第9話:転生したらスケルトンだった
【前書き】
お読みいただきありがとうございます。
この作品は「転生したら〇〇だった」シリーズです。
1話完結形式で進みますが、全15話を通して一つの物語として繋がっています。
どうぞ気楽にお楽しみください。
冷たい土の匂いが、最初に感じたものだった。
湿った空気。腐葉土と石灰の混じった臭い。そして――骨の軋む音。
カタカタと、乾いた音が響く。
それが、自分の体から発せられていると気づくまで、少し時間がかかった。
目を開ける。
いや、“開ける”という表現は正しくない。視界は最初からそこにあった。だが見えるのは、眼窩の穴から覗く景色だけだ。
墓地。
月明かりが白く輝き、墓石が並んでいる。枯れた木々が風に揺れ、カラスが一羽、遠くで鳴いた。
俺は地面に横たわっていた。
手を動かそうとする。カタカタと音を立てて、白い骨が動いた。
肉がない。皮膚もない。あるのは骨だけだ。
俺は――スケルトンだった。
ゆっくりと体を起こす。関節が軋み、骨同士が擦れ合う音が響く。立ち上がると、世界が揺れた。
バランスを取るのが難しい。筋肉がないから、動きがぎこちない。骨だけで立ち、骨だけで歩く。
不思議なことに、“感じる”ことはできた。
風の冷たさ。地面の硬さ。月の光。
だが温もりはない。心臓の鼓動もない。呼吸もない。
生きているのか、死んでいるのか。
その境界が、曖昧だった。
記憶が、ぼんやりと浮かんでくる。
短剣だった頃のこと。勇者の腰に吊るされ、戦場を巡ったこと。一度も抜かれず、地に落ちたこと。
そして、血に触れた瞬間――
「――起きろ」
声が聞こえた。
いや、“声”ではない。命令だ。
体が勝手に動く。意識とは無関係に、骨が立ち上がり、一定の方向を向く。
墓地の奥から、光が近づいてくる。
松明を持った人間たちだ。ローブを纏った魔術師、剣を持った戦士、杖を握った僧侶。
そして、その中心に――勇者がいた。
あの時の、聖剣を持った若者だ。
だが今の彼は、俺を見ても何も感じない。ただ、道具を見る目だけがある。
「アンデッド召喚、成功だな」
魔術師が呟く。
「スケルトン一体。これで前衛が増える」
戦士が剣を構える。警戒するように、俺を睨んでいた。
「……大丈夫なのか? アンデッドなんて使って」
僧侶が不安そうに呟く。
「問題ない。命令に従うだけの人形だ」
勇者が言い切る。そして俺に向かって、手を差し伸べた。
「お前の役目は、魔物を倒すことだ。人間には手を出すな。命令に従え」
言葉が、体に刻まれる。
意識の奥で何かが縛られ、固定される感覚。抵抗はできない。
俺の体は、もう俺のものではなかった。
「行くぞ」
勇者が歩き出す。俺の体も、自動的についていく。
カタカタと骨が鳴り、墓地を後にする。
戦いが始まった。
森の奥に潜む魔物の群れ。狼のような獣、巨大な蜘蛛、腐った肉を纏ったゾンビ。
勇者たちが戦い、俺もその一員として動く。
剣を握らされ、敵に向かって走る。骨だけの体は軽く、速い。だが攻撃を受ければ、簡単に砕ける。
ガキン、と骨が折れる音。
腕が飛び、肋骨が砕ける。だが痛みはない。
そして――再生する。
魔術師の術式が俺を繋ぎ止め、砕けた骨が元に戻る。カタカタと音を立てて、また立ち上がる。
何度でも。
何度でも。
「便利だな、アンデッドは」
戦士が笑う。
「壊れても直る。文句も言わない」
俺は、道具だった。
使い捨ての兵士。消耗品。
それでも、戦い続けた。
魔物を倒し、人々を守る。
村を襲う獣を討ち、街を脅かす魔物を退ける。勇者たちの盾となり、剣となり、壁となる。
だが――
「化け物だ!」
村人が叫ぶ。
「骨が歩いてる!」
子供が泣き叫ぶ。
「近づくな、呪われる!」
女性が悲鳴を上げる。
俺は、恐れられていた。
魔物を倒しても、人を守っても、感謝されることはない。ただ、怯えられるだけだ。
アンデッド。
