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贈り物  作者: 村上は


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13/62

第13話 再訪

 翌、土曜日、片桐は八時五十三分東京発、のぞみ三〇七号を予約した。

新大阪で乗り換え、篠山口には十三時ごろの到着となる。


 二つのことが頭に浮かんだ。


 一つ目は、片桐にきっぷ代を支払うべきか。

 二つ目は、なぜ新幹線は大阪を避けたのか。


 この二つが頭に浮かんだのは、流れ星が見えている時間より、

少し長いくらいである。


 篠山口からは前回と同様に、タクシーで向かう予定になっていた。


 当日、東京駅に少し早めに着いたが、最上は既にホームの椅子に座って遠くを見上げていた。この間は三人が僕を待っていたかな。最上の隣に腰を下ろし、言った。


「早いな」


 最上は僕に視線を落とさず、

「俺に勝てるとでも」


 確かに最上はいつも早かったことを思い出した。


「お前に勝つつもりはない」


 最上はようやく僕に目を向け、

「負け惜しみにしては素直じゃないか」


「俺はいつも手を抜かない」


 たまに、最上は変化球を投げてくる。出会った頃は真面目にキャッチしようと試みた。しかし上手く捕球できなかった。どうも彼自身、捕球されることを期待していないようだった。これは佐久間が教えてくれた。関西独特の文化らしい。


 だから、佐久間の助言に従うことにした。


『沢村、最上がおかしなことを言ったら、お前もおかしなことを言えばいいんだ』


 この助言のおかげで、それなりの時間を要したが、ここまで普通に会話ができるまでになった。その過程は楽しかった記憶がある。会話はキャッチボールというが、それは誤った解釈だと最上が気づかせた。思いを的に向けて伝えようとすると自由に発言できない。だから、どんどん暴投を投げてくれと。一番ダメなのは投げなくなることだ。だから僕も、遠慮せず暴投することにしている。そうすることでキャッチする範囲は広くなるし、暴投も気持ちが込められていれば、運動神経に関係なく捕球することもできる。


「沢村。なんか佐久間がここに来るんじゃないかと。そんな気がするんだ」


 僕には肯定も否定もできなかった。


「すまん。俺がその夢を壊したようだな」


 最上は一度目を閉じ、深呼吸をしてから言った。


「何を言っているんだよ。そんなもん、もう壊れているわ。言ってみたかったんだ。言うのはタダだろう」


「そりゃそうだ」

 僕は笑みを込めて言った。


「それより本当の目的はなんだ」


 正直に言って、僕にも分かっていなかった。


「うーん、なんていうか、分からないことを明確にすることかな」

「お前らしいわ。続きは片桐が来てからにすっか」


『十四番線ご注意ください。新幹線が到着します。これは折り返し新大阪行きとなります』


 片桐の姿は未だ見えなかったが、心配していなかった。僕らはコーヒーを買って、清掃係と入れ替わりで乗り込んだ。程なくして片桐が現れた。僕のチケットはA席で、最上がB席だった。片桐は最後に来ることを明示して、通路側のC席だった。

片桐は格好良く生きている。


 買ってきた缶コーヒーの一つを片桐に渡した。コーヒーの好みは分かっていた。

甘めのラテである。片桐は当然の如く僕より先に缶を開けた。

新幹線の代金は払わないでおこうと決めた。


 のぞみは定刻に運転を始めたので、僕も話を始めた。二人に考えていることを全て話した。佐久間からお願いされた『重村を頼む』も含めて。


 コーヒー缶のデザインを眺めながら最上が言った。


「今お前が言ったことをまとめると、佐久間は自分の死が分かっていた。そして重村も狙われているとお前に警告したと言いたいのか」


 僕は、重村が狙われているとは一言も言っていない。最上は何をまとめたのだろうか。片桐が続けて言った。


「それだったら、なぜ直接重村にそう言わなかったか」


 そこは僕も片桐と同じ意見だった。


「俺もそれが分からない。そして、佐久間と占い師に繋がりがあるのか」

 最上は怒りを、飲み終えた缶にぶつけながら、缶のきしむ音と一緒に言った。


「今回の一件に、必ず占い師は絡んでいる」


 最上の意見には皆が賛同している。大きな進展も新たな仮説も浮かばないまま、

新大阪に到着し、山陽線のホームに向かった。


 山陽線のホームは人がまばらだった。間もなくすると福知山線快速がホームの空気を震わせた。あり得ないことだが、空気の密度が関西では高い気がした。僕らは座席の向かい合った四人用の席に座った。そして途中で、片桐が選んだ八角弁当を食べ始めた。同じ線路、同じ季節のはずなのに、先週訪れた時とは景色が全く異なって見えた。


