第11話 別れ
外は小雨模様だった。
駅の後ろに広がる山には霧がかかっていた。苛烈な冬を当たり前のようにやり過ごした木々でさえ、雨粒に頭を垂れている——そんなふうに見えた。都合の良い解釈だ。でも、僕が勝手に「自由に歩けない」と決めつけている木々たちにとって、敬意への感度は、人や動物のそれと一線を画しているのかもしれない。
そんなふうに思うと、人にはできない雨を降らす演出を、この山たちがかってでたとしたら可能ではないかと納得させられる。
僕らは濡れることなんて気にならなかった。たとえ濡れても、涙のように乾く。気温も高くはないが、我慢できない寒さではなかった。丹波茶が貢献しているのは確かだ。
僕たちは駅に止まっていた二台のタクシーに分かれて乗り込み、佐久間の住所を告げた。この土地でタクシーが二台待機していたことを、幸運だと誰も気づかない。今日、佐久間の葬儀があることが関係しているのかもしれない。駅と佐久間の実家を、このタクシーが何回往復したのかも分からない。
畦道にはすでに数台の車が、頭を垂れることもなく、ただひっそりと停まっていた。僕たちは佐久間の実家から少し離れたところでタクシーを停めてもらった。
降りた瞬間、佐久間の実家が悲しみに包まれているのが分かった。鉄の塊から外へ出ると、喪服が、家から放たれる目に見えない光の歓迎線に反応した。悲壮感が、空気ではなく肌に触れてきた。
受付は二つに分かれていた。ひとつは地元の方、もうひとつはそれ以外。そこに、見覚えのある顔が並んでいた。
先ほど定食屋で見た男女である。女性は定食屋のままの印象だったが、男性は眼鏡をかけていた。やはり佐久間の同僚だった。どこかで会った気もしたが、あの子のように過去の場面が立候補するでもない。
香典を渡し、記帳を済ませ、僕たちは葬儀場へ歩を進めた。庭にはすでに大勢の、幼き佐久間を知る人たちが、集まっていた。
僕たちは隅に陣取って待った。佐久間のご両親の姿は見えない。間もなく読経が始まった。
聞いたことのない調子だった。僕の位置から遺影が見えた。大学の頃の写真だった。
長谷川さんが生きていた頃のもの。彼の人生の歩みは、あの時から進んでいない。そして長谷川さんへの思いがどれほど深いのか、測り知れない。
読経が少し進んだところで、地元の人たちが焼香に向かった。順番には暗黙のルールがあり、駅からここまでのタクシーのように、流れは滞らなかった。
地元の人たちの焼香が終わりに近づいた頃、制服姿の女子高生が焼香に向かった。その子は、誰よりも時間をかけた。佐久間との別れを受け入れられないように、じっと手を合わせて動かなかった。
肩だけが震えていた。
やがて女子高生は振り返り、その場を離れた。その時、僕は理解した。どうしてあれほど焼香に時間を求めたのか。この子がいつから佐久間と知り合ったのかは分からない。だが、その間の思いを巡っているのだとしたら、時間は短すぎる。
その女子高生は、定食屋で働いていた女の子だった。
十年前は佐久間が長谷川さんを見送り、今度は長谷川さんが佐久間を見送る。女の子は僕たちの方を振り向くことなく、地元の人たちの中へ消えていった。
焼香の列が途切れかけ、僕たちの番になった。最初に最上が動き出し、次いで重村、日高、片桐、そして最後に僕が続いた。
焼香をしながら、佐久間に問うた。
『佐久間、何があった。どうしてこんなことに。俺たちに、どうしてほしいんだ……』
佐久間からは何も返事がなかった。感じることさえできなかった。
読経が終わると、遺族を代表して佐久間の父親が挨拶をした。
父親の表情は、悲しみと悔しさで歪んでいた。その歪みは、ボクシングで何発も顔面にパンチを食らいながら、それでもダウンせず立ち続けているようだった。ノックアウトだけはされない。誰もタオルを投げ入れることを許されていない。
それは父親という責任であり、親不孝な息子への最後の役割だった。マイクが壊れるほど握り締めるだけで精一杯に見えた。言葉になっていなくても、それで十分だった。
父親の挨拶が終わり、佐久間の肉体との別れの時が来た。僕たちは何時間もかけて来たのに、それは呆気なくやって来た。
僕は妙な気持ちになった。そもそも葬儀に出席する必要なんてあるのだろうか、と。死者を迷うことなく天国へ導くために葬儀を行うのなら、その人が生きている間に、こう言えるようにしておけばよかったのではないか。
『あなたにはこんなに暖かい仲間がいる。だから、その想いを抱いたまま死を迎えてほしい』
死んでからでは何もかも遅すぎる。未練があるなら、無理に追い出さなくても、気が済むまで留まっていればいい。そんなことはできないと反省し、周りを見ると、あの子はもうどこかへ行ってしまっていた。
僕たちは佐久間の実家を後にし、来た時と同じ道を戻った。不思議と同じ景色に見えた。こんなことは初めてだった。
初めて訪れる復路は、たいてい『こんな道だったかな』と疑問に思うものだ。情報過多がそうさせるのだとしたら、脳内は浄化されたのかもしれない。脳だけでなく心まで清められたのだろうか。それとも、何もない田舎ゆえ、行きと帰りの雰囲気が同じなのか。
タクシーを降りる頃には雨はすっかり上がり、定食屋を出たとき垂れていた頭は、ピンと聳えていた。
僕たちはホームで大阪行きの電車を待った。三十分ほど待ってようやく電車が来た。でも、そんなに長いとは感じなかった。一日もここで過ごしていないのに、ここのリズムに慣れてきたのだろうか。待ち時間三十分が妥当だと思えた。
気づくと、僕は新大阪のホームで新幹線を待っていた。どうやってここまで来たのだろう。
確か、タクシーを降りた時、雨が上がっていたことは覚えている。その時から僕の脳が作り出す映像は、佐久間の父親の「打たれても、打たれても倒れない姿」に置き換わっていた。
あの姿が、繰り返し、繰り返し映し出されていた。再生ボタンが、ずっと押されたままだった。
新大阪のホームに立つまで、停止ボタンは壊れてしまっていた。大阪までの車内で何度も修理を試みたが、途中駅に停車するアナウンスでも、車内で切符を確認しに来た車掌でも、修理不能だった。
ようやく修理できたのは、重村の言葉だった。
「佐久間は殺されたのだろうか」
この疑問は、僕らの誰もが消せず、頭の片隅へ追いやっていたものだった。重村の言葉は、いろんなボタンを押した。僕の恐怖心のボタン、そして最上の涙のボタン。
その涙が、理不尽に収容されていた人間としての感情を呼び覚ました。
佐久間を失った悲しみが、ようやく形を持った。
しばらく誰も言葉を発しなかった。
片桐が、窓の外を見たまま言った。
「……次は、三年後だな」




