13(注:挿絵あり)
「絵?」
「はい。トモミ様も是非」
何ヶ月かに一度、有名な絵師様を招いてリーファスやプリチー神官たちの絵を描いてもらっているんだそうだ。描きあがった絵は、飾ったり売ったり(売上は全てプリチー族のために使われます)するとか。
で、今日がその絵を描いてもらう日で、せっかくだから私も描いてもらったらどうかという話らしい。
「や、私は……」
「思い出としても残りますし、一枚か二枚ならそう時間もかかりませんから」
「……うん」
断ろうとしたが、神官たちからの笑顔の圧力にあっけなく負けた。
まあ、記念写真を撮るみたいなものだと思えば良いか。
リオンと共に大聖堂に入ると、何やらすごい事になっていた。
杖を掲げた凛々しいポーズで決めているリーファスを、少し離れた場所に座って黙々と描く絵師様……猫背気味で、やや目付きの悪い青年なのだが……どこかやる気の無さそうな雰囲気とは裏腹に、その筆の速さは尋常じゃない。
すでに何枚もの完成品がそこらじゅうに散らばっており、神官たちが拾い集めるも次々と新しい絵が描きあがるので手が追いついてないようだ。
ちらりと見た絵は、あの速さで描かれているにも拘らず精密で完璧な作品だった。
(巧っ! さすがプロって感じだなぁ)
尊敬の眼差しで見ていると、リオンに声を掛けられた絵師様が振り返り……
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今の自分を一言で表すならば、「無」だ。
ただただ目で見たものそのままを機械的に書き写すだけ……なんと空虚な作業であろうか。
次々と出来上がる絵。目の前にいるプリチー族の愛らしさを正確に、ありのまま閉じ込めたそれらを無造作に後方へと放っていく。
背後では神官達が絵を拾い集め、しきりに感嘆の声をあげているが、それが何だというのだろうか。俺の心は凪いだままだ。
大神官リーファス……彼はプリチー族の中でも特に愛らしい。それは一目見れば分かる事だ。そう、一目見れば分かるのだ、誰にでも。
すでに価値の証明されたものに、俺の関心は向かない。
もっと、そう、例えば道端にうち捨てられたボロボロの本があったとしよう。
ただのゴミにしか見えないそれも、汚れた表紙をめくり、ぐしゃぐしゃになったページを丁寧に伸ばし、滲んだ文字をじっくりと読み解けば、そこには誰もが心を躍らせ感嘆の声をあげるような素晴らしい物語が綴られているかもしれない。
それは可能性であり、見えない価値。
そういうものをこそ、俺は描きたいのだ。
誰もが見落としている「何か」を、その隠された本質を、可能性を……
「絵師様、集中しているところ申し訳ありません。追加の依頼をお願いいたしたく……」
思考を邪魔する声に眉を顰めるが、呼びかけられたからには無視するわけにもいかない。
客の要望に従うのがプロなのだと自分に言い聞かせつつ、嫌々振り向いた。
そして、
俺の目は神官と共に歩いて来たプリチー族に吸い寄せられ、釘付けになった。
こ れ だ !
俺が描きたかったのは、求めていたのは、まさに、そう、これなのだ!
見た目は、まあどこにでも居そうなプリチー族だと言える。しかし、その引き締まった表情、凛としたその佇まい、他には見られない力強く俊敏な身のこなし……そして何より、その内に秘めたるもの!
それが何かまでは分からない。しかし、確実にある「何か」。その気配を俺は見逃さない。
嗚呼その冷静な目の奥に、無表情の下に、いったい何を隠しているのだろうか!
描きたい! こんなにも熱い気持ちを持ったのはいつ以来だろうか。
さぁ、早く、早く許可を! 貴方を描く許可を!
「一枚だけ、お願いします」
い ち ま い だ と !?
「足りん」
この湧き上がる創作意欲が一枚で治まるわけが無いだろう!
「じゃあ、二枚?」
足りるかぁ!
もういっそアトリエに連れ帰って心ゆくまで描きたおしたいくらいだというのに……!
いや、しかし、そう、これは仕事だ。報酬を得るからには、依頼者の意向に従うべきなのだ。
己の欲望を必死に押し殺し、俺は頷いた。
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「…………承知した」
何だか色々と押し殺した様子で頷く絵師様。
どうも様子が尋常じゃないというか、目つきが恐い。
今更だが、やっぱり止めとこうかな……
「ミーこち! リーのとにゃり!」
逡巡するが、結局はリーファスのもとへ向かった。
ひょこひょこと可愛らしく両手を振られたら仕方ないと思うよ。うん。
杖ごと腕に飛び込んできたリーファスを受け止め、軽く頭を撫でてから横に並んだ。
絵師様の方を向くと、すでに猛然と筆を動かしている。ポーズの決め方なんて分からないので、ただ立っているだけなのだが問題無さそうだ。
先ほどまでの淡々とした様子は何処へ消えたのだろうか。いやに熱い眼差しで食い入るように此方を凝視している――ぞわり――何だろう寒気が……。
うう、落ち着かない。早く終わらないかなぁ。
二枚だけ描き終われば開放される……と。そう思っていた私は甘かったらしい。
「報酬はいらん。むしろ此方から払う。もっと描かせてくれ」
「は?」
「二枚では足りん。あと十枚、いや五枚で我慢する……いや、やはり六枚は描きたい」
「え、いや、あの」
「頼む。このままでは欲求不満でどうにかなりそうだ」
「えええー」
仕事が終われば、絵師様は自由。欲求を満たそうとする彼を止めるものは何も無いのです。
※気軽な気持ちで描いた絵があります。
イメージを壊す恐れがありますが、興味があれば、下へどうぞ。
挿絵にした画像は、もともと小説よりも先に描いたものだったりします。
一番最初にミケ様に送りつけた絵だったりww