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贈り物  作者: 村上は


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第38話 調査

 片桐は、経営者として踏み込むには危うい一線を越え、雨宮の依頼者――河本という男に辿り着いていた。

河本に法人契約の話を持ちかけると、男は即座にアシスタントを伴って現れた。

アシスタントは自分の存在意義を心得ているのか、必要以上に丈の短いスカートを履いていた。


 片桐は計画を説明した。

半額を会社が負担し、法人割引を適用する、というものだった。


 河本の表情が崩れた。隣にいた女の足元まで、わずかに揺れた。

河本は前例を並べ立てたが、片桐は相場感だけを押さえ、首を縦には振らなかった。


「社長、計画書ができ次第ご連絡差し上げますので、よろしくお願いします」

「それなりのプランと価格を期待しています。一回でハンコを押させてください。

私は時間を大切にしますから」


「社長、ところで、今夜ご都合はいかがですか」

「何か他にありましたか」

「銀座の方に、この間いいクラブを見つけたんですよ。一度、様子を見たいなと。

 社長のご都合がよろしければ、お付き合い頂けませんか」

「いいですよ。今日はお付き合いしますよ」

「では、十九時にお迎えに上がります」


 河本は時間通りに現れた。まずは減点を免れた、という顔だった。

「社長、今日はありがとうございます」

「その“社長”は止めてください。片桐で結構です」


 河本が案内した店の名は、ドイツ語でオホツク。――『隠れ家』だと、河本は得意げに言った。


 片桐のテーブルには、女性が二人付いた。


 二十代前半に見える方は、芸術的な美貌の暴走が、ナチュラルに、そして能動的に緩和されていた。客を迎える佇まいには、人気教授の講義を待つかのような、抑えきれない好奇心が滲んでいる。

筋の通った鼻、シャープな顎の輪郭、大人の知恵を吸収しそうな黒い瞳。

本来なら異性を遠ざけるはずの顔立ちだが、彼女はその理から外れていた。


 もう一人は二十代後半。柔らかく、年を重ねるにつれ良い具合に重力の影響を受けそうな肉付きで、安心感を与える。

だが夜の店に相応しく、プライドを高く押し上げることで均衡を保っていた。


 女性たちは年配の河本を挟み、片桐は女性Aの隣に座った。

この席順の責任は河本にある。笑顔と共にお絞りが渡される。

女性Aはみどり、女性Bは星七せいなと名乗った。


 河本は二人に偏りなく肩を触れさせ、ここに来た()()の目的を露わにした。

「ここ、レベル高いね。二人とも長いの?」

「私は二年くらい。でも翠ちゃんは新人なの」

「へえ。ここが初めて?」


 河本の表情は、初めてドレスコードのあるフレンチに行った時のように弾んでいる。


「じゃあ、これが最初の接客なの!」

「はい。少し緊張しています」

「何でも最初が肝心だ。でも、翠ちゃんは運がいい。私たちが最初で」


 河本のスイッチは壊れたようだった。


「何故、働こうと思ったの」

「時間つぶし、かな……」


 星七が先輩らしく割って入る。

「翠ちゃん、そこは社会勉強とか、素敵な紳士に会えるとかにした方がいいわよ」


「それら全部含めると、時間つぶしにならないか」

 片桐が、助言に助言を重ねた。


「片桐さんは、何をされているのですか」

「ソフト会社をやっています」

「えっ、社長さん。お仕事大変でしょう」

「想像していたよりは楽だけど、潰す時間はない」

「では、ここへは何か目的が?」

「そういうことになるね」


 翠が片桐を見ながら言った。


「お二人は、どんなご関係なの?」

「どう見える?」

「年齢的に上司と部下もあり得るけど……。失礼しました。お名前、まだでしたね」


 観察眼は鋭かった。


「河本さんがリードしていて、スーツ。片桐さんはラフで、全く気を遣っていない。取引先、ですね?」

「翠ちゃん、すごいね」


 河本は翠の手を握った。


「これから片桐さんとは、いい関係になりたいの。もちろん、翠ちゃんも」

「そういうこと。保険の法人契約を検討していて」

「つまり、星七先輩が片桐さんをお持ち帰りしたら、商談成立なのね」

「私は別に構わないけど」

「困ったな」

「何かご不満でも」

 翠は容赦がなかった。


「じゃあ、翠ちゃんは、俺とどう?

