48.あの日のきっかけ
お母様と私がイフリア公爵家から離れるために伯父様は騒がなかったのだが、
それがアドルフ様にはそう見えていたらしい。
もっとも、お父様たちは私が死んだと思っていたのだから間違いでもないけど。
「ジュリアンヌは殺されたと思っていたんだろう?
さきほどマゼンタが白状したよ。
ジュリアンヌを傷つけた夜に公爵に話したと」
「……」
「公爵は泣いていたそうじゃないか。
それなのにジュリアンヌがいなくなったことは、
全部ロズリーヌ夫人の責任にして屋敷から追い出した。
五年前の話なんだから、覚えているよな?」
「……覚えています」
意外にもお父様はあっさりと認めた。
マゼンタ様が話したと知ってあきらめたのだろうか。
「ふうん、素直に認めるんだ」
「マゼンタの処罰は……どうなるんですか?」
「公爵の話を聞いてから決めるよ」
「……わかりました」
がっくりと肩を落とすお父様に隠す気はなさそう。
隠したところでマゼンタ様の罪は軽くならないとわかっているのかも。
「それで、マゼンタから言われた時、どう思ったんだ?」
「まさかと思いました。憎んでいるのは知っていましたが、
まさか子どもを殺すなんて思うわけがない。
ジュリアンヌはシュゼットと同じ年なんですよ?それなのに……」
「そうか?俺としては同じ年だからこそ殺したんじゃないかと思うが」
「え?」
「正妻に自分の娘と同じ年の娘がいる。
愛人としてはよけいに嫌だと感じたんじゃないのか?」
「それは……」
「ジュリアンヌが産まれて二か月後にシュゼットが産まれているよな?
イフリア公爵家で何一つ不自由なく出産したロズリーヌ夫人と、
アジェ伯爵家で苦しんで出産した自分、そんな風に思ってもおかしくない」
「私はマゼンタには何一つ不自由させていないつもりです」
「だが、正妻にはできなかった。
それが不満だったからジュリアンヌを殺そうとしたんだろう?
第二王子の婚約者を失えば、母親であるロズリーヌ夫人の失態にもなる」
アドルフ様の言葉に思い出すことがあったのか、
お父様はためらいながら話し始めた。
「……その少し前、王宮でのお茶会がありました。
レイモンとジュリアンヌが招待されたのに、シュゼットは招待されなかった。
その時、ジュリアンヌが招待されたのは公爵令嬢だからではなく、
第二王子の婚約者だからだと言ってしまったのです」
「ああ、あの時のお茶会か。
だが、ジュリアンヌは来ていなかったはずだが」
「マゼンタが怒ってしまったから、
ロズリーヌとジュリアンヌを連れて行かなかったのです。
そうすればマゼンタの怒りはおさまると思って……」
「おさまってはいなかったようだが?」
「一度はおさまったんです。
でも、お茶会から帰って来たレイモンが熱を出して倒れて。
さすがに死にそうなほど苦しんでいるのに放っておくこともできなくて、
マゼンタと約束していた日だったけれど、会えなかった」
「マゼンタよりもレイモンを優先したと?」
「優先したというよりも、ロズリーヌでなくてはレイモンを治せなかった。
ロズリーヌを母屋に連れて来ているのをマゼンタに見られたらまずいと思って、
その日は会えなくなったと断りました。
だけど、マゼンタは屋敷の使用人を手なずけていたから、
ロズリーヌが母屋に来ていることを知ってしまった」
「それがジュリアンヌをさらったきっかけだと?」
「多分そうです……ロズリーヌが母屋に来るときは離れの使用人を連れて来る。
ジュリアンヌが一人でいるのを知っていたらしい。
俺との約束を破られたことで腹を立てたマゼンタは、
離れに忍び込んでジュリアンヌを連れて行きました」
「いなくなった時に気がついたんじゃないのか?」
「ロズリーヌにもマゼンタのせいではないかと疑われましたが、
事実が知られたらまずいと思って否定しました」
「早く探してほしいとロズリーヌ夫人から懇願されたそうだな?
いなくなったジュリアンヌは心配じゃなかったのか?」
私を探そうともしなかったお父様が心配するわけがない。
そう思ったけれど、お父様の答えは違った。
「心配でしたが、マゼンタのところにいると思いました。
少しすれば満足して帰すだろうと思っていたから、
騒がないほうがいいと判断しました。
騒ぎにすればジュリアンヌは傷物になってしまうし、
マゼンタも捕まってしまうと思って」
「すべてはマゼンタのためか……」
ため息をついたアドルフ様はもういいと言って、
アドルフ様は隣にいたジェラルド兄様に視線を向けた。
「聞きたいことがあればジェラルドが聞いていい。
レドアル公爵家は被害者だからな。
マゼンタを処罰するために参考になるだろう」
しっかりとうなずいた兄様はお父様のほうへ向き直る。
にらみつけられたお父様の身体がびくりと震えたのがわかる。
「公爵には聞きたいことがたくさんあるんだが、
まずはどうしてマゼンタを選ばなかったんだ?」
「選ばなかったとは?」
「王命の結婚でも、貴族であることを捨てれば断っても許されたはずだ。
平民になりマゼンタと二人で生きることもできただろう?」
「マゼンタは公爵夫人になりたかったんだ。
平民となった俺といたいわけじゃない」
「では、どうしてマゼンタと別れなかった?
王命での結婚で不貞行為は許されないと知っていたはずだ」
「……父上が王命の結婚を受け入れるのなら愛人にしてもいいと。
年老いた伯爵の後妻にしておくから、
ロズリーヌには気がつかれないように通えと言われた」
「愛人にさせたのは前公爵か。まぁ、そうだよな。
分家に嫁がせて愛人にするなんて公爵ができるわけがない。
その頃は公爵じゃないんだから何の権限もなかっただろうしな」
お母様との結婚を望んだのは亡くなったお祖父様だというのは知ったけど、
マゼンタ様を愛人にするように言ったのもお祖父様だったとは。
「父上は俺とマゼンタの結婚を認めずにロズリーヌとの結婚を国王にねだった。
だが、父上はロズリーヌを認めていたわけじゃない。
魔力持ちは化け物だとずっと言っていた」
「はぁぁ。伝統派の公爵家だからな。想像はできる」
「だから、俺はロズリーヌを守るために離れに移動させた。
一緒に連れて来ていた使用人もすべて離れに行かせ、
普段の生活で嫌な思いをしないようにしたんだ」
「叔母上に気を遣ったとでもいいたいのか?」
「俺に嫁がされたロズリーヌも被害者だと思っていた。
ロズリーヌにも恋人がいたのに、王命に逆らえなかった。
可哀想だと思っていたけれど、優しくすればマゼンタが怒る。
あれは俺に出来る精一杯だったんだ」
お父様はお母様を嫌ってはいなかった。
だけど、優先順位が一番上ではなかっただけ。
「ロズリーヌと離縁したのはマゼンタのためだけじゃない。
あれ以上イフリア公爵家にいたら、今度はロズリーヌが殺されるかもしれない。
娘がいなくなったという理由があれば離縁することができる。
ロズリーヌも俺の妻でいるよりも自由になれるはずだと思った」
「そのせいで早く死ぬことになったとしてもか?」
「は?」




