44.確定
大きく息を吸って、気持ちを落ち着ける。
ジェラルド兄様が手を差し出してくれたから、ぎゅっと握りしめる。
そのまま前へ出て、マゼンタ様に向き合う。
「はい。私をさらったのはマゼンタ様です!
離れにいたところを無理やり連れ去られました!」
「……どうしてそんな嘘をつくの?私を嫌っているから?」
「しらじらしい嘘はつかなくていい。
ジュリアンヌ、誘拐したのはマゼンタ夫人で間違いないか?」
アドルフ様に確認され、大きくうなずく。
まだマゼンタ様と目を合わせるのは怖いから、
なるべくそちらは見ないようにする。
「はい、間違いありません。
あの時、離れに一人で居たらマゼンタ様が入って来ました。
一緒にいたジムという大きな男に担ぎ上げられ連れ去られました。
馬車の中で髪を切られ、アジェ伯爵家についてから身体中を切られました。
最後は何度もお腹を蹴られて……私は死ぬんだと思いました。
私がお母様に似ているのに髪色がお父様と同じなのが気に入らないと、
そんな風にマゼンタ様が怒っていたのを覚えています」
「っ……」
「わかった。証人は他にいるか?」
「アドルフ様、一人連れて来ています。
当時、アジェ伯爵家で使用人をしていた者です」
ジェラルド兄様が侍従として連れて来たダンが証言に立つ。
「私はジェラルド様の侍従をしております、ダンと申します。
元はアジェ伯爵家で使用人でした。
あの時、ジムという使用人に用事を頼まれました。
布に包まれた荷物を貧民街に捨ててくるようにと。
受け取ったそれはちょうど子供くらいの大きさと重さでした」
「こんな男は知らない!うちの使用人じゃないわ!」
マゼンタ様が否定するが、ダンはかまわずに話を続ける。
「渡された荷物はあきらかに血の匂いがしたため、
私は馬車に乗ってすぐに確認しました。
布の中には傷だらけのジュリアンヌ様がいました。
これはただごとではないと、レドアル公爵家に助けを求めました」
「夜中に助けを求めて来たダンを屋敷に入れたのは俺です。
ジュリアンヌはすぐに治療しなければ危ないほど深い傷でした。
しかも、肋骨が何本も折れて内臓にささって、
ローゼリア様と俺とレドアル公爵家の治癒士が協力して、
十日間かかってなんとか治すことができたほどでした」
「だから、そんなのは知らないって言っているでしょう!」
「当時のアジェ伯爵家の使用人名簿です。私の名前が載っています」
ダンがアドルフ様にアジェ伯爵家の使用人名簿を渡す。
それを確認したアドルフ様は結論を下した。
「もう言い訳もできないだろう。マゼンタ夫人。
ジュリアンヌを誘拐し、傷つけたことを認めるか?」
「………いいえ、認めません。
そんな証人は口裏合わせをしたらいくらでも出せるじゃないですか!
どうして一方的な証言だけを信じるのですか!?」
どうしても認めないマゼンタ様にアドルフ様はにやりと笑う。
「ここで認めたら少しは罪が軽くなったかもしれないのにな。
証拠は証人だけじゃない」
「……え?」
「ジムという男も捕まえたと言っただろう。
ジュリアンヌを傷つけた地下の部屋を案内させた。
そこには血のついたナイフが隠されてあった」
どうやらアジェ伯爵家の捜索に時間がかかったのは、
証拠の品も探してくれていたからのようだ。
まさかあの時のナイフが残っていたとは。
「ジムの話だと、魔力もちの血がついたものをどうしていいかわからず、
洗い流した後でも魔力が残るのであれば売ることも捨てることも難しい。
悩んだ結果、そのまま放置しておいてしまったとのことだ」
「……やはり、化け物の血なのね……忌々しい」
小さな声だったけれど、静かな謁見室ではよく聞こえた。
化け物……伝統派の者が推進派の者をそう呼ぶのは知っている。
同じ人間だとは思わなかったから、
まだ十歳の私をためらいなく殺そうとしたのだろうか。
アドルフ様も魔力持ちだからか、マゼンタ様を冷たい目で見る。
「伝統派の人間にしてみれば魔力持ちは化け物か。
俺にとっては人を殺そうとしたマゼンタ夫人のほうが化け物に見える」
「なんですって!?」
「それはそうだろう。娘と同じ年の女の子の髪を切り、
全身をナイフで傷つけるなんて普通はできない。
シュゼットが同じ目にあわされたとしたらどう思うんだ?」
「シュゼットに何をするつもりなの!?
