第一話 「魂の選定者」
ふう、やっとかけました^^第一話です!
爽やかな眩しさに、閉じていた瞼を少し開く。ぼんやりと見えたのは空を揺蕩う綿雲と、清々しくも朗らかな春の日差し。
眩い光にも馴れてきた私の目は、さらなる情報を求めて開かれる。
綿雲は次第にはっきりとした輪郭を現し、陽光によって光と影のコントラストを纏う。
私は上半身を起こし、ゆっくりと見渡した。
どこまでも続く緩やかな草原に、ポツンとたたずむ一本の大木。胴囲十数メートルはあろうかという大木である。
不意に、むせ返るような、それでいて心地よい緑の香りが鼻孔をくすぐった。幼少時代養父と過ごしたシュヴァルツヴァルトの想い出が鮮明に蘇る。湖畔で釣りをしたり、鹿狩りを手伝ったり、乗馬もしていたと思う。
そっと、懐かしさに瞼を閉じる。そして――
――戦場に散って行った部下、いや、戦友たちに静かに黙祷を捧げた――
鬨の声を上げ、市街地にどっと押し寄せるソ連軍に対し、私たちの士気は衰えることを知らなかった。皆よく動き、私の指示を的確にこなしていく。押しては引き、引いては押す。市街地特有の限られた視界という、敵にとっての弱点を存分に利用し、リアルタイムで罠を構築しつつ、狩り場に迷い込んだ獲物をひたすらに喰らい尽した。途中から加勢してくれた予備戦車中隊との連携も上手くいっていたと思う。あれだけの戦車が今の、わが軍によく残っていたものだ。流石は、東部戦線で活躍していただけはある。生き残ることを最優先にした、よい指揮官に恵まれたのだろう。私は恥を覚えずにはいられなかった。
――約束された勝利に酔いしれた軍団程、頑なで、脆いものはない――
今は亡き我が養父が残した言葉の一つである。
疑いようもない勝利というものは、言うまでもなく将兵たちの士気を極限まで引き立て、強靭な戦闘集団へと変えていく。しかし、戦さにおいて強さとは全ての要素足りえない。このとき養父は「戦とは、これすなわち生き物である」と付け加えて教えてくれたものだった。つまり、有り程に言うと、戦では何が起きるか分からないということである。
例えば、鎌倉時代中期。日本を支配せんと送られた十数万の圧倒的な元寇軍は、戦いによってではなく、台風によって壊滅した。
例えば、百年戦争末期。フランスのオルレアンを包囲、制圧せんと陣取っていたイングランド軍は、平民の出の一人の乙女の登場によって最終的には敗れた。
例えば、古代ギリシャ。ギリシャの地を征服せんと押し寄せてきたペルシャの数十万の大軍を、レオニダス王は地形を利用し、たった300人で二日間も足止めすることに成功した。
これらの事象は、誰にも予期することなどできなかったはずである。
そして現在、ソ連軍の慢心というものが私たちに少なくとも味方してくれている。数を考慮しなければ。
人海戦術とはよく言ったものである。
倒しても倒しても、彼らは後から後から湧いて出た。歩兵は自軍の屍を踏み越え、戦車は自軍の生存者など気にせずに雪崩込んだ。
もとより敗戦以外考えようもない首都防衛線である。残存する武器弾薬、燃料、兵力などは正直言って申し訳程度しかない。いくら優れた用兵家であったとしても、物資不足には打ち勝てない。わずかな時間だけでも、稼ぐことができたのならいい方である。
潮時を感じた。
私は予備戦車中隊に市民の誘導と護衛に向かうように打診した。
返信にはただ一言、「ヴァルハラで会おう」とあった。
私の意を汲み取って、すぐに撤退を決意してくれたかの部隊長には感謝してもしきれない。
そして、予備戦車中隊の撤退を確認してからしばらくして、私は敵狙撃兵の放った一発の弾丸に肝臓を撃ち抜かれ、部下たちの私を呼ぶ声を聞きながら世を去った。
リィゲル「――――――さしずめここは、冥界へと落ちる私に与えられた、最後の幻想か……」
ここまで冷静でいられる自分が、内心不思議で堪らなかった。死後の世界にいるという実感はないが、自分が死んでいるという事実はごく自然に受け入れられた。だからだろうか、私は少年の頃に帰った気持ちで、あの大木に登って見ようと思い至った。
