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贈り物  作者: 村上は


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第22話 正体

 数ヶ月ぶりに、僕の部屋のインターフォンが押された。たまには押されないと、肝心な時に故障していたら困る。出るのをやめようかと思ったが、体が反応していた。非日常の連鎖は終わりを告げない。


「はい」

「沢村さんですか。佐久間さんのことでお伺いしたいことがありまして。今お時間よろしいですか」


 どんな要件も佐久間に勝るものはない。時間はもちろんある。洗濯が終わるのを待っているだけである。もっとも欲しているものを無償で受理してよいのか。オートロックを解除することを躊躇ためらった。


 モニター越しには、見覚えのない男が落ち着いた表情を見せていた。僕には選択肢はない。オートロックを解除した。間もなくしてドアがノックされたので、ドアを開けた。


「どちら様ですか」

「突然お邪魔して申し訳ありません。私はこういう者です」


 名刺を差し出してきた。


「調査会社ですか」


 名刺には調査会社、雨宮真一あめみやしんいちとある。初めて訪問するにもかかわらず落ち着いた表情に納得した。この種の名刺を受け取る日が来るとは思ってもいなかった。もうこの程度では驚かない。


「実はあるところから依頼を受けまして。佐久間氏の死について調査しております」

 あるところ、ということは個人的に頼まれたわけではないということか。


「どこから依頼を受けたのですか」

 できる限り会話をしたかった。少しでも人間性について情報が欲しかった。


「それは言えません。ただ言えることは、これは合法的な調査なので、ぜひご協力ください」


「合法的」という威圧感のある言葉を使って従わせようなんて、あまり褒められたやり方じゃないな。それに、こいつ自身は佐久間の死に関係があるかもしれない。そもそも、名刺が名乗っている――『信用するな』と。


「何を知りたいのですか」

「ご両親以外で、佐久間さんが最後に電話をされた相手があなたなのです」


 なぜ、電話で話したことを知っているのだ。ひょっとして政府の人間か。だが、個人情報保護法でそんなことはできないのではないか。しかし、保護法がどこまで効力を持つのか知る由もない。簡単には手に入らない情報を示唆され、恐怖心を煽られた。


「それがどうかしましたか」

「その時、佐久間氏に何か変わったところはなかったですか。例えば、自殺をほのめかせるような言動とか」


 やけに具体的だな。雨宮も自殺だと思っているのだろうか。


「いいえ……、何も……」

「そうですか。差し支えなければ、お電話の目的は何だったのですか」


 佐久間との電話で引っ掛かっているのは、重村のことだけである。あまり考えると怪しまれると思い、適当に答えた。


「前日、久しぶりに大学の仲間と飲みに行ったのです。そのお礼です」

「なぜ、友人にお礼の電話をするのですか。不自然じゃありませんか」

「まあ、お礼というより、お疲れ様といった感じの簡単な電話です。お礼と言ったのは言葉の()()です」

「なるほど、言葉のあや、ですか。ところで、あなたは佐久間氏が高額の生命保険に入っておられたことをご存知ですか」


 意表を突かれた質問だったので、僕は答えを躊躇った。母親からその事実は聞いていた。少し時間が欲しかったので、質問で返した。


「高額の保険ってどういうことですか」

「額面通りですよ。それで、ご存知でしたか」

「いいえ、知りませんでした」


 これ以上質問が続くと答えられなくなると思い、嘘をついた。調査会社を甘く見積もっていた。ここまで調べているとは思わなかった。


「本当ですか」


 何か疑っているような言い草だった。


「本当です。それを聞いて、私自身驚いています」

「分かりました。お疲れのところ、ありがとうございました」


 雨宮は礼を言って帰ろうとしたが、


「あっ、そうだ。最後にもう一点よろしいですか」


 右京さんのようだったが、断る理由が見つからなかった。


「何でしょうか」

「この方に見覚えはありますか」


 最後の質問の衝撃は、本当に右京さんを体現していた。だが、残念ながら、雨宮に配役されることはないであろう。


 意識が遠のいた。僕の動揺は本物に変わり、間違いなく雨宮がそれに気づいた。突然の再会に、平常心でいられるほど感情をコントロールできなかった。もう、二度とこの顔に会うことはないと思っていた。


 その写真の主は、あの占い師だった。


 このタイミングで見せられて一番驚く写真である。僕が初めて夢精し困惑した写真よりも、付き合っていた女性が他の男性と抱き合っている写真よりも。もし、それが本条さんだったら、答えは難しい。


「ええ」


 驚きが同時に言葉を発していた。「はい」とも「いいえ」とも受け取られる曖昧な言い方だったが、雨宮は「はい」と認識したようだ。


「どういったお知り合いですか」

「知り合いではありません」

「では、あなたとのご関係は」

「関係もありません」

「では、どこでお目にかかったのですか」

「この方は占い師で、たまたま占ってもらったのです。ただ、それだけです」

「それは本当のお話ですか。この方が占い師だとは驚きました」


 この雨宮が、この占い師について何を知っているのか、心の中を覗きたかった。


「それは、どういうことですか」

「本当にご存知ではないのですね」

「ですから、何を、ですか」

「この方が佐久間氏の同僚だということです」

「何ですって」


 やっぱり、佐久間とあの占い師は繋がっていたのだ。ということは、全ては佐久間が仕組んだことなのか。なぜ、どういうことなのか。雨宮を目の前にして、整理はつかない。


 そして、佐久間の葬儀で、蚊が止まった程度の違和感が、頭を金槌で殴られたような衝撃で、記憶の回路が繋がった。僕の血を吸うことに決めたのだ。


 この占い師は、受付にいた男なのだ。あの時は葬式だったし、眼鏡を掛けていたので気が付かなかったが、間違いない。蚊は少量の血を吸っただけなのに、貧血を起こしそうになった。


 やつは僕たちに気づかれる可能性があるにもかかわらず、佐久間の葬式に出席していたのだ。舐められたものだ。なぜ、そこまでのリスクを犯して葬式に出席したのか。


「ご存知じゃなかったようですね、本当に。正直に顔に出ますね」

「ところで、この……えっと……」

「正直な沢村さんに免じて教えてあげます。彼は、永井隆二ながいりゅうじと言います」

「なぜ、永井さんを探しているのですか」

「それは言えません」

「では、その永井さんにお会いになられたのですか」

「いいえ。まだ会っていません」

「じゃ、これからお会いになるのですね」

「それが出来ないのです。行方が分からなくて。会社に問い合わせたところ、

既に退職しているとのことでした」


 僕は返す言葉が見当たらなかった。


「それでは、何か気がついたことがありましたら、その名刺にある番号にご連絡いただけますか」


 いや、待て。いろいろ聞きたいことがある。面倒だが、コーヒーくらい提供してもよい。インスタントではなく、ドリップの方を。


「分かりました」

「お休みのところ失礼しました」


 軽く一礼して、雨宮は去った。


洗濯機の終了音が、部屋の奥で鳴っていた。

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