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―転生の果て―  作者: MOON RAKER 503


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第1話「転生したら人間だった」

はじめまして。

「転生したら〇〇だった」は、ひとつの魂がさまざまな存在に転生していく連作短編です。

たんぽぽ、石ころ、風、夢、そして……。

命の形が変わっても、「存在する」ということは何なのかを描いていきます。


全15話完結。

一話ずつでも読めるように作っていますが、最後まで読むとすべてがひとつにつながります。


どうぞ、最初の転生からお付き合いください。


朝、六時半。


スマホのアラームが鳴る。伸ばした手が空を切り、二度目の音でようやく画面を叩く。布団から這い出して、洗面所へ。鏡に映る顔は相変わらず冴えない。寝癖を直す気力もなく、水で適当に濡らして終わり。


僕の名前は――まあ、どうでもいい。


どこにでもいる大学生だ。特別な才能もなく、特別な夢もなく、ただ日々を消費している。朝起きて、講義に出て、バイトして、寝る。それの繰り返し。


つまらない、と思ったことは何度もある。でも変える気力もない。これが普通だし、これでいいと思っている。


七時過ぎに家を出る。


アパートの階段を降りて、駅へ向かう。空は晴れていて、風は少し冷たい。四月も半ばだというのに、まだ朝は肌寒い。


通学路は、いつもと同じ景色だ。


コンビニ、自販機、犬の散歩をしている老人、ランドセルを背負った小学生の列。見慣れた風景が、見慣れた順番で流れていく。


僕は音楽を聴きながら歩く。イヤホンから流れるのは、先週見つけた適当なプレイリスト。別に好きなわけじゃないけど、無音よりはマシだ。


横断歩道の手前で立ち止まる。


信号は赤。向かい側には、同じように信号待ちをしている人たちが数人。スーツ姿のサラリーマン、ベビーカーを押す母親、高校生らしき制服姿。


僕はスマホを取り出して、SNSを開く。


タイムラインには、どうでもいい投稿が流れている。誰かの朝食、誰かの愚痴、誰かの自撮り。いいねを押す気にもならず、ただスクロールする。


信号が青に変わる。


スマホを見たまま、歩き出す。


横断歩道の白線を踏みながら、僕はタイムラインを眺め続ける。画面の中の世界は、現実よりも少しだけ鮮やかで、少しだけ楽しそうで――


音が消えた。


顔を上げる。


目の前に、トラックがあった。


巨大なグリルが、視界いっぱいに迫っている。ブレーキ音。悲鳴。誰かの声。でも全てが遠い。まるでガラスの向こう側にいるような、現実感のない距離。


ああ、と思う。


これ、死ぬやつだ。


冷静だった。妙なほど冷静だった。恐怖も、後悔も、何もない。ただ、事実を認識する。僕は今、死ぬ。


そして――


世界が、消えた。


音が消える。光が消える。痛みも、熱も、何もかもが消える。


ただ、暗い。


視界がない。身体がない。腕も、脚も、顔も、何もない。あるのは”考えている自分”だけ。思考だけが、虚空に浮いている。


これが、死か。


不思議なほど静かだった。


パニックになるべきなのだろう。叫ぶべきなのだろう。でも、叫ぶための喉がない。震えるための身体がない。ただ、暗闇の中で”在る”。


時間の感覚もない。


一瞬かもしれないし、何時間も経っているのかもしれない。もしかしたら何年も、何十年も、ここにいるのかもしれない。


死んだはずなのに、意識がある。


これは、おかしい。


普通、死んだら”終わり”のはずだ。意識も記憶も消えて、無に還る。それが自然だ。それが当たり前だ。なのに僕は、こうして考えている。自分が死んだことを理解している。


なぜ?


答えは返ってこない。暗闇は何も語らない。


やがて、その静寂の中で、何かが聞こえた。


声だ。


誰かが、話している。遠くから、水の底から響くような、くぐもった声。でも言葉ははっきりとは聞き取れない。


神様か? それとも死神か?


違う。


その声は、どこか聞き覚えがある。抑揚も、間の取り方も、全てが妙に馴染んでいる。まるで、自分自身が喋っているような――


「……なんで、終わらないんだ」


ああ、やっぱり。


これは僕の声だ。僕自身の思考が、暗闇の中で反響している。神でも悪魔でもない。ただの残響。魂の独り言。


終わり、か。


確かに、終わっていない。死んだのに、終わっていない。意識は消えず、記憶も残り、“僕”という存在は今もここにある。


これは、異常なのだろうか。それとも、誰もがこうなのだろうか。死んだ人間は皆、この暗闇で永遠に思考し続けるのだろうか。


もしそうなら、死は救いではなく、呪いだ。


暗闇が揺れた。


いや、揺れたのは僕の方か。何かに引っ張られるような感覚。重力のない空間で、見えない手に掴まれて引きずられていく。抵抗しようにも、抵抗する術がない。


どこへ行くんだ?


問いかけても、答えはない。ただ、流れていく。意識が、どこか遠くへ吸い込まれていく。


暗闇の奥で、何かが光った。


小さな、針の穴ほどの光。でもそれは次第に広がり、視界を埋め尽くしていく。眩しい。目を閉じたいのに、目がない。ただ光に呑まれるしかない。


温もりが、戻ってくる。


久しぶりに感じる、確かな感覚。何かが、僕を包んでいる。柔らかくて、暖かくて、優しい何か。


風だ。


そして、光。


眩しい光の中で、僕は目を開けた。


いや、“開けた”という表現が正しいのかわからない。視界という概念が、人間の時とは全く違う。色彩が、形が、距離感が、全て変わっている。


目の前に広がるのは、青い空。


その下に、緑の大地。


そして、僕の周り一面に――白い綿毛。


ふわふわとした、無数の綿毛が風に揺れている。いや、違う。これは周りにあるのではない。これが、僕自身だ。


たんぽぽ。


僕は、たんぽぽになっている。


冗談だろう、と思う。でも冗談にしては、あまりにも現実感がありすぎる。


風に揺れる小さな命の感触だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

この物語は、死から始まる長い旅の第一歩です。

次回は「転生したらたんぽぽだった」。

命の儚さと、世界の美しさを一輪の花の視点から描きます。


感想・評価・ブックマークなど励みになります。

次の転生でお会いしましょう。


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