第8話:転生したら勇者のサブ武器だった
【前書き】
お読みいただきありがとうございます。
この作品は「転生したら〇〇だった」シリーズです。
1話完結形式で進みますが、全15話を通して一つの物語として繋がっています。
どうぞ気楽にお楽しみください。
光の中で目覚めた。
眩い、白い光。意識が浮上するにつれ、感覚が戻ってくる。だが今回は、これまでとは違う。
温もりがない。柔らかさもない。
あるのは、冷たく硬い感覚だけだ。
――金属?
俺は何かに”なっている”。体という概念すらない。ただ、鋭く研がれた刃の感覚。柄の重み。鞘に包まれた窮屈さ。
短剣だ。
俺は、一本の短剣として存在している。
視界はない。だが”感じる”ことはできた。揺れる感覚。誰かの腰に吊るされている。歩く度に、鞘が左右に揺れる。
金属同士が擦れる音が聞こえた。
いや、“音”ではなく、振動として伝わってくる。鞘の中は暗く、狭い。外の世界は、音と揺れでしか分からない。
「――よし、行くぞ!」
若い男の声が響く。力強く、希望に満ちた声だ。
持ち主――俺の主は、走り出した。
足音が地を蹴る。風が吹き抜ける。仲間たちの声が交錯する。
「勇者様、前方に魔物です!」
「任せろ!」
金属音が鳴り響いた。
だがそれは、俺ではない。
主の腰には、もう一振りの剣がある。俺よりも大きく、重く、そして――神々しい。
聖剣。
伝説の武器。魔王を討つために選ばれた、光の刃。
シャキン、と鞘から抜かれる音。それは俺ではなく、聖剣の音だ。
「喰らえ、エクスガリア!」
光が弾ける。衝撃波が空気を震わせ、魔物の断末魔が響く。地面が揺れ、何かが崩れ落ちる音がした。
「さすが勇者様!」
「その聖剣、眩しいぜ!」
仲間たちの歓声。賞賛の声。
俺は、腰の中で揺れているだけだった。
戦いは続いた。
村を襲う魔物、森に潜む獣、古城の奥に眠る邪悪な存在。勇者は聖剣を振るい、次々と敵を倒していく。
その度に、光が迸る。
聖剣の輝きは、鞘の中にいる俺にも伝わってくる。温かく、強く、圧倒的な力。
だが俺は、一度も抜かれなかった。
鞘の中で、俺はただ待ち続ける。
もしかしたら、次は俺の出番かもしれない。
もしかしたら、聖剣が折れて、俺が必要になるかもしれない。
だが、その時は来なかった。
勇者は強かった。聖剣は無敵だった。仲間たちは勇敢で、連携も完璧だった。
だから、“予備”である俺は必要なかった。
ある夜、野営地で仲間たちが武器の手入れをしていた。
剣士が愛剣を磨き、弓使いが弦を張り直す。勇者も聖剣を布で拭いていた。刀身が焚き火の光を反射し、美しく輝く。
「やっぱりこの剣、最高だな」
勇者が呟く。聖剣の刃に、彼の顔が映り込んでいた。満足そうな笑みを浮かべている。
俺は?
腰に吊るされたまま、誰にも触れられなかった。
時折、勇者が腰の辺りを叩く。ベルトの位置を直すついでに、俺の鞘に手が触れる。
「予備があると安心だ」
独り言のように、そう言う。
予備。
保険。
“もしもの時”のための存在。
だが”もしも”は、永遠に来なかった。
聖剣が折れることも、勇者が武器を失うこともなかった。彼は強く、運にも恵まれていた。
だから俺の出番は、ない。
それでも俺は、そこにあり続けた。
戦場の音を聞き、血の匂いを感じ、勝利の歓声を聞いた。
すべてが、鞘越しに伝わってくる。
遠く、薄く、曖昧に。
やがて、その日が来た。
魔王城。
石畳を踏む足音が、いつもより重い。仲間たちの息遣いが、緊張で荒い。
「……ついに、ここまで来たな」
勇者が呟く。声には、決意と覚悟が滲んでいた。
巨大な扉が開く。軋む音が響き渡る。
そして――魔王との対峙。
空気が震える。圧倒的な存在感。仲間たちが息を呑む気配が伝わってくる。
「人間風情が、よくぞここまで辿り着いた」
低く、重い声。魔王の声だ。
「だが、ここで終わりだ」
闇の波動が放たれる。衝撃が走り、仲間たちが倒れる音がした。悲鳴、呻き声、剣が地面に落ちる音。
「くそっ……!」
勇者の声に、初めて焦りが滲む。
だが、諦めてはいない。
「……これで、終わらせる!」
聖剣が鞘から抜かれる。
シャキン――と、澄んだ音が響いた。
そして、光。
眩いばかりの光が溢れる。鞘の中にいる俺にも、その輝きが伝わってくる。熱く、強く、すべてを焼き尽くすような力。
「聖剣エクスガリア――光よ、悪を討て!」
勇者の叫び。聖剣が振り下ろされる。
光の奔流が放たれた。
空間が歪む。空気が裂ける。魔王の咆哮が響き、闇と光が激突する。
爆発。
衝撃波が四方に広がり、城が揺れる。瓦礫が崩れ落ち、天井が軋む。
そして――
静寂。
魔王の巨体が、崩れ落ちる音がした。
ドサリ、と重い音。床が震える。
「……やった」
勇者が呟く。息が荒い。疲労と安堵が入り混じった声だった。
「やったぞ……!」
「勇者様……!」
仲間たちの声が重なる。泣き出す者もいる。抱き合い、笑い合い、勝利を噛み締める。
「世界を救ったんだ……!」
「この聖剣が、魔王を討ったんだ!」
聖剣が、称賛される。
勇者が、称賛される。
俺は、腰にあった。
ずっと、そこにあった。
何も変わらず、何もせず、ただ存在しただけ。
戦いの後、勇者は膝をついた。
疲労と緊張が解け、力が抜けていく。聖剣を地面に突き立て、それに寄りかかるように座り込む。
その拍子に――
俺が、落ちた。
ベルトが緩み、鞘ごと地面に転がる。
カラン、と乾いた音を立てて、俺は石畳の上に横たわった。
誰も気づかない。
仲間たちは勇者を囲み、抱き起こし、労っている。聖剣を掲げ、勝利を祝っている。
俺は、誰にも見られず、地に転がっていた。
冷たい石の感触。
遠くで聞こえる歓声。
そして――
一滴の、温かいもの。
俺の刃に、何かが落ちた。
赤い液体。勇者の血だ。
戦いの中で負った傷から、一滴だけ滴り落ちたのだろう。
それが、俺に触れた。
瞬間、熱が走った。
刃の奥から、何かが溢れてくる。光が、魂が、存在そのものが震える。
これは――
「……使われなくても、俺はここにいた」
声にならない呟き。だが確かに、そう思った。
一度も抜かれなかった。
一度も血を浴びなかった。
一度も、役に立たなかった。
それでも、俺はここにいた。
勇者の腰で、戦場で、勝利の瞬間に。
栄光の影で、光の隣で、選ばれなかった存在として。
それが、俺の生だった。
意識が遠のいていく。
刃の感覚が薄れ、金属の冷たさが消えていく。
また、終わる。
そして――
闇の中に、何かが見えた。
骨の軋む音。墓場の湿った空気。月明かりが、白く輝いている。
次が、来る。
【後書き】
お読みいただきありがとうございます。
この作品は「転生したら〇〇だった」シリーズです。
次の転生も、ぜひ見届けてください。
ブックマークや感想をいただけると励みになります。




