第8話 友の地
佐久間の実家は、兵庫県篠山市新荘にあった。東京からのぞみで新大阪まで二時間半。そこから在来線の福知山線で大阪から篠山口まで一時間程度。あとはタクシーで二十分ほどかかる。
片桐の計画通り、僕ら五人は同じ新幹線で東京駅を出た。
こんな形で皆が揃って佐久間の実家へ行くとは、何の因果か。
これが休暇を取って、佐久間の待つ実家への旅だったら、
どんなに楽しかっただろう。
でも、これまで実行しなかったのだから、この先もなかったに違いない。
片桐は七号車の一番前、三列並んだ席とその後ろ三席を押さえていた。
つまり五人に対して六席分買っていたのだ。
取るのに苦労したのか、簡単に取れたのかは分からない。
ただ、その気遣いには敬意を示したい。
僕が喪服を準備するのと、どちらが苦労したのだろう。
片桐が秘書に依頼したのなら、僕の圧勝だ。
この前は礼服としてこれを纏った。
目的はまるで違うのに、同じものでも呼び名が違う。
ブラックスーツは万能で、ブラックホールのように不純物を吸収できる。
ネクタイを締めることで、これは何を吸収すればいいか心得ている。
だから喪服を着た五人が向かい合っていると、雑音を吸収する効果があるのか、雪が降り積もるように車内は静寂だった。
新幹線が新横浜を通過したところで、片桐がおもむろにメモ帖を取り出した。
「これが、あの占い師が言った日付だ」
日高はメモ帖を睨みつけ、片桐に問うた。
「片桐、やっぱりお前はこれが関係していると言いたいのか」
「俺は何も言っていない。ただ、これが占い師の言った日付だということは、紛れもない事実だ」
冷静な片桐がそこにいた。
僕はずっと確かめたかったことを、思い切って尋ねた。
「最上、佐久間の死因を知っているのか」
この中で最前線で情報を得ているのは最上だ。だが、その最上の姿は、先日一気飲みした時とは別人だった。
「三月二日に眠ったまま目覚めなかったそうだ。部屋は荒らされた形跡はないし、
外傷もない。毒物も検出されていない」
重村は曖昧な最上の言い方に納得がいかないようで、確認した。
「つまり、誰かに殺害されたのではないのだな」
最上は、重そうにもう一度、言った。
「俺も詳しくは分からない。だから自然死だと断言できないんだ。
可能性として、自然死が高いということだ」
僕は片桐の意見が聞きたかった。
「片桐はどう思う」
「そうだな。限られた情報から言えば、俺は自然死の可能性が高いと思う。特に根拠があるわけでもないが……」
「根拠がないのにそう言うのは、お前らしくないな」
僕は突っ込んだ。こんな状況でも、相手が片桐だから許される。
「まだ俺の考えは時期尚早だと思うが、あの占い師の言った最初の日付は、佐久間の死を予言していたと思う。ただ、どうやって予言したかは俺にも分からない。
これには、何か深いものがある気がする。単なる佐久間の死ではない何かが……」
占いの場にいなかった日高が割り込んできた。
「単なる偶然やろ。こんな予言、誰ができる。あり得ないわ。もしそうだとしたら、その占い師のやつが、自分の言ったことを実現したに違いない。それに、
もしその日付が佐久間の死を予言していたとすると、残りの日付は何を意味する」
興奮すると日高の言葉には関西弁めいたニュアンスが入る。
だが日高は、僕には言えなかった禁忌にあっさり触れた。
「もちろん、俺たち五人だ」
片桐も、あまりにもあっさりと毒を飲み込んでみせた。
本来なら、突然友人を失った場合、もっと違う感情が僕らを支配する。
人間なら当たり前の感情。悲しみ、思い出、それから無力感。
しかし人間は自己中心的で、これから自分たちを待つ運命のほうが天秤を下げる。
片桐の一言が原因なのか、誰もが身勝手な自分に後ろめたさを感じたのか、
僕らは黙っていた。沈黙がこれほど相応しいことはない。
新大阪に定刻の十時二十七分に着いた。十時三十七分発に乗り継ぎ、四分後には大阪駅にいた。昼食には早かったので、篠山口駅で食事をすることにした。大阪を十時五十六分の丹波路快速で出て、篠山口には十一時五十八分に到着した。
佐久間からずっと前に、こう聞かされたことがある。
『俺の実家はかなりの田舎で、たまに鹿が電車に跳ねられる。でも星はとても綺麗だ』
僕は北の国を想像していたが、駅は思った以上に大きかった。奈良のように鹿もいない。
