58.拒絶
うんざりしたようなジェラルド兄様と伯父様。
きっと何度も同じやり取りを繰り返しているんだろう。
そこに口を挟んだのはレイモン兄様だった。
「アゼリマ侯爵、その必要はないよ」
「イフリア公爵は邪魔したいでしょうけど、
口を挟まないでいただきたい!」
「そういう意味で邪魔したいわけじゃない。
伝統派がなくなるから派閥争いは意味がないと言いたいんだ」
「……は?」
「イフリア公爵家とアフレ侯爵家は推進派に変わる。
伝統派の筆頭家が推進派に変われば、伝統派は消えることになる。
アドルフ様も陛下も承知のことだ。
だから、ジェラルドがシャルロット嬢と結婚する意味がない」
「……そんな」
よほど驚いたのか、アゼリマ侯爵の口が開いたままになる。
だが、その後のレイモン兄様の言葉で表情を一変した。
「それにしても、こんなところに来ていていいのか?
アゼリマ侯爵家も新法の対象だったと思うが。
今頃、アゼリマ侯爵家の屋敷は調べられていると思うぞ」
「……は?」
「領地の仕事をすべて息子のロベルトに任せているんだろう?
屋敷を調べてその証拠が見つかれば、爵位ははく奪されて、
ロベルトが継ぐことになる」
「ま、まさか!」
「娘のことばかり気にして、ロベルトは冷遇されていたようだしな、
爵位が交代になれば、侯爵は領地に行かされるんじゃないか?
シャルロット嬢の婚約も、ロベルトの許可がないとできなくなる。
こんなところでのんきに話し合っていても意味がないだろう」
「……失礼させていただく」
「お父様!今日こそは認めてもらうって言ってたじゃない!」
「いいから、帰るぞ!」
アゼリマ侯爵は夫人とシャルロット様を引っ張るようにして部屋から出ようとする。
だが、シャルロット様はあきらめきれないようにジェラルド兄様に手を伸ばす。
「ジェラルド様、私とのことをちゃんと考えてください!」
「どうして考えなくちゃいけないんだ」
「だって、私はずっとジェラルド様のことが……」
「今、話聞いていなかったのか?」
「え?」
おそらくジェラルド兄様への気持ちを言おうとしていたのに、
冷たく止められてしまったシャルロット様は今にも涙がこぼれそうだ。
「伝統派と推進派の争いはなくなる。
シャルロット嬢はいつも言っていたよな?
私と結婚すれば中立派はレドアル公爵家に従う。
貴族なら家のことを第一に考えて結婚すべきだと」
「……あの……でも」
「ずっと政略結婚をする気はないと言っていた俺に、
貴族なら家の得になる結婚相手を選ぶべきだとも言っていた」
「……」
「シャルロット嬢と結婚しても家には何の得もない。
それなら、シャルロット嬢は潔くあきらめるべきなんじゃないのか?」
シャルロット様が兄様に何度も求婚して断られているのは知っていた。
それは好きだからだと思うけれど、どうやら政略的な理由を言っていたようだ。
だからこそ、それがなくなったのならあきらめるべきだと。
兄様に冷たく断られ、シャルロット様の目から涙がこぼれる。
美しいシャルロット様が泣いているのだから、
普通の令息なら優しくしてあげるだろうけど、兄様は違った。
「話は終わりだな。帰ってくれ」
「……嫌です!私は、……私はずっとジェラルド様を好きでっ」
「それがどうした?」
「えっ……だから、好きだからあきらめたくないんですっ」
気持ちを打ち明けられても兄様の表情は変わらなかった。
いや、変わらず冷たいだけでなく、嫌悪も足されたかもしれない。
「今までシャルロット嬢の話をある程度聞いていたのは、
派閥のことや家の得を考えて結婚するという考え自体は間違っていないからだ。
そう思って行動していることまでは否定する気はなかった。
だが、感情だけで求婚してくるというのなら話は違う」
「……ジェラルド様っ。私はずっと、ずっと」
「シャルロット嬢。いいかげんあきらめてくれ。
感情だけで求婚してくるのなら、感情だけで断ってもいいよな?
俺はシャルロット嬢と結婚するくらいなら貴族をやめる。
そのくらい嫌っていると気がついてくれ」
「……そんな……もう私たちを邪魔するものは何もないはずでしょう?」
「何かが邪魔していたから婚約を断ったんじゃない。
嫌いだから婚約したくなかったんだ」
「……私の何がいけないのですか?
何でも直します。だから……」
「すべてを直したとしても無理だ。帰ってくれ」
さすがにここまで言われたら傷つくのだろう。
顔を手でおおってしまったシャルロット様を、
夫人が抱きしめるようにして部屋から出て行く。
アゼリマ侯爵家が全員出て行くと、その場にいた全員がため息をついた。
「おつかれ、ジェラルド」
「ああ、すごく疲れた」
「さすがにあれだけ言えばあきらめるだろう」
「そうだといいんだがな」
大きくため息をついたジェラルド兄様の顔色が悪い。
レイモン兄様が話していたように眠れていないのかもしれない。
……どうしてか、ジェラルド兄様と視線があわない。
避けられているのを感じて、うつむいてしまう。
「それで、伯父上。相談があってきたのですが」
「ああ、そうだったな。イフリア公爵家で困ってことでもあるのか?」
「ええ、イフリア公爵家を推進派に変えることを公表するのに、理由が必要でしょう。
俺に推進派出身の婚約者ができたわけでもないので、困っていて。
それで、婚約を申し込んでもいいですか?」
「婚約を申し込む?」
「ええ、うちのジュリアンヌをジェラルドの婚約者に」
「「え?」」
驚いた私とジェラルド兄様の声が重なる。
レイモン兄様はいったい何を言い出したの?
「そうきたか。たしかにジュリアンヌとジェラルドを結婚させるのなら、
イフリア公爵家の派閥替えする理由になるかもしれないが……。
私はね、二人に政略結婚をさせるつもりはないんだ」
「そうでしょうね。俺もそう思っていますよ」
伯父様の言葉は予想通りだった。
レイモン兄様もそれは知っているはずなのに。
そう思っていたら、伯父様は私たちの方を向いてにっこり笑った。
「だから、ジェラルド、ジュリアンヌ。
二人で話し合ってきなさい」
「え?」
「話し合う?」
「そうだ。ちゃんとお互い思っていることを伝えあってこい。
ああ、部屋の中はダメだぞ。中庭でも散歩しながら話してくればいい」
「……わかった」
ジェラルド兄様が立ち上がって、こちらへ向かってくる。
そして視線はあわないけれど手が差し出される。
「ジュリアンヌ、中庭に行こう」
「……ええ」
その手にふれると、本当に久しぶりな気がして泣きそうになる。
ジェラルド兄様と手をつないで部屋から出て行く時、
伯父様とレイモン兄様がうれしそうに笑っているのが見えた。




