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余命を知ったその日から  作者: 村上は


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第58話 三回目の夜

「まだスープは残っているから、欲しかったら言ってね」

僕は立ち上がると、無機質な音が鳴った。ゆっくりと近づいた。


音の調子は正確だった。


携帯の着信を見ると、珍しく重村からだった。出ると同時に、美咲に目をやった。


「重村。どうした」

「今、食事中なのか」

「ああ。お前はもう済んだのか」

「いや、未だだ」重村は素直に言った。

「最上から連絡、行かなかったのか」

「それが急な仕事で時間が取れなかった」

「まだ終わらないのか」

「そうだな。終わりなんてない……」

「だったら今日はもう仕事なんか止めて、うちに来ないか」


美咲はOKのサインを出した。


重村からの返事はなかった。僕はもう一度、ここへ来るように言った。

「迷惑じゃないか」

「馬鹿だな。そんなこと言っている間に、出る支度をしろ」


少し間があった。


「一時間後に、また電話する。沢村、奥さんを大事にしろよ」

「わかっているよ」

「沢村、いろいろとすまなかった」

「何を言っている。電話じゃなく、ここに来てちゃんと謝れば許してやる」

「そうだな……」

「それじゃ、あとで」


先に華をお風呂に入れることにした。

僕は風呂から上がり、パジャマに着替えずに電話を待った。


重村の電話から一時間が過ぎた頃、こちらから重村に電話を掛けたが、いつものように出なかった。

「重村さん、出ないの」

「ああ、どうしたんだろう」


美咲はキッチンに入り、お湯を沸かした。

「ママ、ありがとう」

「どういたしまして。華もココア飲む?」

「うん、ココア飲む」

「よし、じゃあパパがココアを作ってあげる」


美咲がコーヒーを作る横で牛乳を温めながら、佐久間が死んだ時のことを思い出していた。

あのときは、一人でコーヒーを煎れたっけ……。

今日は美咲がコーヒーを淹れている。

でも、あの時は佐久間は既に死んでいた。


牛乳から気泡が出てきたのを確認して、火を弱めた。そして、ココアの素を少しずつ足していった。コーヒーより先に、ココアができた。


「華、ココアができたよ。プーさんにも少しだけあげてね」


華はパジャマに着替え、プーさんを抱っこしていた。

そろそろ眠くなる時間だったが、華は両手で抱え、ゆっくりとココアを飲んだ。


すでに十時半を回っていた。あと一時間半で今日が終わる。

もう一度、重村の携帯を鳴らしたが、全く同じ結果だった。


携帯を手にしたまま美咲を見て、首を横に振った。そのまま片桐に電話をした。

「重村のことか」片桐はいきなりこう言った。

「どうして分かった」

「電話があったから気になっていた。お前にも電話があったのか」

「ああ。何時頃だった」

「確か……八時頃だったかな」

「ちょうど俺に電話してきた頃だな。それで、何だって」

「一度、秋帆と秀に会いたいって」

「うちに寄ると言って電話を切った。掛けても繋がらない」

「分かった。最上にも連絡してみる」


コーヒーを飲んだが、味が付いてこない。

華を寝かしつけて、美咲が二階から降りてきた。


「華は寝た?」

「ええ。無邪気って、こういうことなのね」

「もう一杯もらえる?」

「いいわよ」


テーブルに並べられた、目的を失った料理を見ていると、先程の輝きが曇って見えた。物理的に幕が下りているのではなく、生気が吸い取られた感じだった。

そしてそれは、温め直しても、もう二度と元に戻らないように思えた。


「もう一度、電話してみる」


三コール目で電話に応答があった。

コールが途切れたことに吃驚した。

応答した声に、さらに驚いた。


「どなたですか。重村さんとは、どんなご関係ですか」

女性の声だった。

「そちらこそ、誰ですか」

「高畑病院です。重村さんが事故に遭われ、集中治療室に運ばれました。あなたのご関係は?」

僕は咄嗟に答えた。

「彼の友人です。それで、彼の容態はどうなのですか!」

「とても危険です。こちらに来ていただければ、お話は出来ます」


車に飛び乗った。

美咲に何と説明したかは、覚えていない。


どのくらいで病院に着いたのだろうか。時間の感覚がまるで無いが、焦ってはいない。

車を降り、自然と走っていた。

車に乗っている時よりも、スピード感がある。

入り口には、片桐と最上が待っていた。

受付で重村の友人だと伝えた。

そして重村に会いに行ったが、重村は既に亡くなっていた。


その姿を見ると、横たわっているのが重村なのか、見分けが付かなかった。

僕の位置と、重村との距離によるものではない。

体から力が抜けていった。抜けていく力を、再び入れ直す気力さえ起こらない。

気付くと、廊下にあった長椅子に座っていた。

隣には片桐が、その隣に最上がいる。そして、そこには沈黙しか存在していない。

廊下に無邪気にあった時計は、今日が終わっていることを示していた。

その時計でさえも、静止し沈黙していた。

その完全な沈黙に、終わりを告げられるのは僕らしかいない。

僕はその沈黙に抵抗した。


「今日は、もう帰ろうか」


誰に向けた言葉だったのか定かではなかったが、二人には届いていた。

「そうだな」

と、片桐が続いた。

そして最上は、固まっていた体を動かして言った。

「行こうか」


僕たちは重村を残して、病院を後にした。

早く家に帰りたかった。

そして、待っている美咲に会いたかった。


携帯を取り出し、今から帰るとだけ言って電話を切った。

電話で重村の死を伝えたら、自分で運転して家まで帰る自信が無かった。

美咲も、重村の容態については一言も聞かなかった。


重村は運転中に中央線をはみ出し、対向車線を走っていたトラックに正面衝突したらしい。

病院に運び込まれた時は、微かに心臓が動いている程度だった。

そして、動かなくなった。


重村の意思に従ったのだろうか。

現場検証の結果、重村に飲酒の疑いはない。

日頃の疲労から眠ってしまったのか、もしくは自殺だった。


もし自殺だとすれば、この重村の死は、佐久間のそれとは全く違う。

佐久間の死は受動的積極死で、重村の死は能動的消極死と捉えるのは、浅はかな気がする。


共通していることは、二人とも最終的な到達点が死だったということだ。


重村が、僕の披露宴で言った言葉を思い出した。

『お前が死ぬことは許さない』


あれは、どんな意味が込められていたのだろうか。

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