第12話 推理
二十一時ごろ自宅に着いた。
夕食は車中で済ませていたと思われる。ウエストに緩みがないので、それは間違いない。自然の流れで新大阪駅で弁当を買った気がする。最前列に並んでいた幕の内弁当を選択したと思う。この不確かさは、片桐が言った「次は三年後だな」が木霊のように頭の中で繰り返されていたからである。
木霊は本来、調子よく発動され徐々に息絶える。しかし、この木霊は、僕の心の揺れをエネルギーとして補充するのだ。だから、エネルギー保存の法則に反し、時には音が増すことがある。
シャワーに助けを求めることにした。これ以外に何も思いつかなかった。シャワーの温度を息ができる限界まで上げたので、頭を洗う時は屈む必要があった。海水浴後のように肌が赤くなったが、それなりに見返りはあった。髪を乾かし、そのままベッドに直行したが、寝返りを繰り返しても心地よい体勢は脇見する。眠れない原因を熱いシャワーに転嫁できるので、総合的に良い選択だったと思う。こじ付けでも構わない。
いつもなら、ベッドに横たわり眠れないと朝が気になり始めるが、今回は、この件について考えることにした。ベッドに入って眠れるとは期待していなかった。ただ、眠れないことを確かめたかったのだ。そうすることで、今が佐久間のことを考える条件と環境として相応しいと思いたかった。
佐久間は、自分があの日に死ぬと悟っていたのだろうか。佐久間のことだから部屋はいつも片付けられていたと思うが、貴重品がまとめてテーブルに置かれていたことはおかしい。やはり、こんなことはあり得ない。人の死を予言することなどできない。あるとすれば、無理やり命を奪うこと以外には。
僕は、状況証拠が何を主張しようと、佐久間が誰かに殺されたとしか思えなかった。だとすれば、占い師が言ったことを知っている誰かだ。そうなると、僕ら五人を除いたとして、残るのは占い師である。範囲を広げて、今回の飲み会のことを知っていた人物も加えると、家族を除外しても、片桐の二十四時間美人秘書しか思い当たらない。もし、あの占い師が誰かと共犯だった場合は例外だが。
いずれにしても、僕らがあの時に占ってもらうことを予測していたことになる。あの夜、あそこで待ち合わせをすることを知っていた者。待てよ。あの占い師には、誰も並んでいなかったではないか。つまり、あの占い師は、僕らが集まるのを見越して、あそこで待っていたのだ。
しかし、どうしても説明できないことがある。どうやって僕らが占ってもらうように仕向けたのか、だ。
僕はベッドに横たわった。これ以上、何も思いつかない。達成感ではないが、目に付くテーブルの埃や、高さがでこぼこに並べられた本、夏服に混じった厚手の服、そういった乱れは少なくとも解消されたのではないか。
いらない本を捨てることや、もう着なくなった服を処分するのは、これからでよい。結局のところ、佐久間がすべての始まりだったと思えた。佐久間は、どの服を着て、どの本を読みたかったのか。
ようやく肉体の訴えに耳を貸すことができた。僕の体はかなり疲れていた。睡眠を必要としていた。
今日は日曜日である。ゆえに、起床時間に義務は伴わない。自然に目が覚めるまで寝ていられた。しかし、目が開いたのは、いつもの日曜とほぼ同じ時間だった。
こんな時までペースが乱れない自分に腹立たしさを覚えた。その反面、自分の中で変わらないものが存在することを実感できたのが、僕をほんの少しほっとさせた。
幸先の良い朝なのだから、この調子を崩さない手はない。いつも通り行こう。
朝食前にドリップコーヒーの準備にかかった。
ミルはとても重く感じ、豆は硬かった。コーヒーの香りは、いつもより強く鼻を刺激した。お世辞でも言いたい気分になり、あまり経験しない空腹感を覚えた。
十分な睡眠と、佐久間の生まれた田舎の食事は、消化も良いようである。
昨夜の記憶に正確にアクセスするために、トーストと目玉焼きを準備した。
材料と手順は同じだが、美味しかった。食べ終えると片付けをしながら、
脳に準備するよう指示を出した。
コーヒーを手にソファに移り、昨日の記憶にアクセスした。占い師は、僕らが占ってもらうことを待っていたのは確かだ。しかし、彼から僕らに声を掛けることはなかった。