さすがに改札は一つ。こっちの星空を楽しむ余裕もなさそうだ。いずれにせよ、日が暮れる頃にはここを後にしている。
改札を出ると、どの駅にもあるようなロータリーを左に進んだ。視界を遮る高層ビルはおろか、四階以上の建物さえない。解放感が、寂しく広がっている。
僕らはまず食事の場所を探した。コンビニは無努力で見つかったが、名前は聞いたことがない。コンビニは最終手段にして、とにかく百メートルほど先の四つ角まで歩くことにした。
四つ角に来ると左に喫茶店があった。ここでもいいと思ったその時、最上が何かを見つけた。
「あそこに定食屋がある」
最上の言った定食屋は右側にあった。雰囲気は田舎風の定食屋だった。田舎にあるのだから、こちらではそうは呼ばれていないだろう。
本来なら喫茶店を選ぶところだが、佐久間について知らない部分を、彼の田舎の定食を食べることで少しでも感じられる気がした。だから僕は最上に賛成した。
満場一致で定食屋に決まった。
中に入ると、若い女の子が接客した。
「いらっしゃい。お好きな席に座ってください」
その声には、僕らの格好が反射しているように思えた。その言葉とは対照的に、僕はその穢れのない姿を見て気持ちの高鳴りを覚えた。
目が少し赤かったが、深く考えなかった。そして、その子の発したイントネーションが、最初に佐久間に会った記憶を引き出した。
佐久間の柔らかさ――ある種の悟りから来る性格――が、僕にとって心地いいものだったと気づかされる。
全くの他人が発する佐久間のイントネーション。それは他の連中にも同じだったようだ。
僕らは奥の座敷を選んだ。程なくして、その女の子がお茶を運んできた。ひとつひとつ丁寧にお盆からテーブルへ移しながら言う。
「丹波茶です」
「ありがとう」
他の誰よりも先に言いたかったので、僕はすぐ礼を言った。この子と最初に話す特権を譲りたくない。なぜか。僕はこの子を見たとき、誰かを思い出した。誰なのか分からない。ただ、僕の知っている人に似ていた。
最上がメニューを手渡し、僕に選択するよう促した。既に皆は注文を決めていて、僕が取りまとめる雰囲気になっていたが、悪い気はしない。
期待通り、その子がやってきた。
佐久間の葬式に来て、何かを期待している自分に罪悪感を覚えた。だが、その行為を正当化できる何かを、この子は備えている気がした。それに、僕以外にも同じことを思っている者がこの中にいる――その考えが、僕に自信を与えた。
「魚定食三つと、鶏定食二つ、お願いします」
魚定食三つのうち一つは、僕の選択だった。
「はい」
その子が奥へ下がった時、僕たちと同じ装いの五名が食事を終え、会計を済ませようとしていた。
この定食屋で喪服を着て食事をするのだから、当然この辺りの住人ではない。中年の男性が二人、僕と同じくらいの男性が一人、女性が二人。
会計は中年男性のひとりがまとめていた。領収書を頼んだらしいが、年配の店員は用紙が見つからず、曖昧な記憶を頼りに引き出しを開けたり閉めたりしている。
恐らく領収書を書くことなど滅多にないのだろう。領収書の代わりにツケで食事する頻度の方が高いのかもしれない。
見かねた男性は、手を横に振りながら店員に話しかけていた。その男の雰囲気は、他の四人の発する悲壮感とは違う。佐久間と直接仕事に関係があったわけではないのだろう。多分、総務部か。事務的な空気を漂わせていた。
僕は片桐にウインクしたくなった。片桐は笑みを返してきた。片桐はウインクの理由を聞く代わりに、丹波茶を啜った。
他の四名は佐久間の同僚に思えた。年齢からして、中年男性は上司。若い女性は庶務関係。庶務には普段お世話になっているので、独特の空気感がある。
もう一人の女性の立場や、佐久間との関わりは想像がつかない。
最後の一人は、僕の位置からは後ろ姿しか見えないが、佐久間と部の中で一番仲が良かったのだろうか。
僕は衝動に駆られた。佐久間が会社でどんなふうに過ごしていたのか、聞きたい。だが、その思いはすぐに消えた。こんな大事なことを赤の他人から聞いても意味がない。
そうだ。僕の知らなかった佐久間の一面は、これから吟味して、僕らが納得できる相手から少しずつ足していけばいい。可能性は限りなく小さい。だが、この定食屋にいることで、それを掴み取れそうな気がした。




