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贈り物  作者: 村上は


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第47話 涙

 部屋を出たのはバスタオルが落ちてから十分も経っていない。

()()()()には間に合ったが、レストランには既に片桐と秋帆の姿があった。

美咲がタオルを引っ張る想像が、頭から離れなかった。

チャンスはまだあると期待している自分に、嫌気もさしていた。

秋帆は美咲を誘って食事を取りに行った。

片桐はルームキーを見せておくことを勧めた。朝食代込みか、とドイツ語で聞かれる心配がないようだ。


「昨夜はどうだった」

「……バスタオルが飛んだ。今朝の話だけど」

「美咲さんの?」

「いや俺の」

「それは残念だったな。情けない」

僕は返事をせずコーヒーを飲んだが片桐は許してくれないようだ。


「それで、昨夜は眠れなくて遅れたのか」

「いや、美咲が泣いた」

「タオルが一枚しかなかったからか」

「いや、死ぬなと言われた。それにタオルも……」

「今日は会いに行くんだからしっかりしてくれ」

「ああ、手ぶらでは帰れない」

「手ぶらってなんだよ。いきなりバスタオルがどうって」

「もうこの話はやめ。帰国したら話そう」

「どうした。なんか不機嫌だな」

片桐が言う通り永井と会うのだ。僕はコーヒーに手を伸ばし、


「そっちは、どうだったんだ」

「思いっきり楽しんでいる」

「だからあんなに荷物があるんだ」

「永井に会えなかった時の延長戦だって。口では運がいいとか言っていたくせに」

「まあ、しっかりしているとは言えるよ」

「本心はわからないけど、素振りすら見せない」

「それはそれで考えさせるな」

片桐は彼女を同行させた……。

「秋帆が望むなら話そうと思う。まずは朝食だ」


真実を打ち明けることが正しいのか、隠しておいた方が良いのか、それは僕たち二人にも判断できなかった。


「秋帆を見てみろ。真実を言ったら俺以上にこのミステリーにのめり込むだろうし」

「確かに。有名脚本家にでもなったつもりか」

「ああ…、大女優を差し置いて主演になろうとするだろうから、危うくて」


「こんなに取って来ちゃった」

大女優が両手に大皿を運んできた。美咲も負けてはいなかった。そして、大女優はマネージャーに指示を出した。

「片桐さん、男性陣はドリンクをお願いできる」

片桐と僕は適当にフルーツドリンクを両手に持って、大皿に添えた。ドイツのパンは種類が多いが色合いが似ている。空港でも思ったが、イタリアで好まれるカラフルさはここでは遠慮されるようだ。


「美咲さん、ドイツビールはどうでした?」

美咲はベーコンを頬張って言った。

「お陰で朝までぐっすり。鼻を摘んでも気づかないくらい」

「へえ、寝ちゃったんだ。いいな……」

秋帆が僕と美咲を交互に見ているのが分かった。

「そりゃ、寝るだろう」

片桐は男子同盟を軽視していない。そして、

「今日の目的をはっきりしておこう。まあ、朝食は美味しそうだけど」

と片桐は言うと、秋帆は、

「やっぱり、ドイツのパンってハムと相性ぴったりね。喧嘩なんてしないし」

秋帆はロッゲンミッシュブロートにジャムを塗り、その上に落っこちないよう生ハムとチーズを乗せ、一口で成果物の三分の一を平らげた。

美咲はハムたち、チーズたち、果物を交互に食べていた。食べ方は異なるが、美味しそうな表情は甲乙つけ難い。


 二回目を終えたところで、今日の作戦会議をすることにした。

「この後、車を借りる。迷わなければ四十分程で到着。永井に会えれば、そこから出たとこ勝負。問題は永井が不在の場合だ。それと、言っていたと思うが、美咲さんと秋帆は車で待機」

