第33話 結果
目覚めは良かった。頭も、なぜかすっきりしている。一つを除いては。
結果が出揃った。これなら高い請求額にも文句は言えない。
最初に片桐から、みんなに電話で伝えた。それは、明日の天気を伝えるようであった。発案者の、どんな時でも片桐らしい姿だった。
血圧が少し高いが、とくに異常は見られなかった。
次に結果が出たのは僕だった。僕の場合、何も異常は見られなかった。結果を見ながら、『なぜ受診したの』と、メッセージが散りばめられているようだった。
僕は片桐に倣って、みんなに伝えたが、伝える前振り、声の調子、そして電話の終え方が、彼ほど滑らかだったとは思えない。努力はした。果敢にフィギュアの四回転ジャンプを飛んで、滑らかな着地ができなかった程度である。
それから、重村、最上の結果も問題なし、だった。
日高に至っては優雅さがなく、ステップやスピンを省いた構成で、ショートプログラムの規定要素を無視し、ジャンプのみ披露した。
自宅でテレビを観ていた。そんな時、電話が鳴った。日高からだった。
王様の体験ができただけでも、良しとするか。
「沢村。今日、結果が出た」
「それで、請求書は受け取らないぞ。お前は賛成した」
「そう。俺は自分で決めたんだ。誰の指図でもなかった」
請求書は冗談なのだが……。
「ああ、分かっている」
「……」
「癌が見つかった。俺の膵臓に……」
「えっ、癌が見つかった……」
……二等くらいか。
「ああ……、PETでないとダメだった。医者によると。片桐からクリニックに念を押していたらしい。まあ、連絡がなくても、結果は変わらないと思うが」
喜ぶ気が失せる。
「完治するのか」
「ああ、早急に再検査だ。近く手術する」
「本当に命に大丈夫なんだな」
「ああ」
「放っておけば、どうなったのだ」
「恐らく、三年持つらしい……」
目の前が真っ暗で諦めていた時、本条さんとの交際が始まった。
検査を渋っていた日高は助かるだろう。
重村の寂しい言葉。それぞれが太すぎて、結んでやれない。一本でやっとのところに、多すぎる。もやい結びで、これから進まないといけない。
まずは『よかったな』と祝福すべきだが、できなかった。
その代わりに、これだけは言っておきたかった。言わずには我慢できなかった。佐久間のようには振る舞えなかった。俺には結べない。こんなに太く、柔軟性がないのだから。
「佐久間と片桐が、お前の命を救ったな」
少し間があって、
「……ああ」
日高にとっては、精一杯だった。
ああ、以外に何も言えないようにしたのは、他でもない、僕である。
薬缶が沸騰している。火元から離さないと……。あるいは、無情な冷水を足せばよい。容量を誤ると溢れるが、確実だ。
冷めるのを待つだけの、心の湯取りがなかった。
僕は、日高に冷水を浴びせかけた。
これで、あの占い師の言った日付が、僕らの命の終わりを告げていることになるのか。
抗うより、それを受け入れるべきなのか。
片桐の番号を回した。片桐は、すぐに出てくれた。
「俺だけど。日高から聞いたか」
「ああ、今、整理していた」
「そっか……それで、まとまったのか」
「いや……」
片桐は少し間を置いた。
「正直言って、ちょっと参っている。整理がつくか、わからん」
らしくない……。
「整理なんて、つくのか」
「というと」
「今回のことは、頭で考えたらダメだろう。心でいいんじゃないか」
「らしくないな。俺には飲み込めない」
「その通りなんだ。俺たちの前にあるものは、そういうものなんだ。だから、言葉では言えない。俺は、それを感じることだと思う」
「それで、何か感じているのか」
「ああ、そんな気がする」
「だけど、説明できない」
「勇気、だよ。俺たちに必要なのは」
片桐は沈黙した。珍しかった。二十年になるが、居慣れない場所にいる。
「沢村。勇気は解決になるのか。もっているだろう、すでに。重要なものだということは同意する。お前は、その大小を言っているのか」
「違うと思う。今、必要な勇気は、本質的に違うんだ。お前の言っている勇気は、恐怖、嫉妬、怒り、喜びなどと同列だろう。いつも混在していて、不要なときは、どれかが隠れたりする。そして、それは必然的に姿を現す。だから、それらを共存させることは難しい。
俺が言いたい勇気は、いつもそばにいないといけない。恐怖が存在しているときにも、怒りが現れた時でも、見え隠れするものじゃない。この種の勇気が、今、必要なのだ。そうなんだ。普通の勇気だったんだ」
「その勇気は、何に使うのだ」
「それは……、勿論、俺たちの運命を受け入れること。運命を変えた友人を許せること。そして、これが一番難しいことなのだが、大切に思っている人に、本当のことを告げること」
今の僕は、僕でありながら、僕でない思いがしていた。
「お前の中で、何かが目覚めたな」
「無理やりに、起こされたけど」
「良かったのではないのか。もちろん、こんな形でなかったら、寝起きはもっとすっきりしていただろうけど」
「こうじゃないと、俺の場合は目覚めなかった気がする」
「今回のことは、必然だったのかもしれないな」
「だけど、正直……人間ドックで引っかかるとは思わなかったよ。勝算があったのか」
「あるわけないだろう。だけど、俺は可能性を考えた。仮に、あの日付が俺たちの死を意味しているとしたなら、俺たち五人が全員、事故死、もしくは殺害されるとは思えない。だから、三年後に一人、五年後に二人死ぬとしたら、その内、誰かは病死の可能性が高い。だから、もしかしたら、と思った」
「なんだよ。あるんじゃないか」
「まあ、な。だから全員、受ける必要があったわけだ」
「片桐、お前、結婚は考えているか」
「なんだよ、唐突に。俺の場合、身辺の整理が面倒だ」
「実は、会社に憧れていた人がいるんだ。その人と、この間食事をした。その時が初めてのデートで、デートと言っていいのかわからないが、とにかく俺は、その人に交際を申し込んだ」
「それで、どうするんだ」
「どうすると言われても、俺は精一杯、彼女を愛する。それしか出来ないし、俺は、そうしたいと思っている」
「お前の気持ちは分かるが……、そうか。それは、お前の我がままじゃないのか。付き合っていたわけじゃないだろう」
「それは分かっている。でも、今回のことが無かったら、俺は彼女を食事に誘わなかった。矛盾しているよな」
「とにかく、応援はする。それで、今回のことを話すつもりなのか」
「それは……、まだ決心が付かない……」
片桐は、これ以上この件に関して、何も言わなかった。
「ところで、どんな女性だ」
「そのうち、紹介するよ」
「楽しみにしている」
「あっ、そうだ。言い忘れるところだった。日高の手術は、来週だ」
「そうか」
「じゃ、また、近いうちに連絡する」
「それじゃ、彼女に、よろしく」
佐久間が彼の両親へ残した、生命保険の意味が、少し理解できた気がした。
僕も、最後に彼女にしてあげられることを考えると、佐久間と同じ選択をするのだろうか。
そして、僕はある重大なことに気が付いた。
日高は、自分の未来を変えたことにならないのか。
僕を含めた四人の運命も、変えることはできるのだろうか。
そして佐久間は、どのようにこの事を知りえ、どこまでが彼の筋書きに沿っているのだろうか。




