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贈り物  作者: 村上は


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第36話 本条の思い

 店には五分前に到着した。予想通り、片桐は未だ到着していなかった。僕たちは個室に案内された。水野は裏切らない。僕たちは隣り合って座り、先に食前酒を頼んだ。カウンター席でもないのに、隣り合っていると、より近く感じた。


「本条さんは、運命とか信じますか」

「沢村さん、根にもつ人なの」

「滅相もない」

「その言い方、やっぱりからかっていますよね」

「いいえ。真面目に聞いています」


 僕は頑張って真面目な顔をした。本条さんは吹き出し、収まるのを待って、


「運命か……意識したことないかな。でも、自分の気持ちには従おうと思うわ。それを運命だというのなら、信じているのかしら」


 本条さんは、とても真っすぐな人だ。


「僕は信じていませんでした。でも最近、信じてみるのも悪くないかと」


 目の前の空席を見た。


「沢村さんに、そんなロマンチックな言葉は似合わないわ」


 僕は赤面した。


「こう見えて、意外とロマンティストなのです。というのは冗談ですが、最近、僕の周りで運命染みた出来事が起こるのです。無論、運命で片付けられないですが」


『お待たせしました』


 片桐がまだ到着していなかったが、僕たちはグラスを鳴らして、先に飲み始めた。


「今日の大切な話は、運命に関係があるのです」

「楽しみだわ。でも、少し怖いかな」


「遅れてすまない」


 待ち人が現れた。


「先に飲み物を注文したぞ」


 と一応、謝って見せた。


「気を使うなよ」


 片桐は、いつものラフな格好ではなく、ネクタイこそ付けていなかったが、パンツにジャケットを羽織っていた。


「本条さん、親友の片桐」

「遅れて申し訳ありません。片桐です」

「はじめまして、本条です。よろしくお願いします」


 片桐の目が、もう本条さんを認めていることが読み取れた。


「本条さん、最初にお聞きしますが、本当に沢村で良いのですか」


 僕が本条さんに話したことを、聞いていたのだろうか。


「実は、私、迷っています」


 と言いながら彼女は微笑して見せた。その横顔はとても愛らしく、手に感覚が戻った。


「いつでも相談に乗ります」

「その時はよろしくお願いします」

「おいおい、そんな話は俺のいないところでやってくれ」


 と言いながら、片桐に飲み物を勧めた。そして食事のオーダーも済ませ、片桐の飲み物が届いて、三人で乾杯をした。乾杯の音頭は片桐が取ることとなった。


「二人の未来に」

「それを言うなら、三人でも良いのでは」


 食事を取りながら、僕たちは二人の高校生活などを本条に聞かせた。片桐と本条も、

今回会うのが初めてとは思えないほど、打ち解けていった。


「しかし、沢村がこんなオシャレなお店を知っているとは驚きだ」

「お前抜きで来たかったけど」と僕は言った。

「そんなこと思っているのは、お前だけだよ」


片桐は本条さんに目をやった。


「片桐さんには申し訳ありませんが、私も沢村さんに賛成です」


 再び彼女は微笑んだ。彼女の言葉は、とても嬉しく思えた。

「沢村には手が負えない」

「ああ、()()()()()で、本条さんに俺の気持ちを伝えることができたと思う」

「今回の事って、なんなの」


 本条の表情から緩みが消えるのが、はっきりと分かった。片桐は僕に目を向けた。


「それが今日の大切な話なのです。この話を本条さんにするべきか迷いました。正直に言うと、今も迷っています。この話を聞いて、本条さんには選択する権利があります」

「権利って何のですか」

「僕と、これからも付き合って行くかです」


 本条は少し間を置いた。そして、彼女はゆっくりと言った。


「では、聞かせて下さい」

「あれは、数ヶ月程前のことです。僕たちは……」


 これまでのことを、全て彼女に伝えた。日高に癌が見つかったことも含めて。彼女の目には、薄っすらと涙が滲んでいた。それは、何に対する涙なのか分からなかった。


 片桐は、沈黙を破ることを引き受けてくれた。


「本条さん、占い師が言った日に誰かが死ぬ可能性があるけど、必ず死ぬとは限らない。日高の様に変える事だって可能だから」

「でも、日高さんは、本当に助かったことになるの」


この問いにも、片桐が答えた。


「もちろん、その日が来ないとわからないけど、俺らはそう信じている」

「では、五年後には二人のひとが亡くなるの」


 この答えに関しては、僕が話した。


「僕たちはそう考えています。でも、日高の様に運命を変えられないかと思っています。本条さんとの事は、僕ひとりで決める訳にはいかないから、全てをお話しました」


 一緒に向き合って欲しい、と付け加えたかったができなかった。五十%の確率で僕は五年後に死ぬけれど、それまで一緒にいて下さい、なんて言えるはずがない。


 僕たちの間に沈黙があった。そして、彼女は口を開いた。


「正直に話してくれてありがとう。でも、私にどうして欲しいとかはないの。話を私に聞かせるだけなの。私が答えを出さないといけないの」


 この言葉は、僕の中途半端な気持ちを浮き彫りにした。全てを打ち明ければ、それで良いと思っていた。自分の卑怯さが許せなかった。自分自身がどうしたいかも言えないくせに、彼女に交際を申し込んでいるのだから。


「沢村。本条さんが聞いているんだ。何とか言ったらどうだ」


 たまねて、片桐が言った。あまりにも沈黙が長く、背中を押してくれたのだ。最適なやり方で。その好意は有り難かったが、自分の中で整理が付いていなかったので、何て言っていいか分からなかった。


