1億円の心臓
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「ねえ、ママの心臓、1億円かかったんだけど、払って、くれるよね?」
ベッドの側に立つ彼女の視線がひどく痛い。俺は、嫌な夢でも見てるんじゃないか?
「ごめんなさい……」
それしか、言えない。
⚫ ⚫ ⚫
「えー申し上げにくいのですが、えー高橋 市子さんの心臓は、此度の出血でかなり危険な状態です。今は一命を取り留めていますが、次また出血が起こればかなりの確率で、死に至るでしょう」
っ…………!!
「現在行った手術は応急処置です。今のままでは回復は難しいかと」
でもママ…………もう私にはママしか……
「えーですので、心臓の大掛かりな手術を行うことを推奨します。1つの案はドナー移植ですが……えー提供者がほとんどいないことと、安全性が低いですね。そこで、えー私としては2つ目の案、IPS細胞で心臓を作り、移植することを推奨します。えーこの手術では実際の臓器の代わりに、iPS細胞で人口的に作られた臓器を扱うため、拒絶反応などが低く、安全が高いですね。……えーですが、この技術はまだ発達したてのため、費用がかなり高いですね」
「…………いくらくらいですか?」
「1億はくだらないかと」
「いち、お……く……」
「えー大変言い難い話ですが、この1億が払えないと市子さんはもう生きられないかと……えーまぁ、私達のほうでなんとか費用を抑えられないかと動くつもりではありますが」
そんなの、一択しかないじゃん。ざけんな。
「私が1億出します。……どんなことでもします」
だってママがいなくなったら私はもう……
「…………わかりました。では、別室で手続きを」
早速?あーキモすぎ。……でも仕方ないじゃん。ごめんママ。
私がなんとかするから。
○ ○ ○
ママは私が16歳のときに心臓の病気が発症した。その前の年にパパが死んで、私の支えはもうないも同然だった。でもまあ、心臓移植で借金なんて、いつかこうなるとは思っていたけど。私が成人してからじゃあ私の保護費用もずいぶん減ったし。私が未成年のときはまあ、もう少し生活手当があったのかな。ママは心臓移植の手術を受けたけど、このところ意識は回復してない。
はぁ……
ママの保険もろもろと病院側がなんとかして800万は減った。あとは私がいろいろ体張ったけど、50万ぐらい。あと給料で…………ぜんっぜん足らない。まあ1億ってそんなもん。
んーママが起きたらどう思うかな。私も稼ぐって言って働いて、また体壊しそうだし。借金なんてするなら、私なんて死なせてよかったのにって、本心では思うのかな。
……どれも嫌だ。だから、ママが起きても借金のことは言わない。ママが死ぬまで、絶対に。
○ ○ ○
「高橋様、お母様の意識が戻りましたよ」
手術の4日後、ママが起きた。安堵と緊張が、全身に奔る。矛盾した感情だ。急いで病室に向かう。
病室には、ひどく痩せた様子のママがベッドの上で体を起こしている。
「……!心…………!」
久しぶりにママの声で名前を呼ばれた。
……言葉が出ない。ただ涙は出るようで、しばらくそのまま泣いていた。
「お母様の容体はとても安定していて、1ヶ月もすれば退院できると思いますよ」
「よかったねママ」
「ええ……」
「あーでは心さん少しお話があるのでよろしいですか?」
「はい、いいですよ。じゃあママちょっと話してくる」
「わかったわ」
病室を出て、応接室に通される。ここであれを始めることはないと思うが……少し身構えてしまう。
「いきなりですみませんが……あのー心さん、」
「あ、えっと、私、昨日もしてるので……」
「お母様の手術代、1億円の件ですがきちんとお母様には内密にしておりますのでご安心を……って、何か言いました?」
「あ、いえいえなんでもないです」
