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贈り物  作者: 村上は


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第27話 買い物

 昨日とは一転して、空は晴れ渡っていた。久しぶりに出かけることにした。今週は食事の予定もあるし、買い物でもしようか、と。洗濯には絶好の日和だったが、あえてやめた。この洗濯日和を無駄にすることが、何かに抗っているようで、かえって活力をもたらす気がしたのだ。


 そんなとき、また本条さんのことが頭に浮かんだ。彼女を思うことで、今抱えている不安が、少しだけ遠のくような気がした。


 本条さんに対する憧れは、ずっと抱いてきた。だが、実際に食事へ行くことになったという事実が、憧れの対象だった彼女に、それ以上の何かを求めている自分の存在を浮かび上がらせる。


 いつの間にか、食事はマラソンの最初の給水地点になっていた。その先も関係は続くのだと、身勝手な確信めいた希望が、春の日差しを受けて成長している。


 これは純粋な本条さんへの思いなのだろうか。それとも、この状況が彼女への想いを深めているだけなのだろうか。


 どちらでもよかった。身支度を整え、家を出た。


 外には春の香りが漂っていた。寒い冬を耐え抜いた木々や花、そして動物たちが、訪れた春を祝うかのように生気を放ち、それらが混ざり合って生まれた成果物――それが香りだった。


 あれほど気丈に振る舞っていたのに、この空気の中では、服を干せば長持ちしたのではないか、と、決断の誤りを素直に認めさせるだけの影響力があった。


 久しぶりに深呼吸をした。このところ行き届かなかった身体の隅々まで、酸素が行き渡るのが分かった。


 駅までの道を楽しんだ。桜も咲き始めている。そういえば、今年の開花宣言をまだ聞いていない。


 電車を乗り継ぎ、目的のデパートがある新宿に着いた。紳士服売り場を一通り見て回る。気分転換だ。


 久しぶりだったせいか、記憶していた服のスタイルは変わっていた。その多くは、着るには抵抗がある。流行に乗るのは、サーフボードやカラオケでリズムに乗るように難しい。僕は流行音痴なのだ。


 結局、以前から知っている二つの店に絞った。そこも流行は追っているが、確固たる理念があり、僕の嗜好の範囲に収まっている。


 軽く羽織れるニットのカーディガンを探していた。荻窪へ行った時に欲しいと思ったからだ。まずは第一候補の店に入った。


 入ってすぐ、イメージ通りの一着が目に入った。手に取る。手触りもいい。最初からここに来るべきだった、とは思わない。


「いらっしゃいませ。こちらは通常、腕と胴を別に編んで後から繋げるのですが、一本の糸で仕上げています。お試しいただくと分かりますが、肩のフィット感がまったく違います」


 店員は合気道の達人のように僕の背後へ回り、上着を脱がせようとした。僕が無抵抗だったので、左手は自然とニットの袖に吸い込まれていった。


「フロントはダブルジップです。下からも開けられるので、暖かくなったら下だけ開けて着こなせます。デザインもシックですから、長く着ていただけますよ」


 説明は淀みない。僕自身も、似合っている気がした。値段は気になっていたが、「長く着られる」という言葉と、流行音痴が一瞬サーフィンできた事実が背中を押した。


「これにします。おいくらですか」

「三万三千円です」


 やはり、と思った。少し贅沢をしたい気分ではあったが、予想よりは高い。


「カードでも大丈夫ですか」

「もちろんです」


 支払いを済ませ、店を出た。今日はこれで十分だ。家に帰ろう。


 帰宅すると、携帯にメッセージが残っていた。再生すると、片桐の声だった。


『最上と重村に雨宮の写真を送って説明しておいた。重村は週末も仕事らしく、あまり話せなかった。雨宮の件もあるし、また連絡する』


 重村は週末も仕事か。前回の飲み会で、量産に向けて問題があると言っていた。まだ目処は立っていないのだろう。


 この間、同僚が言っていた。自動車業界は納期とコスト削減に追われ、社員のストレスはピークに達している、と。一度会ってみるか。そう思い、重村の携帯を鳴らした。


『ピー……ただいま電話に出ることができません。二十秒以内でメッセージを――』


「重村。沢村だけど、どうしているかと思って電話した。今度、飲みにでも行こう。仕事ばかりは、体に毒だ」


 二十秒で、必要最低限の言葉を残すことには成功した。だが、このメッセージを本当に聞いてくれるのか――そんな小さな不安だけが残った。

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