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余命を知ったその日から  作者: 村上は


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第61話 プーさんのシャンプーハット

 それから少し早いが、三人でお風呂に入った。

美咲とお風呂に入るのは久しぶりで、少し照れくさい。

三人だと少し狭く感じたが、広いよりこの不自由さが心地よかった。

「よーし、華。パパが洗ってあげよう」

華は赤ちゃんの頃からお風呂が大好きだった。


「華、プーさんしてごらん」


 華のシャンプーハットには、プーさんの絵が描いてあった。

華はプーさんがお気に入りで、プーさんのぬいぐるみも、華が寝るときには必ず隣にいる。

華は器用にシャンプーハットを頭につけた。

後ろからそれを見るのが、僕の楽しみだった。小さな体に、少し大きく感じる無邪気なシャンプーハット。

「華、目をつむった?」

「うん、いいよ」


 華の頭に、優しくシャワーを当てた。華は少し体をすくめた。

子ども用シャンプーを取り出し、華の頭を洗った。

「華、気持ちいい?」

「うん、きもちいいよ」

「よし、じゃあ洗うから、しっかり目をつむってね」


シャンプーが残らないように、丁寧に洗い流した……。

「パパ、もう大丈夫よ」

「ごめん」

と言って、シャワーを止めた。


「パパ、ママも頭洗ってほしい」

湯船から、美咲が僕にせがんだ。

「よし、華。ママと交代」


 美咲は湯船から出て、華が座っていた椅子に腰かけた。やはり華より大きかった。

「プーさんをつけてください」

僕は美咲に言った。

美咲は「華、貸してね」と言って、華のシャンプーハットをつけた。

「ママまでそれするの、おかしい」

華は美咲を見て笑った。


「じゃあ、いくよ」

先ほどより勢いよくシャワーを出した。

僕はシャンプーを手に取り、美咲の頭を洗った。一瞬、手が止まった。美咲の頭は、華とさほど変わらなかった。

「パパ、それ、華用のシャンプーじゃない」

よく見ると、高級そうなシャンプーが台の上に置いてあった。

「このほうがお肌にいいかも」

と、苦し紛れの言い訳をした。


「どこか、かゆいところはありませんか」

美咲に問うた。

美咲は右上あたりがかゆいと言ったが、なかなか美咲の思ったところに、僕の手が行かなかった。

「もっと右」

「かゆいところが移動してない?」

「そんなことないわ」


 結局、頭全体を攻めたが、美咲の言うかゆいところには、いつまでも手が届かなかった。

「じゃあ、流すよ」

「お願いします」


 先ほどと同じ強さでシャワーを出し、美咲の頭を洗った。

美咲の大きい、でも小さい背中を見ていると、込み上げるものを抑えられなかった。


 シャワーから規則正しく流れ出すお湯に、僕の涙が不規則に混ざっていることを、美咲は気づいているように見えた。


「パパ、今度は私が洗ってあげる」

「それじゃあ、お願いするかな」

「プーさんをつけてください」

「俺もつけるの?」

「そうよ。例外は認められません」


 僕は華のシャンプーハットをつけた。それは、かなりきつかった。

次につける時には、大きくなりすぎて、シャンプーが目にしみるだろう。新しいのを買ってあげないと……。

「パパ、準備はいい?」

シャンプーハットがあろうがなかろうが、準備はできていた。

「お願いします」


 美咲は華用のシャンプーを手に取り、僕の頭を洗い始めた。

僕は目を閉じていた。美咲の十本すべての指の感覚を感じた。美咲の体にしては、意外なほど指先に力が込められている。

「パパ、どう?」

「とっても気持ちがいい」

「パパ、かゆいところない?」

シャンプーハットが当たっているところが、全体的にかゆかった。

「うん、大丈夫だよ」


 美咲は、その手を止めようとしなかった。

僕は美咲の手をそっと握って、

『もう大丈夫だよ、ありがとう』

と伝えた。


「目を閉じていて。シャンプーを洗い流すから」

美咲はシャワーのレバーを反対にひねった。

「わっ!」

体が縮み上がった。先ほどまで温かかったシャワーが、すっかり冷たくなっていた。

「ごめん、間違えちゃった」

「パパ、お水だったの?」

華は湯船から身を乗り出して、僕の様子を見ている。

「華、ママにお水かけられた」

「パパ、お水くらいで大げさに言わないの」

美咲はそう言って、僕の頭を洗った。


 このシャワーにも、お湯以外の何かが混ざっているのだろうか。

でも僕は、それを確かめることはしなかった。美咲も、それをしなかったのだから。


「ママ、華。そろそろ出ようか」

もう少し三人で入っていたかったが、僕は美咲に言った。

「ママ、華を頼むよ」


 華をバスタオルで拭いてやりたかったが、美咲をお風呂に残したくない。

美咲と華がいなくなった。広くなった湯船に、一人残った。

先ほどかぶったシャンプーハットを手に取り、しばらく眺めた。

そして、もう一度あの感覚を味わいたくて、かぶってみた。この感覚が、やみつきになりそうだった。

そして、目を閉じた。美咲の指の感覚が、よみがえってきた。


「なんだ、結構気に入っているじゃない!」

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