らが兵士ではなく冒険者であることを推察させる。

 もっともケイトには、彼らの腰が大いに引けており、今だ背中の剣すら抜いていないオーガに脅えているのが一目で看破できたのだが。

「街道で運悪くオーガに遭遇でもしたんでしょうか?」

 だとしたら運のない、とケイトが呟いたところで冒険者の側に動きがあったのを見て取った。

「っ、さすがに見殺しは胃に悪いですよね! ああ、もう……!」

 ケイトは今まさに戦いの火蓋を切ろうとしている冒険者たちの下へと駆け出した。


 X         X


 くそったれ、と男は吐き捨てた。

 男、マルガーは胸中に巣くう恐怖を苛立ちでごまかすと、後ろ手にハンドサインで仲間の戦士へ指示を出す。

「ッー! くそったれが、しくじるなよッ!」

 指示の内容はいたって単純だ。戦士への攻撃命令。そして、それと同時に出した魔法使いへの命令は、戦士を囮にしての最大火力による攻撃命令だ。

 指示を受けた戦士がくそ、くそと悪態をつくのも納得の指示だった。

 しかし、マルガーの指示に従ってオーガへと突っ込む戦士は間違いなく優秀な仲間だ。リーダーでもあるマルガーはそう彼を賞賛し。

「食らいやがれ!」

 せめて戦士の攻撃成功を高めるためにと、手にしたナイフを四本まとめて投擲した。

 両の目、心臓がある左胸、股間、全てが急所狙いであるそれは、マルガーの技量の高さを物語っている。

 だが、眼前にて悠然と腕を組んで佇んでいる怪物には、それらの一本たりとて効果はなかった。目を狙ったナイフは軽く首を傾けるだけでかわされ、胸や股間を狙ったナイフはそもそもオーガの外皮を貫くことすらできずに弾かれた。

 くそったれ、と再びマルガーが吐き捨てる。

 それと同時、戦士がその間合いにオーガをおさめた。

「オラァッ!」

 戦士が跳躍し、長剣をオーガの額へ向けて振り下ろす。突進時の勢いを殺さぬままに放った一撃は、防御も何も考えないが故に強力無比。大木をも一太刀で断ち切る戦士の技量を合わせれば、そこらの魔者など一撃のもとに葬り去るだろう一閃だ。

 そう、そこらの魔者であれば。

 オーガのしたことはただ一つの動作。腕を眼前へと振り上げ、自身に迫る剣への盾としたこと。しかし、その結果は異様ですらあった。

「なぁ……!?」

 戦士が悲鳴じみた声を上げる。彼の眼前には己れが放った必殺の一撃が、オーガの腕を断つどころか、かすかに流血させることしかできていという信じがたい光景があった。

「あり……ぇぶッ!?」

 剣を受け止めたオーガの巨腕がお返しとばかりに戦士の胴を打ち抜いた。

 十メートル近い距離を横にすっ飛んだ戦士は、血反吐を吐きながら大地を転がり静止する。見れば、頑強なはずの戦士の金属鎧には拳状の跡が刻まれている。ああまで強力な一撃を受けてしまえば、戦士の戦線復帰は不可能だろう。

「だが、よくやった! 今だ撃てぇ!」

「『fire javelin』!」

 魔法使いの杖から槍状の炎が放たれる。それは凄まじい速度で飛翔し、秒も経たずにオーガへと到達する。

 開放。超高熱のエネルギーが広がり、空気を急速に膨張させる。刹那、爆音と衝撃波が周囲に広がった。

「ぐっ……!」

 魔法使いが張った防御魔法越しですら、四人まとめて吹き飛ばされそうな衝撃と肌を焼く熱風。マルガーは咄嗟に地面に剣を突き立て、腕で顔をガードする。

 数秒。それだけの時間が過ぎて魔法の余波がおさまった。

 ……さすがにあれの直撃を受ければ死んでいるはず。

 マルガーはそう思いながら魔法使いに砂塵を吹き飛ばすように指示を出す。すると、巻き上げられた砂塵が上空へと吹き飛ばされて。

「信じられない……」

 魔法使いの呆けたような声が耳に届いた。

「くそったれが!」

 オーガは健在だった。多少、肌が焼けてはいるようだがそれだけだ。オーガが有する強力な自己再生能力をもってすれば軽症にすらなるまい。

 石造りの家ですら容易く吹き飛ばす魔法使い最大の破壊力を持つ魔法ですらこの程度なのだ。もはや打つ手は……

「『enchant lightning 』」

 ないなんてことはなかった。

 パーティメンバー最後の一人。魔法弓使いが放った紫電を纏う矢が、一直線にオーガの顔面目掛けて飛翔する。

 この一撃こそが本命。マルガー率いるパーティーの出し惜しみなしの必殺の布陣、二段構えの策だった。

 そして今、必殺の矢がオーガの脳天を穿とうとして……矢はオーガの歯によって噛み砕かれた。

「…………は?」

 マルガーの脳が今見た光景への正しい認識を拒む。

 ありえない、だってそうだろう?

 あの矢はそれこそ厚さ数十センチという分厚い鉄の扉にだって穴を開ける取っておきの一撃なのだ。それをこともあろうか自前の歯で噛み砕いて防ぐ?

