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贈り物  作者: 村上は


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第15話 お土産

 篠山口から大阪までの車中、沈黙でいることは、先週と違って周りからは滑稽に映るのだろうか。この間は喪服に身を包んでいたので、視覚的にその理由わけを告知していた。

 でも今回は、私服で休暇を友人と過ごす平和の一齣ひとこまなのだから仕方がない。まあ、周囲にどのように映ろうが、その短慮たんりょは取るに足りない。なぜなら、沈黙をよしとする仲間かつ当事者が側にいて、車窓から流れる自然の峡谷、田んぼの広がりは、どんな人工的な背景よりも、佐久間の家でのことに思いを馳せるにはこれ以上望めない。

 前回は違いは五人だった。この人数の減少は沈黙の原因とは全く無関係ではない。でも、もう一つの違い――お揃いの紙袋が三つあるのは、無口にしている動機の一つである。


 僕は幾度となく、佐久間が東京へ持ち帰ったお土産を網棚には置かず、ずっと膝の上で抱えていた。これはどの程度の効能があるのか測れないが、沈黙を惹き寄せる気圧に変化をもたらすことは間違いない。


 佐久間を感じていたかったのか、なぜそうしたのか理由わけは定かではない。しかし、そうすることで佐久間がもう少し助けてくれると期待したわけでもない。彼からはもう十分受け取った。ひとりでは透明度が高く質量も重いが、僕ら五人の特異性が融合し調和すれば可視化でき、土俵際で支えることがほんの少し困難でも、最後の手は背後からそっと僕らの背中を押してくれた。母親の手である。だからこれ以上、彼の安らぎを邪魔することは、慚愧ざんきに堪えないのである。


 今回は文字通り途中下車である。片桐が大阪のホテルを予約していた。これは片桐にとって自然の流れだった。彼から、新幹線の予約完了の連絡を受けた時、電話を切る寸前に「そうそう、夜は大阪に泊まることにしているから」の一言だけ落としたのだった。


 大阪に着いて封印が解けたかのように、最上が口を開いた。


「チェックインする前に飯にしないか」


 言われてみればそれは良い提案だった。胃液の苦味は時間と共に収まっていたが、チェックインの時に放たれる仕事風の笑顔に、ふところ広く寛大な人間を装うだけのエネルギーを持ち合わせている自信がなかった。とてつもなくわがままを言うと、こんな時は受付の方も無愛想な方がよい。おそらくAIならこれくらいの調整は可能かもしれない。だから温暖化に関与していても許されるのだ。


 それに、一度ひとりで閉じられた空間に入ると、佐久間の実家での余韻が重くしかかり、動けなくなりそうで、部屋から出る時のドアは片手では重すぎる。あと、お土産をひとり部屋に置いていけないため、先ほど述べたように、お土産を持ったままドアを開くことはできない。最後の理由は、家に帰るまでは連続性と漸進性ぜんしんせいを確保したかった。


「じゃあこの辺にある居酒屋にするか」


 静かなところよりノイズがあった方が好ましい。贅沢は言わない。ただ、誰でもいいし、埃が舞うスピーカーでも、空気を振動させてくれさえすればよい。今回のことを考えたいし、話もしたい。それは静寂より雑音を餌に肴にするものだから。静寂は十分過ぎる程、全身で浴び続けた。


 ちょうど目の前に「田舎村」の看板が見えたので、僕は導かれる様に早歩きで店の前まで行った。都会にあるからこの命名は間違いではない。


 ただ、先ほどまで田舎にいたので、選択肢としては間違っているが、全てのルールには例外がある。この店に、あの子が働いているのではないかと期待した。消化器官の不具合にはもっとも効果的のように思え、その願望から、ふと、そのような思いが浮かんだ。


「そこが良いのか。じゃ、そこでいいや」


 僕の不純な動機に片桐が同意してくれた。


 店内は土曜日らしく賑わっていたが、もちろん、あの子は居なかった。でも、いるかもしれないと、いるはずもないと分かっていても、想像しただけで効果が見られた。少し食欲が出てきた。丁度、奥まったところの座敷が空いていたので、そこに陣取った。