「今日会ったばかりだから」

「信頼できる方なの?」

「付き合ってみれば分かるよ」


 翠は握られた手を解いた。


「じゃあ、私に保険を紹介して。それを見て、片桐さんが判断するの。どうかしら」

「学生は相手にしないよ」


 河本は解かれた手を、今度は太ももに置いた。


「私の太ももは高くつくわよ」

 翠は太ももに力を入れた。河本はたじろぎ、手を離した。


「すごい筋肉だね」

「ええ。私が脱ぐと引いちゃうから」


「河本さんの負けだ」

 片桐は敗戦を告げた。


「最近、負けてばっかりだ」


 酒は順調に減っていく。


「河本さん、可哀想。星七が慰めてあげる」


「保険の仕事で勝ち負けがあるのですか」

 片桐は問うた。河本は酔いが回ってきたのか、あるいは敗戦のショックか、次第に饒舌になってきた。


「当たり前ですよ。保険に支払いが発生すると、負けって言います」

 新規の客相手とは思えない口ぶりだった。


「では、最近、支払いが発生したの?」翠が言った。

「最近、高額の保険に入って、ちょうど一年後に亡くなったケースがありまして。真面目そうな人だったのに」


 片桐は思わず、手に持っていたウイスキーグラスを強く握り、ずっと背中を預けていたソファから前のめりになった。


「それで、保険金は支払われたの」


 片桐以上に興味深げに、翠が問うた。


「一旦は支払ったが、気になることが……。いずれにしても、非公式で調査中なんだよ」

「それは、面白そうなお話ですね。私が手伝ってあげましょうか」


 片桐は、グラスを見つめたまま口を開いた。


「いや、片桐さんにお助け頂けるなんて。でも、こんな話、つまらなくないですか?」


 翠は興味深げに、

「聞かせてください。私にも何かできるかも」


「ここでのことは忘れてくださいね」

「ラジャー」

 翠は敬礼のジェスチャーをして、戯けてみせた。


「数ヶ月ほど前に、高額の生命保険の請求が届きました。調べてみると、保険の加入から死亡まで、ちょうど一年でした。ぴったり一年です。このような場合、自殺か他殺。どう考えてもおかしいでしょう。ただ、不可解なのが死因です。警察が調べたところ、他殺の可能性はなしと判定されました。そして、自殺の可能性も低いとのことでした」


