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第十一話 「傷跡~後篇~」

お待たせいたしました。作者の獅子竹 鋸です。

 

今回の回は、おふざけ一切なしの本気です。


それでは、第十一話 「傷跡~後篇~」をご覧ください。


 挿絵(By みてみん)



 城塞都市ソロンは、テレネ山脈の山岳部から平原へと広がる扇状地に位置しており、テレネ川の本流と二つの分流――計3本の川を利用して築かれており、平民区および商業区となっている外縁部が二つ、その内側にある中流家庭および貴族街と、最奥部のデュアメル・フォン・ヴァンフリート伯爵の居城で構成されている。


 各区域は分流と水路で分離されており、移動する際は区域間に渡された跳ね橋を使用している。本来ならば、有事の際は伯爵城のすぐ隣に駐屯している守備軍が跳ね橋を渡って駆け付けるのだが、ポポーヴィッチらは駐屯地から渡された跳ね橋を全てと、水門の一部を爆破。そのうえで駐屯地から最も離れた外縁部の商業区を奇襲したのである。生き残った衛視から聞いた話だが、商人の格好をした者や、農夫みたいな者たちが突然武器を手に襲ってきたそうだ。あらかじめ、恐らく1カ月くらい前から戦力を少しずつ侵入させていたのだろう。全くもって、手際が良過ぎる。


 守備軍が商業区の警備軍の援軍に駆け付けた頃には時すでに遅し。大通りのと2ブロック奥の商店は軒並み壊滅ないし半壊。平民区の一部にも被害が及んでいる。幸い木造の家屋はほとんどないため、火災はほどなくして鎮火されたが、警備軍と一般人の死傷者が多く、守備軍と警備軍の生き残りはその事後処理と討伐軍の編成に追われているらしい。


  「――――現状の把握としては、これくらいで十分だろう。後は、今後どうするかだな……」


 腕を組み、壁にもたれかかりながらレイアが呟く。この部屋の雰囲気から語尾が小さくなったのはレイアらしくなかったが、それは私としても同じ心境なので何も言わなかった。特にジャンヌの落ち込み方がひどく、隣の寝室ベッドにもぐりこみ、毛布をひっかぶったまま一言も発していない。しばらくは、一人にさせておこうと思う。


 「あるじよ、どうする?」


 翡翠の双眸がこちらを向く。私は板張りの床を見つめたまま答える。


 「……私は、この街がある程度復興するまで滞在しようと思う」


 「追わないのか?」


 試すように尋ねるのは、彼女なりの意思の現れである。


 「ああ」


 「私はリィゲルに賛成です。今の私たちでは、残念ながら敵う敵ではありませんからね…………」


 「――――そう、“今の私たち”ではな」


 間違いなく、今の私たちでは勝てない。それは分かり切っている。悔しくて仕方がないのが本音だが、

しゃにむに立ち向かったところで犬死するのは目に見えている。


 「だからしばらくは『自分』と戦って、いつ奴に出くわしてもいいようにしなければならない。今はまだ、屈辱に甘んじて精進するしかないと思う」


 「同感だ。我も上位の竜族であることを誇示し、おごっていたきらいがあった。上には上がいることを、随分と忘れていたよ」


 「私も、初めて自分自身の未熟さを痛感しました」


 「そうだな、私たちはまだスタート地点にいるに過ぎない。物語はまだ始まって間もない。今の段階で強敵という者に遭遇したのは、不本意極まりないが僥倖と言えるのかもしれない」


 「そうですね。ですが彼は『魂を冒涜せし者』――――、いつか必ず、報いを受けさせましょう」

 