「再びここに来て、良かったと思うか」


 僕は佐久間の実家に行くことに対する後ろめたさが、彼の実家に近づくにつれて、坂を転がる雪だるまの様に大きくなり、通過する駅が恋しく思えた。


「一度決めたことに、俺は後悔しない。どんな結果であってもだ」


 最上らしい男気溢れる意見だった。


「片桐はどう思う」


「どうって、悪いと思ったら俺は最初から賛成しない」


「お前は後悔しているのか」

 片桐は僕に聞き返した。


「いや、佐久間は俺たちに何を望んでいるのか。今俺たちがしていることを、彼は本当に望んでいたのだろうかと。今になって自信がなくなってきた」


 僕の想いとは反対に、片桐の想いには曇りはなかった。


「それをはっきりさせるためにも、俺は佐久間の実家を訪ねることに意味があると思う。お前の言う通り、葬儀の時は何も話せなかったからな」


 最上が即座に続けた。程よい向かい風に乗った凧のように。


「その通り。佐久間は俺たちに何かを伝えたかったはずだ。だから、迷わず思ったらまず行動だ」

「そうだな」


 二人は雪だるまを破壊してくれた。木っ端微塵とまではいかなくとも、大きな塊は残っていなかった。僕はこの二人の、自分を信じる強さに脱帽した。どこかのクイズ番組で呆れるほど「ファイナルアンサー」まで時間を浪費していたが、最上ならはなからファイナルアンサーと言って司会者を困らせたに違いない。可能な限り露出を増やそうとする浅ましい思考は持ち合わせていない。ただ、ほんの少し、彼らはずるいと思った。


 佐久間の実家に電話をしたのは僕であり、二人は佐久間の母親と直接話していない。落胆した声と、僕たちが再び来てくれると聞いた喜びの灯火ともしびを受けてはいないのだ。たとえ灯火でも当たる場所によっては火傷を負う。この灯火を残った雪の破片に向けて溶かそうと考える行為と、新幹線代を缶コーヒーで済ませる行為に違いを見出せない場合、佐久間たちとは友達になれなかっただろう。


 でも、もし雪の代わりに、彼らも浴びていたとしたら、今の二人の揺ぎ無い信念は無傷でいられたのだろうか。しかしやっぱり、最上だったら平気じゃないかと思えたし、さらに言うなら、その灯火で心が温まったのではないかと思った。


 篠山口に着いて、僕たちは改札を出てタクシー乗り場に向かった。あの女の子は今日もあそこで働いているのだろうか。僕はもう一度会いたくなった。


 待っていた一台のタクシーの助手席に乗り込み、佐久間の住所を告げた。運転手は僕の声が強張っていることには気づかないようだった。佐久間と告げるだけで目的地は特定可能なのだろうか。今回はそんなことを思った。


 週末でも渋滞とは無縁で、信号が少なく順調に車は走った。ここで運転するストレスは見当たらなかった。この土地のドライバーのゴールド免許率は、おそらく高いと思われた。とても短絡的な見通しではあるが。


 この間は佐久間の家から百メートル程離れたところで降りたが、今日は家の前までタクシーで乗り入れた。都内の富裕層より広い庭は、どのように車を乗り入れても気にすることはない。運転技術は必要ない。所要時間は二十分ほどで、佐久間の実家に着いた。


 静寂に包まれた家の中に居ても、車には気づかないと思った。助手席に座っていた僕がタクシー代を支払った。缶コーヒー代に上乗せした。


「えらく寂しく見えるな」


 最上はタクシーを降りるなり、昔ながらの日本家屋を眺めながら言った。土地の広さはゆうに三百坪を超えていると思うが、特別感はない。


 ここでの物件の売り言葉は何になるのだろうか。南向き、三十坪以上、陽当たり、駐車スペース二台以上、どれもピンとこない。


 先週は畦道に車が数台止まっていたし、大勢の人がいた。果てのない虚無感をそれぞれが少しずつ引き受けようとしていた。どんな物でも構わない。少しでも気が紛れれば。先ほどの無意味な売り言葉さえ意義を持つ。

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