第24話 喫茶店
そばにある喫茶店で待つことにし、窓際の席に案内された。そこからは公衆電話と、駅へ向かう人の流れが見渡せた。携帯のアンテナは三本立っている。
手持ち無沙汰もあってメニューに目を通すうち、空腹に気づいた。人の生理現象は、周章狼狽の最中には、外部刺激がないと立ち上がらないらしい。
昔、「腹が減っては戦はできぬ」と本で読んだことがある。その時は、死ぬかもしれない争いの前に、胃が働くとは思えなかった。だが、いま食事を注文しようとしている自分を見て、戦の前には大きなおにぎりを味噌汁と一緒に食べていた可能性も、案外現実的だと思えた。それに、コーヒー一杯でこの特等席を占領する気にもなれない。
昼にはまだ早いが、洗濯機ほどの肉体労働ではないにしろ、ここまでの達成感はそれに劣らない。
簡単に作れそうなサンドイッチとコーヒーを注文した。あれから、公衆電話を使う人は現れていない。列をなす光景など、災害時以外には見られないのだろう。
先ほど受け取った雨宮の名刺を取り出した。
住所は、杉並区上萩一丁目、林ビル三階。
雨宮は誰から依頼を受けたのか。佐久間の携帯を直接見たのか、それとも携帯会社に開示請求をしたのか。あるいは、想像もつかない方法を使ったのか。佐久間の携帯に辿り着くこと自体、相当なハードルのはずだ。
『サンドイッチとコーヒー、お待たせしました』
ウェイトレスが笑顔を添えてテーブルに置いた。
「ありがとう」
コーヒーにミルクを入れ、外を眺めながら人の流れを追った。特別に目を引く人物もいない。ただ、平和な日常がそこにあった。
せっかく落ち着いていたのに、雨宮の登場で頭の中は再び騒がしくなった。二回目の洗濯はできそうにない。
雨宮は、どうやって永井を突き止めたのだろう。企業秘密を明かすことはないだろうが、こちらも何らかの手を打たなければならない。焦りながらサンドイッチを急いで口に運んだのは、いつ片桐から連絡が入っても動けるようにするためだった。
その瞬間、携帯が震えた。
着信履歴だけを残し、すぐに止まる。画面には『片桐』の文字。
意味不明な指示に忠実に従ってくれたことに、感謝と同時に心強さを覚えた。
残っていたコーヒーを飲み干し、雨宮の名刺を仕舞う。支払いを済ませ、公衆電話へ急いだ。今回は片桐三号の邪魔は入らなかった。
「もしもし、片桐。すまないな」
「どうした。緊急って。――それはそうと、お前、楽しんでいないか」
覚えている限り、雨宮とのやり取りを忠実に伝えた。
「思わぬ展開だな。でも、やったじゃないか。やっぱり佐久間だったか」
手柄らしいものは何もないが、そう言われると少し救われた。
「これからどうする」
「そうだな。その雨宮の名刺、持っているよな」
「ああ」
「よし。雨宮を探る」
「どうやって」
「お前は顔が割れている。俺がやる」
「どうやって探るんだ」
「とにかく事務所の前で張り込む。顔が分かるのはお前だけだから、一緒に来てくれるか」
「上手く行くのか」
「ばれたら、それまでだ」
「いつ行く」
「善は急げだ。今から」
「今から?」
「何か用事でもあるのか」
「二回目の洗濯くらいだ。分かった、行こう」
「その前に、会社名を教えてくれ。出る前に調べておく」
名刺に記されていた会社名、住所、電話番号を伝えた。
こういう時は、片桐の言う通りだ。考えていても仕方がない。




