第13話:転生したら夢だった
【前書き】
お読みいただきありがとうございます。
この作品は「転生したら〇〇だった」シリーズです。
1話完結形式で進みますが、全15話を通して一つの物語として繋がっています。
どうぞ気楽にお楽しみください。
目を開けると、世界が揺らいでいた。
街灯の光が滲み、ビルの輪郭が曖昧に溶ける。空には星が瞬いているが、その配置が現実のものとは違う。
夜の街。
だが、どこか歪んでいる。
色が濃すぎる。音が遠すぎる。重力が軽すぎる。
俺は――夢の中にいた。
いや、正確には”夢そのもの”だった。
誰かの無意識の中で生まれた、幻の存在。
それが、今の俺だった。
足元を見ると、アスファルトが波打っている。歩くと、地面が柔らかく沈む。
建物の看板が、読めそうで読めない文字で書かれている。
全てが、不確かだ。
だが――
「あ……」
声が聞こえた。
振り返ると、そこに女性が立っていた。
若い女性。長い髪、優しい瞳、少し驚いたような表情。
彼女は俺を見て――微笑んだ。
「やっと、会えた」
懐かしそうな声。
だが、俺は彼女を知らない。
見たこともない顔だ。
それなのに――
彼女は、俺を知っているようだった。
「ずっと、探してたの」
彼女が近づいてくる。
俺の手を取る。温かい。だが、どこか儚い。
「どこに行ってたの?」
問いかけの意味が、分からない。
俺は、どこにもいなかった。
いや――どこにでもいた?
記憶が、曖昧だ。
自分が誰なのか、どこから来たのか、何も思い出せない。
ただ、“ここにいる”という感覚だけがある。
「……一緒に、歩きましょう」
彼女が俺の手を引く。
夜の街を、二人で歩く。
街灯が優しく照らし、風が心地よく吹く。どこからか音楽が聞こえてくる。メロディーは美しいが、曲名は分からない。
「この道、覚えてる?」
彼女が尋ねる。
俺は――覚えていない。
だが、懐かしい気がした。
歩いたことがあるような、ないような。
「昔、二人でよく来たよね」
彼女が笑う。
「あの喫茶店で、コーヒー飲んだり」
指差す先に、小さな喫茶店がある。
暖かい光が窓から漏れている。
だが――その店は、次の瞬間には消えていた。
気づくと、別の場所に立っている。
公園。
噴水が水を噴き上げ、ベンチが並んでいる。
「ここも、好きだったよね」
彼女が俺の腕に寄り添う。
時間が、おかしい。
さっきまで夜だったのに、今は夕暮れだ。
いや、また夜に戻った。
季節も変わる。桜が咲いていたと思ったら、雪が降っている。
すべてが、流動的だ。
夢の中では、時は真っ直ぐ流れない。
「……ねえ」
彼女が俺を見上げる。
「もう、いなくならないでね」
悲しそうな瞳。
俺は――何も答えられない。
言葉が出ない。喉があるのかも分からない。
ただ、頷くことしかできなかった。
彼女は微笑む。
そして――
世界が、崩れた。
光が溢れ、景色が白く染まる。
彼女の姿が薄れていく。
「また……ね」
彼女の声が遠のく。
そして――
俺は、闇に落ちた。
無。
何もない空間。
意識だけがある。
これは――
目覚め。
彼女が、目を覚ましたのだ。
夢が終わり、現実に戻った。
だから、俺も消える。
夢は、眠っている間だけ存在する。
目覚めれば、消える。
それが、俺の在り方だった。
時間が経ち――
再び、世界が生まれた。
彼女が、また眠ったのだ。
夜の街。噴水のある公園。優しい街灯の光。
そして――
「……また、会えたね」
彼女が微笑む。
俺は、また”生まれた”。
同じ夢。同じ場所。同じ会話。
何度も、何度も。
彼女が眠るたびに、俺は生まれる。
彼女が目覚めるたびに、俺は消える。
それを繰り返す。
永遠に。
だが――
俺は気づき始めていた。
彼女は、俺を知らない。
本当の意味では、知らないのだ。
俺は”現実には存在しない誰か”の姿をしている。
彼女が失った記憶。
彼女が忘れた誰か。
あるいは――
彼女が”会いたかった誰か”の幻。
俺は、その断片として存在している。
現実ではない。
虚構。
幻想。
作り物の記憶。
それが、俺だった。
ある夜――いや、“夜”と呼べるものかも分からないが――
俺は彼女に尋ねた。
声は出ないはずなのに、想いだけが伝わった。
「俺は、誰?」
彼女は困ったように微笑む。
「……分からない」
正直な答えだった。
「でも、大切な人だったと思う」
彼女の目に、涙が浮かぶ。
「誰だったか、思い出せないけど――きっと、大切だった」
彼女は俺の手を握る。
「だから、夢の中でだけでも――会いたかった」
俺は――
俺は、幻だった。
彼女の心が生み出した、都合の良い存在。
現実には、こんな俺はいない。
いたことも、ないのかもしれない。
ただ、彼女の無意識が――
寂しさや、喪失感や、願望が――
俺という形を作り出しただけ。
それでも――
「……ありがとう」
彼女が呟く。
「会えて、嬉しかった」
彼女の笑顔は、本物だった。
夢でも、幻でも――
彼女にとっては、意味があった。
それだけで、十分なのかもしれない。
やがて――
夜明けが来た。
夢の中に、朝日が差し込む。
あり得ないはずだ。夢の中で時間は曖昧なのだから。
だが――それは、“終わり”の合図だった。
彼女が、深い眠りから覚めようとしている。
世界が崩れ始める。
街が溶け、空が割れ、地面が砕ける。
彼女の姿も、薄れていく。
「……また、夢で」
最後の言葉。
そして――
光に包まれる。
俺は、消えていく。
溶けて、霧散して、無に還る。
最後に、俺は呟いた。
「……現実ではない俺に、意味はあるのか?」
答えは、ない。
ただ――
彼女が微笑んでくれたこと。
それだけが、確かだった。
光が、すべてを飲み込む。
意識が遠のく。
存在が消える。
また、終わる。
そして――
闇の中に、何かが見えた。
虚無。
何もない空間。
だが――それは”無”ではない。
“何もないこと”そのものが、存在している。
口を開けた深淵。
世界の外側。
次が、来る。
【後書き】
お読みいただきありがとうございます。
この作品は「転生したら〇〇だった」シリーズです。
次の転生も、ぜひ見届けてください。
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