 そして適当なつまみと生ビールを頼み、無言のまま運ばれてくるのを待ったが、不思議なことにそれが長く感じられなかった。それは今回のことをずっと考えており、篠山口からここまで来る間も続いていたからだろう。でも、無言君とはお友達にはなりたくはない。


『お待ちどうさまでした。生ビールです』


 僕たちは献杯の動作をした。一口飲んだ後で片桐が、残酷な形で沈黙を潰した。


「三年後には、誰かが死ぬ」


 この言葉は異常ではない。異常が続くと小異常になり、さらに普通になる。片桐にはそれをあっさりと言ってのける強さがあり、羨ましい彼の特異性の一つである。両親に宛てた手紙から、誰かの手で殺害されたのではない。あの日付の信憑性が科学的に証明された程に、この推理は市民権を得てしまった。


 そして片桐は普通の提案をした。


 それは健康診断を受ける事だった。それもできる限り精密なものを。この占いを逆手に取ろうと考えたのだ。三年後に誰かが死ぬとすれば、既に選ばれし者の中に、その種が宿っているのではないかと。


 最上も僕も黙り込んだ。二人とも意表を突かれた。自分が直線的ではなくとも遠回りをしながら、少なくとも解決に近づくように考えを進めていた。片桐の提案は僕の思考範囲を超えた。僕は解決への地図に載せるべく新大陸発見の航海に出ていたが、片桐は新大陸の存在を特定し、先住民との和平を考えていたのだ。


「俺は健康診断を受ける」


 真っ暗な海原に一筋の光に思えた。たとえ僅かな光でも、歯を食いしばり目を開けていれば、その光の先に辿り着ける。最悪、何光年離れていても、だ。最上もこの小さな光に賛成して欲しかった。全員参加じゃないと駄目な気がした。


「こうなったら、とことんやってやる」


 最上は一気に飲み干した。最上にビールの味を問うてみたかったが、その光景を見ていた片桐も勢いよくビールを飲み始めたので、愚問だと悟った。そして片桐が、その味を教えてくれた。笑顔を伴って。


「これで何かが分かればラッキーだよな」


 横文字嫌いの片桐は敢えて「ラッキー」という言葉を使った。肉体に染み付いた日本語より、今、対峙している状況を鑑みた、コロンブスを超越した片桐のバランス感覚に、僕は最敬礼した。


「帰ったら日高と重村には俺から伝える」


 と最上が言ってくれた。


 自宅に戻った僕は、小腹が空いていたのがそうさせたのかは、はっきりしないが、大切に持ち帰ったお土産を紙袋から取り出した。はっきりしなかったのは、食べ物が入っていると確証が持てなかったからだ。


 これは想像でしかないが、魂を持ち運べるとしたら、どれほど丁重に扱うだろうか。それと同じようにして持ち帰った。豆腐やガラス細工より丁重に持ち帰った。


 中身は、佐久間の実家で頂いた漬物と黒豆煮が入っていた。プラスチックの容器越しでも黒豆煮の輝きが霞むことはなかった。それは、これまで見たものより、僕と力士ほどの違いがあった。黒豆ってこんなに大きかったのか。


 いつもなら冷凍ご飯をチンするところだが、僕はご飯を炊くことにした。冷凍ご飯をけなしているのではない。炊き立てでないと一口目から後悔するのと、ご飯自身が恥ずかしいと思わないように――これは僕のお米への気遣いだと思って欲しい。


 その間、シャワーを浴びることにした。頭から流れ落ちる水の感覚を頼りに、僕の中のどこに先住民がいるのかを探した。一箇所に、少人数で致命的な場所にいない事を願いながら。どこを触っても痛みを感じなかったので、僕はバスルームを後にした。


 佐久間もいつも実家から帰宅したら同じように、炊き立てのご飯、黒豆煮、そして漬物を食したのだろう。だって彼の実家からの道のりは、ちょうどこれらを食べたくなる腹具合にさせてくれるのだから。

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