第6話「転生したら隕石だった」
【前書き】
お読みいただきありがとうございます。
この作品は「転生したら〇〇だった」シリーズです。
1話完結形式で進みますが、全15話を通して一つの物語として繋がっています。
どうぞ気楽にお楽しみください。
冷たい。
それが、最初に感じたことだった。
鳥として雲の中で光に呑まれた時、身体は熱に包まれていた。燃えるような、溶けるような熱。
でも今は、冷たい。
凍えるほど、冷たい。
目を開ける。
いや、目はない。
でも、“見える”。
暗闇が広がっている。でも、地上の夜とは違う。完全な、絶対的な暗闇。
そして、その中に――光が瞬いている。
無数の光。
遠くて、小さくて、でも確かに輝いている。
星だ。
俺は、宇宙にいる。
音が、ない。
完全な、無音。
風も、水も、鳥の声も、虫の羽音も、何もない。ただ、静寂だけがある。
人間の時は、常に音に囲まれていた。車の音、人の声、テレビの音、スマホの通知音。
たんぽぽの時は、風の音があった。石の時は、川の音があった。ありの時は、仲間の足音があった。鳥の時は、風を切る音があった。
でも今は、何もない。
静かすぎて、不安になる。
身体を確認する。
硬い。重い。冷たい。
鉱物だ。
岩石の塊。表面はごつごつしていて、内部は密度の高い金属が混ざっている。
隕石。
俺は、隕石になっている。
動けない。
腕も、脚も、翼も、根も、何もない。ただの岩の塊。
石ころだった時と同じか、と思う。
でも、違う。
俺は、動いている。
いや、動かされている。
落ちている。
重力に引かれて、どこかへ向かって落ちていく。
でも、落ちるという感覚も曖昧だ。地上のように速く落ちるわけでもない。ただ、ゆっくりと、確実に、何かに引き寄せられている。
前方を見る。
遠くに、青い星が見える。
美しい。
深い青と、白い雲と、緑の大地。
あれが、地球か。
俺がいた場所。人間として生きて、たんぽぽとして芽吹いて、石として転がって、ありとして働いて、鳥として飛んだ場所。
そこへ、戻っていく。
落ちる恐怖がある。
でも同時に、帰る感覚もある。
矛盾している。でも、どちらも本当だ。
時間が、流れる。
宇宙では、時間の感覚が曖昧だ。一日も、一年も、区別がつかない。ただ、星々の光が瞬き、青い星が少しずつ大きくなっていく。
どれくらい、ここにいるのだろう。
数日か。数ヶ月か。もしかしたら、数年も。
わからない。
でも、時間の流れが遅く感じる。いや、時間という概念そのものが意味をなさない。
過去も未来もなく、ただ”今”だけがある。
永遠に落ち続けているような感覚。でも、確実に地球は近づいている。
周りを見渡す。
他にも、岩の塊が浮いている。隕石の仲間たちだ。
でも、彼らには意識があるのだろうか。俺みたいに、考えているのだろうか。
わからない。
話しかけることもできない。
ただ、同じ方向へ落ちていくだけ。
孤独だ。
鳥の時も孤独だった。でも、あの時は地上があった。森があって、川があって、生き物がいた。
でも今は、何もない。
俺と、星々と、虚空だけ。
話す相手もいない。触れ合う仲間もいない。ただ、独りで落ち続ける。
でも、不思議と苦痛ではなかった。
この静寂が、心地よい。
何も求められない。何も期待されない。ただ、在る。
石だった時と同じだ。
でも、あの時は地上にいた。太陽の熱を感じ、雨に濡れ、誰かに蹴られた。
今は、それすらない。
ただ、冷たい虚空の中で、落ち続けるだけ。
青い星が、近づいてくる。
もっと大きく、もっと鮮明に。
大気が見える。雲の渦が見える。大陸の形が見える。
そして――
熱を、感じる。
最初は微かだった。でも、次第に強くなっていく。
大気に突入したのだ。
摩擦だ。
俺の身体が、大気と擦れて熱を生んでいる。
熱い。
どんどん熱くなる。
表面が赤く光り始める。溶けていく。削られていく。
痛みはない。でも、確かに俺は燃えている。
光になっている。
地上から見たら、俺は流れ星だ。
夜空を裂いて、一筋の光を描いている。
誰かが、見ているかもしれない。
誰かが、願いをかけているかもしれない。
そう思うと、悪くない。
俺の存在が、誰かの希望になっている。
たんぽぽの時も、誰かを笑顔にした。
石の時も、誰かに遊ばれた。
ありの時も、群れの一部として役割を果たした。
鳥の時も、空を飛ぶ姿を誰かが見ていたかもしれない。
そして今、俺は光となって空を駆けている。
俺は、また命を運んでいる。
隕石には、時々、有機物が含まれている。宇宙から来た物質が、地上に新しい命の素をもたらすことがある。
もしかしたら、俺の中にも、何かが含まれているのかもしれない。
地上に落ちた時、それが誰かの命になるかもしれない。
循環だ。
死んで、生まれて、また死んで、また生まれる。
俺は、その輪の中にいる。
熱が、さらに強くなる。
身体が、どんどん削られていく。
小さくなっていく。
でも、恐怖はない。
これが、役目だ。
燃え尽きるまで、光り続ける。
地上に、何かを残す。
それが、俺の存在意義なのかもしれない。
そして――
地上から、声が聞こえた。
いや、聞こえたわけじゃない。でも、感じる。
誰かが、願っている。
「お願い、叶えて」
小さな声。子供の声。
空を見上げて、俺に願いをかけている。
ありがとう、と思う。
俺を見てくれて。
俺の光を、希望にしてくれて。
もっと光ろう。
もっと輝こう。
最後まで、美しく燃え尽きよう。
身体が、ほとんど消えかけている。
でも、まだ光っている。
地上が、近い。
森が見える。川が見える。街が見える。
人々が、空を見上げている。
俺を、見ている。
そして――
意識が、白に溶けた。
熱が消える。音が消える。全てが消える。
でも、満足していた。
俺は、役目を果たした。
光として、誰かの希望になった。
それだけで、十分だった。
白い光の中で、俺は次へ進んでいった。
【後書き】
お読みいただきありがとうございます。
この作品は「転生したら〇〇だった」シリーズです。
次の転生も、ぜひ見届けてください。
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