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贈り物  作者: 村上は


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第6話 喪失

 意表を突かれた。冷酷なアッパーカットだった。


 ゴングは三日前に鳴っていたはずなのに。

ガードは下げていた。

反則じゃないか。


 最上の言葉は、僕のあらゆる免疫細胞を、とても乱暴なやり方で叩き起こした。

意識を失い、気づくと砂漠の真ん中に放置されたのだろうか。

いや違う。これだと、精神的苦悩に対して肉体的苦痛の比重が高すぎる。

この状況は例えられない。ただ、あり得ないことが起きた点だけが共通している。

友の死を何に例えることができるか。それは、とても残酷な問いではないか。

今、俺はどこにいる? なぜここに? 誰が俺を連れて来た?


 最上が言った()()()()()()()という言葉を無理やり飲み込まされた。だから、それが佐久間だと消化できなかった。

なぜ佐久間が……そして、誰が佐久間を……僕はいま、何を聞いたのだ……。


 それってもう、佐久間とは酒を交わせないってことなのか。

『佐久間』が、着信画面に表示されることは、もう二度とないのか。


 最上によると、佐久間は数日、無断で会社を休んでいたらしい。

両親が彼のマンションを訪ねると、佐久間はすでに冷たくなっていた。


 冷たくなった人を触ったことがあるのか……。


 部屋は乱された形跡がなく、貴重品は見えるところにまとめてあった。先に進む意思が残っていなかった。


 僕はしばらく、免疫細胞の格闘で放心していた。

やがて絞るように、最上の口から怒りに満ちた声が聞こえた。


「お前、あの占いのこと覚えているか?」


 砂漠から現実の世界に戻された。


 ちょっと待てよ。そんな馬鹿な。僕は体の震えを覚えた。


「あの占いの日付は、佐久間の死を意味していたと言いたいのか」

 顎を殴られた後遺症で言葉が滑らかに出ない。

「そう考えられる。占い師は俺たちが六人で飲むことも言い当てただろう」

「そんなことはあり得ない」

 震えを抑えようとすればするほど、それは増大した。


「死亡推定日は三日前らしい」


 そのクリスタルのように尖った言葉は、僕の微かな望みを断ち切った。

そしてなぜか、僕の震えを止めた。

「いま何て言った。三日前だと」

 僕は最上に向かって叫んだ。


「そうだ。あの占い師が言った日付だ」


 蜃気楼のように消えていくと思い込んでいた占い師の姿が、清澄な空気を切り裂いて現れた。そして佐久間の言葉が頭をよぎった。


『沢村。重村のことを頼む』


 そうだ。僕にはやらねばならないことがある。


「他のみんなには連絡したのか」

「いいや。お前が最初だ」

「じゃあ俺が、あとの連中には連絡する」

 僕は言葉を振り絞った。とにかく先に進むしかない。


 片桐の自宅に電話をしたが留守だったので、会社に電話を入れた。

誰も電話には出なかった。

僕は苛立ちを覚えた。

誰も社長の電話に出ないこと、片桐が携帯を持っていないこと、

そして二十四時間対応の美人秘書に休憩を許していることに対して。


 この苛立ちが僕を少しずつ冷静にさせた。どうにかして片桐に連絡をつけたかった。


 そうか、とりあえず留守番電話にメッセージを残しておこう。

もう一度、片桐の自宅に電話した。そして、僕はドキッとした。

「もしもし」

「片桐か! さっき電話したけど、何やっていたのだ」

「トイレにくらい行かせてくれよ」

「電話が鳴ったら、どこにいても出てくれ」

 常軌を逸した要求に、片桐は声のトーンを上げた。

「何かあったのか」

「佐久間が、佐久間が……」


 最後の言葉に詰まった。息を吸っているはずなのに、吐き出せない。

 ……佐久間の死を受け入れてしまう気がした。


「沢村。落ち着け。どうした」

「たった今、最上から連絡があって……」

「佐久間が死んだ」

「どういうことだ。何があった」


「詳しいことはわからない」

「何がわかっているんだ」

 片桐は冷静だった。

 片桐は、僕が味わったアッパーカットにも、平然としていられるのか。


