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そうして、彼は彼女を気に入った娘としてお城に住まわせたのですが、好奇心旺盛な侍女や家臣たちは、こぞって彼女に会いたがりました。彼には今まで浮いた噂がなかったので、みんな気になってしかたがなかったのです。
けれど、彼は彼女をあまり公の場には出しませんでした。彼女も人前に出るのを嫌がっているようだったので、それはそれでふたりの間では何の問題もありませんでした。
あいかわらず彼女はうるわしく、顔をあわせるたび会話するたびに、ああやはり神なのだと彼は実感するのですが、いっこうに彼女は認めてくれませんでした。
彼としてもこのままではいけないのはわかっていました。なにせ、相手は何百年と捜しつづけてきた神さまなのです。神さまなら神さまらしく、お祀りしなければなりません。
けれど、具体的にどうすればいいのかはさっぱりでした。さいわい国は安定していたので大きな問題に頭を悩ませることなく、彼は日々政務をこなしながら、彼女の待遇について考えをめぐらせるのでした。
しかし、彼の悩みは骨折り損に終わることになりました。
一年二年と経つうちに、彼女が人間ではないことが、誰の目にもあきらかになってきたからです。
まず、怪我をしてもやたらと回復が早いのでした。そして傷跡はまったく残らず、逆に肌は瑞々しさをまします。
短く切られた黒髪はいまや腰のあたりまで伸び、彼女の神秘性を高めます。
そして彼が完全に青年になっても、彼女はまったく歳を取らないのでした。
さすがにこれには彼も驚きましたし、なにも知らない侍女はさらに仰天でした。
「これでも追い出す気にはならぬのか」
彼女はあきれたように言いました。どうやら予想がついていたようです。
「神官に会っていただきたいのです」
彼が言うと、彼女は否と拒みました。
「私は神ではない」
「では、何なのでしょうか」
少なくとも普通の人間ではないのです。彼としては、これで彼女が女神であると裏付けられたようなものでした。
すると彼女はあっさりと答えました。
「私は化け物だ」
彼は瞠目しました。
「……まさか」
思わず声がかすれてしまいます。こんなうつくしい化け物が存在するのでしょうか。
しかし昔話では、うつくしい化け物が人々を惑わせるというものも存在します。化け物が必ずしもみにくいわけではないのでしょう。
ですが、彼には当然ながら彼女が化け物だとは思えませんでした。なのでまっとうな意見を言いました。
「化け物なら化け物で、神官に会っていただかなければなりません。王として化け物を放っておくわけにはまいりませんから」
すると彼女はさらりとかわしました。
「化け物である私が城にいるというのに、気づかぬ輩がなにかできると思うのか?」
至極当然のことを言われて、彼はうなってしまいました。神官たちはお城の近くの神殿で修行したり神さまに祈ったりしていますが、彼らから問いあわせが来たことはありません。本当になにか神通力がある者ならば、お城に彼女がいることに気づいてもおかしくないはずです。
そう考えると、自分が一番神官に向いているのではないか、と彼は思いました。
「ですが、神殿に足を運んでいただきたいのです」
「おもむいてどうする」
「貴女が我々の捜してきた女神であると、みなに公表します」
「そうして祀りあげるのか」
詮無いことを、と彼女は切りすてました。ですが、彼としてはこれ以上どうしようもありませんでした。
彼女がただびとでないことは、すでにお城の中では噂になってしまっています。化け物だ、と騒がれるより、こちらから神さまだと伝えた方が、いくらかいいと思ったのです。
「長よ」
はい、と彼は応じました。
「お前たちは、私を捜してなにをしたいのだ?」
彼女は感情のうかがえない顔で、彼に問いました。
出会ってから見たのは、難しそうな顔とこの無表情しかありませんでした。彼は一度も彼女がほほえんだところを見たことがありませんでしたし、侍女の話でもにこりとも笑わないのだそうです。
「神として祀るだけならば、捜しださなくともよかろう。今のまま勝手に信仰対象にして祈っていればいいのだから。だがお前たちは何百年と捜しつづけてきたという――在るかどうかさえわからぬ者を、まるで本能のように」
もっともなことを言われて彼は困ってしまいました。たしかに、神さまとして信仰するならば、わざわざ捜さなくても信じるだけでいいのです。そもそも神さまというのは彼女が以前話したとおり、人の前に姿を現す存在ではありません。姿を見たというのは神話の時代でしかありません。
それでも、彼らは彼女を捜してきたのでした。失われた夜の女王を――彼女にかわって夜空を照らしながら、白銀に輝く月の女王を何百年と求めつづけてきたのでした。
実際、『月』というのは伝説でしか聞いたことがありません。夜は星しか瞬かないものなのです。
そんな伝説上のものを、なぜ捜しつづけてきたのか。
彼女の問いは当然でした。捜されているのが自分ならばなおさらです。
ですから彼はよく考えたうえで、素直に答えました。
「私にはわかりません」
すると、彼女の銀色の瞳がかすかに見開かれました。それで、ああ驚いているのだと、彼にはわかりました。
「何だと」
「我々が貴女を捜してきたのには、なにか理由があるのでしょう。そうだと私は信じたいのですが、私はなにも――おそらく父や祖父も、理由は聞かされていないのです」
彼はじっと彼女を見つめました。神に救いを求める気分でしたし、事実、祈りに似た気持ちで彼女を見つめました。
「私たちはただ、捜せと言い伝えられてきただけなのです。捜し出したあとどうすればよいのかは、なにも知らないのです」
だからこそ、彼は彼女の待遇に頭を悩ませているのでした。




