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贈り物  作者: 村上は


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第19話 相性

 これまでは脳内だけに存在していた『本条美咲』の分身が、メールボックスに足跡を残している。砂浜にできる儚いものではない。現在の技術が、本条さんの意思を伝達してくれたものだ。ゆえに、手紙が絶滅危惧種になっている現在において、足跡と比喩するのはおかしい。


 相手を想った心の文字、悲しみを知らせる涙の文字、緊張で手が震えた文字。今は同じ表情である。引き換えに、差出人の特定は特徴のない文字を、まるで本人が発した言葉であるかのように、おめかしする。


 見知らぬ人からのメールは表情がない。だから、その文章に『お前は馬鹿だ』とあっても腹は立たない。もし、その根拠を示していれば、最低限この発信者のことを評価できる。この人物に時間を使うに値するのか、と。


 いずれにしても、他人のメールを気にしている暇はない。本条さんの足跡の間に、扁平足や、走り書きによるつま先だけの跡が割り込んでいる。


 それらのメールを移動して、本条さんの足跡を連続させた。夕焼けの浜辺を、風に乗って歩き始めるかのように。だが、そのあゆみは続かなかった。意思を確かめ、都合を聞いて、最後に集合場所と時間を決める。振り返ると、最短のやり取りだったのではないか。


 日程の合意は、友人とでも一度では済まない。僕が食事以外、何も触れなかったのは、メールでは味気ないからだ。真っ青な柿を食べようとは思わない。目を見て話せるまで我慢し、熟成させた方が美味しいに決まっている。変な話、彼女が隣でメールを書いている表情が見られるなら妥協できるが、これは大層なことで、渋抜きの工程に似ている。


 本条さんから、食事の要望も何もない。だから、やり取りの頻度とお互いの想いの重さは反比例するのではないか――そう信じた。食事は手段であり、口実である。生きるために不可欠な力を拝借したに過ぎない。そして今度の食事の時に、本条さんに柿が好きか聞こうと思う。


 今日(木曜日)、仕事終わりに最上と、あの占い師を探す約束をしていたが、()のお陰で最上のことがおろそかになっていた。


 絶望的な調査のため、『曜日、時間、場所』はあの日を再現すべきである。しかし明日は最上の都合がつかなかった。はなからあの占い師は偽物だと感じていた。だから、三つの条件のうち一つくらい欠けても仕方がない。


 そうだな。美的センスが劣化するが、三色団子の白が黄色になるようなものだ。そもそも、あの男は『筮竹、易の提灯、ルーペ』――すべてをしくじっていた。三色団子の『ピンクの春(桜)、白の冬(雪)、緑の夏(新緑)』のところを、『オレンジ(自分の好み)、黒(黒豆を団子に選ぶ不気味さを持ち合わせている)、栗(オリジナルに秋がないので、という理由ならセンスを感じるが)』と、組み違いかねない。


 違和感のみ残し、尻尾を出さず――いや、尻尾すら存在するのか分からない。化けると言えば狸だが、尻尾はある。確かなことは、日付の持つ価値が、命と等価になろうとしていることだ。


 とにかく、あの占い師の役目は終わったように思う。間違いなく最上も同じ考えである――と思っていた。だから、日高と揉めた直後に、最上に『占い師を探しに行こうか』と誘った意味は、理解しているはずだと。


 ただ、本当の目的は少し不謹慎なものだ。漠然と、心の全体に散りばめられていた思いが僕にはあった。義務感で行く葬儀に、ずっと会いたいと思っていた人に会える背徳感に似ている。


 佐久間と最上のことを差し置いて、ただ僕は、最上と当てもない小冒険へ彷徨いたかったのだ。学生の頃なら息をするほど簡単に言えたことが、社会で自立すると、友人には見栄を張りたくて、一番頼りたい相手に遠慮してしまう。


 その点、片桐には弱さを見せられる。最上に対抗心はない。彼が先に課長職につき、素敵な女性と結婚しても、心から祝福できる。だからといって、自分から弱みを見せたくない気持ちが隠れている。故意に隠しているつもりはないが、太陽が動けば影が動くように、その気持ちが顔を出そうとすれば、それを覆うように心理が働くのだ。


 これは、最上と出会った時から徐々に形作られた。最上のことを知らない、知ろうとしない人には、彼の言い草は小馬鹿にしているような誤解を与える。当人には全くその気はないのだが。僕も少なからずそのような思いから、彼には一目置かれたいと、自分を繕っていた気がする。


 最初の頃、彼といる時の僕は、ワンサイズ小さい服を着て動きがぎこちなかったに違いない。最上は、僕が片桐と接する時には空腹時でもウエストに余裕があり、両手を挙げなくても袖から尺骨頭が丸見えになることはない、と気づいていたと思う。でも最上は、僕がおっちょこちょい程度にしか思っていなかった。


