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捜しもの  作者: 佳耶
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7

 その日は、朝からお城中がてんてこまいでした。

 大臣や近臣や騎士や兵士や女官や料理人や掃除人や、はてにはお城にやってきた商人やその手伝いの男の子までもが、あたふたとお城の中を走り回っています。王さまは自室で物憂げにため息をつき、時折大げさに嘆くのでした。


「愛しのあの人がいなくなってしまった」


 そのひとことから始まったこの大騒動は、昼を過ぎても収まる気配を見せません。

 王さまが数年前に道端で拾った女性が、今朝方ひょこっと姿を消してしまったのでした。気づいた王さまは、当然ながらあわてて大臣たちに探すように命じ、大臣たちは兵士に命じ、兵士は手の空いていそうな者にも命じたので、いつの間にか大騒動になってしまったのです。

 お城中必死で探しても、王さまの想い人は見つかりませんでした。王さまは部屋に籠もってさめざめと悲嘆に暮れます。

 普段の王さまからは考えもつかない悲しみようなので、周囲の人々は王さまがかわいそうになり、よりいっそう精を出して想い人を探すのでした。




「……やりすぎではないでしょうか」

 彼がつぶやくと、彼女はなにが、と悪びれもなく言いました。

 彼女は彼の部屋の椅子に座ってのんびりとしていました。時々誰かが報告に訪れるとき以外は彼とふたりきりで、椅子でくつろいだり本に目を通したり、気が向けば彼と会話をしたりします。

 彼は彼女の座る椅子の背もたれに座っていました。正確には、背もたれにとまっていました。



 今朝方、彼女がいきなり彼の部屋を訪れました。早朝だったので彼は驚いたのですが、彼女が取った行動にさらに驚きました。

「私は今からおまえになる」

 言葉の意味を理解する間もなく、彼女は彼の胸にふれました。すると直後に、彼女の手がぼんやりとかすんだ気がしました。そして自分の中からなにかが吸い出されていき、彼女の腕や身体にまといつきます。なにが吸い出されていくのか彼にはわかりませんでしたが、どこか恐怖を覚えつつも、黙ってそれを見ていました。

 煙のようなものはもくもくと彼女をくるむと、溶けるようにすうっと消えてしまいました。

「今のは……」

「私は今から『イシュメル』だ」

 名を呼ばれ、彼はなぜかぎくりとしました。

「おまえは今は何者でもない、無の存在だ。誰もおまえを認識しない」

「どういうことですか」

 たずねると、彼女はめずらしくていねいに説明してくれました。

「今おまえからもらったものは、おまえが生まれながらに持っている『気』だ。この世のものは、すべて『気』と『名』によって存在が確立されている。どちらかが欠けては、存在自体がなりたたない」

 たとえば、と彼女は彼を指差します。

「おまえがイシュメルと名づけられた時点で、おまえは『イシュメル』という存在に縛られる。生まれ持った『気』も『イシュメル』のものとして作られていき、『イシュメル』を周囲に認識させるためのものとなっていく。裏を返せば、名づけられるまで『気』は不安定なものであり、不安定であるがゆえに、周囲は存在を認識しづらい。ものは『名』をつけられて初めて存在が認められるのだ」

 彼は頭を悩ませましたが、よく理解できませんでした。

「……申し訳ありません。私には難しいようです」

 彼女は柳眉をひそめました。

「……つまりだな。『名』はおまえを呼ぶための記号で、『気』はおまえを周囲に見せるための記号だ。呼ぶ記号と見せる記号がそろわないと、存在は安定しない。呼んでも見えなければ意味はないし、見えても呼ばなければ存在する意味がない」

「なんとなくわかりました」

 それから彼は首を傾げました。自分の『名』と『気』を彼女が取ってしまったというのなら、彼は今どういう存在なのでしょう。

「だからおまえは存在しない。無、なのだ」

 察したように彼女が言いました。ぞわっ、と足下から変な寒気が全身を貫きます。

「……私は、ここに存在します」

「それはおまえの主張でしかないということだ。どれだけ訴えようと、私以外の誰もおまえには気づきまい」

 目の前が真っ白になるというのはこういうことなのかと、彼は思いました。ふらりと足がよろけた気もします。

「心配することはない。用がすめば戻してやる」

 彼は額を押さえながら、近くの椅子に腰かけました。何だか悪い夢を見ているようです。

「私は今、誰から見てもおまえとして認識される。つまり、今は私が『イシュメル』である」

 彼からしてみたら、彼女は初めて出会った時からまったく変わらない姿形のままなのですが、彼女は彼の前に立つと、いくぶんかやさしいまなざしで彼を見下ろしました。

「だが、これは仮の姿だ。おまえのように、わかる者には私であるとわかる」

「……つまり、なにが目的なのですか」

 思わずきつい口調になってしまいましたが、彼はあまりの出来事に混乱していて、そこまで気が回せませんでした。

 彼女はかすかに目を見開くと、匂うような笑みを咲かせて答えました。

「確かめようと言っただろう。私を神だと見破れる者がこの城にどれほどいるのか、確認しようではないか」

 想像していた以上にうつくしい笑顔でしたが、彼にはとうてい見惚れる余裕などありませんでした。

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