59.あふれだす思い
屋敷の中をジェラルド兄様と手をつないで歩く。
つい一週間前まではそれが日常だったはずなのに、
今はつないでいる手から伝わる兄様の体温だけでも胸が痛い。
ずっと一緒にいて、それが当たり前で。
自然に笑っていたのを思い出そうとするけれど、
意識すればするほど、どうすればいいのかわからなくなる。
兄様もいつもなら笑いかけてくれるのに、一度も私を見てくれない。
こっそり見上げた顔はシャルロット様に向けたのと同じくらい冷たい。
伯父様は話せって言っていたけれど、何を言えばいいんだろう。
兄様も黙ったままで、中庭まで歩いて行く。
どこまで歩いて行くんだろう。
途中、兄様が少し離れてついてきていたケインたちを手で止めた。
これから先は二人だけで話すと。
ケインたちは困った顔をしていたけれど、くるりと引き返していった。
応接室に戻って伯父様に報告するのかもしれない。
本当に兄様と二人きりになるのは久しぶり。
いつも誰かしらそばにいる気配がしていたけれど、それもない。
中庭の奥にある泉の場所まで来て足が止まる。
綺麗な湧き水があるからと、あまり手を入れられていない場所。
それでも休憩するためかそばにベンチが置かれてあった。
「……座ろうか」
「……うん」
隣に座ったけれど、なんとなく距離が遠い。
でも、手はつながれたままで、少しだけほっとする。
さっきから私を見てくれない兄様に、この手を離されたら。
シャルロット様みたいに泣いてしまうかもしれない。
「……元気だったのか?」
「うん……」
「……嘘は言うな。寝てないんだろう」
「……」
レイモン兄様が話したのかと思ったけれど、伯父様からかもしれない。
連絡を取り合っていたって言っていたから。
そういえば、兄様も寝ていないってレイモン兄様が言っていた。
そっと見上げると、なんとなく兄様も顔色が悪い。
本当に私のせいで眠れていないのだろうか。
「ねぇ……兄様も眠れていないの?」
「それは……」
「顔色が悪いわ……ねぇ、どうして私を見てくれないの?」
「……だって、それは。ジュリアンヌが俺を避けているから、
距離を置いてほしいと思っているのかと」
言われてみれば、レドアル公爵家を出る少し前から避けていた。
離れるのがさみしくて、離れたくなくて、兄様と顔を合わせないようにしていた。
「私のせいでこっちを見ないの?」
「お前は……もうレイモンがいるから」
「え?」
「本物の兄様がいるから、俺は必要ないんだろう?」
拗ねるような兄様の声に驚いてしまう。
レイモン兄様がいるから、本物の兄と暮らすから、
本当は兄じゃないジェラルド兄様がいらなくなったと思われている?
「そんなことない!」
「……だが」
「レイモン兄様と一緒に暮らすからって、ジェラルド兄様がいらなくなったりしない!
兄様は、兄様だもの!」
「……じゃあ、どうして俺を避けるんだ。
学園でも昼に来なくなったじゃないか」
「それは……」
本当の理由を言えなくて、口ごもる。
ようやく兄様は私を見てくれたけれど、その目には悲しみが宿っていた。
ああ、私が兄様にこんな顔をさせてしまったんだ。
臆病な私が自分の気持ちを言えなかったから誤解させて、
兄様の手を必要としなくなったと思われて……。
この気持ちを言えばいいのだろうか。
でも、シャルロット様のように拒絶されてしまったら。
ジュリアンヌのことは妹だとしか思っていなかった。
好きだと言われても気持ち悪い、そう言われたら。
想像したら怖くなって、ぽろりと涙がこぼれる。
その涙が頬を伝って落ちる前に抱きしめられた。
「泣くな……」
「兄様……」
「ごめん、怒っていない。泣かないでくれ」
兄様に怒られたと思って泣いたわけじゃないのに、
焦ったように兄様は私をなぐさめようとする。
「……好きなの」
「え?」
言葉がするりと出ていた。
今のなし、聞かないでと言うこともできた。
でも、一度気持ちを外に出してしまったら、
あふれだして止まらなくなった。
「兄様のことが好きなの。ずっと前から。
兄様だからじゃなく、男性として。
でも、そんなことを言ったら兄様を困らせてしまうから、
だから、気持ち悪いって言われる前に離れてしまおうと思って」
「ジュリアンヌ……」
「ごめんなさい。ずっと兄様の手を離せなくて。隣にいたかったの。
妹だから大事にされているんだってわかっていても、
私のために一緒にいてくれるのがうれしかったから。
でも、もう兄様を自由にしなくちゃって!」
「ジュリアンヌ、落ち着いて」
「あ……」
早口でまくしたてるように言った私を、
兄様は落ち着かせるようにゆっくりと髪を撫でた。




