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贈り物  作者: 村上は


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第28話 待ち合わせ

 月曜日の昼休憩を縫って、今村クリニックに電話をかけ、既存のコースにPET検査を追加する形で申し込んだ。


 当然PETは別料金で、カーディガンを全色買ってもお釣りがくる。日高を説得した手前、選択肢はなかった。最短で二週間後の水曜日に予約を入れた。


 その後も仕事に追われた。雨宮のことが、定期的に思考を遮断する。数日は平凡な日常の途中のように過ぎ、水曜日を迎えた。一息つけたのは、二十一時を回ってからだった。


 本条さんとの食事が迫っている。そろそろ待ち合わせ場所を決めなければならない。


『おはよう。いかがお過ごしですか?

(このところ見かけない。出張か、体調不良か)

僕の方は変わりありません。

(人生最大級の出来事があった。ひとつは、本条さんとの食事)

さて、明後日、予定通りで大丈夫でしょうか。

問題ないことを期待して、待ち合わせですが、会社一階の休憩スペースに、十八時十分でお願いします。

では、沢村』


 開封済みかどうかは、どうでもよかった。


 翌朝、返事は届いていた。


『おはよう。元気にしていますよ。

金曜日の件、了解しました。それでは一階の広場で。よろしく』


 二度目になると、返事が届くこと自体が当たり前になり、内容の簡潔さに拍子抜けする。見かけなかった理由は書かれていなかった。


 短いメールを、何度も読み返した。最初のメールから今日の返事まで、三通。恋愛小説の一場面を想定して読み返すと、始まりから流れは自然で、文字数のバランスも絶妙だった。


 もし拍子抜けを感じているとしたら、本条さんも、僕の返事に同じような物足りなさを感じているのかもしれない。


 思うがままに振る舞うわけでもなく、無駄のない、真っ直ぐな言葉。その中に秘められた宝物を見つけた気がした。炭素が整然と並び、結晶になるように。


 いつか、このダイヤを指輪に加工できる技術が発明される未来を想像しながら、食事の日を待った。


 今日に限って、目覚ましの世話になるとは情けない。食事のことを考え続け、眠りについたのは深夜三時を回っていた。この失態は誰にも明かせない。


 急いで支度をし、歯磨きに時間をかけ、朝食を抜くことで帳尻を合わせた。クローゼットから例のニットを取り出し、羽織ってみる。見た目も着心地も悪くない。それでも脱いだ。


 なんとなく、今日ではないと感じた。冤罪の可能性があるニットを見つめ、クローゼットの扉を閉めた。


 会社に着くと、まずパソコンを立ち上げ、今夜のメニューに目を通した。今朝の寝坊から得た学びである。後回しにしていたコーヒーを飲みながら、本条さんから連絡が来ないことを願った。


 ダイヤはすでに完成している。仕上げは、直接会って、互いに知りたいこと、伝えたいことを話すことで指輪になる。


 いずれ話さなければならない佐久間のこともある。だが、それは今日ではない。科学が覆るほど硬い鉱物を量産できる覚悟――つまり、ノーベル賞を置き去りにする決意を持てた時だ。


 世界的な賞まで視野に入れると、時間は光速で過ぎていく。だが、調子に乗ってアインシュタインを追い越すつもりはなかった。


 時計はすでに十七時三十分を指している。待ち合わせが近い。


 体が徐々に硬くなるのに、感覚はふわふわしていた。麻痺に近い感覚だ。


 感情と科学は相容れない。仲良くなるとすれば、人類が永遠の命を手にし、砂時計を破滅へ反転させる時だろう。


 状況を正確に伝えるのは難しいが、挑戦しなければならない。視覚情報が脳で処理される途中、緩衝材を通過してくるような感覚だった。


 その緩衝材は万能で、機能を自在に変えられる。厄介なのは、指示系統が破綻していることだ。ただし、時計からの情報だけは妨害されず、直接脳に届き、引き算を始めていた。


 残り十分。無いに等しい時間だ。緩衝材は、ふわふわ感を急激に加速させる。


 その瞬間、衝撃が走った。


 画面に《新着メール》が表示された。本条さんからだった。


 防衛反応は正常に作動したが、緩衝材は存在ごと吹き飛ばされた。再生できるかどうか、憂慮するほどに。


『お仕事、終わりそうですか。私は大丈夫ですよ』


 ほっとした。緩衝材は戻らないが、悲しくはない。だから、すぐに追悼文を書いた。


 数階上の本条さんの画面にも、新着通知が届く。彼女の緩衝材まで吹き飛ばすことはないだろう。クッション爆弾警報は、すでに発令されているのだから。


『予定通りです!

今からパソコンの電源を切りますので、もうメールは読めません。よろしく』


 パソコンを閉じ、モニターの電源を切った。これで待ち合わせに遅れることはない。物理的に、僕の方が有利だ。


 予想通り、待ち合わせ場所に本条さんの姿はなかった。


 薄明がロマンチックな雰囲気を演出するはずの時間帯だが、ここでは薄明という言葉は死語になっている。季節を視覚で楽しむ権利は、疾うに放棄させられていた。


 ――反論するとすれば、雪は別か。

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