 「ああ、我も奴の頭をかみ砕いてやらねば気が済まん」


 挫折をばねにかえる。それは非常に難しいことだが、一度こうと決めてしまえば挫折は自らの礎となる。


 同じ挫折を抱えた者は、支えあう事が出来る。


 だから、後は――――。


 「――――君も、ドアの傍で歯噛みするだけなんてことはないだろう、ジャンヌ」


 ――――最も深刻な挫折トラウマに直面しているであろうジャンヌだけである。


 一瞬、ドアの向こうで息をのむ気配がして、諦めたよう声が返ってきた。


 「……なんだ、気付いてたのかい。アンタも人が悪いね、リィゲル…………」


 ドア越しの声は弱弱しく、儚い。


 「……辛いか?」


 「…………辛くないなんてのは嘘になる。アタイ自体、よくわかんないよ……。さっきまで、考えるのを放棄してたんだからね…………。ふっ……、情けないだろ?こんななりしてさ……」


 「………………」


 自虐的に感情を吐露するジャンヌ。あまりに痛々しく、あまりに切ない。


 「……アタイは、あの町で、全てを失った。ちょっと怖かったパパも、貧乏性のママも、意地悪なお兄ちゃんも、狭っ苦しかった家も…………。ぜぇーんぶ、なくなっちゃった……。残ったのは、アタイだけ。持ってたのはつぎはぎだらけの汚い服と、身体だけ……。町が襲われた次の日、どうやって嗅ぎつけてきたか分からないけど、奴隷商人がハイエナみたいにやってきて、アタイを連れていった…………。檻に入れられて、最低限の食事を与えられるだけの毎日。たまにどっかの貴族か富豪がやってきては、いやらしい目で吟味していくんだ……。確か、初めて買われたのは8歳の時だったかな…………?買われたその日に、アタイはキレイじゃなくなった…………。1週間に、4回ぐらいだったと思う。その変態にとって、アタイはただの玩具おもちゃだった。愛とか、そんな高尚なもんなんて、これっぽっちもありゃしなかったさ……。買われてから半年……、そいつを殺して逃げるまで半年かかった。閉じ込められてた部屋で、食事用のナイフで必死に独学で殺す方法を身に付けてたんだよ。とにかく、アタイはそいつを殺して、金目の物を取って、逃げた……。行く当てなんてなかったけど、お金がなくなるまで逃げ続けた。そようやって、また何もなくなって、行き着いたのがここ、ソロンだったんだ……。ここの前の大家がお人好しのじいさんでさ、商業区の入り口で行き倒れてたアタイを拾って、住まわせてくれたんだ。……でも、生きてきた経緯が経緯だったから、殺伐とした、ガキだった……。なのにそのじいさん、ただ微笑むばっかでさ……。1か月は口利かなかったんだよ、アタイは……。それでも、じいさんはアタイを育ててくれたんだ。おかげで、今みたいに少しは人間らしくなった。…………ハンターになったのは、じいさんに恩返しがしたかったのと、あの男への復讐のためだった……。必死で止められたけど、アタイは聞きやしなかったよ。『復讐なんてそんな哀しい生き方をするな』、って言われてね……。初めて大喧嘩したよ。そんでアタイはとうとうじいさんとこを飛び出して、ハンターになって、仕事をひたすらこなしていった。騙されそうになったり、たまたまパーティくんだ男に犯されそうになったりしたけど、必死に、生きた……。街にはその間帰らなかったんだ。たくさんお金をためて、じいさんを唸らせてやろうって…………。5年と少し経って、アタイはやっと、ここに戻ってきた。ただひたすらお金をためるために過ごしたから、最低限の生活しか出来なかったけど、じいさんのためだったから全然苦じゃなかった。だから、結構な額が貯まってて、アタイは、ワクワクしてた。じいさん、どんな顔をするかな?とか、飛び上がって喜ぶだろうな、とかね……。だけど、悠々と帰ってきたアタイを待ってたのは、じいさんの遺族の息子さんと、1枚の手紙だけだった………………。アタイが、戻ってくる1か月前に、心臓を患ってポックリ死んだんだって……。アタイは、呆然としたよ。だって、そうだろ?…………それから、自分自信を呪ったよ。呪って、泣いて、ひたすらじいさんの墓の前ですがりつくようにして謝ったんだ……。ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい、ってね……。息子さんが、アタイを迎えに来るまで、1いちんち中そうしてた。それからこの貸家に戻って、じいさんのことを聞いたよ。息子さんは最期の1週間に駆け付けたらしいんだけど、じいさん、口を開けば二言目にはアタイのことばっか話してたんだって……。そりゃあもう色々さ。恥ずかしくなるようなものもあったよ。だけど、一度も、アタイを責めるようなことは言わなかったって……。手紙にもね……、ただ一言、『勝手に逝って、すまん』としか、なかった…………。また、泣いたよ。近所の人が心配して様子を見に来るほどね。泣いて泣いて泣いて、涙が枯れても後悔はおさまんなかった……。むしろ泣くごとに嗚咽が込み上げてきてさ、一晩中、墓の前でそうしてたように謝り続けたんだ。そしてしばらくは、部屋から出なかったし、喪失感から食事も喉を通らなかった。筋肉はどんどん落ちていって、食べても吐いたりおなかを壊したりして、さらにみるみる痩せていってさ。最後は倒れて医者んところに連れて行かれたよ。二日間、生死を彷徨ったんだって。意識が戻った途端、息子さんにこっぴどく怒られたよ、そりゃあもう本気で……。だけど、そのあとそっと抱きしめてくれたんだ。父親が子供にそうするようにね。温かかったのを、よく覚えてる……。そん時気付いたんだ。アタイにもまだ家族と言えるもんがあるんだってね。だからアタイは、退院した日から身体を鍛え直した。あの世に隠居しちまったじいさんにも恥ずかしくないように、っつってもまたハンターだけど、最後まで自分を通そうと思って、続けた。息子さん――――今でもここの大家だけど――――アタイは親父って呼ぶようになった。……まあ、そう呼べって言われたんだけどね。温かい場所なんだよ、ここは……。けれどね、それでもやっぱりアタイは復讐を忘れなかった。それがもとでじいさんを悲しませたってわかってたけれども、それでもアタイは復讐を諦めることはなかった。今度は答えのないジレンマに苦しむようになったのさ。じいさんの想いとアタイの想い……。両方を天秤にかけることなんて、アタイにはできない。するわけにはいかない。あいつを殺すまでアタイは救われない。だけど、アタイはあいつを殺して本当に救われるのかなぁ……?ねぇ……、リィゲル……、教えてくれよ…………。アタイは、アタイはどうするべきなの?何のために生きればいいの?ねぇ、教えてよ……。アタイはっ……、どうすればっ…………」