 どんな冗談だ。歯が丈夫なんですね、で済ませられる話ではない。

「……弱いな」

 耳に届く鈍い声。それはどこまでもマルガーたちを見下した、嘲笑混じりの声だった。

「弱い。弱いぞ人間ども。この程度で我らの縄張りに近づいたのか」

 愚かしいことだ、とオーガが告げる。

「く、くそっ。なめるな魔者風情が! こいつを……」

 魔法弓使いが二の矢を番え。

「遅い! 『fire arrow』!」

 それに先んじたオーガの火矢が魔法弓使いを焼き貫いた。

「ガァア嗚呼あああっ……!」

 オーガの魔法を受けた魔法弓使いはその場に崩れ落ちた。

 たんぱく質が焦げた臭いがマルガーの鼻をつく。

 魔法使いでもある魔法弓使いであれば、魔法に対する抵抗力もあるから死にはしていないだろうが。

 ……これでパーティーは半壊かよ。

 戦力は、斜め後ろにて腰を抜かしている魔法使いと自分だけ。

「終わった……」

 膝をつく。もはやなすべもなし。魔法使いの最大魔法は効かず、また自身はスカウトであるが故に火力はパーティ中最低だ。

 即ち、あのオーガの防御を貫く手立てはないということだ。マルガーはちくしょう、と悪態をつきながらオーガを睨む。

 オーガはその悪態を聞きながら、その凶悪な顔を歪めると。

「ふぐ、ふぐはははははッ! いいぞ、その目だ。その絶望に染まった目が見たかった!」

 大笑いし、マルガーたちを見下ろした。

 だが、オーガはしかし、と呟きマルガーを見下ろす。

「お前の目はダメだな。絶望しながらも悪態をつけるようではダメだ。絶望の淵で、涙と糞尿を撒き散らしながら脅える姿こそが見たいのだ!」

 だから。

「お前以外のやつから殺してやろう。まずはそっちの戦士から。頭から丸齧りにしてやろう。次は弓使い。手足を一本ずつ引き抜いて骨までしゃぶってやろう。そして次に魔法使い。お前はいいぞ! 足からゆっくり丸呑みにして胃で消化してくれる!」

 オーガが一人一人指差しながらそう告げるのを聞いて、魔法使いはヒィ、と悲鳴を上げて後ずさる。

 それを見、ますます楽しそうに笑みを深めるオーガは一歩一歩、こちらをなぶるように歩を進め。

「どうしてこう、オーガというのは品がないんでしょうかね?」

 突如としてかけられた声に背中の長剣を抜き放った。


 X         X


「そこかぁっ!」

 判断は一瞬、オーガは姿見えぬ何者かに対して長剣を振り下ろした。

 オーガからすれば驚くほどに近距離、手を伸ばせば届くであろう何もない空間に対し、迷うことなく振り下ろされた長剣は大地を深く穿ち、クレーターすら形作った。オーガという種族の恐るべき膂力がなせる技だ。

 しかし。

「ぬ、何処へ行った!」

 オーガの手には何かを切ったという感触が一欠けらもありはしなかった。

 ……間違いなく声が聞こえた場所はここのはず。

 己の耳の良さは己自身が保障できる。であればこれは。

「魔法か!?」

「正解です」

 再び聞こえる声は、最後まで己に反抗的だった男の隣。驚く男の隣にて、優男が一人微笑んでいた。

「少しばかり音の伝わりを弄っただけです。どうでしたか? 間抜けにも誰もいない場所に剣を振るった感想は?」

 こちらを愚弄するかのような物言いにオーガは吼える。

「なめるな小僧ッ!」

 跳躍、爆発じみた一歩をもってオーガは優男へと飛び掛る。

 手加減はしない。オーガの本能が、目の前の男をなめてはならないと告げている。

 故に。

「死ねえィッ!」

 全力の一撃、城塞の外壁にすら大穴を空ける怪物の一撃が振り下ろされる、その寸前で静止する。

「なに!?」

 見れば自分の腕や長剣、それどころか胴や足にも鎖が巻き付いている。

 魔法の鎖。淡く発光する銀鎖は、幾重にも巻きつきオーガの動きを拘束している。

 ……何時の間に!?

 驚き目を見張るオーガを前に、優男は軽い足取りでオーガに近づいていく。

「遊びすぎましたね。彼らをなぶることに集中しているあなたは実にすきだらけでしたよ」

「ぐぬっ、こ、こんなもので!」

 オーガは拘束から抜け出ようと全力で五体に力を入れる。

 ぎしり、と銀鎖が軋み声を上げる。が、それだけだ。百を超える銀鎖は如何に屈強なオーガといえども早々簡単に破れるものではない。

「さあ、チェックです」

「なめるな、ごぼっ!?」

 まだ自分には魔法がある、と魔法を唱えようと口を開けところ喉に杖が突きこまれる。

「知ってましたか? オーガは体内も頑丈ですが、それでも肉厚な筋肉の鎧に覆われた外よりは脆いって」

 杖に強力な魔力が集約する。

「ッ、フングァァァッ!」

 させんとオーガは杖を噛み砕こうと顎に力を入れるが、魔法がかかっているらしい杖は噛み砕けなかった。ガリガリという意味のない音だけが頭蓋に響く。

 それを見た優男は笑い。

「これがほんとの歯が立たない、ってね。『fire bomb』」

 喉元を中心に熱が広がり、弾けた。


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