死者の骸。
忌むべき存在。
それが、俺だった。
ある夜、勇者たちが休んでいる間、俺は村の外れに立っていた。
命令がない時、俺は動けない。ただ立ち尽くし、風に吹かれるだけ。
月が昇り、星が輝く。
村の中から、笑い声が聞こえた。人々の温かい声。焚き火を囲み、食事を分かち合う音。
俺には、それがない。
温もりも、笑顔も、誰かと語らう言葉も。
ただ、骨だけがそこにある。
「……俺は、何のために戦っているんだ?」
声にならない問いかけ。骨には声帯がない。だから、誰にも聞こえない。
戦いは続いた。
ある日、大規模な魔物の群れが街を襲った。数百を超える獣と魔獣の大群。
勇者たちだけでは足りない。街の兵士たちも加わり、総力戦となった。
俺も最前線に立つ。
剣を振るい、敵を切り裂く。骨が砕かれても、何度でも再生する。
人々を守るために、戦う。
「あの骨、すごいな……」
兵士の一人が呟く。
「俺たちを守ってくれてる」
少しだけ、恐怖ではない声。
だがすぐに――
「でも、やっぱり気味が悪い」
別の兵士が吐き捨てる。
「終わったら、さっさと消えてほしい」
俺は、守る者でありながら、忌まれる者だった。
殺す者でありながら、殺される者だった。
矛盾の中で、ただ戦い続ける。
そして、ついにその時が来た。
魔物の王が現れた。巨大な獣、炎を纏った魔獣。
勇者が聖剣を掲げ、光を放つ。だが魔物も強い。激しい戦いが繰り広げられる。
俺は盾となり、勇者を守った。
魔物の爪が、俺の胸を貫く。肋骨が砕け、背骨が折れる。
だが、構わない。
再生すればいい。
また立ち上がればいい。
それが、俺の役目だから。
戦いが続く。だが魔物の群れは終わらない。次から次へと湧いてくる。
俺の骨も、何度も砕かれ、何度も再生する。だが――限界が近い。
魔術師の魔力が尽きかけている。再生の術式が弱まり、骨の繋がりが脆くなっていく。
「くそっ、もう保たない……!」
魔術師が叫ぶ。
その時――
「――ならば、これで終わらせる」
勇者の声。
だが今度は、聖剣ではない。
シャキン、と別の音が響いた。
腰から抜かれる、短剣。
俺は、それを”知っていた”。
新しいサブ武器。俺が落ちた後、勇者が手に入れた予備の短剣。
俺の後継者。
俺の代わり。
「――行け」
勇者が短剣を投げる。
銀色の刃が、月光を反射して飛来する。
まっすぐに、俺の頭蓋骨へ。
ああ――
これが、俺の”後継者”か。
使われなかった俺の代わりに、ちゃんと使われている短剣。
皮肉だな。
俺は短剣として使われず、スケルトンとして――短剣に倒される。
ガキン。
頭蓋骨に刃が突き刺さる。
骨が砕け、ヒビが走る。
そして――白い光が溢れた。
短剣に込められた聖なる力。アンデッドを浄化する、神聖な魔力。
それが、俺を包んだ。
熱い。
初めて感じる、熱さ。
骨が溶け、存在が消えていく。
痛みはない。ただ、温かい。
「あ……」
声にならない声が、心の中で響く。
これで、終わるのか。
戦いも、孤独も、矛盾も。
すべてが、消える。
視界が白く染まる。
炎の中で、俺は最後に思った。
殺す者も、守る者も、悲しい。
どちらも、誰かのために存在する。
どちらも、誰かに恐れられる。
どちらも、孤独だ。
「……ありがとう」
誰かの声が、遠くで聞こえた気がした。
勇者か、兵士か、村人か。
それとも、幻聴か。
分からない。
でも――
少しだけ、救われた気がした。
炎が、俺を包み込む。
骨が崩れ、灰となり、風に散る。
また、終わる。
そして――
視界の端に、何かが見えた。
形のない、揺らめくもの。
風そのもの。
次が、来る。
【後書き】
お読みいただきありがとうございます。
この作品は「転生したら〇〇だった」シリーズです。
次の転生も、ぜひ見届けてください。
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