 翠は即座に言った。


「だとしたら、答えは出ているのでは。心臓発作とか、急死に至る何かですよね」

「警察はそう言っているんだが、納得できなくてね」

「でも、それって宝くじみたいですね」


 翠は、河本の空いたグラスに水割りを作りながら言った。そんな会話を聞いていた星七に、出番が訪れた。


「私も宝くじ、買おうかな」


「もし、これにトリックが無ければ、宝くじに当たるより凄い。意味、分かりますか。私は震えました」


 河本は作りたてのグラスを手に取り、一回の量にしてはかなり多めに飲み、続けた。


「なんたって、これは自分の死を予言していたわけだから」


 河本の口調は、怒りと安堵感が、わずかに入り混じっているように思えた。この店には相応しくない沈黙が支配した。

片桐は手にしていたグラスを口元へ近づけ、軽く潤わせて言った。


「何か、見逃しているはずですよ」


 河本は、半分ほど残っている水割りを飲み干した。二回でグラスを空にしたことになる。


「気がかりな点が一つありまして。保険の受取人は亡くなった方のご両親で、そして、そのご両親には借金があったのです」


 星七は驚いた表情を見せた。

「えっ、両親が犯人ですか」


「もちろん、その点は疑いましたが、ご両親が殺害した事実はありませんでした。万が一、保険金目当てなら、息子の命ではなく、ご両親自身の命を引き換えにするでしょう」

「でも、ご両親が関与していないのであれば、ご自身で計画されたのでしょうか」

「そこが引っかかりまして、入金後のお金の流れを、ずっと調査していました」

「それで、何か分かったのですか」


 翠が、上手く弾みを付けた。


「実は、三千万円が引き落とされ、ある口座に振り込まれていました」


 星七は、河本の太股に手を置いて言った。

「やっぱり、共犯者がいるのよ。だって、そうでしょう。すいません、ボトルを新しくしても良いですか」


 河本は、星七の胸目掛けて手を伸ばした。星七は避けようとしたが、器用にかわし、谷間に承諾の署名をした。その達成感が、河本をさらに饒舌にした。


「驚いたことに、その人物は亡くなられた方の同僚だったのです!」


 華奢なグラスが、壊れそうな音を立ててガラステーブルに置かれた。麻酔にかけられたように。

 翠は、どうしたのかと片桐を見た。


「片桐さん、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です。少し驚いただけです」

「それで、その同僚に話を聞いたのですか」

「いや。会社を辞めて、日本には居ないことが分かりました」

「海外に行くには、それなりの理由があるはずよ」


 片桐は、翠を見つめていた。


「ここまで話すつもりはなかったのですが……お酒のせいですかね」

片桐は、目を河本へ移した。


「河本さん、ちょっと雰囲気を変えませんか」

「いいですね!」

「一番美味しいシャンパンを持ってきて」


 片桐は翠に言った。河本の表情が、わずかに強張った。


――――――


 片桐は、大体の説明を終えた。


「通りで、片桐が女性に寛大な訳だ」

 最上は片桐をからかった。

「遊び友達が、もう一人増えただけだ」

「しかし、永井のことは驚いたな」


 僕は、残っていたビールを飲み干した。


「で、これからどうする」

 最上は片桐に尋ねた。


「一つは、佐久間の両親に会うこと。二つ目は、もちろん永井に会うこと」


 最上は難色を示した。


「どちらも難しいな。今さら、佐久間の両親には会えない。それに、ドイツに行くことも……」


 僕も自分の考えを言った。


「俺はドイツに行ってもいい。しかし、佐久間の両親に会うのは、俺も辛い」


片桐は腕を組みながら言った。


「そうだな。まずは永井に会うとするか。恐らく、雨宮も永井の行方を追って、ドイツに行くはずだ。だから、やつらより先に永井に会う必要がある」


 僕も同感だった。


「確かに、やつが先に接触したら、厄介なことになるな」


 最上も、その重大さが分かったようだ。


「ああ。先に会って、口止めした方が良さそうだ。このことを世間が知ったら、俺たちは変人扱いか、モルモットにされちまう。予告日を生放送したら、視聴率は稼げるがな」


 僕は、テレビで放送される想像をしたが、それよりも大事なことを思い出した。


「片桐、佐久間は保険に入って、ちょうど一年後に亡くなったと言っていたよな。それって、どういうことなんだ?」


「俺も、ずっと考えていた。保険代を、できるだけ抑えたいからだとは思えない。つまり、これは佐久間が仕掛けた()()だと思う」


 最上の口が緩んだのを見て、片桐は突っ込んだ。


「最上、別に、保険と保険を掛けた訳じゃない。佐久間は、俺たちが日付の意味について確信を持てなかった時のことを考えて、これを準備したんだと思う」


 最上は言い返した。


「片桐、そこまで説明しなくてもええ。俺は、お前が思っているより賢い。そんなことより、佐久間と話したかったな」


 僕は、空いたジョッキを握って傾けた。

 片桐は、ずっと考えていたことを教えてくれた。


「俺も、知った時はそう思ったよ。なぜ、気づいてやれなかったのかと。最後に会ったのは飲み会だろう。あの時の佐久間は、楽しそうだったじゃないか。俺らには何も言わずに。だから、前に進もう」


 僕は、片桐にこれからのことを聞いた。


「これからどうする」

「もう一度、河本に会って、永井の居場所を探ってみる。それでダメだったら、永井の同僚を当たるしかないな」


 僕は、少し可笑しくなった。


「それで、河本と会う場所は、“ホクツク”だな」


 僕の言ったホクツクに、最上が()()にハモりを効かせた。

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