第二話 「宵闇、抜刀」
つ、疲れた~~w 徹夜の執筆はマジ死にます;;
あ、あと、モンスターハンターファンのみなさん、怒らないでね?
私とブリュンヒルデを包んでいた光の渦が消えると、周囲の様相は随分と変化していて、私たちは小高い山の、高台のような場所にいた。眼下に広がるのは鬱蒼と茂る数多の樹木、蒼穹にはさんさんたる陽光が全てを睥睨していた。それと、どこか蒸し暑い気もする。
「――――熱帯雨林ですか。中々暑いですね」
「リィーゲルト、身体の調子はどうですか?」
「ええ、どこも悪くないですよ」
「転生は、上手くいったようですね」
「降りた場所は少々面倒ですが、まあ経験がないわけではありません。ヨーロッパ戦線の前は北アフリカ戦線にいましたからね。勝手は多少違いますが、何とかなるでしょう。ところで、いいでしょうか?」
「何をです?」
リィゲル「近しいかった者たちには、私は、リィゲル、と呼ばせていました。ですので、貴女にもそう呼んでいただきたい」
「分かりました。リィゲル、でいいのですね」
「はい、その方が堅苦しくなくて楽なんです」
「オリオン座。白色に輝く最輝星の一つ。巨人の左足。強く、そして綺麗な響きですね。でしたら私のことも、ヒルダと呼んでください」
「いいのですか?」
「貴方は我が命名者、絶対にブリュンヒルデと呼びたいのなら強制はしません」
「いいえ、ぜひヒルダと呼ばせて下さい。そして――――」
私は、右手をヒルダに向けて差しのべた。
「改めて、よろしくお願いします。ヒルダ」
ヒルダも右手をこちらに向け、私の手をしっかりと握る。
「こちらこそ、よろしくお願いします。リィゲル」
こうして私たちは、これから待ち受ける運命を共に背負う事を誓った。
(やはり握手はコミュニケーションの基本ですね)
「さて、これからどうしたものでしょうか。恐らくですが、ここはまだ未開拓の地。かと言って何処にも原住民などの集落がある気配はない。早速、遭難ですね」
高台から下を見下ろした私は、言ってどうにかなるというわけでもないと分かっていながらも、やはり言ってしまった方が楽だなと、尋ねるべくもなく尋ねた。しかし、ヒルダから帰ってきたのは違う意味で私の予想しえない返事だった。
「それについては、恐らく心配ないと思われます」
左手の甲を見せながらヒルダは続ける。
「この中指にはめられている指輪――ニーベルンゲンの指環――には、私とヴァルハラを繋ぐ能力が付与されています。これも一種の戒めですから、どのような理由があろうとも、はずした場合は何らかの災厄に見舞われることになるのです。しかしながら、私たち戦乙女に選ばれた勇者――エインフェリアに試される最初の試練が、その災厄に打ち勝つことなのです」
「何故、その指輪をはずさなければならないのですか?」
「ヴァルハラとの繋がりを断つ。それはつまり、私がヴァルキュリアではなくなり、人の子へと変わることを意味しているのです」
「なんと」
「異世界に、その世界とは別の存在を召喚することは、理を無視し、因果律を乱します。その上、いくら低級の女神である戦乙女もその世界に居続けるとなると、次元を歪め、世界そのものを破壊してしまう事にもなりかねないのです。ですから、エインフェリアと共に異世界へと降りた戦乙女は皆、指環をはずし、神であることを捨て、その力を、その世界に異なる存在を割り込ませる代償として支払う。そしてエインフェリアは訪れた災厄から戦乙女を守る。情けない話ですが、人の子となった私たちは、それでも一般人よりは様々な力を有しますが、基本、ただの人間の乙女です。見事、私たちを守りきったエインフェリアには未来への道が示され、失敗した者は新たな指輪へと姿を変え私たちをヴァルハラへと戻します。これが、私たちをこの世界に認めさせる唯一の方法なのです」
説明を終わり、俯くヒルダ。その表情からは容易に深い哀しみがうかがわれた。つまり、私よりも前に、ヒルダの目の前で散って行った者がいるという事。世界樹ユグドラシルの根元で、ヒルダは一体どれだけ待ち続けていたのだろう。悠久なる時の中、ヒルダは一体何人のエインフェリアを見てきたのだろう。聞くべき事ではない。そう分かっていても、私は己の口を止める術を持たなかった。
「――――私は、何人目ですか?」
