49.失うもの
お父様はお母様を嫌ってはいなかった。
だけど、優先順位が一番上ではなかっただけ。
「ロズリーヌと離縁したのはマゼンタのためだけじゃない。
あれ以上イフリア公爵家にいたら、今度はロズリーヌが殺されるかもしれない。
娘がいなくなったという理由があれば離縁することができる。
ロズリーヌも俺の妻でいるよりも自由になれるはずだと思った」
「そのせいで早く死ぬことになったとしてもか?」
「は?」
「叔母上が亡くなったのは公爵のせいでもあるし、
公爵が止められなかったマゼンタのせいでもある。
離縁したのだから責任はないなんて言うなよ」
「ロズリーヌが死んだのは私のせいなのか?」
「好きでもない男に嫁がされ、息子は取り上げられ、
娘は誘拐されて傷つけられた。
叔母上が倒れたのはそういった心身の負担からだ。
公爵がマゼンタと別れていれば少なくとも死ななかった」
お母様が亡くなったのは私とお兄様に治癒術を使いすぎたから。
だけど、そのきっかけを作ったのはお父様とマゼンタ様で間違いない。
自分のせいでお母様が亡くなったと知ったお父様は、
苦悶の表情になり頭を抱えた。
「ロズリーヌが……私のせいで……。
……死なせてしまったのは、申し訳ないと思う。
だが、それでも私はマゼンタとは離れたくなかった」
「どうしてそこまで」
「マゼンタだけが大事だった。
マゼンタが許してくれるなら公爵位なんて捨てて、
親子三人で暮らしたかったんだ……」
「それって、マゼンタは公爵自身を好きだったんじゃなくて、
イフリア公爵家そのものが欲しかったんじゃないのか?」
「わかっている……たとえそうでもいい。
差し出せるものがあるのならすべてを渡してもいいくらい、
マゼンタとシュゼットがいればよかった」
「その結果がこれでも?」
「……私はただ、幸せになりたかったんだ。
好きな女と一緒にいる、そんな些細な幸せがあれば」
「その些細な幸せのためなら娘を殺されても、
妻が身体を壊して死んでもいいと。
そんなのが許されるわけないだろう!」
我慢しきれずに叫んだお兄様に、お父様がハッとしたような顔になる。
「お前の子どもはシュゼットだけじゃない!
母親と妹と引き離されたレイモンがどう思うか考えなかったのか!?」
「レイモンは……イフリア公爵家を継ぐ者だ。
強くならなければ私のようにダメになってしまう……」
「は?それがレイモンのためだなんて言い出すなよ?」
「だが、伝統派を引き継いでいくためには、
魔力持ちをそばに置いておくわけにはいかない。
どちらにしてもどこかで別れなくてはならない。
だったら、父親である私のせいにすれば……」
「レイモンが伝統派を継ぐとは限らない」
「……何を言っているんだ?」
「レイモンは伝統派を壊すつもりだ。
イフリア公爵家は推進派に変わる」
「っ!!そんなこと許されるわけが!」
「誰が許さないというんだ?」
「え?……」
イフリア公爵家が伝統派から推進派に変わるのは、
レイモン兄様はアドルフ様にも報告済だ。
お父様はすがるような目でアドルフ様を見たけれど、
アドルフ様はあっさりと肯定する。
「レイモンから報告は受けている。
この取調べの後、公爵から爵位をはく奪する。
レイモンが跡を継いだ後、イフリア公爵家は推進派となる予定だ」
「へ、陛下は」
「父上は次世代に関してのことは私に任せると言っている。
……ここだけの話だが、来年には譲位してもらう」
「……他の伝統派の家が黙っているわけはっ」
「レイモンはアフレ侯爵家とも話がついているそうだ。
伝統派の筆頭公爵家と侯爵家が推進派になれば、
その下にいた伝統派の貴族家は形だけのものになる。
……この国から伝統派が消えるのも時間の問題だ」
「そ……そんなことは父上が」
よほどお祖父様が怖かったのか、そんなことを言い出したけれど、
お祖父様はもう十年以上も前に亡くなっているのに。
「もう前公爵はいないんだ。これからのことはレイモンが決める。
公爵でなくなるあんたの言うことも聞く必要はないからな」
「私はっ……イフリア公爵家のために」
「何もしていないだろう。
再婚してからはレイモンに家のことを任せっきりだったんだろう?
