50.心残りの報復(レイモン)
まだ泣いているジュリアンヌの肩を抱いて控室を出る。
それに気がついたジェラルドが飛んできて、ジュリアンヌをなぐさめる。
「全部聞いていたのか」
「ええ……」
「そうか……疲れただろう。もう帰ろうか」
ジュリアンヌにとっては、ほとんど会ったことがない父親。
初めて聞く話もあっただろうし、気疲れしても仕方ない。
ジェラルドとジュリアンヌはアドルフ様にお礼を言うと、
二人でレドアル公爵家に戻って行った。
一緒に退室しても良かったのだが、俺はまだアドルフ様に話があった。
アドルフ様もそれがわかっていたのか、二人を見送った後、
人払いしたままで俺に聞いてくる。
「レイモン、取調べは終わったが満足したか?」
「……いいえ」
「だろうな。ジュリアンヌは報復するとかは考えていないようだし、
ジェラルドはジュリアンヌを怖がらせるようなことは言えない。
レイモンに託していったんじゃないのか?」
「ええ、その通りです。
あの二人の処分について、お願いがあります」
「なんでも好きに言っていい」
お願いするのをわかっていたのか、アドルフ様がにやりと笑う。
面白がっているというわけではないのだろうけど、
アドルフ様はたまに悪人のような笑い方をする。
本人に注意したほうがいいのか迷うところだ。
「まずは二人の処罰を実行する時に立ち会わせてください。
ああ、やっぱり会うのは手を切った後でいいです。うるさそうなので」
「左手を切り落とした後、治癒をかけて傷はふさがせる。
その後で連絡すればいいな?」
「はい。あとはもう一つ。
二人を王都から追放する時、俺とジュリアンヌは見送りませんが、
シュゼットには見送らせてください」
「……ほほう。親子の別れをさせるつもりか?」
「シュゼットに自分の立場をわからせるためです。
ああ、サミュエル王子も一緒だともっといいですね」
「なんだ。サミュエルの処遇も予想していたのか」
予想していたというよりも、それしかないと思っていた。
サミュエル王子とシュゼットを婚約させるだろうと。
シュゼットにアジェ伯爵家を継がせるのなら、婿はサミュエル王子しかいない。
まぁ、あの二人に継がせたところで、没落するだけだと思うが、
アドルフ様には何か考えがあるのだろう。
「自分たちの行動で周りがどうなったのか、
きちんと後悔させたいのです。
今後、また同じように馬鹿な真似をしないように」
「ああ、そうだな。理解させないと同じことをしそうだ。
イフリア公爵家に帰ろうとしたり、ジェラルドと婚約すると言い出したりな。
これ以上、愚かな者たちにつき合う気はない。
公爵になったことだし、イフリア公爵家を掃除するんだろう?」
「ええ、帰ってすぐに」
「では、騎士団の小隊を貸してやろう。
落ち着くまでは警備が手薄になりやすいからな」
「……ありがとうございます」
さすがに騎士団を貸してとは頼めないと思っていたが、
アドルフ様はそれも見抜いていたらしい。
騎士団を借りられるのなら、この後のことがやりやすい。
「その代わり、落ち着いたらこちらも手を借りたい。
例の法案をすぐにでも通す。
イフリア公爵家とレドアル公爵家の後押しがあれば問題ない」
「わかりました」
「では、あの者たちの処分が終わったらすぐに連絡しよう」
「よろしくお願いします」
アドルフ様と話がついたことでイフリア公爵家に戻る。
王宮から騎士団を小隊ごと借りて移動すると、
屋敷の者たちが大勢の騎士を見ておろおろしているのがわかる。
すぐさま使用人全員を外に出して整列させ、
父上が公爵位をはく奪されたことを告げる。
ほとんどの者は予想していたのかそれほど驚く様子はない。
だが、父上に長く仕えていたものたちは動揺してわめいている。
そして、今すぐ解雇になる者たちの名前を呼びあげる。
俺よりも父上や愛人に近かった者たちは信用できない。
他家に情報を流している者も同様に解雇する。
今までは屋敷の中の采配はある程度できても、
解雇するのは当主権限のためできなかった。
公爵になった今なら解雇することができる。
予想通り、何人かは不満を言いながら前に出てくる。
それを騎士たちが捕まえて使用人棟に連れて行く。
本人の荷物を持たせ、すぐさま外に出すために。
屋敷に残る使用人たちにその役目をさせようと思っていたが、
騎士団を借りられたおかげですんなりと進む。
その日の夕方には問題があった使用人はすべて外に出された。
足りない使用人は追々増やしていけばいい。
しばらくは騎士団を借りているので警備も問題ない。
