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それから彼と彼女はぱったりと会話をせず、顔もあわせなくなったので、まわりの人はやはりけんかしたのだなと思いました。
彼女が姿を消してしまって王さまはとても嘆いていましたし、その夜、王さまとの話しあいを彼女が怒って中座したのも知っていました。なので痴話げんかだとたいていの人はとらえていて、浮いた噂のなかった王さまをあれこれ心配しましたが、事情を知っている大臣や騎士や近臣はちがう心配をしていました。
「なにがあったのですか?」
物思いにふける彼に、近臣がたずねました。彼はなんでもない、とそっけなく答えました。
近臣たちは、彼女のへそを曲げてしまったことを心配しているようです。だから早く仲なおりをしてほしいと思っているのでしょうが、彼は彼女とは二度と親しく言葉をかわさないだろうと考えていました。
彼女が出ていくと言ってから、三日が経ちました。準備があるでしょうから、それぐらいは誤差の範囲です。
いつ出ていってもかまわなかったのですが、声だけはかけてほしいと彼女に伝えていました。あいさつもなしに別れてしまうのは、なにがなんでも避けたかったのです。
彼はあれこれと彼女の旅路の助けになるものを考えました。神さまであっても、彼女にはお金がいるでしょう。けれど田舎ではお金より物の方が役に立つので、めずらしい飾りのほうがいいかもしれません。それらをどこからくすねてこようか、彼はあれこれ悩んでいたのでした。
彼女が出ていくことは、誰にも話すつもりはありません。彼女がいなくなって困ったことになっても、彼はどうにかして解決するつもりでした。それぐらいはしないと、彼女にも彼のまわりの人にも、申し訳が立たないからです。
近臣の問いにてきとうに応じながら、彼は庭の外に目を向けました。今日は暗雲が立ちこめていて、太陽も雲の向こうになりをひそめています。けれど涼しいかといわれれば涼しいわけではなく、じっとりとした生温かい風がそよそよと吹いて、不快感をつのらせるのでした。
そんなそよ風に前髪をそよそよともてあそばれつつ、彼は空の様子をうかがいます。あたりは夜のように暗く、今にも稲光が雲間で走りそうでした。
「……嵐が来そうだな」
彼は物憂げにつぶやきました。こんな天気なら、いくらなんでも彼女も出ていかないでしょう。
複雑な心境で景色をながめてから、彼は席を立ちました。嵐が来るなら、もう少し中へ避難しようと思ったのです。
近臣が彼に付きしたがった時、進行方向にぽつんと磁石が現れました。彼女だと理解したとたん、女神が姿を現します。ひさびさに見る姿はやはりこの世で一番うつくしく、彼は一瞬見惚れてしまいました。
しかし、彼女の表情が険しいことに気づき、我に返りました。彼女はするどい眼光で彼をにらんでいたのです。
「去ね」
彼はびっくりしてたずねました。
「どうしたのですか」
彼女はかつかつと足音を鳴らしながら、開け放たれた扉へと突進します。そのうしろを、彼はあわてて追いかけました。
「さっさと去ね」
庭へ降りると、ぶわっと強い風が吹き、ふたりの髪や衣服を乱しました。しかし彼女は目を閉じることもせずに、怪しげな空を見すえます。特になにかあると彼には思えず、彼女の行動に戸惑うことしかできません。
となりに立つと、彼女はもう一度、はりつめた弓弦のように緊張した表情で言いました。
「早く姿を消せ。何があっても姿を見せることはならぬ」
ざあっと、風がふたりを嗤うようにうずまきます。けれども彼女の声ははっきりと彼に届きました。
「なにがあるのですか」
整った横顔を見ると、そこには畏れがうかんでいて、彼は目を瞠りました。彼女がおびえているところなど、今まで見たことがなかったのです。そもそも女神である彼女がおびえるなんて、想像もつきませんでした。
彼女は青い顔で空をあおぎながら、うなるように告げました。
「兄が来る」
かすかに彼女の目元が震えた気がしました。