 「…………………………………………………………………………………………っっ!!」


 言葉にならない。


 言葉が出てこない。


 何を言うべきなのか?


 何をしてあげるべきなのか?


 ドアの向こうで、ただただ押し殺したように泣いているジャンヌを、どう慰めるべきなのか?


 「………………………………リィゲル……、入って」


 泣きはらして、すっかり枯れた声が私の名を呼ぶ。


 私は結局何も言えず、黙って寝室へと入った。


 「……………………」

 

 「……………………」

 

 そこにいたのは、深紅の鎧を纏い、俊迅の双剣を携えた女戦士ではなかった。


 そこにいたのは、いつもにやにや笑い、豪放磊落な言葉を放つ女剣士ではなかった。





 ――――そこにいたのは、目を紅く腫らし、髪を振り乱した、一人の“女”だった――――





 「…………ワタシを、抱いてくれる……?」


 「……………………」




 “女”は私のてのひらを取り、ベッドへと誘う。


 抗う事を許されず、なすがままに引き込まれる私。


 



 その夜私は、そうすることでしか、とある一人の“女”を慰めることが出来なかった。


 

 まだ夜は、更けない…………――――――――――――――――――――――――。



 



実は私、この回を書きながら、思わず涙ぐんでしまいました。


自分で書いた物語に感情移入して泣くなんていうのは、初めての体験です。


今でさえ、手が震えております。


皆様はいかがでしたでしょうか?


次回も、読んでいただけると幸いです。

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