リィゲル「あそこから見た景色は、さぞ雄大だろう」
そう独りごち、起き上がって遥か前方にそびえる大木に向かって歩を進めた。
ふと私は、大木の根元に人らしきものを認めた。遠くからでは見えなかったが、あれは確かに人に見える。近付くに連れ、その者が女性で、しかも青を基調とした立派な甲冑を着ていることなどが分かった。
さらに近付く私。甲冑の女性は妙齢で、それでいて大変、美しい。その身に纏う甲冑の意匠もうなるものがあったが、それさえも彼女を引き立てる材料にしかなりえなかった。少なからず私はそう思った。
(――――三対の羽をあしらった髪飾り。天の川のごとく流れる銀の髪。金で縁取られた美しい胸甲。女神を思わせる可憐さと神々しさ……)
もしや、と思う。
(――――天駆ける白馬にまたがり、手に持つ槍は、常に勇者の魂を求めて彷徨う――――)
まさか、と思いたい。
リィゲル「――――最高神オーディンに仕える魂の選定者、戦乙女ヴァルキュリア――――」
彼女は静かに、微笑んだ。そう、私の呟きは、肯定されたのである。
私はあまりの衝撃に、膝を屈した。
――――何故、如何して私なのか、と――――
私は、部下たちの命を救うことすらできなかった。あまつさえ、私は彼らを死地に追いやった。私は、彼らの命をもって敵を防いだ、「死神」なのだ。私のような咎人が、選ばれるはずなど無い!
彼女は、微笑んだまま私を見つめ、こちらへと歩き始めた。私は、動くことができなかった。衝撃から立ち直れなかったこともあったが、なにより、私は彼女の笑顔にあてられていた。
およそ人類のもてる全ての美辞麗句をもってしても筆舌し難く、吟遊詩人は自らの喉をかき切り、絶世の美女と謳われる女どもは己の醜さを呪うだろう。
到底、人の枠に当てはめて考えることなど、それ自体おこがましく、罪深く感じられた。それほどに、美しかったのである。
ついに、彼女は私の目の前までやってきた。すると、彼女は自分から膝を折り、私と目線を合わせたのである。
そして、彼女の右手がそっと、私の左頬を撫でる。
ヒルダ「初めまして、リィーゲルト・フォン・ハインリッヒ。貴方のお考えの通り、私は、戦乙女ヴァルキュリアとして、貴方の魂をここヴァルハラへと導きました」
リィゲル「何故、如何して私のような人間を選んだのです?」
戦乙女「貴方の魂はいと貴く、清廉で、勇にあふれています。これほどの魂を持った勇者を、どうして導かずにいられましょうか」
リィゲル「そのようなこと、大変恐れ多いことです。私は貴女が仰るような高貴な人間ではありません」
戦乙女「その謙虚さも、素晴らしいところです」
リィゲル「滅相もありません。私など、本来は冥界に堕ちるべき身。とても、神に仕える者としてふさわしくありません」
そこまで私が言うと、彼女はさっと立ち上がり、たしなめるように告げた。
戦乙女「貴方は二つ、勘違いをしているようです」
リィゲル「勘違い?」
戦乙女「ええ、一つに、貴方は素晴らしい事を成す可能性を十分に持った者であり、今それを放棄しようとしていること」
リィゲル「どういうことですか?」
戦乙女「あの大木を御覧なさい。あれは、無数に存在する世界を支える世界樹ユグドラシルなのです。その枝の数だけ、葉の数だけ、世界が存在しています」
リィゲル「並行宇宙、か」
戦乙女「はい。貴方にはその内一つの世界に転生し、自らに託された使命を果たさなければなりません」
リィゲル「その使命とは何なのです?」
戦乙女「残念ながら、私の口からお教えすることはできません。なによりも、その使命とは、本人にしか気付けないものなのです」
リィゲル「――――もう一度、生きよというのですか?」
戦乙女「はい」
リィゲル「――――それが、私のたどるべき道なのですか?」
戦乙女「道とは、自ら見つけるもの。たどるものではありません」
道……。
――――人の道とは、最も険しく、暗く、息苦しいものだ――――
そう言えば、養父がいつも口癖のように言っていた。
――――だが、その頂きにあるものは何よりも素晴らしい――――
こうも言っていた。
――――私は、未だにその頂きに臨んだ事はない。これからもないだろう。だから――――