はっ、と顔をを上げるヒルダ。
「すまない。本来ならばこのようなことは聞くべきではないでしょう。私は、貴女の哀しみを見ました。そして、それを知ろうと――貴女の心に入ろうとしています。ですが、私はそれでも、私の前に逝った者たちをも背負って、貴女を守りたい。そう切望してやみません。どうか、教えて下さい。私の前に、何人いたのですか?」
ヒルダは、私の申し出に逡巡したが、諦めたように微笑み、口を開いた。
「貴方は優しい人。私だけでなく、彼らのことまで思ってくれるなんて……」
「ただのお人好しにすぎませんよ」
「――――三人、いました。いずれも屈強で、心清く、優しかった。この指輪には、彼らの魂が眠っています。そして、彼らは次に貴方を導いた」
「――――彼らの分まで、私は貴女を守って見せます。どうか、躊躇わず、その指輪を――」
私は跪き、頭を垂れる。騎士であり、武士でもある私が出会った守るべき女性。ヒルダを守るためならば憂いはない。ただ一心にそう思った。愛情とは違った何かが、私の心を渦巻く。されどそれはとても心地よい何かだった。
「――その指輪を、はずして下さい」
「……貴方ならば、きっと切り抜けられる。そう、信じてもよいのですね?」
首肯。それだけでよかった。私は、左の腰に差している刀の鯉口を切った。
「貴方に、戦神の加護があらんことを――――」
ヒルダの左手から、金に輝く指環が解き放たれる。
「――――『宵闇』、抜刀――――」
父から授かった、黒く煌くひと振りの刃が、指環を空中で断ち切る。
妖刀『宵闇』――――決して抜いてはならないと父から託された闇を、私は抜いた。未来の前を遮る闇を振り払うために……。
カラン…………――――――――。
かつて、何人もの手に渡り、数数多の魂を吸い、黒く変化したと伝わる妖刀『宵闇』。生半可な心では、その刃を見ただけで狂い、人としてのモノを失うとされる禁忌のひとふり。
咎人の刀――。
私は宵闇を鞘に戻すことなく、素早く背後を振り返った。
間を置かず、私は大気の轟きを聞いた。
ギャオオオオオオオォォォォォォォォ!!!…………――――――――――――――。
本能的な恐怖が我が身をを襲う。
現れたのは「桜」を纏った一匹の竜だった。
「他の種族を圧倒し、その身に宿した火は一国を滅ぼす。伝説の種族、ワイバーン。この世界には、彼らがいるのですね。相手にとって不足はありません」
私は宵闇を正眼に構え、全長20メートルの竜を――桜火竜を見据えた。
「ヒルダ、貴女は安全な場所に。あの竜は、今は私しか見ていません。早く!」
「どうか、どうか無事でいて下さい!」
そうして私と桜火竜との対角線から離れるヒルダ。あれだけ距離があれば大丈夫だろう。あの桜火竜も、私との対決のみを求めているようだ。父から学び取った『気読み』が、桜火竜の、私への純粋な殺気を教えてくれる。再び武者震いする私が、そこにはいた。
大地へと舞い降りた桜火竜は、私と相対すべく構える。腰を落とし、翼を中ほどまで開く。先端に棘の付いた尾は水平に伸び、牙の間からは炎がちらついていた。
どちらも、自ら打って出ようとはせず、ひたすら睨み合う。それは互いの力量を認め、警戒しているから。それは互いに隙をうかがっているから。たったの一秒が、一分にも一時間にも感じられた。
額を汗がつぅっと流れる。桜火竜は、殺気をさらに増し、こちらを圧倒せしめんと低く唸った。
完全な拮抗状態。終わりの見えぬ対峙。殺気のぶつけ合い。
私は桜火竜の放つ異様なまでの殺気を受けつつ、あることに気付く。
(宵闇が、疼いている……)
宵闇を妖刀たらしめる深い闇。何千何万という怨恨によって黒光りする刀身。安易に抜いてはならないとされる闇が、純粋な殺気を当てられ、歓喜のうちに震えていた。
(妖刀『宵闇』よ、お前はやはり咎人の刀なのか?)
宵闇は応えない。
(なれば我は、お前を使いこなしている我もまた、咎人なのだな)
無機物である宵闇に、応える術はない。
(私は、この身に刻まれた咎を背負うことを甘んじて受ける。そして私は、お前の咎をも背負おう)
宵闇はただただ、闇の内に震えていた。
(宵闇よ。我に応えよ。その闇を持って闇を払い、その咎をもって咎を払え。我が生あらん限り、我の矛となり、仇名す者を撃ち果たさん!)
ギャオオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!!!!
咆哮によってその均衡は破られた。
桜火竜はその持てる最大の力をもって私に突進してくる。大瀑布のごとき存在が迫りくる。
私はしかしながら目を瞑り、彼の者を待ち構えた。
すれ違う一瞬。ただ一閃に全てを賭ける!!!
桜火竜はなおも私に近付いてくる。
私は動かない。ただ静かに時を待つ。
チャンスは一度。私が私に新たに課した誓約。
「ただ一刀のもとに、敵を討たん!!!」
双眸が身開かれる。時は満ちた。この間合い。このタイミング。私は素早く左足を斜め左に大きく踏み込み、すり抜けざまに宵闇を振りぬいた。
巨体が、私の後ろへと流れていく。
その刹那、尾の棘が私の右肩をかすめ、肉をえぐった。
「グッ、ゥォおぉぉぉ……!」
血飛沫が吹きあがる。
全身が焼けるような苦痛を噛み殺し、私は――――
その時ヒルダは目撃していた。リィゲルの右肩から溢れ出る血潮と、桜火竜から一枚の見事な竜鱗が宙を舞ったのを……。
――――私は宵闇を鞘に収め、
「猛き、美しき竜よ。我が名はリィゲル、リィーゲルト・フォン・ハイリンッヒ。戦乙女、ブリュンヒルデに選ばれしエインフェリアなり。勝敗は既に決した。牙を収めよ!」
負傷した肩を押さえ、あらん限りの声をもって叫んだ。
沈黙の間――――。桜火竜からは既に殺気は感じられず。沈黙をもって私を捉えていた。
不意に声が聞こえる。
桜火竜『――――我を凌ぐ力を示し者よ――――』
それは聴覚からではなく、心に直接聞こえてきた。
「これは、念話というものか」
桜火竜『左様、我ら誇り高き竜族のみに継がれた力の一つだ』
「改めて名乗ろう。私の名はリィーゲルト・フォン・ハインリッヒ。我が戦乙女、ブリュンヒルデに導かれ、この地へと舞い降りたエインフェリアだ。貴女の名をお聞かせ願おう」
桜火竜『我が名か? 我が名は「乱れ桜のレイア」。我が一族を束ねるものだ』
「乱れ桜のレイアか。ではレイア殿、まずはここに、貴女に刃を向け、その身に傷をつけたことを謝る。すまなかった」
私は頭を下げ、誠意を込めて謝った。すかさずレイアと名乗った桜火竜が言う。
『レイアと呼び捨ててもらって構わんよ。それにしても、リィーゲルトよ。そなたはおかしな奴だ。初めに襲いかかったのは我であろう?』
「貴女は、礼をもって接するべき者であると、私の中の何かが告げるのです」
『命を奪おうとした者であるのにか?』
「もし、貴女が本当に私の命を喰らおうとしたのなら、私が宵闇を収めた瞬間に攻撃をしたでしょう。けれどもそうしなかった。違いますか?」
『解せん奴だ。剛の者でありながら、なぜそれほどまでに自らの力に溺れずにいられる。今まで見てきた人間とは、お前は違うのだな』
「いえ、私はただのお人好しの咎人にすぎませんよ」
『お人好しの咎人だと……? ハッハッハッハッハッハ!! 愉快! おぬし、気に入ったぞ! ハッハッハッハ!』
レイアはしきりに笑った後、翼をたたみ、ゆっくりと歩み寄ってきた。
『我は決めた。やはりおぬしにしよう。先ほど鱗の一枚を持って行かれた時から既に考えていたが、やはりおぬししかあり得ない』
「何を決めたのです?」
「リィゲル!」
ようやく緊張から解き放たれたリィゲルとレイアのもとに、ヒルダが駆け寄る。
「リィゲル!」
私の胸に飛び込んだヒルダの目には、うっすらと涙が映っていた。
「ヒルダ、信じてくれてありがとう。私は貴女を守るに足る者だったよ……」
「良かった。本当に……」
私をひしと抱きしめるヒルダからは、以前のような神々しさは感じられなかったが、代わりに、乙女としての可憐さが前にも増して一層輝きを放っていた。
私はヒルダの涙を手で拭いてやり、レイアに向き直った。
「話の途中にすまない。続きを聞かせてくれ」
『気にするでない。私は決してそこらの未熟者のように短期ではないし、空気ぐらい読める』
その一言に、私とヒルダは慌てて離れ、赤面した。
『続きを話そう。我はおぬしに我が心臓を授けることに決めたのだ』
「心臓を、ですと!?」
私はその突拍子もない申し出に、呆気に取られた。心臓とは生命の源であり、いかなる生物も心臓なくしては生きられない。なのにレイアは自分の心臓を差し出すと言っている。これを驚かずにいられようか?