 そんな僕を見かねた本条さんが、再び、


「沢村さんは逃げています。ちゃんと手を繋いでいてくれると、言ったじゃないですか!」


 と言って席を立った。


「今日はご馳走様でした。片桐さん、これからもよろしくお願いします。途中ですみませんが、私はこれで帰ります」


 片桐は立ち上がっていた。


「こちらこそ。ひとりで大丈夫ですか」


 片桐は、上から僕に送って行く様に促した。僕は下から彼女の顔を見た。彼女は、ひとりで大丈夫だという代わりに僕から目を逸らせ、片桐に向かって言った。


「ええ、まだ早いですから大丈夫です。ご親切にありがとう。では、お休みなさい」


 僕は、彼女を見送ってしまった。


 片桐は残っていた酒を飲み干して言った。


「お前な、どうしたいんだ」

「お前みたいに簡単に割り切れたら苦労はしない」

「心で感じろって言っただろう。ただ苦しむ振りをして、自分の逃げ場所を求めているだけ……」


 片桐は、続きの言葉をためらった。


「すまん、ちょっと言い過ぎた。そこが、お前の優しさだと分かってはいるけど、彼女はちゃんと向き合っている。お前のことが本当に好きなんだ。お前も分かっているはずだ。何故、それに応えない。勇気を持つって言っていたのは、口から出任せだったのか」

「そうだな。何の為に、今日、話をしたのかわからないよな。自分の気持ちは固まっていたはずだったのに……片桐、すまない。行って来る」

「しょうがないな。早く行け。勘定は俺が払っておく」

「すまん」

「後で請求書は回すからな」

「ああ、いくらでも」


 急いで店を出た。彼女を追っかけようと思ったが、自宅の住所を知らない。確か初台って言っていたので新宿の方だと思いつつ、携帯を取り出して彼女に電話をした。既に地下鉄だと連絡が取れない可能性があったが、呼び出し音は鳴った。四回目で彼女が出た。彼女と新宿駅で待ち合わせることになった。


 都営大江戸線のホームに駆け降りた。乗り場は採油の如く、地下深くまで潜っていた。エスカレーターをテンポ良く降りた。飛んでいる感覚だった。お陰でホームに降りた時に、アナウンスが流れるのを聞いた。


『間もなく電車は発車します。ドア付近の方は閉まるドアにご注意ください』


 僕は電車に飛び乗った。間に合ったと思った瞬間、汗がどっと出た。

新宿までは、『青山一丁目』→『国立競技場』→『代々木』→『新宿』の順番だった。前の新宿行きに本条さんが乗っている。どうしても埋まらない電車の距離は、今存在している本条さんとの思いの距離の様に思えた。


 新宿に着いて、彼女に電話をした。彼女は、西口を出てスバルビルの前で待っているとの事だった。待ち合わせ場所に急いだ。

ある思いが胸に突き刺さった。ここは、飲み会の待ち合わせ場所でもあったのだ。運命なのか。


 駅を出たところの信号で、止まらざるを得なかった。スバルビルの前を凝視すると、彼女を確認することができた。あの時は最上と佐久間が待っていた。そして重村が現れた。信号が変わったので走った。彼女の姿が、望遠の倍率を上げるように大きくなった。


 それまでシルエットからしか想像できなかった彼女の気持ちが、表情からも読み取れた。その表情は、これまでに見たことの無い硬いものだった。彼女とこれからずっと一緒にいれば、彼女のいろんな表情を目撃するであろう。

しかし、今の彼女の表情は、これで最初で最後にする事を約束する。そして、彼女をこんな寂しげな表情にした自分自身が許せなかった。


 彼女は僕を見つけ、氷が解けていくように表情も和らいだが、笑顔になるにはまだ温度が十分ではないようだった。


「ごめん、待ってもらって」

「いいえ、どうしました」

「僕はあなたと、ずっと一緒に生きて行きたい。いつまで生きられるかわからないけど」


 自分の言いたいことを告げた。


「その気持ちだけで、十分ではないですか」


 僕はただ、彼女を見つめていた。そして、もしこれが反対の立場だったら、どうしたであろうか……。


「和人さん、約束です。貴方が生きている限り、私とずっと一緒にいてくれると」


 彼女は初めて、和人さんと呼んだ。普通に向かい始めた。

僕はそっと彼女との距離を縮めた。それは、単に物理的な距離が埋まったのではない。先の者が歩みを緩め、後の者が歩みを増せば、追いつくことができる。


 彼女はゆっくりと目を閉じた。僕と彼女の唇の距離がなくなった。そして、彼女を優しく、しかし気持ちは強く抱きしめた。


 彼女を自宅まで送って行った。同じ道を、今度は一人で歩いた。彼女の自宅前の細い通りを抜ける時、アスファルトの上に何かが舞っているのが見えた。


 それは微風でも、その場に留まることを許されないほど軽いもの。少し明るい処へ出ると、それは桜の花びらだった。桜はとうに散っているとばかり思っていたが、見上げると、ここではまだ少し咲いていたのだった。


 あと何回、桜を見ることができるのだろうか?


 駅に向かって歩を進めた。鞄から携帯を取り出し、片桐に報告した。片桐は何も聞いてこなかった。今日の夕食のレシートは取ってあるとだけ、僕に伝えた。


 我にかえり、永井のことを片桐に聞くことを忘れていたと思い出した。

明日にでも片桐に連絡しなくては。

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