第48話 それぞれの思い
昨夜の部屋に片桐といる。秋帆は今夜、美咲と一緒にいたいと。美咲は僕に昼間用意したサンドイッチを渡してくれた。僕には片桐が落ち込んでいるように見えた。
「もともと大学生には無理があったんだよ。人としてお前より倍の器じゃないとな」
「めんどうだな。お前にもないだろう。ここに来る前、ケジメはつけてきた」
「じゃあなんで連れてきたんだ。勝手についてきたと言わないよね」
「同意した」
「どうやって」
「ちゃんと招待状を渡して」
「どんな?」
「ダイアモンド」
「なんじゃそれ。それは強制って言うんだよ」
「彼女の家は裕福なんだぞ」
「ああ。風呂入るか?」
「……助かる。チケット代まだだろう」
バスルームに移動した。昨夜と同じことをしている。美咲は確かにここにいた。ドイツまで来ているのに、壁一つ隔たれてしまった。
タブの水は満たされるが、あるところから溢れてしまう。秋帆は背伸びをしていたのかもしれない。でも、爪先立ちではいつかは筋肉が痙攣し、背伸びをやめてしまう。誰だって数センチでも上の世界を覗いてみたい。そこが素敵な場所だったら長居したい。そして、永住権を申請する。自分自身が成長すれば、背伸びの高さは低くしても、そこから追い出されることはない。でも、その世界が急激に変わってしまうと、背伸びをしたまま移動は出来ない。疲れ切ってしまう。
「片桐、入れるぞ」
片桐と交代でリビングに移動した。片桐の服はソファに投げられていた。
この部屋には片桐と二人である。
一方、隣の部屋では——。
「やっちゃった」
秋帆はソファに浅く座っていた。美咲はテーブルに腰かけていた。
「すっきりした」美咲は優しく微笑んだ。少し間をあけて続けた。
「私たちのことは気にしなくていいの」
秋帆は大泣きした。美咲は隣に座り、ハンカチを渡した。
「頑張ったの。片桐さんよりも大人の人でも平気だったの。付き合うとかじゃないけど。お店のせいかな」
「私にはそんな勇気ないわ。秋帆さんは立派よ。ちゃんと伝えたんだもん」
美咲はケトルに水を入れ、ボタンを押した。硬水で飲む紅茶も美味しいのよ、と言って。
秋帆はハンカチで両目を押さえていた。
「美咲さん、私、怖くなったの。片桐さんには会った日から惹かれちゃった。とっても好きになって。そして、数日後またお店で会って。片桐さんも私のこと……
ハンカチ濡らしちゃった」
美咲は部屋にあった紅茶を淹れ、ソファの前のテーブルに置いた。秋帆は一口含んだ。美味しい、と言って。
「和人さんと違ってかっこいいもんね。これ、内緒よ。怒られちゃうから」
「聞いてもいい?」と秋帆は言って、「どうして沢村さんだったの?」と質問した。
「なんでだろう。一生懸命なの。そんな感じしないよね。でも、そうなんだ。私なんかよりずっと」
「やさしいとか、もっと欲しくならないの?」
美咲は紅茶のカップを見ながら言った。
「欲しいわよ。でも、全部届かないから。その分は私が頑張るの。だって、頑張るって楽しかったりするの。あっ、これも内緒ね。調子に乗っちゃうから」
美咲は意地悪に微笑んだ。
「沢村さん、しあわせだな」
秋帆は「ハンカチ、洗って返します」と言ってポケットに仕舞った。
「それはどうかな。片桐さんだって同じよ。こんなに可愛らしい女子大生に好かれて」
「私、ちゃんと話す。片桐さんに……
嫌われちゃっても」
秋帆は弾ける笑顔を見せた。
「いいじゃない。私なんかナマケモノって言われているの。行動が遅いって。本当、あの二人は馬鹿よね」
「美咲さん、ありがとう」
「そうだ。お腹すかない? 外に食べに行こっか」
「呼んできますね」
「いいの。あのふたりは」
そして——。
ドイツで湯船に浸かるのも悪くない。美咲からもらっていた袋を覗き、
「なあ、お腹すかないか。サンドイッチとラドラー食べようぜ」
片桐は窓際に座り、外を眺めていた。
「片桐、聞いているのか?」
片桐は僕の方を向いて、
「腹減った。今何時だ」と言った。
「八時間足せ」
「ちょうど夕食だ」
僕らは彼女たちと食べるはずだったサンドイッチとラドラーを無言で食べた。
サンドイッチはすぐになくなった。ラドラーが甘いとは知らなかった。レモネードって言ってたっけ。
「片桐、よかったじゃないか。面倒な子で。じゃないとお前は生きた気がしないだろう。下界に降りてこい」
「ラドラーなかなかいけるな」と言って片桐はまた外を見た。
「女子大生に鼻を折られてショックなのか?」
僕も外を見た。そして、
「あれっ。美咲と秋帆さんじゃないか。なんか楽しそうに……」
片桐も二人を目で追った。
「秋帆ってあんなに甘えるんだ。俺も決めないと、か。沢村、美咲さんに謝っておいてくれ。それから、航空代は払ってもらったと」
僕は美咲にメッセージを送った。
『片桐は反省している。明日、謝りたいと言っているのでよろしく。追伸:ラドラー最高でした』
美咲から返信があった。
『ありがとう。伝えておきますね。今夜はこっちで寝ます。おやすみなさい。追伸:ちょっとだけ羨ましかったなぁ』




