第3話「転生したら石ころだった」
【前書き】
お読みいただきありがとうございます。
この作品は「転生したら〇〇だった」シリーズです。
1話完結形式で進みますが、全15話を通して一つの物語として繋がっています。
どうぞ気楽にお楽しみください。
重い。
それが、最初に感じたことだった。
たんぽぽの時は軽かった。風に乗って、空を飛んで、どこまでも自由だった。でも今は、重い。動けない。身体全体が、地面に押し付けられている。
目を開ける。
いや、目はない。
でも、“見える”。光の明暗が、なんとなくわかる。上には空がある。青くて、広い。雲が流れている。
そして、すぐ近くに水の音が聞こえる。
川だ。
流れる水が、石を撫でる音。ざあざあと、途切れることなく響いている。
俺は、川辺にいる。
そして、俺は――石ころだった。
動かない。
腕も、脚も、翼も、根もない。ただの石。灰色で、小さくて、丸い石。
これが、俺。
笑えない。笑う口もない。
たんぽぽの時は、まだ良かった。光合成があったし、風に揺れる感覚があったし、成長もあった。生きている実感があった。
でも今は、何もない。
動けない。喋れない。成長もしない。
ただ、在る。
それだけだ。
最初は、抵抗しようとした。
動こうとした。転がろうとした。何かしようとした。でも、身体は微動だにしない。石は、石のままだ。
どれだけ念じても、どれだけ願っても、何も変わらない。
やがて、諦めた。
これが、俺の新しい形なのだ。受け入れるしかない。
太陽が、照りつける。
熱い。
石の表面が、じりじりと焼かれていく。人間の時なら耐えられない暑さだ。でも今の俺には、逃げる術がない。ただ、熱を受け止めるしかない。
でも、不思議と苦痛ではなかった。
熱は身体に染み込んでいき、やがて夜になると、その熱をゆっくりと放出する。温まって、冷えて、また温まる。その繰り返し。
雨が、降る。
冷たい雫が、俺の表面を叩く。ぽつぽつと、リズムを刻む。やがて本降りになり、川の水位が上がる。
水が、俺を包む。
冷たい。でも、心地よい。
水の流れが、俺を撫でていく。苔や泥を洗い流し、表面を綺麗にしてくれる。雨が止むと、また元の場所に戻る。
ただ、それだけ。
何も変わらない。
季節が、過ぎていく。
暑い日が続いたかと思えば、急に涼しくなる。葉が色づき、やがて散っていく。川辺の草も枯れて、冬が来る。
雪が、降る。
白い雪が、俺を覆う。冷たくて、静かで、世界が白一色に染まる。川の流れも弱くなり、音も小さくなる。
全てが、止まったようだった。
でも、俺の意識だけは止まらない。
考え続ける。感じ続ける。
時間が、流れていく。
春が来て、また夏が来る。秋が過ぎて、また冬が来る。何度も、何度も、季節が巡る。
人も、通り過ぎる。
ある日、足音が近づいてきた。
小学生だ。ランドセルを背負った男の子が、川辺を歩いている。友達と喋りながら、下校しているらしい。
その足が、俺の前で止まる。
「あ、ちょうどいい石」
声が聞こえる。
次の瞬間――
蹴られた。
ごん、と鈍い音がして、俺の身体が宙に浮く。
動いた。
初めて、動いた。
転がる。地面を跳ねる。また転がる。視界が回転して、空と地面が入れ替わる。
楽しい。
あの風を、思い出した。たんぽぽだった時、綿毛として空を飛んだ時の、あの自由な感覚。形は違うけど、今また俺は動いている。
不快感なんて、まるでない。むしろ、嬉しかった。
動けなかった俺が、動いている。誰かの力を借りてだけど、確かに動いている。
「よっしゃ、ナイスキック!」
男の子が走ってくる。また蹴る。
転がる。
また蹴る。
転がる。
石蹴りだ。下校しながら、俺を蹴って遊んでいる。
一歩、また一歩。俺は道を進んでいく。自分の意志じゃないけど、でも進んでいる。景色が変わっていく。見たことのない場所へ、どんどん移動していく。
これが、移動するということか。
石ころには、脚がない。自分で歩くことはできない。でも、誰かが動かしてくれれば、こうして旅ができる。
ありがとう、と心の中で呟く。
声には出せないけど、感謝している。君が俺を蹴ってくれたおかげで、俺は動けた。
「あ、やべ、川に落ちそう」
男の子が慌てる。
最後の一蹴りが、少し強すぎた。
俺は勢いよく転がり、川辺の斜面を下っていく。止まらない。
このまま川に――
ぼちゃん、と音を立てて、水の中に沈む。
冷たい。暗い。流れが速い。
俺は川底を転がりながら、どこかへ運ばれていく。石や砂に当たりながら、ごろごろと。
でも、不思議と怖くなかった。
これも、旅の一部だ。
やがて、浅瀬に辿り着く。
水が引いて、また陸に戻る。
元の場所とは違う。見知らぬ川辺。でも、やっぱり動けない。
ただ、少しだけ満足していた。
動けた。あの時、確かに動けた。
人間の時は、一日がこんなにも短かった。
朝起きて、学校に行って、帰ってきたらもう夜。時間が足りない、といつも思っていた。
でも今は、一日が長い。
いや、長いという感覚すら曖昧だ。朝が来て、昼になって、夜が来る。でもそれが何日続いているのか、何ヶ月経っているのか、わからない。
もしかしたら、何年も経っているのかもしれない。
何十年も。
何百年も。
石は、何千年も何万年も存在できる。人間の一生なんて、石にとっては一瞬かもしれない。
だとしたら、俺はこれからどれだけの時間をここで過ごすのだろう。
永遠に、ここにいるのだろうか。
孤独だ。
たんぽぽの時は、周りに仲間がいた。他のたんぽぽたちと、一緒に風に揺れていた。
でも今は、独りだ。
周りには他の石もある。でも、彼らは意識を持っているのだろうか。俺みたいに、考えているのだろうか。
わからない。
聞くこともできない。
ただ、黙って、時を過ごすだけ。
でも、不思議と嫌ではなかった。
孤独は孤独だけど、それが苦痛ではない。むしろ、穏やかだ。
何も求めない。何も期待しない。ただ、在る。
それだけで、いい。
人間の時は、常に何かを求めていた。
楽しいことを、面白いことを、刺激を。退屈が嫌で、無為な時間が嫌で、常に何かをしていないと不安だった。
でも今は、何もしなくていい。
ただ存在するだけで、いい。
それが、石ころの生き方なのかもしれない。
ある日――いや、ある時――
ひび割れが生じた。
最初は小さな亀裂だった。表面に、細い線が入る。気づかないほど、微かな傷。
でも、それは少しずつ広がっていく。
雨が降り、太陽が照りつけ、凍って、溶けて――その繰り返しの中で、亀裂は深くなっていく。
やがて、それは俺を二つに割る寸前まで達した。
ああ、と思う。
これで、終わりか。
石としての終わり。
でも、終わりは始まりでもある。
ひび割れの隙間から、風が吹き込んでくる。冷たくて、優しい風。それが俺の中を通り抜けていく。
次だ。
また、次が来る。
俺は、そう理解した。
風が、再び俺を動かした。
【後書き】
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この作品は「転生したら〇〇だった」シリーズです。
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