「正気か?」
私の問いに、しかしながらレイアはふんっと笑ってこう続けた。
『先入観や短絡的思考でものごとを計るな。なにも命を捨てようなどとはいっておらん。まあ、当たらずとも遠からずといったところか。これは竜族に伝わる特別な儀式でな。竜同士で行われることはない。実例も伝説の中にしかないと聞く。内容は簡単だ。竜族の、しかも私のように自我を持ち、人語を解する者だけがその儀式を成すことができるもので、その者が心から認めた者に心臓を授ける。心臓を授かったものは竜の力と膨大な精神力をその身に宿し、念話も使用可能になる。心臓を授けた竜はその者が死なぬ限り、実質不死となり、守護竜として守り続けるというものだ。なあに、悪い話ではなかろうて』
「そんな、私にそのような資格はありません。貴女こそ短絡的ではありませんか。ご自愛を」
『ほざけ、我はもう決めたのだ。おぬしに拒否権は認めん。あくまで拒むというのなら、我は海に没し、自ら命を断つ』
「きょ、脅迫じゃないですか!」
ふっふっふと、レイアは不敵に笑う。
『さあどうするリィゲルよ。我の心臓を受け入れるか? それとも我を見捨てるか?』
「…………っく、分かりました。謹んでお受けします」
この人にはどうやっても敵わないと、軽く心が折れた気がしたリィゲルだった。
『初めから素直に受け入れていればよかった者を……。よし、では早速始めるぞ』
「ああ、よろしく頼む」
レイアはさらに身を低くして、頭を私に押しつけた。途端に、すさまじい生命の躍動が流れ込む。
『――――我は乱れ桜のレイア。竜族を統べる王なり――――』
熱い熱い熱い熱い熱い――――――。
『――――ここに誓うは守護の誓い。其の者の名はリィゲル。エインフェリア、リィーゲルト・フォン・ハインリッヒ。我は誓う。其の命あらん限り仕え、これをを護ると――――』
痛い痛い痛い痛い痛い――――――。
『――――誓いの証として、我が心臓を彼の者に捧げる。ここに、守護の契約を結ばん!』
「ぐっっっっっ、のあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
私の中に何かとてつもないものが流れ込んできた。と同時に、肩の傷が急速にふさがっていく。
「力」の奔流。「魔力」の源泉。その二つが、私の中に割り込み、無理やり居場所を作る。生物が持つ拒絶反応が、その身自身をむしばんでいった。
(これが……、守護の契約っっ!!!――――――――)
意識が途絶える間際、ヒルダに抱きとめられた気がした。
「なんて、膨大で、底なしな力!」
私はリィゲルがレイアの心臓を受け止めるのを、ただ見ているしかできませんでした。リィゲルは身を内側から焼き尽くすような苦痛に悶え、必死に抑え込もうとしているのに、私には成す術がありません。神であることを捨てた私には、ただ祈り、待つことしか許されなかったのです。
(もどかしい! こんなにも、もどかしいなんて!)
私は両手を強く握りました。とても、悔しかったから。
どうして?
分からない。自分の気持ちが分からない。
(この感情は何? 悔しさだけじゃないの!?)
分からない分からない分からない分からない。
初めての感情――――。
私はその初めての感情に戸惑うことに気が散り、危うく儀式が終わって地面に倒れそうになるリィゲルを受け止め損なうところでした。
「リィゲル! リィゲル!」
呼吸が荒く、ものすごい高熱です。
『落ち着かんか。今はもう違うとはいえ、戦乙女ともあろう者が、それほどに心乱してどうする?』
「リィゲルは、大丈夫なのですか!?」
『ああ、今に呼吸も落ち着く。肩の傷も完治させたし、熱も二日と経たんうちに収まるよ』
「……良かった」
『それよりも、気付かぬか?』
「え? はっっ!」」
私はリィゲルを抱きとめたまま背後に向かって声をかけました。
「そこの者よ。隠れてないで出てきなさい!」
茂みから、若干の驚きの念が感じられます。ですが、不思議と敵意は感じられませんでした。
やがて、その者はあっけらかんとして茂みの中から姿を現したのでした。
出し切った。未練はないと思う。というわけで、次回もよろしくです><
リオレイア希少種? ナニソレ、おいしいの?