「三日ほど前らしい」

「そっか。それで、原因は」

「すまん。それは聞いていない」

「どうして」

「そこまで冷静じゃなかったのだ」

「沢村。すまん。別に構わない」

 片桐の言葉はとても優しかった。

 自分への痛みと、僕が抱えている苦痛の両方を引き受けている。

僕は、どうして同じことを最上にしてやれなかったのか。

僕を惨めにしながらも、苦痛を和らげてくれた。


「それで、最上はどんな様子だった」

「冷静さを装っていたが……」

 無責任な答えだった。


「分かった。俺から電話してみる。お前はこれからどうする」

「重村と日高に、これから連絡しないと」

「俺がしようか」

「いや、大丈夫。それくらいはできる」

「それじゃ、一旦切るな」

「分かった」

「沢村。しっかりしろよ」

「分かっている」


 片桐と話して、落ち着いた。

これは僕がやらないといけないと思った。誰かの指示ではない。

なぜか、そう思った。

片桐に頼むと、一生慚愧(ざんき)の念と共存することになる。

何も佐久間にしてやれなかった僕は、それを受け入れたほうが解放される。


 片桐のほうが、上手く話せるに決まっている。

でも、最上は最初の連絡を僕にしてきた。

だから、この連絡のタスキは、僕が繋げるべきである。


 僕は重村に電話をしたが、仕事中だった。

「重村、今大丈夫か」

「まだ仕事中だが」

「今日は遅くなるのか」

「そうだな。帰宅するのは二十三時頃だと思う」

「分かった。帰ったら連絡をくれないか。とても重要な話がある」

「だったら今言ってくれ」

「いや、帰ってからでいいよ」

「了解。後で電話する」

「じゃ、気をつけて」


 なぜか今の電話では、佐久間の死を伝えられなかった。

仕事より何よりも、よほど大事なことなのに。

後で重村に怒られるだろう。


 続けて日高の携帯に電話をした。応答がなかったので、自宅に掛け直した。

「はい、日高です」

 彼の妻、明子が電話に出た。

「ご無沙汰しています。沢村ですが……」

「あっ、沢村さん。お久しぶりです。先日は主人がご迷惑をおかけしませんでしたか」

「いえ、こちらこそ連れ出してしまって」

「沢村さんは、まだ良い人いないの」

「ええ、相変わらず独身でいます。それで……」


「あっ、ちょっと待ってください」

 電話越しに日高を呼ぶ声が聞こえた。


「もしもし、沢村。この間はどうも。自宅に掛けてくるとは、急用か」

「日高、落ち着いて聞いてくれ」

「どうした」

「佐久間が死んだ」

「沢村、冗談はよせ。何のつもりだ」

「三日前だそうだ。たった今、最上から連絡があった」

「なぜ、もっと早く知らせてくれなかった」

「俺も、たった今知らされた。佐久間が死んだと分かったのが今日なんだ」

「どうしてそんなに発見が遅れる? なぜ佐久間が死なないといけないんだ」

「俺たちにも、まだ何が何だかわからない。俺も最上から連絡を受けたばかりだ」


 僕に課せられた最低限の義務を終え、もう動けなかった。

頭の中では、片桐に電話をしないといけないと思っているのに、

その命令が腕まで伝わってこない。


 僕はそのまま横になり、重力だけに従った。

重力がなければ、どこかに流されてしまいそうだった。

ゆっくりと重力に逆らい、電話を手にした。


「俺だけど」

「大丈夫か。随分と長かったな」

「すまない。ちょっと休んでいた。そっちはどうだった」


「最上と話したが、あまり詳しいことは知らないようだった。

分かったことは、佐久間の葬儀は土曜日だ。

それに出席しようと思っている。

土曜日は大阪かどこかで泊まることになる。最上も行く予定だ。

沢村も行くと、最上には伝えておいたが、大丈夫だったか」


「すまない。もちろんだ。重村も日高も行くと思う」

「分かった。明日、詳細を連絡する。沢村、明日は会社を休んだほうがよくないか。何だったら俺の家に来ないか。仕事は何とか調整できるから」

「ありがとう。だけど大丈夫だ。だいぶ落ち着いてきたから。明日は会社に行く」「分かったよ。お前に任せる。他の二人には俺から連絡しておくから」

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