思考がもう完全にそっちになってしまった。恥ずかしい……
「費用はあと9000万ほどもありますが……大丈夫ですか?土地を売るなど、なにか収入の見込みは……」
「ないです」
悲しいかな、即答なのである。
「うーん、完全に労働賃金だけとなると……かなり長期間の借金に……」
「大丈夫ですよ。労働賃金で足ります。私はママの娘なので、自信はあります」
「うーん、その遺伝子は否定しませんが……まだ若いのに、その世界に行くのは僕個人としてはなんといいますか……」
「いいんですよ、これで。覚悟は決めていますから」
「……本当に、気をつけてくださいね?そういう世界は常識なんてありませんから」
「先生、お節介焼きなんですね」
私が軽く笑うと、先生の指と声が少し止まった。
「じゃあ、もういいですか?」
「ああ…はい……」
この調子なら大丈夫そうかな。
○ ○ ○
ママの意識が戻ってから2か月、ママは無事に退院してパートも始めている。正直な所を言うとあまり働いてほしくはないけど、お金が入るのはありがたい。
「なーんか、何もしてないと次また発作が起きるんじゃないかと不安でねー働いてれば忘れられるのよ」
そんなこと言ってたけど、完全iPS細胞の心臓だから発作はもう起こらないんだよね。騙しているのが心苦しいけど、言ったらママ、たぶん無理しちゃうし。それこそ、あーいう仕事とか……いやないか。
仕事終わりにママの働くスーパーに寄って、夜ご飯の材料を買って、ママと一緒に帰る。それだけでも、幸せなんだ。
「今日はママの服買いに行こうよ。だんだん古くなってきてるし、アウトレットでも行こうか。ここから近いし、問題ないよね?」
「あら、いいじゃない。行きましょう」
ママの仕事がない土日。久しぶりにお出かけしよう。準備して、すぐに出発。
「ママはどんな服が欲しい?」
信号待ち。なかなか青にならないな。
「そうねえ、赤色とか、暖色系の服かしら。せっかくだから、今まで着たことない色でも」
「いいんじゃない?ママ、意外とそういうの似合いそう」
信号が青になった。
「そうねえ、ママいつも白とか黒とかの服しか着てないし」
「でも今日の白い服も似合ってるよ。かわいい」
「ふふ、ありが
と
う
ガシャン
耳の奥で、ママの声と騒音がかすかに聞こえただけで、周りの音なんてとうに聞こえなくなった。
目線の先には、倒れてうずくまっているママがいて、似合わない赤くなった服を着ていた。
死んだ?
私の思考はそこで止まって、泣き叫ぶことも、ママの近くに駆け寄ることも、救急車を呼ぶことも、何もできなくなった。横断歩道の真ん中に座り込む。
今だって、信じられない。
○ ○ ○
「すいません、救急です。あなた、あちらの負傷者の家族ですか?」
あー救急隊が来たのか。ただ無言でうなずく。目線は運ばれていくママから離れないし、なんだか声が出ない。
「でしたら一緒に病院に。そちらの救急車にお乗りください」
心が真っ白のまま、救急車に乗り込む。
○ ○ ○
「高橋様、落ち着いて聞いてください」
その言葉を言われて、全てを察した。
ああ、ダメだった。1億円の心臓移植が成功しても、どれだけ借金を返しても、どれだけ愛していても。
人の死はすべて運で決まる。もしかしたら、生まれたときからすべて決まっていたのかも。事故、病気、自殺、他殺、すべてその人の運だ。あの日にあそこを通らなかったら、あの人に出会わなかったら、もっと早く病院に行っていれば、もういっそ、
生まれてこなかったら?
「お母様はもう……」
ああ、ママ、今まで本当にありがとう。ママの借金も、まだたくさんあるけど、そんなものは構わない。ただ、もう少しだけ、隣に居てほしかった……
涙が溢れている気がする。自分の顔が今どうなっているのか、どうでもいい。
「……人間ではありません」
「…………は?」
バキン
硬い金属が、折れるような音がした。
………?