そして、二日後の昼に二人の処分が終わったと連絡が来た。
王宮の一般牢に行くと、二人が奥の牢から連れて来られる。
治癒はされていても落とされた左手が痛むのか、
顔をしかめたままふらふらしている。
「っ!レイモン!」
「ええ?レイモン!?助けに来てくれたの!?」
「はぁぁ。手を落とされても馬鹿は治らないのか」
「え?」
さすがに父上はもうそんな考えはないようだが、
愛人は俺が来たことで目を輝かせている。
まだ助けてもらえると思っているのなら本当に愚かだ。
「二人を動かないように押さえておいてくれ」
「はい」
牢番に命じて二人を跪かせて肩を押さえさせる。
「何をするの!?放しなさい!」
「……レイモン、何をするつもりなんだ?」
「父上には何もしません。邪魔されたくないだけです。
黙って見ていてください」
「な、何を」
取り出したナイフを見て、愛人が震えだす。
殺されるとでも思ったのかもしれないが、そんな馬鹿な真似はしない。
一瞬の苦しみで終わらせる気なんてない。
これから平民として、長い苦しみを味合わせるのだから。
「……近づかないでっ!」
「うるさい。黙れ」
数日間牢にいたからか、汚れた愛人の黒髪をつかみ上げる。
それを一房ずつ短く切りおとす。
「……や、やめて!切らないで!」
騒いでいるのも無視して、黙々と切り落としていく。
平民の女性でも耳よりも髪を短くするものなどいない。
それをわかった上で、男性よりも短く切っていく。
「あ……ああ……なんてこと」
床に散らばった黒髪の山を見て、愛人が涙をこぼす。
貴族夫人にとって綺麗な髪は大事なんだろうけど、
俺にとってはどうでもいいものだ。
ハサミじゃなく、ナイフで切り落としているし、
わざとバラバラの長さに切っている。
どう見てもまともな理由で切られたようには見えない。
「ひどい……髪を切るなんてひどいわ!」
「お前がしたことだろう」
「え?」
「ジュリアンヌの髪をこうして切り落としたんだろう?」
「っ!」
忘れていたのか、気にすることもなかったのか、
自分の髪を切られる理由に思い当たらなかったらしい。
「本当はナイフで身体中を切り刻みたかったが、
ジェラルドと相談した結果やめることにした。
いくら相手がマゼンタでも、ジュリアンヌが悲しむと」
「ジュリアンヌが……」
父上はジュリアンヌを思い出したのか、がっくりしている。
本当は母上が好きだったなんて、俺とジュリアンヌも大事だったなんて、
今さらそんなことを言われても受け入れることはない。
ひどい父親だったと、それだけでいい。
愛人と一緒に追放されても仕方ないほどの愚かな父親。
俺とジュリアンヌはそう思っていたほうがいい。
「これから二人は平民の服に着替えて王都から出される。
行先は王都から離れた場所にある小さな村の粉ひき小屋だ。
最近までそこに住んでいた者が高齢で亡くなったらしい。
仕事を真面目にしていれば生きていけるだろう」
粉ひき小屋は危険だからまともな人間はやりたがらない。
ただ、その分、引き受けるのなら他所ものでも住むことが許される。
おそらく死ぬまで監視はつけられるだろうから、
他の仕事を探すことも逃げることもできない。
どれほど大変な仕事なのかはわからないけれど、
ただでさえ大変な仕事なのに二人とも片手がない。
そんな状況でうまくできるのかとも思うが、
仕事をしなければ生きていけない。
食料と金は一か月暮らしていける分しか与えられない。
持っていたドレスも宝石も持ち出せない。
生きていくために片手でも仕事ができるようになるしかない。
「王都から出るなんて嫌よ!」
「マゼンタ、もうどうしようもないんだよ」
「いやよ!どうにかしてよ、ヴィクトル!」
「……無理だ」
王都から出されるのは知っていただろうに、
今になっても嫌がるマゼンタに呆れてしまう。
「レイモン、シュゼットを呼んでちょうだい!あの子はまだ貴族なんでしょう!?
アジェ伯爵家で暮らすわ!」
「……何を言っても、王都にはいられないよ。
だが、最後だから見送るためにシュゼットを呼んである。
俺とはもう会うことはないだろう。せいぜい長生きして苦しんでくれ」
「レイモン……すまなかった」
父上がひざをついたまま深く頭をさげていた。
だが、それには何も言わずに牢を出る。
まだ愛人は叫んでいたようだけど、あとは王宮の者がうまくやるだろう。
……女性の髪を切るなんて、嫌な感触だ。
それでも切らずにはいられなかった。
自己満足かもしれないけれど、少しくらい報復したかった。
大好きな妹を傷つけられたのだから、このくらいは許されるだろう。