 佐久間がくれたアドバイスも効果があり、徐々に、最上の言葉には他人を値踏みする意図がないと気づいた。しかし、習慣づいた気持ちのバイアスは、なかなかリセットされない。その沈殿物は今も、ほんの少し残っている。


 僕は、飲み会と同じ場所で最上を待った。体から湧き上がる高揚感が、暖炉のように心地よく体を火照らせたことを思い出しながら、今はそれを持て余している。


 会えないとしても、この間と同じ道順を辿ろうと最上と話し合った。その方が、最善を尽くしたと諦めもつく。逃げ道を準備していたのかもしれない。そして、持っている運を自由にできたとしても、今日、使うつもりはない。それは健康診断まで大切に仕舞っておきたい。


 最上は、重村時間で現れた。


「機嫌は直ったな」


 最上に向けて笑った。


「日高の野郎、今度、蹴飛ばしたる」


 最上はサッカーボールを蹴る真似をした。結構な勢いで飛んで行きそうだった。


「俺がとめてやる。そんなへなちょこシュートは」


「沢村、それは無理やで。俺のシュートは枠を外しとる」


「じゃあ、行くか」


 占い師に会う確率と、あの夜ここにいた人が今夜もいる確率とでは、どちらが高いだろうか。高名な学者なら真面目に机に向かい、何かしらの理論を駆使するだろう。でも僕のアプローチは以下の通りだ。


 この道を通勤に使っている人は多い。ただ、金曜日の方が早めに仕事を切り上げる傾向からすると、なんとも言い難い。この程度の考察がちょうど良い。気候の違いから服装も軽やかになっている。僕たちの気持ちとは真逆である。


 僕は先ほどの考察と同等の手抜き感で言った。


「予想通り、いなかったな」


「お前、鼻から見つける気はなかったんか?」


「当たり前だろう。お前も同意したよな」


「いいや。俺は信じとった。こんな時にそんな冗談言うとは、お前は大物になる。まあ、これからな」


「そりゃ、どうも。とりあえず、どうしたもんかな」


 辺りを見渡しながら言った。


「じゃあ、この占い師に俺らの寿命を占ってもろ。ついでに、この間の占い師のことも聞くってことで」


 少し妙なことになってきた。前回は佐久間が占いへ誘導したが、今回は最上が並ぼうと提案している。この判断が同じようにとんでもないことを引き起こさないか、ほんの少し不安になったが、最上なので安心感はあった。


「OK。仕方ない。列に並ぶとするか」


 この前は並んでいる人をおかしく思っていたが、今は思われる側にいる。しかも男性二人で。人生ってそんなもんだ。人を笑うと必ず笑われる。僕らのことを同性愛者だと()()する人もいるだろう。


 昨今の寛容なジェンダーへの追い風の中でも、男性同士でいるのは僕たちだけだった。それに対しては、甘んじて受け入れようと思う。妙に思えるが、この状況は意外と心地良かった。


 最上と一緒にいるからなのか、春の風なのか、それともヒール役を好む一面を持ち合わせていたのかは定かではない。確かなのは、これまでの異常な体験と、男二人で待つという稀有な相性が良かったのだと思う。梅にうぐいすに勝るとは言い難い。どちらも梅にも鶯にも近くない。ただ、相性という意味では、その美的感覚に匹敵する。


「あの日のこと、覚えているか?」


 自然と鶯のような声で言葉に出ていた。


「変なこと聞くな。忘れることない」


「それは悪かった。お前の中で何か変わったか?」


「いいや。お前は変わったな」


 最上は澄ましている。僕は、あの日を境に徐々に変わった。人が変わるとは、元々備えていた素質が目覚めただけなのか。それとも無からビッグバンのように誕生するのだろうか。


 なぜなら、凄惨な現場に居合わせた人が同じ影響を受けることはない。人によって許容量が異なる。だとすると、徐々に慣れていけば、どんなことでも乗り越えられるのだろうか。友人の死もそうなのか。それってどういうことなのか。


 徐々に……。いいや、左手を失い、右目を失い、徐々に体を失い亡くなってゆく友人を見ても、そんなことが続いたら自分自身が壊れてしまう。


「最上、俺は壊れたのか?」


「ああ。だが、もともと壊れてたんじゃないか」


 最上は笑っていた。


「俺は真剣だ」


「ああ。俺も真剣だ」


 今回は、最上から笑顔が消えた。


「なあ、俺らは死なないよな」


「やっぱ、お前は壊れてるわ。人は誰も死ぬ。単純なことや」


 こんなやりとりをしていると、長蛇の列もあっという間だった。時間も存在しない空間。宇宙の誕生に立ち会ったのだろうか。


「最上。俺はお前のことを今まで誤解していた。俺が思っていたより、聡いのか」


「やっぱ、壊れとる。俺は馬鹿なふりはしないし、聡明でもない。いくら褒めても占い代は割り勘だからな」


 僕は、最上の分まで払ってもいいと思った。こんな希少生物――コウライウグイスが友人でいてくれるのだから。

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