リィゲル「――――だから、どうかお前には登りつめてもらいたい」
戦乙女「貴方の、お父様のお言葉ですね」
リィゲル「父を知っているのですか?」
戦乙女「彼もまた、ここに呼ばれ、旅立って行きました。もっとも、選定者は私ではありませんでしたから、そこまでは知りません」
リィゲル「そうですか…………」
日本人であった養父は、私の両親の友人だったらしい。らしい、と言うのも、私は両親の顔を知らない。聞くところによると、私が生まれてすぐ、交通事故で死んだそうだ。息を引き取る間際、病院に駆け付けた養父に私のことを頼み、逝ったと言う。養父は大変厳格であった。ドイツ語はもちろん日本語や英語、フランス語などの多数の言語、読み書きそろばん、歴史、科学、武道、道徳などなど。養父は己の持つ全てを私に授けてくれた。一時は反発もしたが、彼は私にとって養父などではなく真の父であり、越えるべき壁であり続けた。それがよもや――――
リィゲル「――――よもや、死んでもなお私の壁であり続けていてくれていたとは……」
戦乙女「良いお父様をお持ちになられましたね」
リィゲル「ええ、偉大な父でした。いえ、父です」
戦乙女「道は見つかりましたか?」
リィゲル「はい。もう迷いません」
戦乙女「では、盟約を。私に名前をお与えください」
リィゲル「名前を?」
人が神に名前を与えるなど聞いたことがなかったし、そもそも考えもしなかった私は、オウム返しに尋ねる。
戦乙女「私たち戦乙女は、元来名前を持ちません。それは、いつの日かきたる勇者との盟約に、命名という戒めを与えるためなのです」
リィゲル「私は使命から逃れることができなくなり、貴女も、私とたもとをわかつことができなくなる。と、いうことですね」
戦乙女「その通りです。その代わり、戦乙女に名前を与えることで、与えたものは使命を果たすまでの命と、異能の力を手にします」
リィゲル「異能の力とは?」
戦乙女「それは、実際に開花するまで分かりません。盟約を交わした瞬間開花する者もあれば、晩年に開花した者もいるのです」
リィゲル「分かりました。では」
戦乙女「もうお決まりになられたのですか?」
リィゲル「ええ、これ以外はあり得ません」
戦乙女「短絡的ではないようですね」
リィゲル「当然ですよ。ところで、二つ目の勘違いとは何なのです?」
戦乙女「……いずれ、お教えする日が来ると思いますが、今はそのときではありません」
リィゲル「貴女がそうおっしゃるのなら、そうなのでしょう」
戦乙女「はい。それでは、盟約の儀を――――」
途端、光の奔流が、彼女からあふれ出た。光はやがて無数の粒となって私と彼女の周りを舞い始めた。
私たちは向き合う。彼女の両の手が、私の両の手を包んだ。
戦乙女「――――汝、『リィーゲルト・フォン・ハインリッヒ』よ。優しく、賢明で、勇なる心を持ちし者よ――――」
光の舞う速度が速くなった。
戦乙女「――――我、戦乙女の命をもって問う。使命に生き、全てをもってそれを果たすか?」
リィゲル「我、『リィーゲルト・フォン・ハインリッヒ』は、我が名と、誇りにかけて誓う――――」
光の速度がさらに上がり、輝きを増す。
戦乙女「――――なれば汝、その誓いによって我に名を与えたまえ。汝が心に秘めたるその名を与えたまえ」
リィゲル「我、盟約の誓いによって汝に名を与える。その名は何人たりとも冒すことあたわず。何人たりとも、堕とすこと叶わず。その名は――――」
決して、短絡的ではない。この名しか考えられなかった。
リィゲル「――――その名は、ブリュンヒルデ」
ブリュンヒルデ「盟約に従い、我、ブリュンヒルデは、汝に力を授けん。願わくば、その使命が果たされんことを」
リィゲル「ここに誓う。共に手をとり、共に歩むことを」
ブリュンヒルデ「いざ行かん。まだ見ぬ地へ。約束の地へ。ユグドラシルの導きのもとに――――」
ああ、ブリュンヒルデ使っちゃったw
ちなみに見た目イメージはレナス・ヴァルキュリア様
性格はベルダンディー様を参考にしちゃいました。
(二次に引っかかる気がしてハラハラw)