54.一人で歩けるように
お父様の取り調べが終わっても、私の涙は止まらなかった。
レイモン兄様と控室から出ると、すぐにジェラルド兄様が駆け寄って来る。
その腕に支えられて、アドルフ様に礼をして部屋から出た。
馬車に乗ってレドアル公爵家に着くまで、
ジェラルド兄様が私を抱きしめて慰めてくれる。
それなのに少しも涙は止まらなくて、
気がついたらそのまま眠ってしまったようだった。
私室で目を覚ましたのは夕方近くで、兄様は私の手を握っていた。
私が起きたのに気がつくと、少しさみしそうに微笑む。
なんだろう……最近、兄様がこんな風に笑うようになった。
いつからだろう。夜会の後からな気がする。
「お腹減っただろう。もうすぐ夕食の時間だ」
「ええ」
手を借りて起き上がると、食事室に向かう。
目を覚ましたばかりだからまだふらついている。
兄様はずっと私を支えてくれているけれど、
いつまでこうして頼っていていいのかな。
マゼンタ様の件が終わった今、怖い存在はいなくなった。
お父様も一緒に王都からいなくなる。
シュゼット様は残るけれど、伯爵家を継ぐために忙しくなるはず。
そうなれば、もう兄様にこんな風に頼る必要もなくなる。
もう、兄様を解放してあげなくてはいけないのかもしれない。
夕食が終わってから、伯父様と伯母様に今日のことを報告する。
お父様とマゼンタ様が王都からいなくなることを知って、
二人はほっとしていたようだった。
「あの……伯父様」
「どうした?」
「私、このままレドアル公爵家にいてもいいの?」
「……どういうことだ?」
「ジュリアンヌ!どうしてそんなことを言うんだ!?」
兄様が慌てたように立ち上がったけれど、
私はずっとこのままでいいのか悩んでいた。
私がレドアル公爵家に保護してもらったのは、
マゼンタ様から私を守るため。
お父様とマゼンタ様がいなくなったのなら、
イフリア公爵家に戻った方がいいのではないだろうか。
私がここに居続けたら、兄様は婚約者を探せない。
それに私は兄様の婚約者に意地悪してしまうかもしれない。
……そこまでのことはしなくても、きっと仲良くはなれない。
だって、兄様のことが男性として好きだから。
そんなことをここで話せるわけもなく、
レイモン兄様のことを理由にして説明した。
「私がここに保護されたのはマゼンタ様から守るためだったはず。
でも、もうマゼンタ様はいないし、危険はない。
レイモン兄様が一人でイフリア公爵家を継ぐのは大変だと思うし、
私は戻った方がいいんじゃないかと思ったの」
「っ!ジュリアンヌ、それは」
「ジェラルド、黙りなさい。これはジュリアンヌが選ぶことだ。
ジュリアンヌはそれでいいんだね?」
「……その方がいいと思うの」
「わかった。
だが、これはイフリア公爵家と話し合わなくてはいけない。
結論はそれからだ。少し時間をくれないか?」
「わかったわ」
兄様は不満そうだったけれど、伯父様はすんなり認めてくれた。
私をどうするかは伯父様とレイモン兄様が話し合って決めることになり、
私は私室へ一人で戻ろうとする。
「こら、ジュリアンヌ。一人で戻ったらダメだろう」
「兄様、大丈夫よ。屋敷の中だもの」
「そう言って、倒れたらどうするんだ。ほら」
結局、いつものように手をつながれて部屋に戻る。
兄様と離れる決心をしたのに、兄様の行動は変わらなかった。
その日の夜も眠れずにいたら兄様が部屋に入って来る。
もう頼らないようにしようと決めたのに、
兄様に手をつながれると安心して眠くなる。
「ジュリアンヌは……俺から離れたいのか?」
「だって……兄様は本当の兄様じゃないもの……」
「そうか……」
そう、だから、私を守ろうとしなくていい。
レイモン兄様の代わりにそばにいようとしなくていい。
もう解放されて、自由になってもいいの。
私はもう一人で頑張れるから。
そう言いたかったのに、何も言えなかった。
それから一週間して伯父様に呼び出されたから、
私のことだと思ったら違った。
「署名?私も?」
「ああ、ジュリアンヌも領地の仕事に関わっているだろう」
「それはそうだけど」
「新しい法が決まったんだ。
当主と実際に領地を経営している者が違う場合、
領地を経営するのが難しいこともある。
それを無くすために実際に領地を経営している者を登録する」
「登録してどうするの?」
「何年も当主が領地の経営をしていないようであれば、
爵位を強制的に取り上げることができるようになった。
たまにいるんだ。高齢になっても息子に爵位を渡さない者が。
同じ貴族家の中に当主が二人いるようなものだからね。
王家としても問題に思ったようだ」
「なるほど……」
きっかけはイフリア公爵家のことかもしれない。
お父様はずっとレイモン兄様に仕事を任せていたらしい。
当主の権限もないのに仕事をするのは大変なことだ。
そういうことを無くすための法なのだろう。
私もジェラルド兄様の手伝いをしていたから、領地の経営に関わっている。
たいしたことはしていないけれど、登録しなければいけない。
伯父様とジェラルド兄様、そして私が署名する。
それを王家へと送り終了した。
「おそらく、いくつかの貴族家は当主の変更になるだろうね」
「アドルフ様はこの国を本気で変える気なんだ」
「レイモンがイフリア公爵を継いだから、
私とレイモンが許可を出せば、たいていの法案は通る。
この国はがらりと変わるかもしれない」
来年にはアドルフ様が国王になると言っていた。
その前にこの国は大きく変わりそうな気がする。
そして、レイモン兄様が私を迎えに来たのは十日後のことだった。




