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あいちてるー!(心の叫び)  作者:
やっとはじまる本編
13/26

『プリチー族とは、愛し慈しみ庇護すべき者たちである……そう思っていた。いや、今もそう思っている。だが、彼の御方は言葉無く私に教えてくださった。何事にも例外や特別が存在するのだと』

 とある神官の日記より抜粋


 ぱらり、ぱらり。

 小さく丸い指が、繊細な手つきでページをめくる。

 静寂を揺らすその音が、耳に心地良い。


 読書の邪魔にならぬよう、私は少し離れた場所に立ち見守らせていただいている。

 小さな御体に見合わぬ分厚く大きな本を広げ、黙々と字を追っている聡明な横顔――異世界よりの賓客、神々から預りし尊き御方――タニシマトモミ様。

 彼の御方が此方の世界へとおいでになった『あの時』の情景は克明に、そして鮮やかに、私の胸に刻まれている……




「おちゅげ! いちぇかいのこ、くゆ! リーが、あずかゆ!」


 リーファス様の御言葉を耳にした瞬間、私は直感的にその場所へと急いだ。

 大聖堂、主祭壇の上へとリーファス様をお連れし、プリチー族の神官たちを祭壇の近くへと集める……静かに、けれど速やかに。

 祭壇の前には、全てとは言わずとも大半の神官たちが集っていた。

 これから何が始まるのか……皆そわそわと落ち着かない様子で、辺りを見回しながら小さく囁きあっていた。

 と、不意にさざめきがぴたりと止まる。


 空気が、変わった。


 さらさらと慈雨のように、天から降り注ぐ柔らかな光。

 光の一粒一粒が意思を持つかのように自由に踊り、瞬き、弾ける――その幻想的な美しさに、呼吸すらも忘れて魅入った。

 遊ぶように舞っていた光はやがて一つに纏まり、光の玉となる。

 そして、パッと光が霧散し……



 (!)


 過去に飛んでいた思考を、さっと戻す。

 トモミ様が本から御顔を上げ、此方に目を向けるであろう気配を察したからだ。

 一瞬後、トモミ様が此方を向いた。


「リオン」


 名を呼ばれる。それだけで、ふるりと震える胸。

 知性を感じさせる琥珀色の瞳が私を映し、微かに細まった。

 それは本当に些細な変化であったが、どんなに些細であっても決して見逃さず、気に留めておく事が大切である。

 トモミ様は、あまり表情をお変えにならない。常にきりっと引き締まった表情は一見気難しくも見えるが、その実、内面はとても朗らかでお優しい事を私は……いや、皆が知っている。


「退屈じゃない?」


 嗚呼ほらこの様に、勿体無いお言葉を! 常に周りを気遣う細やかさをお持ちなのだ。


「お気遣いありがとうございます。ですが、心配には及びません。こうしてお側に控えさせていただく事が今の私の存在意義であり幸せ……トモミ様と同じ空間に居られるというだけで私の胸は幸福に満ち、退屈などを感じる隙間など一切ございませんので」


「……そう」


 素っ気無く顔を逸らし、再び読書に戻るトモミ様。照れておられるのだ。冷たい態度も微笑ましく思えてしまう。

 褒められたり讃えられたりが苦手でいらっしゃるようだ。控えめで奥ゆかしい御方である……が、驚くほど力強く豪快な面もお持ちで……




 食堂にてパンをご注文になったトモミ様に、その場に居た神官は素早く目配せを交わし頷き合った。

 プリチー族にとってパンがいかに強敵であるか、トモミ様はご存じ無いらしい。お困りになったら……いや、お困りになる前に我等がそれとなく手助けして差し上げねば、と。

 だが、それは杞憂に終わった。


 トモミ様がパンを咥え、難なく噛み千切る光景を見たその瞬間。


 自らの目が常識に囚われ曇っていた事を知った。

 プリチー族であるから、上手くパンが食べられないだろう……?

 嗚呼、我々は知らずトモミ様をみくびっていたのだ!

 おこがましくも手助けしてさしあげようなどど……それを気遣いだと思い込んでいた自分を殴り倒して土に埋めてしまいたい!

 胸に湧き上がる羞恥心。そして、それを上回る尊敬の念が……



(!)


 再び飛んでいた思考を素早く戻す。

 トモミ様が本を読み終わる気配を察知したからだ。

 一拍おいて、本を閉じ立ち上がるトモミ様。

 これがリーファス様であれば即座に抱き上げ、本棚の前へとお連れするのだが……本を抱えて歩き出すトモミ様の後を、それとなく追うに留める。

 自分の半身程もある大きな本を抱えていながら、トモミ様の歩みは淀みない。

 そしてプリチー族とは思えない程素早い……トモミ様を、普通のプリチー族の基準に当てはめてはいけないのだ。


 とはいえ、小さな体ではやはり不自由も多い。


 本棚の前に立つと、トモミ様は少し悩む様子を見せたが、やがてくるりと振り向いて背後に立つ私を見上げた。

 トモミ様が口を開く前に、私はその手から恭しく本を受け取り、それを本棚の上部に戻す。


「ありがとう」


 トモミ様は自らの力量を見極め、必要だと思えば素直に我々を頼ってくださる。

 つくづく出来た御方なのだ!

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