「ええ。覚えているわ。留守だったら家の前で待つの?」秋帆が秘書を担当した。

「ホテルに戻るのも大変よね」美咲が常務を担当した。

「やっぱり、家の前で待つしかないか」平社員の僕が言った。

「だったら、サンドイッチ持っていく。さっき聞いたらいいって言っていたわよ」

さすが常務である。

「そうだ。美咲さん、ノンアルコールビールってあるの」秘書が言った。

「確かあったと思うわ。それか、ラドラーはどうかしら。ビールをレモネードで割っているの。運転も問題ないわ」常務が返した。

「決まり!飲み物はラドラーに」秘書が決裁した。

「秋帆さん、サンドイッチ準備しましょう」

と言って二人は颯爽と立ち上がった。片桐を見て言った。

「ああ、分かっている。何も言わなくていい」


 九時にロビーで待ち合わせ、ホテルからタクシーで向かう。空港でも、ここでもタクシーはメルセデスである。

レンタカー店で国際免許を提示しトラブルなく借りることができた。

デスクで鍵を渡され、店員は次の対応を始めた。車まで案内する習慣はないようである。車は新車の香りを保っていた。

片桐はBMWの五シリーズのステーションワゴンを予約していた。

運転は片桐が、僕は助手席で旅先案内人を任された。


「ダメだ。ドイツ語だ」

「沢村、大学でドイツ語取ってたよな」

片桐は笑いながら言った。

「お前も一緒にな」

美咲と入れ替わり、言語を英語に切り替えてもらった。秋帆は後ろからナビの操作をぼんやり見ていた。

片桐は駐車場の出口で一旦停止し、晴れているにも関わらずワイパーを起動させた。

「片桐さん、大丈夫」

美咲が笑いながら言った。

「片桐さんのお笑いってドリフターズ系なのね」

秋帆が横を向いて言った。

「俺も習慣には勝てない」

「ふたりとも、美咲さんがいなかったら、なんにも出来ないんだから」

秋帆は美咲の腹筋を鍛えている。でも、言葉にはこれまでにない棘のようなものを感じた。なぜかその棘には共感できた。


 片桐の運転は慎重だった。経験のない微弱な緊張は伝染しシュトゥットガルトの街を味わう余裕を奪った。

後部には異なる世界が存在しており、

『ドイツで六番目の都市なのに大したことないなぁ』

『そうね……。人口が集中していると言っても日本とは構造が違うわね』

少し走るとアウトバーン81の入り口が見えてきた。

「片桐、A81北に乗る。ワイパーはいらないから」

「ラジャ」

と言って難なく高速に乗った。それほど走っていないのに、既に宇都宮より緑が多い。シュトゥットガルトがドイツで六番目の都市だとは思えない。

「三十キロほど行くとB328だから」

「了解」

ようやく景色をゆっくり楽しめる。山がないからか、ビルがないからか、爽快に思えたので自然と口から漏れていた。

「ドイツに住むのも悪くないな」

「運転もストレスがなくて気持ちがいい」

「なにそれ」

後ろを見ると秋帆が後部座席に凭れていた。出発した時は乗り出していた。片桐は速度を落としながら、

「秋帆、どうかした?」

「片桐さん、結局何も言ってくれないの?」

僕は美咲を見た。美咲も僕を見ていた。片桐は何も言わず走行を続けた。

「美咲さん、ごめんなさい。四人でいるときに」

秋帆は言ったが、片桐は何も言わなかった。数キロ無言のまま走って、トイレしかない休憩所に入った。片桐はエンジンを切り、

「秋帆、言って欲しかったのか?」

「私、真剣なの。ここへ来るのも眠れなかった。片桐さんはなんだってできるもん。そんなこと、言えないわよ」

「……」

「やっぱり何も言ってくれないんだ」

刺さった棘が抜けた気がした。僕が抱えていた違和感とは違ったが同じ方向を歩いているように思えた。よく分からないが美咲に言われているような気がした。

「片桐、ホテルに戻ろうか」

美咲は秋帆の肩を抱いた。二日連続で僕たちの大切な人が涙した。

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