愛人と楽しく暮らすことだけして、領地の仕事もせず、
アフレ侯爵家から縁を切られても愛人を選んだ。
レイモンがいなかったらとっくにイフリア公爵家は終わっていた」
「あ……」
「イフリア公爵家を壊したのは公爵、あんただよ。
叔母上と結婚した時にマゼンタをあきらめていれば、
もしくは何もかも捨てて二人で駆け落ちでもしてくれていれば、
イフリア公爵家は伝統派のままでいられたかもしれないな」
「……っ。あぁぁぁぁ」
私には伝統派の重みなどというものはわからない。
だけど、お父様にとってそれはマゼンタ様の次に大事なものだったのかもしれない。
苦しそうに嘆くお父様に、アドルフ様が冷たく言い放つ。
「マゼンタは両手を切って王都から追放する。
どうする?公爵も一緒に追放してやろうか?」
「手を切る!?」
「貴族の誘拐だぞ?しかも死にかけるほどの怪我を負わせている。
処刑されてもおかしくないほどの重罪だろう」
「そんな……」
「では、公爵も片手を切るのなら、マゼンタも片手にしてやろう。
そして二人とも平民として王都から追放する。
これ以上は譲歩しない」
「……シュゼットはどうなりますか?」
「シュゼット自身には誘拐の罪はないからな。
レドアル公爵家で騒ぎを起こしたことは責任をとってもらうが、
アジェ伯爵家を継いでもらうつもりだ。
だが、公爵とマゼンタが王都に入ることは許さない」
「……わかりました。シュゼットをよろしくお願いいたします」
最後までお父様が大事なのはマゼンタ様とシュゼットだった。
涙がこぼれ落ちたら、レイモン兄様に抱き寄せられる。
「なぁ、公爵。レイモンとジュリアンヌのことはどう思っていたんだ。
あの二人も自分の子どもだろう。大事にしたいと思わなかったのか?」
「……大事だとは思っている。
だが、私など関わらないほうがいいと思った。
ロズリーヌにとっては好きでもない男と子を産まされた。
私の顔など見たくないだろうと思っていた」
「……あんたさぁ、叔母上のこと好きだったんじゃないのか?」
「……」
「だから、ジュリアンヌも産まれた。
家を継ぐためだけなら、産ませるのはレイモンだけでいいはずだ。
ジュリアンヌまで産まれたから愛人が怒ったんじゃないのか?」
「…………好きにならないわけがないだろう。
何一つ欠点もなく、文句も言わずに嫁いできたんだ。
ずっと申し訳なく思っていた。
離縁して幸せになってくれたらと願っていたんだ……」
お父様の目からぽろりと一粒の涙がこぼれた。
初めて見るお父様の涙にレイモン兄様も動揺しているのが伝わる。
「あんた馬鹿だな。愛人なんか捨てて幸せになれば良かっただろうに」
「……そうかもしれないな。
だが、今さらマゼンタを捨てて私だけ幸せになるのは、
許されないと思い込んでしまっていたんだ」
「そうか……。
アドルフ様、もういいです。聞きたいことは終わりました」
「わかった。では、イフリア公爵は現時点をもって爵位をはく奪する。
刑が執行されるまでは一般牢へと連れていけ」
「「「はっ」」」
控えていた騎士たちがまたお父様を連れて行く。
お父様を見るのはこれが最後になる。
一度も視線があうことなく、お父様は部屋から連れ出されていった。