「…………っ!!?まずい、さすがに匿いきれない、警察を呼べ!!」
音のした部屋は近い、これはきっとママだ。
「あ!?高橋様!!危険です!心配でも、警察が来るまで待機してくだ
もう知らない。病院より、医者より、他の患者より、私はママが大事なんだ。
音のした部屋に入ると、ボロボロの病衣を着たママが立ち尽くしていた。お腹のあたりは血だらけで、顎から首にかけても血が付いている。部屋を見渡すと、上半身だけの看護師と警備員の二人。
わ、死んでる。
でもママは生きてる。どんな姿になっても、ママは私のママだから。誰が死んでいてもあまり興味ない。
「高橋様、危険です!今警察を呼んでいるので、離れて対応を待ちましょう!これ以上犠牲者を出すわけには…」
「大丈夫です。ママは私のママですから。ね、ママ、一緒に新しい服、買いに行こう」
「……」
ママは何も喋らない。でも不思議と、大丈夫な気がする。
ママが近づいてきて、私の腰に手を当てる。私も、ママを抱きしめようとした。
けれどもママは何かに気づいて逃げるように、手を退けて、窓ガラスを割って病院から出ていった。
⚫ ⚫ ⚫
えーと、ありのまま、今起こったことを話すぜ……俺は今年、晴れて第一志望の大学に受かって、キャンパスライフをエンジョイしていた。それで運転免許もパパッと取って、ブイブイ車を走らせてたのさ。まあそこまではいいとして、問題は今日、友達との通話に夢中になって、赤信号に突っ込んじまった。そして、
一人のおばさんをはねた。
ここまでは全部俺の非だ。ただ一番のありえないことは、警察と一緒に病院に遺族に会いに行く途中、窓から俺がはねたおばさんが飛び降りて来て、俺の上にのしかかってきた↑イマココ
えーと、何で?何でこのおばさん生きて…?いや、まあ生きてたほうがいいんだけどさ。いや何で窓から飛び降りて来んの?3階ぐらいだったよ?痛いよ。
あ、逃げた。え、待って、警察さん、追うの?俺一人になっちゃうよ?いや、自首してるから、ちょ待って。これだと俺が逃亡したみたいになっちゃう。
少し呆然としていたが、女の声で目が覚めた。
「おーい、君、ママをはねた容疑者でしょ?」
振り返ると、俺がはねたおばさんの横に居た女だった。ママっていうと、おばさんの娘なのか。
「はい……」
「よし、じゃあ一緒に来て、ママを捕まえて」
「は?」
「警察なんかに捕まっちゃったら、ママがどうなるかわからない。最悪、殺されるかも」
「どゆこと……」
「とりあえず追って!」
○ ○ ○
「あの人は誰?」
「私のママ」
「はぁ……なんであんな凶暴に…?」
「わかんないけど、ママの心臓は1億円借金して移植した、完全iPS細胞の心臓なの」
「……うん?」
「それで医者の人が言うには、はねられて心臓が損傷して、その影響で心臓のips細胞が異常に増殖して、体を乗っ取ってるんじゃないかって」
「……なにもわかんないけど、危険ってことだろ?」
「病室で2人殺してた」
「…………っは?……バケモンじゃねえか!??俺ヤダよ追いたくない!!」
「化物じゃない。どんなになっても、ママはママ。ママが生きてくれてたらそれでいい」
「……うーん、でも警察は手荒に捕まえるだろうな……人殺しだし……」
「だからそれを阻止するためにあなたも追って」
「なんでだよ!」
「ママがこうなったのはあんたの責任だろ!!」
「その通りです……」
○ ○ ○
お、おばさんが止まった?何事だい?……それと、先に追い掛けてた警察の人がいないが……
視線をおばさんの前に送る。おわっ警察だ。何人かが拳銃をおばさんに向けている。おばさんが下手に動けば発砲しそうな雰囲気だ。
「まって撃たないで!その人は私のママです!ただ一人の家族なんです!!」
あの娘が声を荒らげた。警察が気圧されたのか、銃口が少し下がった。その瞬間、娘がママの前で庇うように立ち塞がった。
オイオイオイ、死ぬわあいつ。大胆すぎるって!攻撃されるかもしれないぞ!危ないって!!
