種まき次郎
私の幼い頃にも絵本は当然ながらありましたが、とても我が家の家計では買い与えられませんでした。そこで利用するようになったのが、市区町村の図書館。そこにはたくさんの本がありました。ですが、物語や紙芝居の読み聞かせを聞きたかった私は、貸し出し用の紙芝居の紙の束を借りていました。読めたのは一ページくらいであとは絵を少し見るくらい。そんな頃を思い出して、少しだけ野菜を育てている種とのことを思い浮かべてこの物語を描きました。
あるところに次郎という男がおったそうな。
その次郎という男は、毎朝、顔を洗って飯を食うと、決まって庭の畑に向かって伸びをしていた。
たくさんの笑顔をたたえているこの次郎という男は、ひとつだけ苦手なものがあった。
それが虫だ。
ハエもダメならきれいに鳴く鈴虫も苦手であった。
その次郎という男には弟が居た。弟の名前は三郎ではなく史郎だった。
史郎は兄のように畑仕事を真面目にしない代わりに、うちの畑で育った野菜がどれがおいしいのか鼻が利いた。
もちろんよその家の畑で育った野菜も見た目の良し悪しではなく美味しいかどうかがわかった。
この史郎。兄と違って虫がたいそう好きであった。
兄が叫ぶ。
「史郎!助けてくれー、虫だー!」
そうすると、史郎はすかさず走り出す。
「兄者―!すぐにワシが虫をどけてやるからなぁー、そのまままっちょれー!」と叫んで兄のもとへと駆け付けた。
駆け付けた勢いはどこに、どんな虫が居るのか確認したら彼はすぐさまその虫ようの姿勢でもあるのか、体制を整えて虫にも案じるようにと話しかけた。
「こわかったな。怒らなくてもいい、安心しろ。移動させてやる。命は無事じゃ」
こういってまるで兄の次郎から遠ざけてやるかのように虫に語り掛けるのだ。そうして虫に意識を集中させて、虫と協力をして、殺さぬように細心の注意を払って手の中に収める。そして「今から草むらに移動するからなぁ」と声を掛けてゆっくりと移動するのだった。
「な、安心じゃ」
と念まで押している。
兄は兄でそんな史郎の姿を見ていられなくて、目を瞑って、耳まで塞いでいる始末。そう、兄の次郎は事の成り行きをほとんど見ることも聞くこともなく、弟から聞く経過と結果報告しか知らなかった。
それでも弟の史郎は兄の声に一目散に駆け付け、兄の目に触れぬところへと移動させてくれるので、信頼していた。
そうこの信頼がこの兄弟の野菜作りや生活を支えていた。
兄の虫嫌いは相当なものなのだろう。一瞬、虫かもと頭の中で判断すると、叫んで弟を呼ぶようになっていた。
そうするうちに兄の次郎は、畑に植える野菜の苗を作る作業の時に、悲鳴を上げるようになった。それは野菜の種の話しだ。
野菜の種が何だと思うかもしれないが、野菜の種をご存じだろうか。
野菜の種は小さな粒がほとんどで、色も黒色からこげ茶色をしている。そう、この種の粒を見ると虫を想起させるようになり、兄が苗を作る作業に支障が出てきた。
いつも兄が種を植えていたその作業を、兄の指導のもと、弟の史郎が行うようになった。
初めは兄が行う時間よりも何倍も同じ作業を終わらせるための時間がかかった。それでも少しずつ史郎は兄の求める結果に近づけるようになったが、どうしても一つの穴に数粒ずつ入れるのは直らなかった。兄は器用にひとつの穴にひとつの種を植えていたが、ひとつの穴に少ない時でもふた粒は入った。
兄は悩んだ。
自分が求める結果を今まで通りにしていくのか。それともこの弟のような結果でも受け入れるのか。
兄の心は揺れる。
弟は自分を助けてくれる存在だ。だけれども畑仕事を手伝うことはなかった。せいぜい水を持って来て昼飯を食べるくらいだ。収穫したものを運ぶことはあれど、日頃の世話はしはしない。
それとも村の者に声を掛けて種まきをしてもらえるように話しを付けられるか。いや、無理だろう。村の他の者はその者の畑の仕事がある。自分だけ甘えるわけにはいかない。それに報酬として幾ばくも渡せそうにない。相手は満足しないだろう。そう、史郎と住まうこの家がある村は、そこまで裕福ではない。自給自足が基本だ。足袋も手作りだ。
そのため次郎は、弟の昼寝姿を眺めながら、目を細めるようにして決める。
「俺は弟の史郎とともに居る。史郎とじゃなきゃダメだ」
そう腹を決めた次郎は、寝ぼけ目の史郎に言った。
「ワシはおまえさんとともに生きるぞ。何があっても」
「どうしたのじゃ?」
「なんでもない。これからも、ワシを手伝ってくれ」
「わかった」
次郎は畑の方を見て笑う。史郎はそんな兄を見て幸せそうに笑った。
おしまい。
何事も道を決めてから信じて進むといいそうですが、みなさんはこの次郎のように選択を迫られた時、どのような判断基準でその選択を選ばれましたか?奥さんの事でしたらまた会えるように少しは伝えておいてください。特に私の幼い頃から礼のひとつも言わない旦那様話の旦那様は次巡り合えた時には伝えるようにしておいてください。やきもきしたまま放置された奥様の感情を鎮めるのに一苦労です。この話でどきりとされたあなたのころです。宜しくお願い申し上げます。