何かしたら許さないわよ!」
「そんなに怒るようなことを他人の娘にしたんだ。
それなりに重い処罰になるのはわかるだろう?」
もう逃げられないとわかったのか、マゼンタ様がアドルフ様をにらみつける。
「……ええ、したわよ。それの何が悪いの。
ロズリーヌが悪いのよ。ヴィクトルの子を産むなんて!」
「ジュリアンヌを殺そうとしたのを認めるな?」
「そうよ!死んだと思っていたのに!どうして生きているのよ!
あれだけ痛めつけたのに死なないなんて、やっぱり化け物じゃない!
そこの男が、ちゃんと貧民街に捨ててくればこんなことにはならなかったのに!」
最後はダンに食って掛かろうとしたが、騎士に抑えられて動くことはできない。
「イフリア公爵はこのことを知っているのか?」
「その日の夜には話したわ。
ジュリアンヌを殺しちゃったけどいいわよね、って」
「……公爵はなんと?」
「泣いていたわよ。一応は親としての情はあったみたい。
それで私と喧嘩になったの。
ヴィクトルが王命で結婚なんてしなかったら、
私だって人殺しにならなくて済んだのに、全部ヴィクトルのせいよって!」
「自分は悪くないと思っているのか?」
「だって、イフリア公爵夫人になるのは私だったはずなのに!
ロズリーヌが奪うから悪いんじゃない!
やっとヴィクトルと結婚してイフリア公爵夫人になれたのに、
どうして伯爵家に戻されなくちゃいけないのよ!
私は幸せになりたかっただけなのに!」
幸せになりたかっただけ。
それは他を犠牲にして手に入れたものだとしても良かったのだろうか。
きっと、お母様だって幸せになりたかったと思うのに。
「それを恨むなら先代の公爵と国王だろう。
イフリア公爵もロズリーヌ夫人も悪くない。
そして、ジュリアンヌは何ひとつ悪くないのに巻き込まれた。
マゼンタ夫人は恨む先を間違えたんだ。
もういい。貴族牢ではなく、一般牢へと連れていけ」
「いやよ!そんな場所には行かないわ!」
「罪が確定したため王太子の命で貴族籍からは外す。
マゼンタはこれより平民としての扱いとなる」
「平民!?この私が……うそよ」
認めたくないのか呆然としているマゼンタ様を騎士たちが連れて行く。
ずっと見ているだけだったシュゼット様が立ち上がろうとする。
シュゼット様が静かだったからいたのを忘れていた。
よく見れば声を出せないように口元に布を巻かれている。
叫ぼうとしているのかもしれないけれど、騎士に抑えつけられている。
最後は泣きだしてしまったシュゼット様も騎士に連れ出される。
終わったんだと思ったら、ふらりとしてジェラルド兄様に支えられた。
「大丈夫か、ジュリアンヌ」
「ええ、シュゼット様はどうなるんでしょうか」
「そうだな……アドルフ様、シュゼットはどうするおつもりですか?」
「これからイフリア公爵を呼び出して話を聞く。
誘拐のことを知っていたようだからな。
その時にシュゼットが知らなかったのかを確認する。
知らないようであれば罪人にはならない。
レドアル公爵家を騒がせた件でお咎めはあるだろうがな」
「そうですか」
お父様は私がマゼンタ様に誘拐されたことを知っていた。
知っていて、お母様と離縁して追い出したんだ。
その罪は……これから裁かれる。
少なくとももう公爵ではいられないだろう。