瞬間、おばさんが蒸発するように、悶え始めた。
「……っ!?ママっ!!」
娘はおばさんを抱きかかえるようにして庇っていたが、おばさんの体は焼け始め、もう人の形をしていなかった。
「ママ、ママ、大丈夫、私がまた治すから。ね、だから大丈夫。だから止まって、お願い……」
そんな娘の願いを裏切るように、おばさんは焼き焦げ、跡形もなくなっていく。
まるでファンタジー小説のエネミーみたいなおばさんは、出番も少ないまま、退場していった。
「ママ……?」
彼女の声が、だんだんと悲痛な叫びに変わっていく。
⚫ ⚫ ⚫
ママが死んだ。今度は本当に、ママが死んだ。何で?iPS細胞が暴走して、そのまま身体ごと壊れた。……ママに、悪いことしちゃったなとずっと後悔している。いつから間違えたのか、ママを外に出したから?いやいや、手術をすること自体がやっぱり駄目だったかな。ママが死んで、残ったのは借金だけ。あぁ……
「ねえ、ママの心臓、1億円かかったんだけど、払って、くれるよね?」
ママのベッドの横で、入ってきた容疑者くんに話しかける。
こいつが憎い、私が憎い。
「ごめんなさい……」
○ ○ ○
数年後、私は結婚した。他でもない、彼だ。ママをはねたあいつ。何でって……そのほうが、彼から効率的にお金を集められるし、逃げ出される心配もない。まあ彼はそんなことしない人間だって分かってるけど。まあある意味脅迫的な結婚かな。脅迫的な結婚って何?
朝起きて会社に行く支度をして、鏡を見る。……うーんこの顔、身体、やはり優れた遺伝子だ。稼ぐ方法ならいくらでもありそう。まあ実質借金の返済はそっち頼りだし。
次の日、また支度をする。最近は夜が忙しくて寝不足だなークマができると厄介だから、明日は有給でも取ろうかな。
次の日、鏡を見ると、なんだかかなり老けていた。あれ、私のすっぴんってこんなに老けてたっけ。髪色も若干薄いし、目ジワも気になる。でも目鼻はシュッとしていて、整った顔立ちは変わらない。そしてなんだか、来ている紅葉色のパジャマが嫌に似合わない。まるでママみたいに。
いや、ママの顔だ。
私はどうしても耐えられなくなって、鏡に写る私に話しかけた。
「ママ、私に会いに来てくれたの?」
返事はもちろんないけど……けど、
「久しぶり。ただいま、心。まったく、なんだか老けちゃって。これじゃあせっかくのいい顔がダメじゃないの。ほら、私のことなんていつまでも引きずらなくていいから。大丈夫。心は心として、生きればいいの」
自問自答。でもママの顔で言われたら、不思議とママが生きているみたいで。まあママは言わないでしょ、そんな事。……言わないよね?
でも何で顔がママそっくりに……いや、すっぴんってこんなもん?
次の日、身体がやけに熱い。風邪でもかかったか?仕事できなくなるから嫌なんだけど。なんだか心臓の拍動がひどくうるさい。全身に響くように動くその心臓に手をあてると、病院で暴走したときに抱きしめようとしたママを思い出した。……ごめん、ママ。全部私が悪い。苦しい思いさせて、人を殺させて、遺体も残らず死なせてしまって。本当にごめん。あまりにも親不孝だ。
でもこの鼓動はなんだかおかしい。まさか心臓発作でも起こる?そういうのって遺伝するのかな。ちょっと顔を洗おう。
洗面所の鏡に目をやると、ママがいた。いや私だ。えっ?
私は、ママになっていた。
「あーあーおはよう」
声までもママの声だ。なんだろう、とても落ち着く。
いつの日か分かったことだけど、ママが焼き焦げてしまった日、私はママの身体の一部が口に入っていたらしい。もうだいたい分かると思うけど、そのとき私の中に入ったiPS細胞が数年かけて増殖して、私の身体はママの身体になった。
やった。
これでママをずっと忘れられないでいられる。
静かに微笑んだ私の顔は、本当のママではしないような顔をしていた。
いろいろ忙しいので投稿はマイペースですが、
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