となると、こちらから占ってもらったことになる。誰が「占ってもらおう」と言ったのか思い出そうとしたが、三年振りに会った興奮で記憶が曖昧だった。自然とそうなった気がする。意図的だとしたら、円滑すぎないか。
朝の番組の短い枠の中で今日の運勢を告げるように。チャンネルを変えるのが面倒だから流しているだけ。
歯磨きで見逃しても構わない程度の運勢に、なぜ時間を割いたのだろうか。
僕は経緯を確かめるために、携帯を手にした。
「ああ」
寝起きだと分かる声で、最上は電話に出た。
「最上、俺だけど。すまない、起こしたよな」
運勢に対する興味程度の罪悪感である。
「最上、大丈夫か」
「なんだ、沢村か」
「二日酔いは大丈夫か」
「ちょっと待ってくれ」
電話の向こうから、コップに水を注ぐ音が聞こえた。その後、また同じ音が聞こえた。
「それでどうした。さっき寝たばかりだ」
「でも、よく電話に出られたな」
「そう思うなら、こんな時間に掛けてくるなよ」
「実は、あの飲み会の夜のことだが」
と言って少し間を空けた。最上の思考回路を、あの夜の場面に移す時間を与えた。
「占ってもらおうって言ったのは、お前だったっけ」
最上から返事はなかった。質問の答えを思い出す前に、こんな時間に、なぜこんなことを聞かれているのかを理解するのに苦労しているようだった。
「さっぱり思い出せない。あとでもいいか」
「すまん。しかし、とても重要なんだ」
最上は、僕に対する理不尽と二日酔いに葛藤していた。友人であっても、
質問自体、場所、そしてタイミングに納得しなければ、答えを探す工程には進まない。僕は辛抱強く待った。
「あれは俺じゃない」
重村ではないことは分かっていた。
「片桐が言うはずはない。となると、やっぱり佐久間だな」
最上は苛立ちを、言葉よりため息で示した。
「それがどうした。何を考えている」
僕は自問しながら説明した。
「それで、お前は俺たちの誰かを疑っているのか」
最上の思考力が動き始めたのが分かった。
「いや、そうじゃない。ただ、なぜ占ってもらうことになったのか。偶然じゃなく、そう仕向けられたと思う」
最上の口調が和らいだ。
「前から言っているように、俺はどう考えても、あの占い師が仕組んだとしか思えない。だって、未来を予言することなんて誰にもできないだろう。もし地震の予言だったら、占いを信じるしかないけど。やつは人命をまんまと当てたんだぞ」
「なぜ、そんなことを占い師がやる必要がある。もしそうなら、やつはあと五人、
予言通り殺すことになる。俺たちが恨みを買った覚えがあるか」
「いや、恐らく誰も、あの占い師と面識はない。ただ、意図せず恨みを買うことだってあるし、やつにとっては誰でも良かった。どの客でもな」
知らずに恨みを買うことはある。しかし今回は、それとは違う気がした。頭の中で、これまでの経緯が駆け巡った。
今回の飲み会の計画。占いの提案。重村の違和感。そして、占い師の言った最初の日に亡くなる――。すべてが佐久間に行き着いた。昨夜と同じ結論だった。
僕は、少し異常だと分かっていながら、最上に提案した。
「来週、佐久間に線香を供えに行かないか。昨日は、ご両親と何も話せなかった」
重村のこともあり、佐久間が両親に何かを託していたのではないかと思った。
もし明確な伝言があれば、昨日、僕らに伝えられていたはずだ。だから、明示されない何かがある。
「正気か? 昨日、葬儀に行ったばかりだぞ。ご両親の身にもなれ」
「分かってる。でも、はっきりさせることは、佐久間のためにもなる」
最上は渋々、賛成した。反対する気力がなかったのかもしれない。
最上には意外と強い正義感がある。
「分かった。みんなには俺から連絡する」
日高は家庭の事情で断り、重村も都合が悪いとだけ告げた。学生時代なら全員参加が前提だったが、今は五割が妥当だ。例によって、スケジュールとチケットの手配は片桐が引き受けた。
僕は佐久間の両親に、来週末伺う旨を電話で伝えた。母親は深く落ち込んでいたが、「佐久間がどんなに喜ぶか」と丁重に礼を言われてしまった。
その言葉は、心の奥に擦り込まれていたあぶり文字に、そっと炎を近づけた。
そして、「罪悪感」という文字を浮かび上がらせた。
今回のような占いが関わっていなくとも、僕はこのタイミングで、友の線香を供えに行くだろうか。




